第5話 今日はエッチ記念日
「それマジ?」
「マジ……マジも大マジ」
「え……得意の冗談じゃないの?」
「ああ、冗談じゃない」
「本当に嘘じゃないの?」
「嘘じゃない本当の話だ」
最初は半笑いだった神谷の表情から、一切の笑みが消えた。
「え……なんで」
「癌なんだ……ステージ4だ。もう手の施しようがないらしい」
「ちょっ……なんで? なんでなの?」
神谷は激しく取り乱した。
「だから言っただろ……後味が悪くなるって」
「でも、そんな……さすがにいなくなるなんて想像してないじゃん」
まあ、そうだよな。
「俺もしてなかった、つい最近まではな……でも現実だ。受け入れるしかない」
「え……それで蒼井はいいの?」
「いいも悪いも、抗えない運命だ」
「でも……そんなのって」
「だから別に俺は、神谷の嫌疑を晴らして退学になっても、みんなに嫌われても、たとえ誰かに恨まれて殺されてもなんの問題もない」
「だから……だからなんの抵抗もしなかったの?」
……何も言えなかった。
「ふざけんなよ!」
神谷は俺を睨みつけ、
「ちょっと待って……頭冷やしたい」
そう告げた。
長い沈黙が続いた。
爪を噛んだり、舌打ちしたり、色んな感情が交錯しているのが分かった。
すまない神谷……やっぱり言うべきじゃなかった。
「だから、あんなふざけた体だけの告白をしたん?」
「うん……そうだな、俺さ、ぶっちゃけ女性経験ないんだよ」
「ぶっちゃけなくてもわかる」
さりげに酷い。
「……だから死ぬ前に一回ぐらい経験したいなって思って」
「……うん」
「俺……未成年だからさ、そういう店にもいけないし……」
「……うん」
「生まれてきたんだから一回ぐらいやりたいじゃん!」
「うん、なんか凄い熱意だけは伝わった」
「まあ、そんなわけだよ。だから別にいま同情で俺にやらせてくれてもウェルカムだぞ」
まあ、そんなことは天と地がひっくり返ってもないだろうけどな。
「……いいよ」
な、分かってたよ。
分かったって。
「……いいよ」
「え?」
俺は真顔で神谷を見つめた。
「いいよって言ったの」
「え」
「同情で一回だけさせてあげる」
え——————————っ!
「まじか? まじでいいのか?」
「うん……私のはじめてだから、ありがたく受け取ってね」
「え」
はじめてって……こんなことって、こんなことがあっていいのか?
「でも、一つだけ約束して」
「あ、ああ」
「もう自虐的なことはしないで?
そしてちゃんと治療して?」
「でも、助からないんだぞ?」
「それでも、最後の最後まで一生懸命生きて」
ありがとう神谷……、
「分かった」
俺……生まれてきてよかったよ。
俺は泣いた……神谷の胸を借りて泣いた。
そして、残りの人生を精一杯生きることにした。
***
——それから俺と神谷は付き合うことになった。
そして翌月の交際記念日の夜に、約束通りエッチをさせてもらうことになった。
丁度、入院前のカウンセリングを受ける日だ。
最初で最後の夜にふさわしい。
でももう、そんな事は、どうでもよかった。
俺の人生の最後に彼女ができるという奇跡がおこったんだ。
それだけで、満足だ。
そして迎えたエッチ記念日——————
「蒼井
「すこぶるいいです」
「そっか、やっぱり彼女ができたからかな」
「そうだと思います」
「ありがとうね彼女も」
由梨は先生に軽く会釈をした。
「じゃぁちょっと診察させてね」
「はい」
いつものように診察が始まると、先生はいぶかしげな表情を浮かべていた。
「蒼井君、今日はまだ時間ある?」
今日はエッチ記念日だが。
由梨の方を見ると……、
「いいよ春」
オッケーが出た。
「はい、夜までなら」
「じゃぁ早速検査させてもらうね」
——緊急で様々な検査が行われた。
調子は悪くなかったんだけど……もしかして緊急入院もありえるのか?
今日やっと……卒業できると思ったのに……無理かもしれないなと思っていた。
そして検査結果が出た。
「蒼井くん……もう入院の必要はなくなったよ」
「先生それって」
もう入院しても無駄だってことか。
「私も長年、医者をやっているが……君のようなケースははじめてだ」
……そんなに悪いのか。
まあ、最後に由梨のおかげで前向きな気持ちになれることができた。
もっと生きたかったけど……悔いはない。
なんて言うのは嘘だ。
悔しい……本当に悔しい。
生きたい……もっと生きたい!
「癌が無くなってるんだよ」
「「え」」
「きれいさっぱり無くなってるんだ。もう一度詳しい検査はしてもらうけど、おそらく大丈夫だ」
え……どいうこと?
「先生それって、治ったっていうことですか?」
「そうなるね」
俺は由梨と顔を見合わせて抱き合った。
先生やたくさんの看護師さんが見ている前で抱き合って、声をあげて泣いた。
これからも、由梨と生きていける。
こんなに嬉しいことはない。
***
「ねえ春」
「うん?」
「今日のエッチは無しね」
「え——————————っ!」
「だって、もう焦る必要ないじゃん」
「まあ、そうだけど」
「もっと自然に、いい雰囲気を春が作ってくれたらさせてあげるよ」
「な……なんかそれも燃えるな」
「だから今はこれで我慢して」
由梨は俺に抱き付きざまにキスをした。
偽りの愛を求めて偽りの告白をした。
だけど俺は奇跡的に真実の愛を手に入れた。
そして真実の愛が起こしてくれた奇跡を……、
俺はずっと忘れない。
Fin———————————
————————
【あとがき】
ご愛読ありがとうございました!
本編はこれにて完結、ハッピーエンドです!
俺と付き合ってエッチな事をして下さい〜偽りの愛を求めた俺が手に入れた真実の愛で奇跡が起きる〜 逢坂こひる @minaiosaka
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