浮遊花の永遠

山吹 寧

浮遊花の永遠

 ハーバリウム。

 それは終わりゆくときを先延ばしにして、咲き誇る仮初めの永遠。

 ゆらゆらと、穏やかな水底をたゆたう花びらの中に、


 ――わたしは、ずっと言えなかった『初恋』を。

 ――私は、伝えてはいけない『秘密』を。


 今の『わたしたち』が壊れてしまわないよう、そっと隠したのです。


  ❀✿


 二つ並んだ勉強机。わたしはその左側で頬杖をつきながら、夕陽の射す窓辺を眺める。

 家族で暮らしている湖畔の街。そこにあるマンションの自室には、ベッドや通学用のスクールバッグなど、全部が二つずつ揃えられている。

 ちらりと右側の机に目をやると、文庫本に目を落としている、わたしと瓜二つの小柄な女の子。

 如月雪袮と如月春袮。

 姉の雪袮と、妹のわたしは双子だ。

「ねぇ雪祢、今度の部活で使う花の種類決まった?」

 ふと、学校での出来事を思い出して聞くと、雪祢はゆっくりと顔を上げた。

 さらさらとした亜麻色のショートボブ。耳にかけた髪がするりと落ち、夕陽を受け止めて光る。

「まだ決まってないわね。あれってハーバリウムだったかしら?」

「そうそう、先生も面白い話持ってくるよね」

 雪祢はくるりとした瞳をこちらに向け、小さな口を動かした。

 わたしたち姉妹は、同じ学校に通う高校二年生。揃って手芸部に入っている。

 もうすぐ文化祭があり、部活として出し物をすることになった。そこで顧問の先生から提案があったのが、各自ハーバリウムを作るという企画だ。

 ざっと説明を聞いた感じだと、植物標本の一種らしい。

「文化祭で展示するって言ってもさ、わたしたちに作れるものなのかなぁ」

「準備は先生がすると言っていたけれど、一応調べておいたら?」

「だね、その方がよさそう」

 そう答えると、雪祢は文庫本へと視線を戻した。読んでいるのはわたしが貸した恋愛小説みたいだ。

 わたしはスマホを手に取り、ブラウザに『ハーバリウム』と打ち込む。

 検索トップに出てきた画像では、淡色の花びらが浮かぶように瓶へ詰められていた。

 さらに調べていくと『ハーバリウムの作り方』というサイトが目につく。

「なになに、最初はドライフラワーを作ります。乾燥期間は……一週間だって! その後に専用オイルと一緒に瓶詰めするのかぁ。結構ぎりぎりのスケジュールじゃない……これ?」

「春袮、文化祭はもう来週の土日よね?」

 雪音も同じ考えみたいで、本へ栞を挟みながら聞いてくる。

「そうだよねぇ。間に合うのかな」

「はぁ……先生の無計画さには毎度頭が痛いわね」

「あはは、まぁいつものことだけどね」

 手芸部の顧問――山野京子先生は変わり者だ。突拍子もない案件を急に持ち込んだり、よく分からない適当発言をしたり、わたしたちはよく振り回されている。

 だけど、破天荒なのに不思議と人気のある先生なんだよね。さっぱりとした性格がいいのかな。

「元々、今回の展示は三年生メインって話だったものね。私たちはクラスの方に集中するようにって」

 雪袮は小さくため息をつくと、窓の外へ視線を向けながら言う。

 五月下旬の文化祭。もう直前もいいところだ。

「そうそう。とりあえずお花屋さんにでも行ってみよっか? 花だけでも買っておいた方がよさそうだし」

「ええ、そうしましょうか」

 文庫本を置いて立ち上がった雪袮にわたしも続く。キッチンで料理中のお母さんに「出かけてくるね」と声をかけて玄関へ。エレベーターに乗って外に出ると、暖かい夕風が髪をなでた。

 街路樹もすっかり緑色になって、春も深まってきたように感じる。それとずいぶん日も延びてきた。

「さて、行こっか」

 雪袮の手を取って横に並ぶ。雪袮も「ええ」と柔らかくほほえんで握り返してきた。

 二人で出かけるとき、わたしの右手は雪祢の専用だ。それは子供の頃からの習慣で、高校生になっても変わらない。

 そうして雪祢と手を繋いだまま、路地を抜けて大通りに出る。大きな湖を中心に広がる街。目的のお店は湖をぐるりと巡る湖岸通りにあって、わたしたちも昔はよく行っていた。

「そういえばこの前、先生から茶化されたわ。君たちは仲良しだねって」

「あはは、わたしたちにとっては当たり前のことなのにね」

 少しむすっとして呟く雪祢に、わたしは軽く笑いながら答える。

 きっと、こうして手を繋いでいるところを見られたのかな。

「……春袮はその、嫌じゃない?」

「わたし? 仲良し姉妹ならこんなもんじゃない?」

「……そう」

 雪袮はぽしょりと言い、きゅっと指に力を込めた。これは雪袮が嬉しい時の癖だ。

 思えば、昔から雪祢とわたしは『同じ』だった。

 好きな食べ物やおもちゃ、得意科目から苦手科目、部活動や習い事まで。

 自分と同じ女の子。そんな関係は心地よくて、だから雪袮が誰よりも大切で。わたしにとっての全て。

 ――だけど、わたしには一つ雪祢に隠していることがある。

 夕暮れの湖畔を歩いていると、前方から二人の女子高生がやってきた。

 わたしたちと同じ制服、けれど胸元には色違いのリボン。三年生だ。

 そのうちの一人、腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪を風に揺らしている先輩。その深い黒色の瞳と一瞬だけ目が合って、

「……っ」

 わたしは思わず目を反らした。

「あの人、確か生徒会の先輩だったかしら?」

「……あ、うん。よく部室に来る人かもね」

 何気ない雪袮の言葉は笑顔で誤魔化す。だけど本当はよく知っている。生徒会の副会長さんだ。

 見た目は本当に優等生って感じで、艶々とした黒髪に、切れ長の目が特徴。

 最初は厳しそうな人かと思ったけど、ときおり見せる優しいほほえみを見て、わたしの印象はころりと変わった。

 部活動の担当らしくて、書類の確認とかで手芸部に来ることも多い、そんな先輩。

 あれは一年生の頃だった。わたしの目がその後ろ姿を追うようになったのは。

「……春袮? どうかしたの?」

「ううん、何でもないよ。ほら、お店すぐそこだし行こっ」

 もし、わたしに好きな人ができたと伝えたら、優しい雪袮はきっと気を使うだろう。こうして一緒に歩くこともなくなったりして。

 それはちょっと……嫌だなぁ。

 こちらを窺う雪袮を引っぱり、わたしは前を歩く。やがてガラス張りの黒い建物へ到着した。

 観光地にもなっている湖岸通り。その途中にある二階建ての建物は、お土産屋さんやレストランの入った複合施設で、目的のお店はその一階にある。

「ここに来るのも久しぶりだねー。小さい頃はよく来たっけ」

「そうね。少しお店も小さく感じる」

「あはは、きっとわたしたちが大きくなったからだよ」

 顎に指を当てながら店内をぐるりと見ている雪袮に、わたしは笑いながら返す。

 一階フロアのおよそ半分は花が並んでいて、決してお店が小さいわけではない。

「さて、私は向こうを見てくるわね。買い終わったら合流しましょう」

「うん。あ、そうだ。あまり大きな花だと、瓶に入らないかもしれないよ」

「ええ、分かったわ」

 雪袮はこくりと頷き、店の奥へと入っていった。

 わたしもお店の入り口側から、花壇のように立ち並んでいる花を眺めていく。

 チューリップにパンジー、赤いバラや白百合。

 色鮮やかな花々には、それぞれ花言葉が書かれたカードが添えられている。

 試しに赤いバラのカードを見てみると『あなたのことを愛しています』と書き添えてあって、思わず目が止まってしまった。

 胸に手を当てると、とくり、とくりと心臓の音がする。少しばかり早いそのリズムに、わたしはため息をついた。

「こんにちは。なにかお探しですか?」

「わっ!」

 そんな時だ。不意に後ろから話しかけられたのは。思わずびくりとして振り向くと、お店のロゴ入りエプロンを着けたお姉さんがほほえんでいた。

 やや明るいベージュの長髪、くるりと巻かれた毛先を揺らしながら、人懐っこい笑顔を浮かべている。小柄なわたしより十センチは身長が高いだろう。年齢は二十代半ばくらいかな。

「ふふ、誰かへの贈り物ですか?」

 お姉さんは軽く目を細めると、そう尋ねてきた。わたしは少し悩んでから、首を振る。

「いえっ。部活で使う花を探してるんです。ハーバリウムを作ることになって」

「まぁ、それは素敵ですね」

 わたしの答えを聞いたお姉さんは、少し考える素振りをしてからポンと手を合わせた。

「……でしたら、あなたに合う花言葉のお花を選んではどうでしょう?」

「わたしに合う花言葉、ですか?」

「はい。ハーバリウムは花が枯れる時を先延ばしにしてくれます。まるで時が止まっているかのような、仮初めの時間を作り出して」

 お姉さんは言葉を切ると、優しくほほえんだ。

「もし、誰にも言えない悩みがあるのなら、そんな『永遠』に言葉を込めるのも、私は間違いじゃないと思いますよ」

「……え? あの」

 もしかして超能力者? わたし何も言ってないのに。

 少し慄きながらその顔をじっと見つめると、口の端を柔らかく持ち上げて答えてくれる。

「なんだか浮かない顔をしてたのでつい。ふふっ、余計なお世話でしたね。何かあればお気軽に声をかけて下さい」

「あ、はいっ。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。お姉さんは軽く手を振ると、お店の奥へと戻っていった。

 ていうかわたし、そんなに分かりやすい顔してたかぁ。雪袮の前では気をつけないと……。

 ふるふると頭を振って、もう一度バラに目を落とす。

「あはは……でもさすがにこれはなぁ」

 情熱の花と言うだけあって、まっすぐな言葉を持つ赤いバラ。わたしには不釣り合いすぎる。

 はぁ、ともう一度ため息を落として、わたしは店内を進む。

 色とりどりの花を眺めながらゆっくりと歩いていると、棚の一番端っこ。その花はあった。

 小さな桃色の花だ。五つの花びら、それらが寄り添うようにひっそりと咲いている。

 他にも目を引く花はたくさんあるはずなのに、なんだか不思議と気になって、プランターに添えられているカードに目を落とした。

 そこに書かれた花言葉は『憧れ』。そして――『初恋』。

「……これ」

 まるで、わたしのことみたいだと思った。

 ずっと二人きりだった世界の外に憧れて、初めて誰かを好きになって。

 いつかは伝えたい言葉。でも今は胸に秘めている言葉だ。

「……」

 少し迷った後、わたしはその花を手に取った。


 花の入った紙袋をさげてお店の外で待っていると、遅れて雪袮が出てきた。

「お待たせ、春袮」

「うん、帰ろっか」

 お互い、買った花のことには触れない。

 普段なら当たり前のように同じものを選ぶだろうから、確認の必要もない。

 でも、今回はきっと違う花を選んでいる。そんな確信があった。

 だからわたしは、花言葉の書かれたそれを制服のポケットに隠したんだ。

 可愛い文字で『サクラソウ』と書かれたカードを。


  ❀✿


 流行りの恋愛小説みたいに、私の気持ちも伝えられればいいのに。

 フラワーショップの帰り道、隣で可愛らしく笑う妹の春祢を見て、私は小さく嘆息する。

 私――如月雪袮は、昔から感情表現が苦手な子供だった。

 別に無感情なわけではない。むしろその逆で、綺麗なものには心打たれるし、悲しい時には泣きたくもなる。でも、それが形として相手に伝わってくれない。

 いくら伝えようとしても、理解してもらえないことばかり。

 私はそんな自分が嫌いだった。

 一方、妹の春袮は真っ直ぐに感情を表現するタイプで、嬉しい時は飛び跳ねて喜ぶし、悲しい時は声を上げて泣く子供だった。

 趣味や成績、小柄な身体などは全く同じなのに、性格だけが違う妹。春袮は私の理想とする女の子だ。

 相変わらず自分の性格は嫌いだったけれど、春袮と同じ部分だけは好きだと思えた。

 春袮を好きでいれば、私は自分を好きでいられる。そうやって私は、春袮のことを想い続けた。

 そんな日々を経て、あれは中学生になった頃のことだったかしら。

 いつも通り繋いだ手に、ふと芽生えた違和感。

 絡めた指がじっとりと熱を帯びて、息苦しいほどに鼓動が早まる。隣で笑う春祢を見ているだけで、その感情は止めどなく溢れ出てきた。

 その時、私は知ってしまったのだ。

 ――ああ、春祢に恋をしてしまったんだと。

 ふと、道沿いに広がる湖へ目をやると、太陽はその向こう側へと沈み込んでいた。空の大部分は、すでに藍色に染まり始めている。

「あ、そうだ。明日には部室で花の加工やらないとねー。授業終わったら教室まで迎えに行くからさ、一緒に行こう?」

「ええ、ありがとう」

 そう答えると、春祢は無邪気に笑う。絡ませた指に軽く力を込めると、春袮もそっと握り返してくれた。

 私は一体、いつまでこの手を取っていられるのだろう。

 自分の手提げ袋を覗き込めば、小鞠のような黄色い花がある。『アカシア』という種類の花だ。枝に咲く種類のため、切り花として加工してもらっている。

 制服の胸ポケットに忍ばせた花言葉のカード、そこに書かれているのは『秘密の恋』。

 本当は春袮に好きだと伝えたかった。でも、仮に拒絶されてしまったら、私は変わらずに春袮を好きでいられるだろうか。

 恐らくそれは叶わない。そして、私自身をさらに許せなくなってしまう。

 私はそっと視線を外し、春祢が持つ紙袋へ目をやる。

 春袮が選んだ花。私たちの好みからすると、チューリップやパンジーといったところかしら。私がこんな劣情を抱いていなければ、迷わず選んでいただろう。

「雪袮? どうかした?」

「いえ、なんでもないわ。さ、夕飯の時間だし早く帰りましょう」

 春祢だけは私の感情を読み取ってくれる。だから悟られないよう、いつも通りの微笑みを返して、私はまた言葉を飲み込んだ。


 ――翌日の放課後。

 私と春袮は手芸部の部室へと赴いていた。

 第二家庭科室。とは言うものの、実際は第一家庭科室の物置みたいな場所で、中央付近に数人分の机と椅子が置いてあるだけの部屋だ。

 三年生は部長が一人だけで、二年生の部員は私と春祢だけ。一年生はいない。部長は文化祭で美術部と共同出展をするらしく、期間中は留守になっている。

「さぁ二人とも! 花は買って来たかい?」

 そして忘れてはいけないもう一人。黒板の前で声を上げるのは、顧問の京子先生だ。

 男子のように短く切り揃えた黒髪に、はつらつとした大きな目が特徴的。年齢は二十代半ばと聞いている。普段からジャージを着て体育会系を匂わせているのに、なぜか担当教科は数学だ。どうして手芸部の顧問をしているのかも謎。

「はい先生、買ってきましたよー」

「春祢ちゃん! よろしい!」

 手を真っ直ぐに上げて答える春祢に、京子先生は満足げに頷く。

 その様子を見て、春祢は机に置いた紙袋を指差しながら続けた。

「ていうか先生、雪祢とも話してたんですけど、これ文化祭に間に合うんですか?」

「正直もう少し早めに言って頂きたかったです」

 私も加勢すると、京子先生はたじろぐ。

「……ぐっ、相変わらず容赦ないなぁ君たちは」

「だってもう来週末の土日ですよー? 乾燥にも時間かかるって聞いたし」

「だ、大丈夫さ! たぶん!」

 多分、を強調する先生の言い分に私は頭痛を覚える。

「はぁ……相変わらずいつもの見切り発車ね」

「あはは、まぁ京子先生だもんねぇ」

 けれど、私は案外この忙しない感じが嫌いではない。きっと春祢もそうだろう。

 先生との出会いは一年生の時。二人で一緒に入れる部活を探していた私たちは、京子先生の勧誘にまんまと騙された。

 仮入部中なのになぜか勧誘活動に駆り出され、顧問が作成する部活動報告まで書かされたこともあった。正直思い出したくもない。

 けれど、先生の心底楽しそうな顔を見ると、なぜか許せてしまうのだ。ただ前だけを見つめる瞳。それを私は、羨ましく思っていたのかもしれない。

 まぁ、それと今回の一件は別。私はため息をついて話を戻す。

「それで、まずはドライフラワーの製作でよろしいですか?」

「いやぁ雪袮ちゃんは話が早くて助かるね。とりあえず買った花を出してみようか」

「ええ、分かりました」

 指示通り、紙袋からアカシアの花を取り出す。隣に座る春袮も「はーい先生」と答えてから私に続く。

 すると、京子先生は何かに気付いたように目を瞬かせた。

「ありゃ珍しい。二人で違う花選んだんだ?」

 春袮がアカシアを選ぶことはない。そう思っていたから特に何も言わなかった。けれど、春袮の方へ目を向けてようやく予想外の事実に気付く。

 春袮が持っているのは、私の知らない可愛らしい花だった。

「……あはは、確かに珍しいかも。雪袮は変わった花にしたんだね?」

「……ええ」

 少し困ったように眉を寄せる春袮に、私も曖昧な返事をする。

「まぁそういうこともあるか。少し拝見するよ」

 京子先生はこちらに歩み寄ってくると、二つの花を品定めするように見つめる。その表情は真剣そのもの。

「先生、お花詳しいんですかー?」

「いや、ぜんっぜん」

 前言撤回、その専門家みたいな視線はなんだったのかしら……。

 私は思わずため息を零して、顎を指でさする先生に問いかける。

「でしたら、なぜハーバリウムを?」

 すると先生は、勢いよく机に両手を突いた。

「妹に『お姉ちゃんはお花とか似合わなそうですね』って笑われて! 見返してやろうと思ったのさ!」

「うわぁ、めっちゃ個人的な理由じゃん……」

「今回はその私情に巻き込まれたわけね……はぁ」

 薄々、しょうもない理由だろうとは思っていたけれど、姉妹喧嘩が原因だとは呆れるしかない。

「全く、どう反論しろっていうんだ。うちの妹、花屋に勤めている専門家なんだよ」

「……え、そうなんですか?」

 春袮は首を傾げると、京子先生の顔を覗き込む。

「そういえばお花を買ったとき、巻き髪の店員さんと話したんですけど、先生に似てるような?」

「あ、湖岸通りのお店? それ、妹の都子だね」

「おおーなるほど、先生の妹さんだったんですねっ」

 春袮はポンと手を叩くと、納得の表情を浮かべた。

 昨日、春袮と店員さんが話していたのは遠目で見えたけれど、先生の妹さんだったのね。

「一個下の妹で私とそっくりなんだけど、髪型で気付かれないことが多いんだよ。まぁ適当な性格は似てないけどさ」

「あはは……自覚はあるんだ。それで喧嘩しちゃったんですね」

「そう! 昔は可愛かったのになぁ。まぁ、変わってくれたのが嬉しくもあるんだけどね」

「……?」

 嘆きながらも、どこか楽しそうな表情の先生に、春袮は首を傾げている。

「まぁ、私情を持ち込むのはどうかと思いますが、今回の企画に異論はありませんよ。先生、やり方をご説明頂けますか?」

 諭すように私が告げると、先生は軽快に手を叩いた。

「ああ! 先生のためによろしく頼むよ!」

「……なんかわたし、目的を見失いそうだよ」

「気にしたら負けよ春袮。部活のために頑張りましょう」

 困ったように眉を下げる春祢に、私も肩をすくめて見せる。

 そうして、ようやく製作作業が始まったのだ。

 まず先生から配られたのは、切り花用の小さなハサミと透明なプラ容器。それと粒状の乾燥剤だ。

 道具を配り終えた先生は『ハーバリウム入門』と大きく書かれた本を取り出した。

「さてと、それじゃあ手頃な大きさにカットして、乾燥剤と一緒に容器へ入れていこうか」

「はーい先生。これって枯れちゃったりしないんですか?」

「空気中で自然乾燥だと萎れてしまうらしいね。逆に容器の中で乾燥させた方が色落ちも少ない、とここに書いてある」

 先生は悪戯っぽく口の端を吊り上げ、春袮の質問に答える。

 まぁ参考書の受け売りだけれど、信憑性はありそうね、逆に。

 私も作業に取り掛かる。と言っても、私の花はすでに切り花に加工してもらっているから、全体の大きさや、葉の占める比率を整える作業を中心に進めていく。

 一つ、整えた花と乾燥剤を容器に入れ、隣の机へと目をやる。

 春祢は器用に花びらを切り取ったり、あえて茎も含めて切り花にしたりと、時おり考え込みながら手を進めている。

 名前も知らない花、それは淡い春を感じさせる色合いだ。私なら選ぶことは無かったと思う。

 春袮はどんな気持ちでその花を手に取ったのだろうか。

 これまで何もかも同じだったはずなのに、私にはその理由が分からなかった。


 ❀✿


 雪袮が選んだ花、見たことない種類だったけど、なんていう名前なんだろう。

 そんなことを考えながら、わたしは部室を目指して放課後の廊下を歩く。

 ドライフラワー製作からちょうど一週間が経った。今日は文化祭の前日。丸一日が準備時間になっていて、今を放課後と呼ぶのかは微妙なところだけど。

 ばたばたとたくさんの人が行き交う校内を抜けて、部室へと到着する。引き戸を開けると、京子先生が暇そうに出迎えてくれた。

「おっ、来たね。……ありゃ、雪袮ちゃんは?」

「クラスの準備が長引いてるみたいですねー。ちょっと遅れるって言ってましたよ」

「ああ、今頃担任持ってる先生は地獄だろうね。春袮ちゃんのクラスは平気なのかい?」

「あはっ、うちは平気ですよ。シンプルな喫茶店ですからね。たぶん忙しいのは明日かなぁ」

 そう返事をしながら、日陰に置いた乾燥容器を手に取って覗き込む。

 切り花にしたサクラソウ。可愛い桃色もそこまで色落ちしないで水分が抜けたみたい。

「で、今日はこの花を瓶に詰めるんですよね?」

 本日の目的は最後の仕上げだ。先生は頷くと、手元に置いていた紙袋から何やら取り出していく。

「その通り。必要な道具も色々と揃えてきたよ。瓶にピンセット、それからアクセント用の木の実とか葉っぱ。それと最後は……専用のオイルだ」

「おおー」

 ぱちぱちと手を叩いて答えると、先生は「反応が薄いなぁ」と苦笑いしながら続ける。

「最後の工程は簡単。空瓶に花を詰めてオイルを注ぐだけのようだね。雪袮ちゃんも遅くなるようだし、先に始めたら?」

「うーん……そうですね。やっちゃいますか」

 先生から道具を受け取って席に座る。乾いた花を取り出すと、ふわりといい香りがした。

 ほんとは雪袮と一緒にやりたかったけど仕方ない。来たらやり方を教えてあげようかな。

 教室で黙々と手を動かす雪袮を想像しながら、瓶の中へ花を積んでいく。

 一枚一枚、丁寧に。小さな桃色の花びらに、ずっと言えなかった言葉を込めて。

 一緒に、飾りとなる葉っぱも散りばめていく。これでオイルを注げば浮かんでくるのかな。

 そうして一息ついていると、先生が透明なボトルを机に置いてくれた。

「上手く出来てるじゃないか。後はゆっくりオイルを注ぎ込むだけだよ」

「ありがとうございます。意外と簡単かもですね」

 お礼を伝えて受け取り、瓶の壁を沿わせるようゆっくりと注いでいく。すると、積まれた桃色の花びらたちが、ゆらりと舞うように浮かび上がった。

「……綺麗」

 思わず声が漏れる。同時に胸の奥をきゅっと掴まれたような感覚。

 やっぱり、雪袮に伝えるべきだろうか。本当は雪袮に隠し事なんてしたくない。

 通算何度目かも分からないため息を零して、わたしは空っぽになったボトルを見つめた。

 ってあれ? 空っぽ?

「あのー先生。オイル切れちゃいましたけど……雪袮の分は?」

「……え?」

「……え? なんですかその間」

 じとーっとその横顔を見つめると、先生はあからさまに「やっべ」という顔をした後、開き直ったようにわははと笑った。

「いやぁ適当に買ったから足りなかったか」

「えぇ……先生」

 また始まったよ……京子先生に限ってすんなり終わるはずがなかった。

「雪袮がいたら『早く買ってきてください』とか真顔で言われてましたよ?」

「ははっ、雪袮ちゃんは鬼畜だからね」

「それ、聞かれたら絶対怒られるやつ……まぁ雪袮も来てませんし、わたし買ってきますよ」

「いやぁ春袮ちゃん、申し訳ないね。都子のとこに売っているから頼まれてくれるかな」

「はいはい。それじゃちょこっと行ってきます」

 悪戯っぽくウインクを決めた先生へ苦笑いを向け、わたしは部室を出た。

 そのまま学校を出て湖岸通りへ抜ける。湖をぐるりと囲む山々は、深い緑色に染まっていた。

 春めいた景色が目いっぱいに広がる湖。思えば、こうして一人で歩くのは久しぶりかもしれない。

 学校帰りはいつも雪袮と一緒だし、お休みの日に出歩くときもだいたい一緒だったから。

 空いた右手を持て余しながら、フラワーショップのある建物へと到着する。

 花の香りが漂う店内を奥へ進むと、さっそく先生の妹――都子さんを見つけた。

 向こうもわたしに気が付いたようで、にこにこしながらこちらへやって来る。

「あら、いらっしゃいませ。今日はどうされましたか?」

 どうやら覚えててくれたらしい。京子先生と違ってまったりとした表情。でも、目元や口元、笑うとできるえくぼとか、改めて見るとやっぱり似ている。

「すみません、ハーバリウム用のオイルが欲しいんですけど、ありますか?」

「はい、取り揃えてますよ。少し待っていてくださいね」

 都子さんはエプロンをくるりとひるがえし、店の奥へと入っていく。少し待っていると、先生が用意したのと同じボトルを手にして戻ってきた。

「お待たせしました。これがおすすめですよ。私もよく使っていますので」

「わあ、ありがとうございますっ」

 お礼を言って受け取る。すると、都子さんは口元に手を当てて微笑んだ。

「ふふっ、もしかして京子お姉ちゃんの生徒さんですか?」

 軽く首を傾げながら聞いてくる都子さん。わたしは頷いて答える。

「はい、都子さんですよね。京子先生から聞いてます。あ、わたし如月春祢です。先生にはお世話になってますっ」

「いえいえ、よろしくね春袮さん。実は昨日お姉ちゃんが買い物に来まして、部活の話を聞いてもしやと思ったんですよ」

 都子さんはくすりと笑いながら言う。その上品な振る舞いだけは先生に似合いそうもない。

「姉が突拍子もないことを言い出したみたいでごめんなさいね。私の一言が原因だったと聞きましたし」

「あはっ、らしいですね。都子さん、先生とケンカするようなイメージないんだけどなぁ」

「うふふ、そうでもないですよ? 高校生くらいからよくケンカするようになりましたね。内容はくだらないことですけど」

「それより前は違ったんですか?」

 都子さんは軽く目を細めると、棚に並んでいる花の一つへ手を伸ばす。その花びらを指で撫でながら、どこか懐かしそうに見つめている。

「知ってましたか? お姉ちゃん、昔は私と同じくらい髪が長かったんですよ?」

「えっ! ほんとですか?」

 都子さんは背中まで伸びる艶やかな長髪だ。一方、京子先生といえば男子みたいな短髪。全く想像ができない。

「ふふっ、想像がつかないでしょう?」

「はい、もう短いイメージしかないです。何かばっさり切るきっかけでも?」

 そう尋ねると、都子さんは優しい口調で言う。

「はい。私のために切ってくれたんですよ。お姉ちゃんと同じでいたくて、ずっとやりたいことを先延ばしにしていた私のために」

「……っ。あの、それって」

 思わず前のめりになってしまい、都子さんはきょとんとした表情を浮かべていた。

「あ……ごめんなさい、わたし」

 変なところで反応しちゃった。誤魔化すように口ごもると、ふっと微笑む気配がする。

「いえいえ。春袮さん、何か悩みがあれば相談に乗りますよ?」

「えっ……?」

 思わず驚いてしまい、しまったと慌てて口を閉じたけどもう遅い。

 都子さんには、わたしの表情から全てお見通しのようで。

「……やっぱり、わたしって分かりやすいですか?」

「ふふっ、ころころ変わる表情も、とっても可愛いと思いますよ」

 遠回しにそうだと言われて、わたしは顔が熱くなるのを抑えられなかった。


 わたしはオイルを購入した後、フラワーショップの隣にあるカフェに入った。

 都子さんがもうすぐ休憩に入るとのことで、窓辺の席に座って待っているところだ。

 パン屋を兼ねている店内は、焼きたてのパンとコーヒーのいい香りがする。

 さっき買ったボトルを店内の照明にかざしてみる。でもそれはただ透明で、暖色の明かりがぼうっと映っているだけ。

 雪袮と同じでいること、憧れに手を伸ばすこと。その二つはわたしにとって同じくらい大切で、すぐに答えは見えてくれない。

「お待たせしました、春袮さん」

 十分くらいして、エプロンを外した都子さんがやってきた。ふわりとした栗色のニットに、ぴちっとしたジーンズ姿。手には二人分のカップを載せたトレーを持っている。

「春袮さん、カフェラテで大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですっ! すみません、わたしの分まで」

「ふふ、気にしないでください。お姉ちゃんの生徒さんは特別ですからね」

 都子さんは向かいの席に座り、白いカップをわたしの前に置いてくれた。ふわりとコーヒーの香りが漂う。

「ありがとうございますっ。あの、それで……」

「ふふっ、お姉ちゃん風に言うと『なんでも聞きたまえ若者よ!』ってところでしょうか? 誰にも言いませんから、遠慮なく話してください」

「あはは……ありがとうございます。確かに先生なら言いそうです」

 わざとらしく胸を張って見せた都子さんは、やはりどこか先生に似てる気がした。

 カプチーノを一口いただくと、甘くて苦い風味がすっと口に広がる。その苦味を飲み込むように深く息を吸ってから、隠していた言葉を口にする。

「……わたし、好きな人がいるんです。でも、どうしたらいいか分からなくて」

「なるほど。春袮さんは、その方に気持ちを伝えたいんですね」

「そう……なんだと思います」

 どうなりたいかと聞かれれば、まずはお話がしてみたい。一緒に帰ったり、今みたいにお茶をしてみたり。もっと、先輩のことを知りたい。

 そしていつかは――特別な関係にもなってみたい。

 でも、それと引き換えにしなければいけない大切な時間もあるわけで。

 わたしが言葉に詰まると、都子さんは柔らかい笑みで続きを待ってくれている。わたしは雪袮の顔を頭に浮かべて話を続けた。

「実は、わたしにも雪袮っていうお姉ちゃんがいます。双子で、生まれた時からずっと一緒でした。だけど、もしわたしが誰かを好きになったら、きっと今のままじゃいられないと思うんです。雪袮が大切だって気持ちは変わらないのに」

「春袮さんは、お姉さんが本当に大切なんですね」

「はい……もし気持ちが離れたらと思ったら怖くて……ずっと言えませんでした」

 言ってしまったらもう戻れない。雪袮と『同じ』っていう関係も、きっと終わってしまう。

 だから、都子さんに話を聞いて欲しいと思ったのだろう。

 お姉さんと同じでいたいと思っていて、それでも今は違う道を進んでいる都子さんに。

「都子さんは、先生と同じでいたかったんですよね? どうやって……変われたんですか?」

「どうやって、ですか。ふふっ。京子お姉ちゃん、昔はお馬鹿なのを隠してたんですよ」

「……へ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。わたしの反応を予想していたのか、都子さんはくすくすと笑いながらカップを手に取り、口を付ける。

「信じられないかもしれませんが、昔のお姉ちゃんは驚くほどしっかりした人でした。家では頼りになる長女で、優しくて。私はその背中にずっと憧れていたんです」

 理想のお姉さんだったと都子さんは語る。あまりにも今の先生と重ならなくて首をひねっていると、都子さんは話を続けた。

「ですが、家の外ではひどいものだったんですよ。普段から宿題なんて全くやってなくて友達に泣きついていたり、修学旅行の自由行動の時なんて、勝手に別の県まで遠征していたらしいです。後から聞いた話ですけどね」

「うわぁ……やっぱり先生だ」

 しっくりくる。それでこそ京子先生って感じだ。

「あっ、でもたしか学年って一個下だったんですよね? 何か言われたりしなかったんですか?」

「それが厄介なことに、お姉ちゃんは人気者でしてね。成績も良くて先生からは一目置かれてましたし、奇抜な行動を面白がった友達にいつも囲まれていました。それを見た私は愚かにも『お姉ちゃんすごい!』って信じ切ってしまったんですね」

「あはは……なんか分かります。めちゃくちゃなのに、不思議と人が集まるんですよね」

 先生への正直な印象を告げると、都子さんは自分のことのように笑みを深める。

「それで、お姉ちゃんに憧れていた私は同じ高校に入り、大学も同じところに進もうと思っていました。そんな時だったんです。お姉ちゃんが長い髪をばっさり切ってきたのは」

 都子さんは、栗色の髪先を懐かしそうにつまむ。かつて先生に倣って伸ばしたと言うその髪を。

「それは……都子さんに道を選んで欲しかったからですか?」

「ふふっ、そうですね。『お姉ちゃんはアホだから絶対真似するな! 都子のやりたいことを自分で選びなさい!』って怒られまして。そのときは本性も一緒に暴露されて、ショックやら何やらでケンカになってしまいました」

「……すごいな、先生」

 十何年も隠してきた秘密を、妹のためにさらけ出す。一体どれだけの勇気が必要だったのだろう。

「それで……都子さんは先生のこと、今はどう思ってるんですか?」

「ふふっ、今でも大好きで……憧れの存在ですよ。私のお姉ちゃん、普段はふざけてますけど、いざと言う時は本当にカッコいいんですから」

 都子さんは口に人差し指を当て、にっこりと笑った。

「きっと、姉妹の関係はいずれ移り変わっていくものなんです。その時をいつにするかというだけで。もちろん立ち止まる選択もあります。けれど、変わらなければ見えないこともきっとあるんです。どちらを選ぶかは――春袮さん次第ですよ」

「……ぁ」

 ふと、胸の奥が押し上げられるような感覚がした。雪祢を想う、とても暖かい感情。この気持ちだけはたとえ何かあっても変わらない。

 ――だから、隠し事はやめにしよう。そう思えた。

「……わたし、雪祢に話してみます。本当の気持ちを全部」

 まっすぐに都子さんの瞳を見つめ、わたしはそう告げたのだった。


 ❀✿


 クラスでの準備が一段落した私は、春袮が待っている部室へと向かった。

 引き戸を開けると、机にある一つのハーバリウムが目に入る。どうやら先に作品を完成させていたようだ。花びらが浮かぶように揺れ、西日を浴びて桃色を強調している。

 けれど、室内を見ても春袮の姿はなく、待っていたのは眠そうな京子先生だけ。

「あ、やっと来たね。雪祢ちゃん」

 まるで時間を持て余した子供のような姿に、私は小さく嘆息する。

「こんにちは。春袮はどうしたんですか?」

「あーいや、それには深い事情が」

 なんだかバツが悪そうな言い方。

 また何かやらかしたのか。そんな意味を込めて視線を向けると、先生は短い髪を手で撫でながら口を開いた。

「いやーごめん。ハーバリウムのオイル足りなくてさ。適当に買ったんだけど見当が外れちゃった」

「……それで春袮が買いに行っていると。事情は分かりました」

「お? やっぱり怒ってる?」

「……呆れているだけです。それよりお仕事はいいんですか? 他の先生方はすごく忙しそうですが」

 文化祭の前日は、申請さえすれば泊まり込みも認められている。

 実際は準備が終わっていても、せっかくだからと残るところも多い。私のクラスもそのパターンだ。

 当然、先生方にとっては仕事が増えることに違いないだろう。

「あー、今日は帰れないって決まってるからさ。少しくらいさぼっ……休憩してもバチは当たらんさ、うん」

 この人、思いっきりサボるって言いかけたわね……。

 でも、今日は当直なのね。もしかしたら若手の先生に回りやすいのかもしれない。それを思ったらなんだか怒る気もなくなってしまう。

 特に言い咎めることもせず、私は部室の奥へと向かい、乾燥させていた花を取り出した。

 枝の部分も含めて、しっかりと乾いているようだ。けれど、小鞠のような花にはきれいな黄色が残っている。

「……なんだか、君たちも少しずつ変わったよね。入学後から見ているけどさ」

 私の持つ花を見た先生は、不意にそんなことを零す。

「そうでしょうか? 元から性格は真逆ですが」

「はは、そうじゃないよ。ちゃんと自分で選び始めたんだなって思ってさ」

「……それはどういう?」

「いや、少し妹のことを思い出しただけさ。でもそれでいいよ、君たちはそれがいい」

 意味が分からず、私は首を傾げて見せるけど、先生には答える気はないらしい。

 追及は諦めて席につき、すでに用意されていた道具を確認していると、ちょうど春祢が戻ってきた。

「ただいまー。先生、買ってきましたよ」

 春祢はボトルを取り出すと、こちらに差し出してきた。

「ありがとう、春祢」

「うん……どういたしまして」

「……春袮?」

 何か言いたげに見えたけれど、すぐに普段の表情へと戻る春祢。どうしたのと聞く前に、やりとりを聞いていた先生が欠伸をしながら話に入ってくる。

「いやぁ助かったよ春祢ちゃん。あとは雪袮ちゃんのが完成したら終わりだね。先生もそれまでのんびりさせて頂こう……」

 と、先生は立て肘の体勢でウトウトし始める。

 ――唐突に校内放送が鳴り響いたのはそんな時だった。

『山野先生。至急、職員室までお戻りください。繰り返します……』

 なにやら怒りを含んだ声。それを聞いて、先生はすごい勢いで時計に目をやった。時針は午後四時を回っている。

「やっべ! 会議……!」

 珍しく顔を青くして立ち上がる先生。声の主はおそらく教頭先生だろう。

 教員、生徒に関わらず厳しいと有名だものね。先生でも逆らえないのは、慌て方からも明らかだ。

「ごめん春袮ちゃん! 雪袮ちゃんにやり方教えといてくれる⁉︎ 先生のクビが飛ぶ!」

 苦笑いの春祢と呆れる私を置いて、先生は駆け足で部室を出て行った。途端に室内へ静寂か訪れる。

「あはは……だってさ雪祢。わたしが教えるからやっちゃおうか」

「……ええ。先生がいてもさほど変わらないだろうし」

 それ顧問としてどうなの? という春祢の言葉に肩を竦めて返し、並んで座る。

「これ、やってみたけど意外と簡単だったよっ。ピンセットで花と飾りを積んでいって、最後にオイルを注ぐだけだったし」

「確かにそれなら簡単そうね。春祢のも可愛く出来ているわ」

「そ、そうかな……?」

「ええ」

 ぱたぱたと手を振り、春祢は頬を桃色に染める。その仕草が愛おしくて、胸が痛かった。

 すぐ隣にいるのに、埋められない距離。私にはこの関係を続けていく選択しかできない。

 一生懸命に説明する春祢に教わりながら、アカシアの花、飾り付けの枝葉を瓶に詰めていく。ピンセットを持つ私の手に、春袮の小さな手が触れるたび、あなたが好きだと伝えてしまいたくなった。

 でも、それは許されない。

 そうして最終工程へと差し掛かり、瓶の中へゆっくりとオイルを注いでいく。とくり、とくりと。気泡を纏いながら花が沈んでいく。

 隠し続けなくてはいけない、この想いと一緒に。

「……あのさ、雪祢」

 春祢がそう切り出したのは、作品が完成した直後のことだった。

 その表情はいつになく真剣で、まっすぐに私の瞳を捉えている。

「雪祢はどうしてその花を選んだの?」

「……こ、れは」

 言葉に詰まる。そんな私を見て、春祢は大げさに手を振った。

「あ、いや! 言いたくないならいいけど! ていうか、わたしから言わないとフェアじゃないね」

 春祢は丁寧に、桃色の咲くハーバリウムを手に取ると、指先でそれを撫でながら口を開いた。

「……この花ね、サクラソウって名前なんだ」

 刹那、背筋に冷たいものを感じた。理由は分からないけれど、いけないという予感。

 待って、と口に出そうとするものの上手く声になってくれない。

「最初から、雪祢とは違う花だろうなって分かってた。あのね、わたしがこの花を選んだ理由……聞いてほしい」

 春祢は深く息を吐き、きゅっと握った手を胸に押し当てて、

「……わたし、好きな人ができたの」

「……っ」

 好きな、ひと。春祢から初めて聞いた言葉が、頭の中で何度も木霊する。

「……そう、なの」

 私は、無理な笑顔を返すことしかできなかった。どうしようもなく声が震えてしまって。

「ごめん、ずっと言い出せなくて。生徒会のひと、なんだ。この前すれ違った先輩」

 目を潤ませながらも真っ直ぐに告げる春袮に、私は何も言葉を紡げない。

 春袮が好きだと、いま伝えてしまえば?

 でも、ダメだ。

 伝えてどうなる?

 春袮のためにも、私たちのためにも、この気持ちは隠さないといけない。

 ――これから先も、ずっと。

「……ぁ」

 ふと一人で歩く湖岸通りが脳裏を過った。私は独りぼっちだ。この手が、繋がれることもない。

 気付けば、溢れる涙が止まらなくなっていて。

「だけどねっ、わたしは雪袮のことも同じくらい――」

「……っ」

 ――ごめんなさい、春祢。

 それが許されないことだと知りながら、私は春祢の言葉を遮ってしまった。

 初めて触れた淡色の唇。それは柔らかな熱とともに、甘くて苦い涙の味がした。


 ❀✿


「……んっ……ぁ」

 ゆっくり離れていく雪祢の顔。その色付いた唇をわたしは呆然と見つめていた。

 指先でそっと自分の唇に触れてみる。そこには雪祢の体温が確かに残っていて。

「ゆ、雪祢……?」

 さっきの光景が目に浮かぶ。

 わたしがすべてを話したら、雪祢は何かを誤魔化すようにほほえんで、その後で俯いた。

 だからわたしは、雪祢のことも大切だって伝えようとしたんだ。それでも一緒にいたいって。

 そんな時だ。雪祢の小さな唇が、わたしの元に重なったのは。

「……っ」

 それを理解して、わたしの頭は真っ白になる。

「雪祢、なんで……」

 分からない。だから理由を聞こうとして、わたしは息を飲んだ。

 いつの間にか、雪祢の頬を涙が伝っていたから。

「……好きなの」

 ぽしょりと零れた言葉とともに、大粒の涙があふれる。

「春袮が好きなの……! 一人の女の子として……好きなのよっ!」

「……ぁ」

 ばっとスカートをひるがえし、部室の外へ飛び出す雪祢。

 待って、と手を伸ばす。だけど届かない。

 わたしの足はまるで縫い付けられたように動かなくて、その背中を追いかけることが出来なかった。


 結局、学校中を駆け回って雪袮を探したけど、その姿を見つけられなくて。家に戻ってみたものの、雪袮が帰っている様子はなかった。

 ――春袮が好きなの。

 薄暗くなった自室に一人でいると、その言葉ばかりが浮かぶ。自分のベッドに身体をうずめても、涙が止まってくれなかった。

 双子だから、何もかも理解しているつもりだったんだ。でもいつの間にかすれ違っていて、だから気付いてあげられなかった。

「ごめん、雪袮……っ」

 大切に思っているだなんて言っておいて、雪祢を傷付けてしまったのはわたしじゃないか。

 帰ってこない雪袮を待ちながら、ただ溢れ出る涙をこらえることしかできない。

 そうして、どれだけ時間が経っただろう。不意に震えるスマホに気付いた。

 画面を見る。京子先生からの着信だ。

 コールが鳴り止む気配はない。わたしは少し迷ってから通話ボタンを押した。

『あーやっと出た。春袮ちゃん、起きてる?』

「……はい。いま何時ですか?」

『もう0時過ぎ。遅くにごめんね』

「ほんとですよもう……何時だと思ってるんですか」

 がらがらになった声を誤魔化そうと、寝起きを装う。けど、電話越しに先生が深く息を吐いたのが分かった。

『はぁ……雪袮ちゃんと何かあったの?』

「……え」

 思わずまぬけな声が漏れて、先生はふっと笑った。

『あの後、教頭にガチ説教されて半泣きで部室に戻ったのにさ、二人とも居ないじゃないか。鍵も閉めてないしどうしたのかと思ったよ』

「あ、あの先生っ。雪袮はどこに⁉」

 縋るように聞くと、先生は優しい声で言う。

『雪袮ちゃんならクラスの準備に参加してたよ。さっき巡回の時に会ったから間違いない』

「そう……ですか。よかった」

 そっか、学校に泊まってるんだ。わたしはそっと胸をなで下ろす。

『その話ぶりだと、春袮ちゃんには言って無かったんだね。雪袮ちゃんも様子が変だったし、初めての喧嘩でもしたのかい?』

「……うっ」

『あちゃー、図星か。どれ、先生に話してごらん?』

「詳しいことは……あまり言いたくないです」

『えぇ……先生そんなに信頼されてないか。まぁいいや』

 先生は可笑しそうに息を零すと、話を続ける。

『いいかい? 喧嘩っていうのはね、相手のことをしっかり考えているから起こるんだ。君たちの場合、互いを大切に想っていることの裏返しだと先生は思うよ。違うかい?』

「……違いません、それは絶対に」

『だったら、どうしたいか言ってごらん?』

 喧嘩なんてしたことがなかったから、怖かった。このまま望まない方向へ変わってしまうんじゃないかって。

 だけど、そんなのは絶対に――いやだ。

「雪袮と……ちゃんと話がしたい、です」

『ははっ、良く出来ました。なんとか連れ出して送っていくから、春袮ちゃんは家で待ってて』

「……ありがとうございます。何だか今日の先生って」

『……ん? なんだい?』

 ――カッコいい。咄嗟に言いかけた台詞は飲み込んで、別のものにすり替えた。

「いや、ちゃんと先生っぽいなって。いつもダメダメなのに」

『えぇ……失礼だなぁ。これでも難関試験を突破して先生をやってるんだよ? まぁ面接は外面丸出しで乗り切ったけどさ』

「……あはっ。ありがとうございます、京子先生」

 少し軽くなった胸に手を当てながら、京子先生にお礼を言う。しっかり雪祢と向き合おうと、心に決めながら。


 そうして、雪袮が帰ってきたのは一時間ほど経ってからだった。それでもすぐに部屋には入って来なくて、シャワーを浴びたり、リビングで何かをしている気配だけがする。

 わたしと顔を合わせたくないのかも。そう思うと胸がずきりとしたけど、それでも待った。

 雪袮が忍び足で部屋に入って来たのは、そのさらに数時間後。

「……」

 何も言わず、ベッドへ潜り込む音がする。

 このまま朝を待つのは簡単だ。でも、わたしは意を決して声をかける。

「おかえり……雪袮」

 月明かりの向こうで息を飲む音がした。

「っ。起きていたの、春袮」

「……うん」

 薄っすらと月明かりに浮かぶ雪袮の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。それを見てわたしも泣きそうになったけど、必死に平静を装う。

「ねぇ雪袮、そっち行っていい?」

「……っ」

 答えを聞く前に、わたしは雪袮のベッドへと潜り込んだ。こうでもしないと、空いてしまった距離を埋められないような気がして。

 雪袮の顔が目の前にある。わたしとそっくりな丸い目は、じっとりと潤んでいた。

「だ、だめっ。私はあなたを恋愛対象に見ているのよ? 気持ちわるいと思われたく、ない」

「――違うっ! それとは話が別だよ!」

 つい声が大きくなってしまって、ハッとする。雪袮も肩を揺らして固まっている。

「ごめん、でも違うんだよ。もちろんびっくりしたけどさ」

 込み上げる熱が流れ出たのを感じて、もうこらえるのは諦めた。

「だけどわたし、このままじゃいやだよっ……ちゃんと話さないで変わっちゃうなんて、絶対にいやだっ」

「春袮……」

 つぶやくように零れた声。雪袮の身体に触れると、小さく震えていた。

「お願い、ちゃんと雪袮の気持ちを聞きたい。雪袮の本当の気持ちを。だめ、かな」

「……そうね。ごめんなさい、私」 

 気付けば、雪袮の頰にも大粒の涙が伝っていた。

「できれば、外で話したいわ。もしお母さんたちに聞かれてしまったら……もう」

「……そうだね、分かった」

 答えて、震える雪袮の手をそっと引く。

 わたしたちは手近にあった制服に着替え、家を出た。

 マンションの入り口を抜けると、外にはまだ夜空が広がっている。

 わたしたちの足は、自然と湖岸通りの方向へ。二人並んではいるけど、微妙に空いた距離。それを埋めるように雪祢は話し始めた。

「私、ずっと自分のことが嫌いだったの」

「……っ」

 初めて聞く雪袮の本心。雪袮の瞳は、遠い空に浮かぶ星々を捉えている。

「昔から感情の分からない子だって言われて、それでも上手く伝えようと頑張ったの。けれど、大人も友達も、誰も私を分かってくれなかったわ」

 震える声で――だから自分が嫌い、と。

 その後、雪袮はこちらに顔を向けると、目に優しい色を浮かべる。

「けれど、春祢。あなただけは違った」

「……うん」

「あなたは、私が好きなものに共感してくれて、隣を歩いてくれた。こんな私と同じでいてくれた。それが何よりも嬉しかったの。あなたを好きでいたから、私は自分のことを許せた」

「……雪袮」

 雪祢はずっと苦しんでいたんだ。こんな顔をさせているのは、気付けなかったわたしのせい。こんなにも近くにいたのに。

 だから、ちゃんと雪祢の気持ちに向き合わなければいけない。それはわたしにしか出来ないことだから。

 やがて、わたしたちは湖岸公園へと行き着く。その中央にある広場。深い夜空を映す湖は、音も立てずに凪いでいる。

 雪祢は暗い対岸を見つめ、詰まりながらも話を続けた。

「私が選んだ花、アカシアというの。妹に恋をしているなんて、伝えていいわけがないのに……ごめんなさい」

 そうして雪袮は深く俯き、

「だけどお願い春祢、私のことを嫌いにならないでっ。あなたに嫌われたら……もう私っ」

 ぽつりと溢れた涙が、地面へと落ちていく。

 ――でもね、それは違うんだよ、雪袮。

「……大丈夫。雪袮は勘違いしてるだけだよ」

 そう否定すると、雪袮は惚けた表情を浮かべた。

 わたしはゆっくりと正面に立ち、震えるその手を取る。わたしが怖かったのと同じで、雪袮も怖かったんだ。

「ごめんね、気付いてあげられなくて。でも、雪祢がわたしのこと好きでいてくれるって分かって……ほんとに嬉しかったんだよ」

「……うそ」

「ううん、聞いて雪袮。わたしもね、同じでいてくれる雪祢が大切で、これから先も失いたくない。その気持ちは先輩への好きと変わらないよ、絶対」

 部室で伝えられなかった気持ちを告げ、雪袮の頬を流れる涙を指ですくう。

「本当に……? だってこんな私なのよ?」

「雪袮だからだよ」

 そしてもう一つ、雪袮に伝えなきゃいけないことがある。

 雪袮がわたしの全部を好きでいてくれたように、わたしだってそれは『同じ』だ。

「だってわたしは、雪袮と双子でほんとに幸せだって思ってる。雪袮は、わたしが好きなものを好きって言ってくれるし、寂しい時はいつも隣にいてくれたよね。雪袮がいてくれたから、今のわたしがあるんだよ」

 刹那、ふわりとした風が吹き抜けた。ゆっくりと、凪いでいた水面が揺れ動く音がする。

 雪袮には笑って欲しい。自分を好きでいて欲しい。

 だからわたしは、思いっきり笑って告げるんだ。

「だからね、上手く笑えないぶきっちょなところも――わたしは雪祢の『全部』が大好きだっ!」

「……ぁ」

 雪袮の瞳から大粒の涙が溢れ出た。涼やかな風が亜麻色の髪を揺らしていく。

「……本当に、こんな私を好きでいてくれるの?」

「うん、もちろんだよ」

「あなたに……妹に恋をしてしまっているのよ?」

「関係ないよ。何があっても、雪袮はわたしの特別だから」

「……っ、春袮……!」

 肩を震わせた雪袮をそっと抱き寄せる。一緒にいると心が暖かくなる。わたしの大切なお姉ちゃん。

「うん、泣かないで。さすがに姉妹で恋愛はできないけど、それでもわたしは雪袮が大好きだよ」

「……ええ。もう……十分よ。あなたが私を好きと言ってくれただけで。私は……私を好きでいられる」

 再び向かい合うと、雪袮は涙を浮かべながらほほえんで、わたしも一緒に笑った。

 そんな雪袮の横顔に、ふわりとした光が射す。夜明けがやってきたみたいだ。

「あはは……もう朝になっちゃったね」

「ええ。空、綺麗だわ」

 ずっと二人きりだった夜空は、いつしか色付き始めていて。

「変わっちゃったとしてもさ、ずっと一緒にいようね。雪袮」

「……ありがとう、春袮」

 まだ見ぬ夜明けの景色が、水面に映って優しく揺れている。

 わたしたちはしっかりと手を繋ぎ直して、新しい明日へと歩き出したんだ。


 ❀✿


「やぁ、無事に仲直りしたみたいだね」

 文化祭当日。部室に並んだ二つのハーバリウムを見て、京子先生は快活に笑った。その横には都子さんの姿もある。

「ふふ、上手く行ったみたいで良かったです」

 私が挨拶をした後、都子さんは作品、そして春袮の方を順に見てほほえんだ。

「先生たちも仲直りされたんですね」

「あはは、そういや今回のきっかけって先生たちの喧嘩だったね」

 春袮と口々に言うと、先生と都子さんは顔を見合わせる。

「そもそも、お姉ちゃんが私のプリンを勝手に食べたからですよ」

「いやぁ、あったら食べるじゃないか。にしても都子の言い方も酷いもんだったよ」

「ちょ、そこまで! そこまでです先生!」

 春袮が仲裁に入ったのを見て、私は思わず吹き出してしまった。先生は生徒に制止されたことが恥ずかしかったのか、居心地が悪そうに短い髪を撫でている。

「あ、そういえば展示品のタイトルとかあるかい? 一応必要なんだ」

 逃げるように話題を変えた先生。それを聞いた春袮が目配せしてくる。

「ね、雪袮っ」

「はい、決まっています」

 二つ並んだハーバリウム。

 その瓶に閉じ込めた花は、永遠にも錯覚するほど緩やかに枯れゆくときを待つのだろう。

 けれど、私たちにそんな先延ばしは要らない。春袮がそれに気付かせてくれたから。

 だから、ずっと隠していた言葉はこの部室に残していこう。

 春袮と手を取り合い、声を揃える。前へと歩き出した私たちを形作ってくれた大切な時間。それは――。


「甘くてほろ苦い――『仮初めの永遠』です」

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浮遊花の永遠 山吹 寧 @Nei_Yamabuki

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