番《つがい》の愛と人の恋

咲倉 未来

《獣人王子の求愛結婚を選んだ人間の姫ですがモフモフに触りたくて堪りません》

 毎年開催される大陸全土の統治者招集会議の交流会――王族の直系である王子や姫も参加した立食パーティで、事件は起きた。



「ぼくのツガイだ!」

「うわああん!」


 獣人が治める大陸一大きいディール国の第一王子アクラムが、人が治める大陸一小さい陽国ようこくの姫をツガイに見初めたのだ。



 ただし、王子は八歳。姫は六歳である。



 驚いて泣き叫ぶ姫を、人生で初めて遭遇した番に夢中の王子は力いっぱい抱きしめた。

 次の瞬間、両国の王様と家臣が血相変えて止めに入ったのは、いうまでもない。



 数分後――

 顔をボコボコに殴られてなお暴れる王子むすこを抱えて抑え込むディール国の王と、これまた首にしがみついて泣きじゃくり髭を掴んで離さないむすめに顔をゆがめる陽国の王が、互いに向き合って困り果てていた。



 ――この結婚、ことを上手く運ばねば大問題になってしまう



 二人の王は、あらゆる懸念と想定できる諸問題を瞬時にはじき出し、平和的解決への算段を計算しつくしていく。



「我が愚息が、大変失礼した。――イテ。その、折り入って相談したいことがあるのだが――コラ! 暴れるな」


「こちらこそ、娘がとんだ失礼をいたしました。ええ、ぜひとも話し合いましょう。イタタ」



 双方の思惑は良い意味で合致し、残りの滞在期間中に両国の間では、実にたくさんの決め事が交わされた。


 ――運命の出会いから十年後、ルリ姫はディール国へと輿入れすることに相成ったのだった。




 ■□□


 アクラム王子とルリ姫の婚姻の儀式を一ヶ月後に控えた現在。その一年前より、姫はディール国に滞在し離宮にて妃教育を受けていた。

 そこへ、ほぼ毎日愛しの番の顔を見たさに、アクラムが執務を抜け出してやってくる。


「ルリ、会いたかった。今日もとても美しい」

「アクラム様。わたくしもお会いできて嬉しいです」


 ルリと一言でも言葉を交わせたのなら、幸せに包まれてアクラムの喉がゴロゴロと音を立てた。


「今日もお仕事を抜け出されたのですか? あまり無茶をしてはジュードが困ってしまいますよ」


「あなたに会うことより大事なことなど、ありませんから」


「お戯れを」


 クスクスと笑うルリが愛らしくて、無意識に伸びた手を、思わず止めた。

 かわりに黄色地に黒い斑点のついたしっぽが、そろそろと彼女に寄っていく。



「はい。殿下、そこまでです!」


 パンッと両手をたたく音とともに、お邪魔虫が颯爽と駆けつける。


「チッ。お前は本当に邪魔しかしないな、ジュード」


「殿下、私はこのやり取りに飽きましたので、脱走をやめていただけるとありがたいのですが」


 真面目で口煩い従者は、黒く長いしっぽを不満げに揺らして主張する。そしてアクラムの目の前に紫色の液体の入った小瓶を遠慮なく突きつけた。


「それに姫様にお会いするのならば、その前に必ず抑制薬を摂取するよう決められているでしょう」


 さあ飲め、早く飲めとジュードに圧をかけられて、アクラムはしぶしぶ薬を受け取ると一気に煽る。口内に酷い甘さと苦味が広がって思わず顔を顰ると、無理矢理に飲み込んだ。


 その顔は何度見てもつらそうで、ルリは心配ないと知りつつ声をかける。


「……アクラム様、大丈夫ですか?」


「ええ、毒ではありませんので大丈夫です。番への抑制を効かせるためのものですから」


「――お前が答えるなよ。飲み干したのは私だぞ?」


 ついでに、他の男が番と口を利くのも本当は許しがたいのだが。


「ああ、その程度のイラつきで済むのでしたら薬が効いていますね。よろしゅうございました」


 しゃあしゃあと言ってのけるジュードを思いっきり睨みつけるが、従者は気にも留めずにアクラムを連行していった。



 抑制薬を常用しても、番と長時間一緒にいれば効果が薄れて理性が吹き飛んでしまう。

 それでも、たとえ数分という短い時間でも、アクラムはルリの顔を見ずにはいられないのだっだ。



 十年前に両国の国王が取り決めた約束事では、一年の妃教育ののち二人は婚姻の儀式を挙げて晴れて夫婦になれるのだと決められていた。


 これは陽国の伝統を優先した内容で、獣人は適齢期を過ぎ婚姻関係を結ぶと蜜月期間に入る習わしのため、婚姻の儀式など挙げる文化はない。

 蜜月期間前に番を他者に見せて回るなど以ての外だが、そう決まっているのでアクラムは従わざるを得ないのだ。


 一年も番がそばにいて、顔しか見られない上に他者との関わりがあるというのは、獣人にとって過酷極まりない状況であった。


(しんどいな。でも、ルリを泣かせたくないからな。ここは我慢だ!)


 十年前のあの日、ルリを目にした瞬間にすべての理性と思考が吹き飛んでしまった。

 同行していた医師に抑制薬を飲ませてもらい落ち着いたのだが、その後は何度会いに行ってもルリは出てこなかった。

 最後に別れるときも、大人に抱かれて泣きじゃくり目を合わせてもくれなかった。

 アクラムは、番に拒絶される絶望感など二度と味わいたくないのであった。








 アクラムを見送ったあと、ルリは侍女を下がらせ寝室へ移動し、祖国より持ってきた荷物を引っ張り出した。


 特大のヒョウのぬいぐるみを抱えると、そのままベッドにダイブする。


(~~~~今日も、可愛らしかったわ――!!!)


 力いっぱいぬいぐるみを抱きしめて、悶絶すること数分。脳内では、今日の可愛い仕草が拡大再生されていた。


 会うと、耳がピンとして、しっぽがピンと立っているのが可愛い。

 ゴロゴロと鳴いてご機嫌を知らせてくるのが可愛い。

 いつも触れてこないのに、しっぽだけは我慢できずに近寄ってくるのが可愛い。

 立ち去るときに、耳がぺちゃんと垂れるのが可愛い。


 整った顔立ちにガッシリとした体格のアクラムは、可愛いとは無縁の容姿だが、だからこそ耳としっぽの可愛さが際立ち、堪らないのだとルリは悶絶する。


(一応公務では、耳もしっぽも感情を表現することはないと聞いたけど、私の前では全部ダダ洩れって……!)


 可愛らしいしっぽに思わず触れたい衝動を堪えているけれど、触れたらどんな反応をするのだろうか。


(ぜっっったいに、可愛いと思う!)


 根拠はないが、ここまで期待を裏切らない可愛らしさなので、きっと応えてくれるはずだ。

 想像し、抱きしめていたヒョウのぬいぐるみのしっぽを手繰り寄せる。


 ディール国の王族がヒョウの獣人であるため、父親より買い与えられたぬいぐるみであった。

 長年大切に愛用し、寝るときだっていつも一緒だ。


(ジュードは耳としっぽが黒いから、黒ヒョウかしら? 一度でいいから転換後の姿が見たいわ!)


 獣人は、誰もが人の姿に耳としっぽのついた姿で生活する。

 親しい人の前や緊急時に転換すると聞いているので、いつか見ることが叶うだろう。






 ぬいぐるみの感触を散々堪能し深いため息を何度も繰り返すと、ルリはアクラムとの過去を振り返る。


 出会いは最悪だったらしいが、六歳の時の記憶など今となっては正直うろ覚えだ。

 その後の十年間、たくさんの手紙とプレゼントを贈られた喜びで、すべて上書き済みである。

 嫁ぐのだからとディール国と獣人についての勉強もたくさんし、心の準備も万端だ。


 間違いがあってはいけないからと、六歳から離宮で侍女に囲まれる生活を送ってきたので、実のところ今の生活に抵抗はない。

 ついでに離宮生活で猫を買い与えられたので、無類の猫好きにもなっていた。


「あのときアクラム様に出会わなかったら、私は宰相の息子に嫁がされるところだったのよね」


 まだ当時は話すらなかったが、自国内の最有力候補であったことは間違いない。

 国内の政略結婚か、国外の求愛結婚か。

 成長し知識を蓄えたルリは、今では愛ある求愛結婚を大いに喜んでいた。


(アクラム様に触れたい欲求を抑えるのがつらいわ。でも、はしたない行動で周囲に引かれでもしたら大問題よね)


 たとえアクラムが受け入れてくれても、周囲に悪評が立ってしまえば迷惑がかかってしまう。

 とはいえ、アクラムともっとたくさん話もしたいし、手だって繋いでみたい。

 ルリは、自国でよく聞く婚前の男女の付き合いというものに憧れていた。


 ナイトテーブルへ手を伸ばし、引き出しに仕舞いっぱなしにしていた品を取り出す。

 侍女から手渡されたとき、使う前にアクラムと相談するよう言われていたのだが、会話できる時間が少なすぎて、未だに話はできていなかった。


「わたくしだって、アクラム様のためにできることをしたいのだわ」


 決して自分の欲望を叶えるためではない。

 アクラムのためでもあるから大丈夫だ、とルリは何度も自分に言い聞かせた。



 □■□



 翌日も、アクラムは従者の目をかいくぐってルリの部屋を訪れる。


(この時間は部屋で休んでいるはず――あれ?)


 彼女の予定は全て把握しているアクラムは、部屋の前まで来ると心臓をつかまれるほどの衝撃を受けた。


(ルリの存在が感じられない!)


 獣人は番の存在を五感全てで検知する。

 その存在感は凄まじく官能的であり、甘く鼻腔を擽る香りで、背筋に悦びが走り脳は快楽を感じて全身を痺れさせた。

 抑制薬で感度を下げていても、夢心地に浸るほどに伝わってくる。


 それらが全く感じられず、わずかばかりの残り香しかないことに驚いて、思わず扉を乱暴に開けた。


 ――バン!

「きゃ!」


 絨毯の上に置かれたクッションにもたれてお茶を飲んでいたルリが、思わず悲鳴を上げてアクラムを凝視する。


「アクラム様、そんなに慌てて、どうかなさいましたか?」


「どうして、ルリは居るのに香りがしないんだ?」


 番の存在感が全くしなくなったルリを前に、アクラムは困惑しきりであった。


「――実は、わたくしも薬を飲んでみましたの」


「どうして、そんな話は一言も……」


「相談したら止められそうでしたから。一度くらい試させてほしかったのです。それで、もしお時間がありましたら一緒にお茶でもいかがですか?」


 ルリに誘われて、アクラムは即座に彼女の横に置かれたクッションの上に腰を下ろした。

 いろいろ思うところはあったが、愛しい番との時間は一秒たりとも無駄にしたくはない。



 この日、アクラムとルリは出会ってから一番長く二人の時間を過ごすことができた。

 普段なら一言二言交わすのがやっとであったのが、嘘のように話が弾んだ。

 十年分の手紙のやり取りに、一年間過ごしたディール国の出来事に。くるくると変わるルリの表情をじっくりと見ながら、アクラムは幸せを噛み締める。


「わたくし、アクラム様に頂いた手紙は全て持って輿入れしましたのよ」


 はにかみながら教えられた事実に、アクラムの喉がゴロゴロと音を立てる。


 やはりルリは番なのだ。五感でその存在が感じられなくとも話をするだけで胸がいっぱいになった。

 酩酊したかような眩暈を感じて、ますます彼女のことが愛おしくなる。


 触れたらまずいと思うのに、しっぽは彼女の腰にくるりと巻き付いて離れたくないと主張した。


(そろそろ、まずい気がする――でも、離れがたい……)


 もっとその声を聞いていたい。ルリのことを知りたいのだと、心が掻き立てられる。



「明日、婚姻の儀式で着るドレスの試着がありますの。アクラム様もお時間が合えば見に来てくださいね」


 その予定はおさえていたし、抜け出して見に行く気満々だったアクラムは、喜んで頷いた。


「もちろん。今から楽しみですよ」


「でも、わたくし婚姻の儀式ができるなんて驚きましたわ。だってディール国には無い文化なのでしょう」


「陽国の文化ですから。両国間の婚約時の約束事ですので出来る限りお応えします」


「陽国では、嫁いだ家の文化を優先するのが常ですのよ」


 だから、ルリはとても幸せなのだと伝えたつもりであった。







 ジュードは主であるアクラムが捨てた抑制薬を見つけて、思わず声を荒らげた。


「なんで飲まないんですか! 朝昼晩錠剤飲んで液体薬も飲まないと、効果が全て消えるの知っているでしょうが!」


 あと半月で婚約の儀式なのだ。継続的に飲み続けなければ薬の効き目が切れてしまい、全ての計画が破綻してしまう。

 慌てて予備の薬を出してきたのだが、アクラムは資料に没頭していて見向きもしない。


「――陽国では、嫁いだ先の文化を優先するのだと聞いた。ディール国が陽国に合わせずとも良いということだ」


 取り交わしてあった約束を読み直して陽国の要望を洗い出せば、アクラムの努力も我慢も不要であることを物語る。


「一年も待つ必要が無かったんだ。さっさと蜜月期間に入れたんだ」


「――い、今更です。もう国中が期待しているのですよ。陽国の文化を国民に浸透させて、受け入れる土壌を十年かけて作り上げたのですから」


 今や陽国の姫とその文化である婚姻の儀式は、国中の話題の的であった。


「とにかく薬を飲んでください。まずは落ち着かれませ。それから今日は一日部屋から出てはなりませんよ」


 口煩い従者にせかされて、アクラムは渋々薬を飲んだ。そしてジュードが主治医を呼びに行った隙をついて、部屋を抜け出したのだった。







 離宮の一角でドレス合わせをしていたルリのもとに、アクラムが訪れる。そして部屋に入るなり侍女を全て下がらせてしまった。


 その雰囲気がいつもと少し異なることを感じながらも、ルリは普段通りに接する。


「――ルリは、今日も抑制薬を飲んだのか?」


「はい」


 先ほど飲んだ抑制薬の効果と、ルリから番の感触が得られないことで、アクラムの平常心が保たれる。


「来てくださって嬉しいです。いかがでしょうか?」


 くるりと一周回転して、ルリはドレス姿を見せた。その嬉しそうな顔と美しい姿に目を細め、喉がゴロゴロと音をたてる。


「婚姻の儀式、楽しみですね」


「……」


 少し垂れた耳に、熱を帯びた瞳でなにも言葉を発してくれないアクラムに、ルリは首を傾げて手を伸ばす。

 両手で頬を包み込まれて、下からのぞき込まれてしまい、アクラムの視線が泳ぐ。


 純白のドレスに身を包み婚姻の儀式を楽しみにしているルリを見たら、その期待に応えたくなってしまう。

 己の欲望は、番の望みを叶えてやりたいという思いの前に、あっさりと折れてしまった。


「……他には、なにか無いのか?」


「え?」


「やりたいこととか、したいこととか。婚姻の儀式以外には、あったりしないのか?」


 十年前の約束に、国民の期待に、周囲の希望に。すべてに応えてきたけれど、一番応えてあげたいルリの口からは、なにも聞けていないことに気づいてしまった。

 楽しみにしている婚姻の儀式すら十年前に交わした約束事でしかない。


「――いえ。いいんです」


「応えられないものもあるだろう。でも聞かせてほしい」


 切なそうな顔で懇願されて、ルリは焦った。

 まさか己のはしたない欲求を口にするわけにもいかずに、なにか捻りだそうとし、そして思い出したのだ。


「わたくしの部屋でお茶を飲みながら、お見せしたいと思います」


 教えてもらえることに安堵して、アクラムは小さく頷いたのだった。





 □□■


 ルリは祖国より持ってきた荷物から、古ぼけたスケッチブックを取り出した。


 アクラムの横に座りページを捲れば、そこにはディール国の景色が描かれた絵が貼られて陽国の文字で書き込みがされている。


「アクラム様がお手紙と一緒にディール国の風景の絵を送ってくださったでしょう。それをこうして貼っていたのです。お手紙にいつか一緒に行こうと書いてあったので、いつも想像しながら読み返していました」


 ページが捲られて現れる絵に、アクラムはどれも見覚えがあった。


 最悪の出会いのあと、どうにかお嫁に来てもらいたくて自国がどれだけ素敵かを手紙に書いて、手紙に書いた風景の描かれた絵を探して一緒に入れたのだ。

 手紙の最後には『素敵な国だからきっと気に入ると思う。いつか姫も一緒に行こう』と書いて誘い続けていた。

 手紙の返信には『素敵ですね。私もぜひ見てみたいです』と書いてあり、その日を心待ちにしていたことも思い出す。


(……すっかり忘れていた。本当に番を前にすると理性も思考も飛んでしまう)


 八歳のあの日、あれほど後悔していたことを再びやらかしてしまい、アクラムは項垂れた。



 その様子を見て、ルリはスケッチブックを静かに閉じて背中にしまった。


(失敗したわ。これは叶えるのが難しい話なのね。どうしましょう)


 連れて行ってもらえるのなら嬉しいが、別に困らせてまで行きたいわけではない。


 ルリは六歳から大国に嫁ぐ深窓の姫として扱われ、自国の離宮で愛猫と引きこもり生活を満喫していたので、完全な屋内インドア派であった。

 ついでに蜜月期間からその先に、どういう生活が待っているかも勉強して知っている。


 その上で十分に納得して嫁いできたので、困らせてまで叶えてほしい願いなど一切ない。


(そのしっぽ触らせてくださいって言ったほうがよかったのかしら。――いえ、ダメでしょ)



 二人が互いのことを思い合った末、見当違いの方向に踏み出そうとしたときである。


 ――コンコン


「お取込み中申し訳ありません! こちらに殿下はお邪魔していませんでしょうか。至急お渡ししたいものがありまして」


 抑制薬を持ったジュードが、突撃してきたのであった。







 抑制薬拒否の上、番の部屋に突撃するという危険な行為に走った主人を捕獲したジュードは、早急にかつ丁寧にルリの部屋よりアクラムを連行した。


 古ぼけたスケッチブックを借りようと粘るアクラムを部屋から連れ出すのに苦労したが、ルリが根負けして差し出した後はあっさりと言うことを聞いてくれた。

 今は大人しくそれを読みふけっているのだが、なんだか嫌な予感しかしない。



「ジュード。抑制薬をあと半年分追加で用意してくれ。それから国の観光地に行く手配を頼みたい」


「何故ですか? あと半月後には婚姻の儀式で、そのあとは蜜月期間に入るんですよ?」


 国王陛下より、番関連の場合のみ主従関係を乗り越えすべてに対応せよと命令されているジュードは、アクラムの発言に遠慮なくツッコミを入れた。


「ルリに国を見せてやりたい。私が十年かけて誘ったんだ。ルリの望みは全て叶えてやりたい」


「いや、震えて泣きながら言われましても!」


「いいんだ。私は幸せなんだ」


 アクラムは、ルリがこの結婚を本心でどう思っているのか本当はずっと不安だった。


 大陸一大きいディール国から持ちかけた婚姻なら、陽国は受けるしかない。ルリの意思など関係なく嫁ぐしかなかっただろう。


 当たり障りのない会話では本心を知るこはできず、だから早く蜜月期間で愛を育みたくて仕方なかった。


(でも、ルリは私に好意を持ってくれていたんだ)


 会えないあいだ、募る想いを綴り続けて送った手紙は、ちゃんと受け取ってもらえていた。

 一緒に出掛けるのを楽しみにしていてくれたのだ。ルリがアクラムと一緒に――



 残念ながらその願いは獣人が番に向けるそれと相反する。


 番は誰の目にも触れさせず、常に二人だけで過ごしたい。

 蜜月期間ともなれば、温もりを感じる距離で昼夜問わずに慈しみ愛を確かめ合いたいのだ。


 アクラムの体と心と脳が、先ほどから盛大に仲違いをしていた。

 悲しみと喜びが交互に押し寄せて、涙と震えが止まらない。



「~~とりあえず、主治医と相談しましょう。やせ我慢せず、互いが幸せになれる道を模索することも大切ですよ!」


 同じ獣人のジュードから見て、アクラムの生活は苦行としか思えなかった。

 それ以上の過酷な状況などないと思っていたのに、あっさり超えようとしないでほしい。

 あげくメンタル崩壊してでもやるのだと言い切るアクラムの意思は、まごうことなき番に向ける愛ゆえなのだと理解できたが――


「これ以上は無理です。心が壊れてしまいますよ!」


「番に拒絶されたら、心など死んでしまうだろうが!」


 アクラムは誰になにを言われても、絶対に番の願いを叶えるのだと譲らないのだった。





 ――半月後


 ディール国では、初の『婚姻の儀式』というものが催された。陽国より輿入れした姫に合わせて自国の王子が開いた宴に、国中が注目する。

 花嫁の顔は最初から最後までベールで隠され、式も王族と一部の貴族や側近のみで挙げられたため、姫の姿を見た者はごくわずかであった。


 それでも、王子が姫のために相当な努力を必要としたことは容易に想像できたため、国民からはたくさんの賞賛と祝いの言葉が二人に贈られたのだった。



 ちなみに、十年かけてアクラムが誘った国内旅行の件は、ルリの『計画から一緒に参加したい』という一言で、この先十年かけて達成する方向に決着した。

 よって結婚式の後は、予定通りに蜜月期間へ突入することとなっている。


 ~End~

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