003 禿げが語る育毛方法ほど信用できないものはない

 野原先輩は僕を度々、近くの安い居酒屋へ飲みに連れて行ってくれた。


「風呂入った後、頭を乾かすの大変じゃないですか?」


 その悩みは毛量が多いフサフサの人間様だけが持てる悩みだろうが、この薄ら禿げが!――とか思ったならば、あなたは禿げについて何も分かっていない。


「僕はいつも髪が抜けないように、丁寧なソフトタッチでタオルドライして、ドライヤーも弱風でゆっくり乾かすようにしてるんですけど」


 いたわりと愛情をもって髪を乾かすと、毎日およそ20分以上はかかるのだ。僕はこのわりと真剣に抱えていた悩みを、禿げの先駆者であるところの野原先輩に相談してみた。


「っはは! 何を言ってるんだお前は。タオルはしっかりガシガシ拭く、ドライヤーは高温・強風の一択に決まってるじゃないかっ!」


「えぇっ!? そんなことしたら、ただでさえ多い抜け毛が、さらに増えるじゃないですか!」


 その言葉に僕は驚愕した。


「わかってねーなっ! さてはおまえ、植物を育てたことないだろ?」


 野原先輩はビールジョッキを一気飲みし、さらに変なことを言いだした。


「植物……? まぁ、小学校でアサガオ育てたくらいですかね……」


「いらない枝や葉っぱを切ってあげたら、新芽に養分が行きわたって、成長が促進されんだろ? ドライしたくらいで抜ける髪に栄養やっても仕方ないんだ。新しく生えてくる髪に栄養を集中させんだよ! 髪も植物と同じだぜ」


「な……なるほど……」


「軟弱な髪などいらんのだっ! お前も明日からは、ガシガシッ拭いて、高温・強風ドライで強靭な発毛を促すんだ!」


「はっ、はい――!」


 今思えば――、僕よりも禿げが侵攻している焼野原ばか野郎のその理論は、悪魔の言う事よりもまったく信憑性のない話だったが、酒のせいもあってなぜか信用してしまった。


 その日帰宅した僕は、さっそく風呂で頭を洗った後、がしがしタオルでこすり、ガンガン熱風の強風でドライした。


「…………っ!」


 髪を乾かした後、洗面台を見た僕は絶叫した。


「いやぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁっっっ!!!」


 洗面台の穴から、貞子がでてきたのかと思った。

 凄まじい数の抜け毛――。


 恐ろしくて本数は数えられなかったが、いつもの三倍近い髪の毛が脱毛し、ホラー映画みたいに不気味な大量の毛が排水溝のふたを覆っていた。僕は二度と野原先輩の話は信用しまいと誓った。

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WAKA HAGE ~髪は死んだ~ 冨田秀一 @daikitimuku

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