002 (焼け)野原先輩と偉大なるハゲ
新人の僕を何かと気にかけてくれた先輩がいた。その男の名は野原さんといって営業部の30代前半の男だった。ちなみに僕はシステム開発部のため、普段はほぼ関わりのない部署である。
「期待の新人みーっけ!」
休憩室のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいたところ、いきなり頭を後ろから叩かれた。僕は殺してやろうか――という剣幕で勢いよく振り返った。
背後にいた男の姿(頭)を見た瞬間、僕は驚きで思わず目を剥いた。
「……っ!?」
「俺は営業部の野原っていうんだ。よろしくな、新人」
野原と名乗るこの男は、昨晩大きなボヤ騒ぎがあり、焼け野原になってしまったような哀愁漂う頭部を持っていた。
「よ、よろしくお願いします」
スタンド使いが引かれ合うように、禿げもまた互いに引かれ合うものだ。寂しい頭を寄り添い合わせ、頭皮と心の暖を取るように、自然と禿げのコミュニティができるあがるのかもしれない。
野原さんはシステム開発部に入ったという若禿げの新人の噂を聞きつけ、わざわざ営業部から新人の顔――ではなく、頭を見にやってきたらしい。
「最悪だ……。他の部署にまで、僕の噂が広まっているだなんて……。」
がっくり肩を落とすと、野原先輩は僕の背中と頭をばしばし叩いてきた。すごく鬱陶しかった。
「おいおい、その程度のハゲで気を落すな。上にはまだまだ上がいるんだぜ。ほら、先ほどからだんだんと照度が高くなってきているだろう。」
「確かに……。なんだか、さっきから太陽も出ていないのに眩しい気がしますね。」
「これは、伝説のハゲ――総務部の大原部長がこっちに近づいて来ている証拠だ。」
「もしかして――こっちに向かってくるあの人ですかっ!?」
「そうだ――あのお方だよ!」
僕が初めて大原部長を見た時――
彼の背中に後光が差しているような錯覚を覚えた。
まるで――
太陽――
いや、神――
そんな偉大な存在を目の当たりにしたかのような――尊敬と畏怖すらも覚えた。
「やぁ、野原くんじゃないか。」
大原部長はアルカイックスマイルを浮かべながら、休憩室にいた僕と野原先輩の元に近づいてきた。
「……っ!」
まるで自ら発光しているかのような、そらおそろしいハゲだった。目の前に白熱電球を押し付けられたようなあまりの眩しさで、僕の視界が眩んでしまうほどである。
「おつかれさまでーすっ!」
野原先輩は凄まじい勢いで頭を下げ、焼け野原の頭を晒してお辞儀した。つられて僕も深々と頭を下げた。
「ほぉ、この子が噂のシステム部に入った期待のルーキーだね。」
「……。」
期待のルーキーとは、さて一体何の期待をされているのだろうか。
「うむ、まだまだ青いが――なかなかいい筋をしているね。これならおそらくだが、40代には――、いや30代で立派に一皮剥けるだろう。」
そう言いながら、大原部長は僕の頭をやさしく撫でまわした。一皮剥けるとは、まさか30代にして頭皮がずるむけのハゲになるってことか!
禿げの先駆者たちは、一目見た瞬間に「あぁ、こいつは将来禿げるな」と分かる先見の明があるらしい。この世で最も役に立たない能力であるといって過言はない。
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