保健室にて

朝涼

保健室にて

 まず目に入ってきたのはどうしようもないくらいの白だった。眩しくて開いたばかりの目を細める。

 だんだんと白に慣れてくると、それが蛍光灯の光だとわかる。

 ここはどこだろう。記憶を辿ろうとすると、頭が割れるように痛かった。

「目が覚めた?」

 耳元から誰かの声。それはとても聞きなれたもの。

「突然倒れたからびっくりしたよ。とりあえず保健室で寝かせてもらってるけど」

 少しずつ落ち着いてきた頭が状況をまとめ始める。

 ここは学校の保健室。最後の記憶は3限目の数学の時間。きっと昨晩、徹夜で作業していたせいで耐えきれなかったのだろう。

「……そっか。うん。頭が痛いけど、多分平気。寝不足のせいだと思うから」

「それ本当?ちゃんと寝ないと駄目だよ。育ち盛りなんだから」

 きびしい言葉。でも、私のことを心配してくれるのがわかる、とてもやさしい言葉。

 あぁ、うれしいな。とてもうれしい。今、彼女のその優しげな眼には、私しか映っていない。彼女が私を、私だけを見てくれている。これに勝る幸せなどあるだろうか。

「今は何時くらい?」

「ちょっと待って。……えっと、午後の1時だって」

「って、もう昼休みの時間じゃん。まさかそれまでずっとここに居たってこと」

「まぁほっとけないし。目、覚ましたとき誰もいなかったら嫌でしょう?」

 にっと笑う。

「それはそうだけど……授業はどうしたのさ」

「誰にもなんも言われなかったからサボっちゃった」

「人には説教しておきながら、自分はいいのか」

「はははっ!いいことしたんだから少しくらい悪いことしてもプラマイ0だって」

「そういう問題かな」

 私にはわからなかった。だけど、そう言って笑う彼女はなによりも美しいと思った。

「どう?もう起き上がれそう?」

 聞かれた私は頭を動かそうとする。痛い。

「まだちょっときついかな」

 そう答えると、

「そっか。じゃあもう少しここにいるか」

 当然のようにそう返ってきた。

「でも、そろそろ戻らないと怒られない?そもそも保健の先生は?」

「んー、誰も居なかったからそのまま入っちゃった。怒られたらそのときはそのとき!」

 そっか。そうなんだよ。あっはっは。

「頭痛いけど眠くないし、話でも付き合ってよ」

「元からそのつもり。別にまだ寝顔見ててもいいけどね」

 一気に顔が熱くなるのを感じた。

「まさか、ずっと見てたの」

「うん、ずっと」

「飽きずに」

「飽きないよ」

 茶化すでもなく、とても自然な答え。

 恥ずかしい。とても。顔から火が出そうだ。というかもう出ているかもしれない。

「ほら、フォルダもこんなに埋まっちゃった」

 そういって見せられたスマホの写真フォルダには、私の寝顔がずらっと──

「消して!今すぐ!」

 叫ぶ。頭に響く。

「嫌だよ、せっかく撮ったのに」

 今すぐ起き上がってスマホを取り上げたい。でも徹夜明けの体は言うことを聞いてくれなかった。

「待ち受けにしちゃった」

「殺して!今すぐ!」

「そんな大げさな」

 悔し気に睨みつけてみたが、彼女はどこ吹く風といったところ。私が本気でないことがわかっているからだろう。

 あぁ、悔しいなぁ。でもどうしようもない。好きになった相手を憎むことなんて私にはできないから。

 

 結局、その日は放課後までそうして駄弁っていた。

 保健の先生も途中で帰ってきたものの、特に怒られることもなく。

 そうしてなんてことのない、けれど私にとってとても輝いていた一日が終わっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

保健室にて 朝涼 @oishimikan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ