【12月13日】談話

王生らてぃ

本文

 談話室の中は明るく、ステンドグラスに透かされた色とりどりの光が床や壁を照らしていた。少し黴臭い臭いと、なにかお香のような普通ではない匂いとがかすかに感じられて、頭がぼうっとする。



「正直に告白してください」



 シスターはわたしの正面の席に座って、優しい笑みを浮かべていた。



「アンナ。あなたがしたことを正直に告白してください」

「……、」

「あの日、礼拝堂の中で、あなたはニーナと何をしていたのですか?」

「ただ、掃除をしていただけです。一緒に」

「それは本当に?」

「はい。本当です」

「嘘をついていないと、聖母様に誓えますか?」

「はい」



 一瞬だけ、答える前に言葉に詰まったが、それよりもニーナとの約束を信じてわたしは答えた。

 シスターは、ふう、とため息をついて、指をテーブルの上で組んだ。



「実はね。ニーナからも、話を聞かせてもらいました。だけど、彼女の言うことと、あなたの言うことは、ちょっと食い違っているわね」



 ハッタリだ。ニーナが口を割るわけがないと思った。だって約束したから、あのことはふたりの間だけの秘密にするって。



「あなたは、礼拝堂の掃除をしていたと言ったわね。ニーナと一緒に、ふたりで。カーテンも開けずに、扉には鍵を閉めたままで?」

「はい」

「でも、ニーナはそうじゃないと言っていたわ」

「なんて言っていたんですか?」

「それは、あなたが一番よく知っているんじゃないかしら」

「わたしはさっき、正直に喋りました。だから、ニーナがきっと嘘をついているんです」



 シスターはふん、と鼻を鳴らした。



「正直に話せば、聖母様はきっとあなた達を許して下さるわ」

「……、」

「なぜ黙るの?」

「答えることがないからです。わたしは、きちんと正直に話しました」

「ニーナは正直に話してくれたわ。あなた達が礼拝堂で、二人きりで何をしていたのか」



 沈黙。



「アンナ。嘘は魂を汚すわ。ため込んだ真実は、次第に腐って毒になり、あなたの身体と魂をむしばむでしょう」

「わたしは、嘘なんてついてません」

「そう。……今日はもう部屋に戻りなさい」






     ○






 いつからだろう。

 ニーナは三つ編みの、麦色の髪の毛が可愛らしい、けれど決して美しくはない娘だった。この孤児院に引き取られてきたとき、最初にひとめみたとき、なんてみすぼらしい子なんだろうと思った。もちろんわたしも捨てられた子どもだから、人のことは言えないけれど、なんというか、猫背気味で、いつもオドオドしているニーナのことを、わたしはあまり好きになれなかった。



 ある日、掃除当番としてふたりで庭の草をむしっていた時のことだった。ニーナがわたしの足をふんずけて、そのまま躓いて、ふたりして転んだ。それが楽しくて笑っていたら、不意に、ニーナのことが魅力的に思えてきた。今の今まで笑ったところを見たことが無くて、この子の笑顔がこんなに魅力的だって知らなかったのだ。

 それからわたしたちは、こっそり秘密で手を繋いだり、指を絡めたり、時には――






「アンナ。入ってもいい?」



 扉を開いて、ニーナがわたしの部屋に入ってきた。



「シスターとの面談、どうだった?」

「だいじょうぶ。何もしゃべってないよ」

「ありがとう」

「約束だからね」

「うん。それだけ。ふたりで話してると、またシスターに目をつけられちゃうからね」



 踵を返すニーナ。

 わたしはベッドから立ち上がって、その手を取った。



「ニーナ。ほんとうに何もしゃべってないんだよね?」

「え?」

「シスターは、あなたが正直にぜんぶ話したって言ってたわ」

「そ、そんなこと……かまをかけてるんだよ。だってわたしもシスターに言われた、アンナはぜんぶ正直に喋ったって」

「そうだよね」

「うん……」



 握った手に力がこもり、わたしのものか、ニーナのものか分からない手汗が滲む。



「なにも、話してないんだよね」

「うん。ふたりだけの秘密にするって、約束だもん」

「そうだよね」

「そうだよ。ね、もう行ってもいいかな?」



 わたしは手を離した。

 ニーナは悲しそうにわたしのことを見て、それから足音を忍ばせて自分の部屋に戻っていった。






     ○






 次の日だ。

 ニーナが首を吊って死んだ。

 自分の部屋で、カーテンを結んで作った輪に首をくくっていたのだそうだ。足元には、遺書が転がっていた。鉛筆で書かれた下手な筆致で、「うそをつくのにはたえられませんでした」と書かれていた。



「アンナ、あなたは正直者だったのね」



 シスターはニーナのお墓の前でわたしの肩に手を置いた。



「嘘をつくということは、時にこんなふうに、ひとを絶望させてしまうのよ」

「はい」

「あの日、正直に話してくれてありがとう。ああ、ニーナの魂に安らぎがありますよう。さ、あなたも祈りましょう」

「はい」

「今日はゆっくり休みなさい」

「はい」






 わたしたちが女の子同士だからいけなかったのだろうか。

 わたしたちが孤児だからいけなかったのだろうか。

 ニーナ、あなたはずっと正直でひとつも嘘をついていないのにどうして死ななくてはいけなかったの?



 わたしは正直者になった。

 あなたを信頼できなかった、最低の正直者だ。

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【12月13日】談話 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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