私メリーさん。今貴女の彼氏を寝取ってるの
下垣
寝取られやホラーは脳を粉々に破壊するよ。優しいものを見たり想像して脳を守ってね
12月も中旬になってきた頃、世間ではクリスマスだなんだの浮かれている。街も大きなツリーに電飾が飾られてライトアップしている。お店ではクリスマスセールをやっている。キリスト教徒でもないのに日本人は浮かれすぎである。
今年も彼氏がいて良かった。ぼっちなクリスマスを過ごさなくて済む。私は彼氏がいる幸せを噛み締めて、自宅に帰った。
家は外よりも寒かった。古い木造アパートだから仕方ないと言えば仕方ないか。暖房を付けて少しでも温まろうとする。その時だった。私の携帯電話が鳴ったのだ。
画面を見ると、メリーさんって人から電話がかかってきたようだ。あれ? こんな名前の人電話帳に登録したっけ? まあいいや。とりあえず出てみよう。
「私メリーさん。今、ブラジルにいるの」
舌ったらずな少女の声が聞こえてきた。私はその声を聞いた時、一瞬頭が真っ白になった。これが都市伝説で聞くメリーさんの電話ってやつ? けれど初期スタート地点がブラジルってなんなの。
少しだけびっくりしたけれど、私はすぐに冷静になった。誰かのタチの悪い悪戯だろう。気にするだけ無駄だ。
「ブラジルのメリーさーん! 聞こえますかー!」
私は地面に向かってそう言った。するとまた電話が鳴った。
「うるせえ」
電話口から先程のメリーさんの声が聞こえてきた。その時、私は全身に鳥肌が立った。
え? この「うるせえ」って声は、私の行動に対しての返答だよね? この悪戯の主は、私がこの行動を取ったことを知っている。つまり、私は監視されてる?
私はなんだか気味が悪くなって、辺りをキョロキョロと見回した。家の中には誰もいない。まさか監視カメラがついてるとか? 怖くなった私は部屋から出ようとした。
今夜は彼氏の家に行こう。そうしよう。そう思っていたら、また電話が鳴った。私は固唾を飲みながら、電話に出た。
「私メリーさん。今、飛行機に乗っているの。あ、Fish please.」
メリーさん魚派なんだ……って違う。そんなこと言ってる場合じゃない。早く家から出なきゃ。そう思って、玄関に向かいドアノブを回す……開かない。どういうこと? 鍵はかかってないはず。なのにドアが開かない? 古い建物だから建てつけが悪くなってるのかな?
また電話が鳴る。こんな時に悪戯の電話をしてくるんじゃない。私はうざがって電話をとらないようにした。けれど、電話は勝手にピッという音がした後に、またもや例の声が聞こえてくる。
「私メリーさん。今、東武東上線に乗ってるの」
東武東上線? 私がいつも使っている路線だ。ってか、もう飛行機降りて電車に乗ってるの? 早すぎない?
とにかく大家さんに電話しなきゃ。ここの建てつけが悪くなって家から出ることができないことを伝えないと。業者を呼んでもらって修理しなきゃどうしようもない。私は電話で大家さんに電話をかけた。プツっと音と共に電話がつながる。
「あ、もしもし。大家さん? 205号室の
「私メリーさん」
「ひぃ!」
予想外に聞こえてきた声に私は思わず携帯電話を落しそうになった。なんで? 大家さんに電話をかけたはずなのに、なんでメリーさんに繋がってるの?
「今、川越駅にいるの?」
川越駅? 私の最寄駅だ。え? 段々私に近づいてきてない? 気のせい?
メリーさんの電話がぷつっと切れる。ああ、もうなんなのこれ……夢なら醒めて欲しい。確か都市伝説のメリーさんって、最後は「あなたのうしろにいるの」って言うんだよね?
身の危険を感じた私は台所に行って包丁を手にした。メリーさん相手に効くのかはわからないけれど、なにも武器を持っていないよりはマシだ。私は簡単には殺されない。ヤるならヤってやる!
また電話が鳴る。私は覚悟を決めて電話に出た。
「私メリーさん。今、貴女の――」
来た……さあ来るなら来い! 返り討ちにしてやる。
「彼氏の家の前にいるの」
は?
「ちょ、ちょっと待って。彼氏の家?」
私は電話越しにメリーさんに話しかけた。けれど、電話が切れてしまいメリーさんは応答しない。どういうこと? メリーさんに狙われているのは私じゃないの?
「私メリーさん。今、貴女の彼氏の後ろにいるの」
ど、どうしよう。このままじゃ私の彼がメリーさんに殺されちゃう。
「私メリーさん。今、貴女の彼氏とシャワー浴びてるの」
「へ?」
よく耳をすませば、ザーという水の音が聞こえる。え? なに? なにが起きてるの?
「やん。もうくすぐったいよ」
「え? ちょ、ちょっとなにしてるの!」
「私メリーさん。今、貴女の彼氏とイチャついてるの」
意味が分からない。なんでメリーさんが私の彼氏とイチャついてるの?
「ちょっと! なにしてるの! 私というものがありながら、浮気ってどういうこと!」
私は電話越しに彼氏に聞こえるようにそう言った。なんで彼氏がこの状況を受け入れてメリーさんとよろしくやっているのか理解に苦しむ。
「無駄だよ。貴女の声は私にしか聞こえない。貴女の声は彼氏には届かない。貴女がいくら呼びかけても彼氏は応えてくれない」
なんで? どういうこと? わけがわからない。なんで……なんで……こんなクリスマス前の大事な時期になんで私の彼氏が……ひどいよ。こんなの……
「私メリーさん。今、貴女の彼氏とベッドインしてるの」
「やめて! 実況しないで!」
私は精一杯の大声を出した。これから先のことを想うと胸が張り裂けそうでとても辛い。私の彼氏がわけのわからない女に寝取られて、電話越しで情事を実況される。こんな残酷なことがあるのだろうか。
「私メリーさん。今、貴女の彼氏に服を脱がされてるの」
電話越しに衣擦れの音が聞こえる。生々しい水音が聞こえてきて、くぐもった嬌声も聞こえる。映像が見えない分、より鮮明に嫌なイメージが私の頭の中に浮かんでくる。違う、違う。こんなの現実じゃない。悪い夢だ。そうに違いない。
「私メリーさん。今さっき、貴女の彼氏とキスしたの。とっても激しい――」
私は電話を切った。これ以上は聞きたくない。聞かせないで……しかし、無情にもまた電話が鳴る。私が電話に出ようが出まいが関係なく、電話が自動的に通話中になる。例え、私が電話に耳を近づけなくても、自動的にスピーカーモードになりメリーさんの声が嫌でも聞こえてくる。耳を塞いでも、脳内に直接メリーさんの声が聞こえるくらい鮮明な声が響き渡る。
メリーさんの実況は続いていた。とても口に出して言えない行為を彼女は平然と口にする。地上波のテレビなら間違いなくピー音が入るであろう、子供には聞かせられない内容。やがて、その実況も段々と雑になっていき、メリーさんの艶めかしい喘ぎ声しか聞こえなくなる。実況を忘れるくらい行為に夢中になっている証拠。もうやだ。浮気するのは勝手だけど、せめて私のあずかり知らぬところでやって欲しかった。
「ハァ……ハァ……私メリーさん。今、貴女の彼氏の子供を身籠ったの」
その言葉を最後にブツっと電話が切れた。私はしばらく放心していた。1時間くらい床にべたっと座っていただろう。その間、電話が鳴ることはなかった。
そして、しばらくして心の整理がついた頃。段々と怒りが沸いてきた。私の彼氏を寝取ったメリーさんに対する怒りもあるし、メリーさんにあっさり靡いた彼氏も許せなかった。
私は電話を取り、彼氏に電話をした。4コールくらいした時、彼氏が電話に出た。
「もしもし、祥子か? どうしたんだ? こんな夜に」
「どうしたもこうしたもないよ! なんで浮気なんてしたの!」
「浮気? なんのことだよ」
「とぼけないで! 今どこにいるの!」
「あ? 今、長野だけど?」
「へ?」
私はこの時、とんでもない思い過ごしをしていたことに気づいてしまった。
「出張で長野に行ってるってこの前言ったばかりだろ。なんだよもう忘れたのか?」
「あ、あはは。そ、そうだったよね?」
「まあ、仕事で会えない日が続いてたしな。祥子が不安に思う気持ちはわかる。寂しい気持ちをさせて悪かったな」
「あ、う、うん。わ、私こそごめん。な、なんか勘違いしてたみたい。あはは」
「クリスマスには帰るからさ。待っててくれよ」
「う、うん。わかった。楽しみにしている。じゃあ切るね」
私は電話を切った。そして、1人で頭を抱えた。
「や、やっちまったー! だ、大丈夫だよね? バレてないよね?」
私は不用意に彼氏に電話をかけてしまったことを後悔した。今の電話を不審に思われたら終わりだ。“本命”の彼氏に――
私はまた別の人に電話をかけた。
「もしもし?」
「ふぇ!? あ、もしもし。ど、どうした祥子?」
このあからさまに慌てた反応。間違いない。メリーさんが寝取ったのは“キープ”の方の彼氏だった。
「ねえ、私に隠し事してない?」
「し、してないよ」
「本当? 今なら正直に話したら許してあげるけど」
数秒の沈黙――
「ご、ごめんなさい! 可愛い女の子に誘われて……浮気してしまいました」
「さいてー」
「うぅ……ご、ごめんよぉ。祥子」
「もうすぐクリスマスだよね? シャネルのバッグで手を打とう。それで水に流してあげる」
「すまぬ……すまぬ……」
なんか知らないけど欲しかったバッグも手に入るし、良かった。脳が修復されて、めでたし めでたし。
私メリーさん。今貴女の彼氏を寝取ってるの 下垣 @vasita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます