第4話 お前が可愛すぎるからだ

 神谷に真相を聞いても、俺は“そっか”としか答えようがなかった。胸糞の悪い話で、神谷には同情はするけど、神谷の嫌疑が晴れたところで、神谷は救われないからだ。


 神谷は可愛い。

 可愛いすぎる。

 人の嫉妬は過ぎたる物に、降りかかる。

 つまり、根本的な解決策は、神谷が処世術を身に付けるしかないのだ。


「独特な言い回しだね、蒼井って」

「そう?」

「うん、まあ、蒼井のアドバイス通り、身に付けるよ、処世術」

「今後のためにそうした方がいいな」

 神谷はそれでもやりきれないって表情だった。


「なあ神谷、もしお前が望むなら、あの噂が根も葉もない噂だって事を証明して、お前が妬まれずに、事件を丸く収める方法があるぜ」

「え……マジで」

「ああ、マジだ」

「でも、どうやって」

「簡単なことだ……俺が犯人ってことにすればいいんだよ」

「え————————っ!」

「俺がクラスの連中がたくさんいる中……そうだな、出来れば、朝の廊下とかで神谷に土下座して謝ればいいんじゃないか?」

「いやでも、それじゃ真犯人が蒼井になっちゃうじゃん」

「ていうかな、この場合、犯人は誰でもいいんだ。よりも、俺が犯人でお前に謝罪したが重要なんだ」

「えぇぇ……なんかよく分かんないけど……そんなことしたら、あんたが学校で終わるよ?」

「だろうな」

「下手したら退学だよ」

「いいよ、俺もその噂を信じて、神谷に嫌な思いさせたんだし、報いは受けるべきだ」

「それはもう十分過ぎるほど受けている気がするけど……」

 腫れる俺の頬をツンツンしながら神谷は言った。


「あははは、そうかもだな……とにかく、神谷が望むなら、その問題は俺が解決してやるよ」

 神谷は、やっとスッキリとした表情になった。


「そっか……ありがとう」

「俺はまだ、何もしていないから礼を言われる筋合いはないぞ」

「そんなことないって、私、知ってたんだよ? あんたが私の噂は根も葉もない噂だって、言って回ってたの?」

 

 そうか……だから呼び出しに応じてくれたのか。

 神谷みたいにぶっちぎりで可愛いやつが、俺の呼び出しに応じてくれた謎が解けた。


「そんなあんたが、噂を流した張本人って言ったら、逆に信憑性が増すもんね。皆んな流石に信じると思う」


 神谷はじっと俺を見つめ……、

「でもなんでそんなことしてくれたん?」

 疑問を投げかけた。


「あはは……それは、この失礼な告白に対する、罪滅ぼしだよ」

「え……」

 目を丸くして驚く神谷。

「俺は最初から神谷の事を信じていたわけじゃない。噂を信じていた。でも、噂が真実じゃなかった場合、俺にできる責任の取り方を用意しておきたかったんだよ」

「……じゃ、全部自分のためだったってこと?」

「そうだ、だから俺にお礼なんて必要ない。そして俺に遠慮する事なく、解決したいなら解決したいと言ってくれ」


 神谷はしばらく考え込んでいた。

 そして……、


「いいよ……蒼井が今私を信じてくれて、私の力になってくれようとしてくれている。……真実よりも、このだけで私は十分」

 一本取られた……心に響く言葉だった。


「神谷……お前って良いやつだったんだな。意外だったよ」

「ちょっと、私に対して、どんなイメージ持ってたんよ」

 俺の言葉にちょっとムッとする神谷。


「そうだな、例の噂は置いといて、もっとツンケンした話掛け辛いヤツだと思っていた」

「え……なんで?」

「なんでって……お前が可愛すぎるからだ」


「はぁ——————————っ?」


「いや、俺みたいな非モテからするとな、神谷みたいに、ぶっちぎりで可愛い子って話しかけることすら恐れ多いように感じてしまうんだよ」

「なにそれ?」

「多分、俺だけじゃないぞ。同じように世の中の非モテ男子達は、神谷を見て同じ思いを抱くはずだ」

「そんなものなの?」

「そんなもんだ」


「その割には、パンチの効いた告白してきたじゃん」

「まあ、それは覚悟をきめたダメ元だからだ、正気ではとても言えないよ」

「正気じゃなかったん?」

「正気であんなこと言えるとおもうか?」

「うん、なんか蒼井なら言えそうな気がする」

「いや、さすがに無理だって」

 告白したときの険悪なムードが嘘のように、場が和んだ。


「じゃあさ、そろそろ蒼井の事情をきかせてよ。なんで正気じゃない告白なんかしてきたん?」

「一応、断っておくが、聞かない方がいいと思うぞ、後味の悪い話だからな」


「なにそれ、さらに変なこと企んでたってこと?」

「いや、そうじゃない。この話はここで終わった方が、ハッピーエンドなんだよ」

 誰がどんな気持ちでいてくれても、俺にはバッドエンドしかない。

 だから俺は正直話したくないと思っている。


「待って、それって本当は聞いて欲しいんじゃないの? そんな気を引くような言い方して」


 確かにその気持ちもある。

 でも……。


「いいよ、言ってみ、あんたとの度量の違いを見せてあげるよ」

「本当にいいのか?」

「いいよ、言ってみ」


 本当に言いたくなかった。

 だが、俺は覚悟を決めた。








「俺の余命は……後数ヶ月だ」






「え……」



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