第6話
エリザベスが来てから三度草木が芽吹いたリシチア領。相も変わらぬ質素な領主館には、高慢な声が響いていた。
「エリザベス、帰って来ることを許す」
小さな客室にある小さな椅子に座ったジョン王子は、膝を組み、にやけながらそう言った。そんなジョンと接しているのは、エドワードとエリザベスだ。二人とも呆れた顔をしている。
「貴方は私に許しを乞いにきたわけではないでのすか?」
ジョンも最初はそのつもりだった。王子のジョンは議会で廃嫡されたため、エリザベスに懇願して復位させてもらおうと考えていた。というのも、エリザベスが残した稼業は急激に成長し、有産階級として政治に参入して国の舵を取るようになっていたからだ。議会で強い発言権を持つ彼らを動かせれば、復位できると思い立ち、そもそも死んだものと思いながらも、最後の頼みの綱としてエリザベスを訪ねたわけである。
だが、粗末な家に住んでいるエリザベスを見て考えが変わった。生きているのならばこんな所での生活に不満を持っているに決まっている。そんな心境を利用してやれば、エリザベスは帰ってくる。そうなればエリザベスの稼業も手に入ると思ったのだ。
だからジョンは高慢な態度でいられた。エリザベスが必ず提案を呑むものだと思い込んでいた。だがジョンの考えは甘いと言わざるを得ない。王子であるジョンの廃嫡、裏で糸を引いていたのは、エリザベスなのである。
エリザベスがノウハウを叩き込んだ自治農兵らが、それぞれの稼業を成長させ、有産階級として議会に参加しているのだ。そんな彼らによって追い落とされたことをジョンは知らずにいた。
そんな無知なジョンにエリザベスは憐みの目を向ける。
「私が発した、落とし前をつける、というお言葉をお忘れですか? 元殿下?」
キョトンとしたジョンだが、徐々に顔が赤くなっていく。
「ま、まさか。お前がこの俺を廃嫡にするよう仕向けたのか!?」
「ええ、殿下。まさか、ここまで早く落とし前をつけられるとは思いもよりませんでしたが」
「くそっ! 落とし前だの面子だの義理なんだの、くだらないことばかり言いやがって!! だから俺はお前なんかよりミルクを選んだんだ!!」
目を剥いて話すジョンとは対照的に、エドワードは柔和な物腰で話す。
「そのミルク様は一体どこにおられるのですか? 一方で、落とし前だの面子だの義理なんだの、くだらないことを言う彼女には、僕や自治農兵、今はこの領の民からも愛されています」
「うるさい!! ミルクは俺が王子に戻れば帰ってくる!!」
「やはり貴方にはエリザベスが落としていたものを持ちえていない。それではお帰り願おう」
エドワードが手を鳴らすと、客室に二人の男が入ってきた。
「ま、まて!! いや、待ってください!! お願いします!」
エリザベスは呆れた声をかける。
「これ以上何か?」
「このままだと、俺は王子に戻れない」
「それがどうかしましたか?」
「……お前は、俺を可哀想だと思わないのか」
エリザベスは心が揺れた。たしかに、ジョンは廃嫡され、女にも逃げられ可哀想ではある。だが、そんなことで悩みはしない。エリザベスは、困った人を助けたいと思う意思で生きてきたのに、困っているジョンに対して救いたいという感情が湧かなかったことに動揺したのだ。
返事のないエリザベスに優位に立てたと見たジョンは畳み掛けるように話す。
「そうだ、お前は俺に義理もあるはずだ! お前は俺の婚約者という笠を着て、優位に人に接していたはずだ! だからお前は俺に恩を返す義務がある!! それに、そうだ!! 俺を廃嫡することに賛成した貴族のやつら! あいつらがお前を慕っていたのも、俺の婚約者だったおかげだ!!」
ジョンの言葉を聞いたエドワードは苛立ちの混じる声を出した。
「それは違います。皆、彼女の落とし物を頼りに、彼女を探していただけです。それでは今度こそお帰り願おう」
男二人がジョンの両脇を抱えて引きずっていく。
「ま、まってくれえ」
悲鳴が聞こえなくなると、二人だけの客室には静寂が訪れた。
「私、殿下の言葉、理にかなっていると思ったのです」
しばらくしてエリザベスが声を出した。
「たしかに、彼は困っていて、さらには義理もある。私が私の義に則って行動するのなら、彼を助けるべきだったかもしれない。追い落とした本人が言うのも変な話ですが」
エドワードはエリザベスに優しく笑いかけた。
「安心してください。あなたの義に則っても彼を救う必要はありません。昔、義は個人個人のものだって言いましたよね」
エリザベスは頷く。
「なら、それでいいんですよ。貴方が救いたいと思えなければ救わなくてもいい。救いたいと思っても救わなくてもいい。救いたくないと思っても救えばいい」
「そんなもんですかね?」
「はい。義に則るってそういうことだと思います。それに、貴方が落としていたものを彼は持ち合わせていませんでした」
「そういえば、さっきも落とし物がどうとか言っていましたね。それは一体何でしょうか?」
「さあ、何でしょう? 皆、貴方の落とし物を手掛かりに、心のどこかで貴方を探して生きていた。だからこそ、自治農兵の方々だけでなく、貴族の方々も王子の廃嫡に賛成したんだと思いますよ」
「よくわかりません。たまに貴方の言っていることは理解できないときがある」
エリザベスはわざとふてくされたように言った。すると、エドワードは手をわちゃわちゃさせ焦り出す。そんなエドワードが愛しく、エリザベスはついこういった意地悪をするようになっていた。
エリザベスがくすくす笑い出すと、エドワードはからかわれたことに気づいて頬を染めた。
「からかわないでください。でも、僕が貴方を見つけ出せて良かったです」
仁侠令嬢はシンデレラ ひつじ @kitatu
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