“修羅”
@fujikon
“修羅”
―――走る、走る。必死で、苦しかろうが関係は無い。兎に角走り続ける。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!!」
何故こうも走らなければならないのか、なんて事は考えない。俺は“逃げている”のだ。この夏、少し寒気がする嫌な夜を。片手には血が着いたナイフを持って、必死に逃げる。
「待てコラァ!」
「止まれやぁ! ぶっ殺してやる!!」
―――敵対した暴走族の内の一人に因縁を付けられ、苛立って思わずソイツの腹にナイフを刺してしまった。
周りにソイツの連れが何人ももいた。そんな事も分かっていながら自分は怒りに身を任せてしまった。何とも馬鹿らしい、アホな話だ。今思えば、何のハクにもならない。
自分もソイツらとは別の組織に属していた。だから尚更因縁は付けられるし、喧嘩だって売られる。そんな毎日が続いて……やがて抑えられなくなった。
ホントに何とも馬鹿らしい、そんな理由だった。
「ハァ、ハァ……!」
建物の路地裏に逃げ込む。狭く、とても暗いが、ここにいれば大丈夫だと感じた。
「クソっ! どこ行きやがったあの野郎……!」
「ここら辺探せぇ!! すぐにガラを見つけて締め上げろ!」
「……!」
恐怖して、耳を塞ぐ。息を殺し、じっとその場に座り込んだ。情けない姿だ、本当に。
「クソ……どうしろってんだよ」
一人悪態を吐く。どうしようも無い自分への怒りと、これからどうすればいいのかと言う不安が同時に襲い掛かって来て、頭がおかしくなりそうだ。
“先の見えない暗闇”。この一言が本当に似合う状況になってしまった。逃げようにも奴らの数は多く、すぐに見つかってしまうだろうし、抗うにしても多勢に無勢、すぐに潰されてしまうだろう。たった一人で、あの人数を相手にするのは間違い無く無謀だ。
「最悪だ……クソッタレ」
―――思い返せば、とことん馬鹿だったと自分に対して怒りを抱いてしまう。
アホらしいにも程がある。もうこうなってしまえば、誰も助けてはくれない。自分自身の力でどうにかするしか無いのだろう。自業自得だと言う事は理解してはいるものの、それでも助けて欲しいと思ってしまう自分がいる。
死んでしまうのだろうか? そんなに苦しかったのだろうか? 今になって後悔しつつある。刺してしまった男の顔を思い出してしまい、気分は悪くなる一方だ。あんな事なんてしなければ良かった。そんな後悔の念が益々募ってゆく。初めての体験だった。これまで様々な悪事を働いてきて、こんな感情を抱いた事なんて無い筈だ。
なのに、今となってはとても辛く感じる。
凄く、嫌な気分だ。
(このままジッとしてても、いつかバレちまう。今の内に遠くへ逃げねぇと……!)
……それでも、まだ助かりたいと言う気持ちが勝っている。罪悪感だとかそんな感情より先に、生き延びようとする意地汚い感情がこの世にとって金並みに優先されるモノだ。それは、“今”の時代の俺においても、そして誰かにおいても変わりは無い。
考えるよりも先に足が動き出す。路地裏を出て、辺りを見回した。
(……誰もいない! よし!)
誰もいない事を確認して、走る。出来るだけ人混みの多いような場所へと向かっていく。人混みの中に紛れて、そのまま隠れられる様な場所を探す為に。
……ちょっとした話なのだが、この街はかなり都会で、ちょっとすればすぐに大通りの方へと出る。
多くの人々が行き交うこの場所は、隠れるには持ってこいの場所だった。多くのワルは何かあった時、ここでガラを隠す。ラブホテルだったり何だったりといっぱいあるから、この街はある意味商売繁盛だろう。悪人によって栄えてるなんて言っても、過言じゃない。
呼吸は段々早くなっていく。恐怖と焦燥の入り交じった感情は、冷静さと言うものを削っていく。
正直死ぬ程怯えている。それでも面に出さず、何処か泊まれるような場所を探した。
「ここにしとくか……」
目の前にそびえ立つ、悪趣味なピンク色のホテル。……聞きたくは無かったのだが、既に窓からもう喘ぎ声が聞こえてきている。とは言え、逃げる為には仕方が無い。
ここで、一晩を過ごす事にした。
・・・
「……寝れねえ」
目を瞑っても、一向に眠れる気配は無かった。
それどころか、奴らはどうしているのだろうか? と言う不安で、寝ようにも寝れない。ただでさて悪趣味な色をした部屋で、悪趣味なダブルベッドを一人で寝るのだ。仕方ないと言えば仕方ない。
相変わらず響いてくる喘ぎ声と、街の喧騒に嫌気が差す。
……奴ら、“ナイトホーク”の奴らは何処まで俺の事を追ってくるのだろうか。
振り払えぬ疑問だけが、頭を過る。
考えようにも、見つかってしまった際の事を、最悪の事態を考えてしまう。自分はどうなってしまうのか、仲間……“白鷹会”の奴らは無事なのか、考えたくもないが、自然と考えてしまう。
「……」
時間だけが経っていって、今は1時34分。あれから1時間も経過している。刺してから30分近くも逃げていると考えると、本当に逃亡犯とさして変わらない様に感じた。
する事が無い。緊張と恐怖も段々と薄れていってる。先程まで子犬の様に震えていた筈が、今となっては寝転がって永遠と時計の針を見つめている。その事実に、眉をひそめた。
……結局の所、自分はただのビビりなのだ。
刺してしまった時は、確かに身もたじろぐ様な恐ろしさに襲われていたというのに、時間が経てば何も感じない。現実的に見れば、それはチンケな悪人と同じ特徴だ。何かした時にはビビり散らす癖に、してから時間が経てば、そんな事忘れたかの様に振る舞い、また悪事を働く。
大成する事も無ければ、誰かに気に入られる事も無い。途中でくたばるか、死ぬまでクズであり続けるか。
いつの間に“修羅”に迷い込んだのか、分からない人生だ。
「……」
―――そんな事を考えていた矢先、突然、何台ものバイクの轟音が外から鳴り響いてきた。
「ッ!!?」
驚愕して、すぐさま窓から外を見た。
そして、絶句する。
―――鉄の馬の大群、恐らく3、40台くらいだろうか。黒く、鷹の刺繍が入ったジャケットを着た集団はそれぞれ片手に得物を持って、このホテルの前にいた。そうして、こちらと目が合った。
「ウッ……!」
目が合った事を察してだろいたか、男の一人が指示を出しているのか、首を下に振った。そうした途端、他の部下と思われる奴らが次々とホテルの中へと入ってきた。
「ここまで、来やがったのか……!」
直ぐ様、部屋を出る。
―――部屋から出ると、悪趣味なピンク色の廊下……だが、異様な雰囲気を醸し出している。ピリピリとした、異常な緊張感だ。
「……」
ピリつく様な、兎に角意識が自然と研ぎ澄まされていく。
防衛本能が働いたのか、片方のポケットに仕舞っていた、ナイフを取り出した。
「来るなら、来やがれ……!」
覚悟を決める。どうしようもない現実に、目を背けてはならないのだと、この一瞬で、ほんの少しだけ理解してみる。だが、未だに手は震えている。ナイフを構えてるのに、まるで産まれたての小鹿の様に。
―――階段から、音がする。誰かが上がってきた。
「……ッ!」
身構える。
……一人の男がここに来たのを皮切りに、何人もの男達がゾロゾロと廊下へと上がってきた。何人いるのだろう、このホテルは奴らに占領されたと言っても過言ではない。恐らく、従業員や店員達は、奴らにやられているのだろう。
「……こ、この」
震えが止まらない。身構え、ナイフを見せていると言うのに、自分の体は震え続けている。恐怖のせいで、汗も止まらない。
鼓動が早まる。ドクドクと、嫌な音を立てて、不思議と痛みが襲い掛かる。
「見つけたぜ、クソ野郎!」
「アイツを刺した罪は重いぞコラァ!」
「逃げられるとでも思ったか!? アァ?」
色んなヤツらの、声が響く。何人も同時に、自分に対して蔑む様に罵倒してくる。得物をチラつかせ、すぐに殺せるのだと言っているも同然だ。
「……!!」
「コラ、無視してんじゃねえよ」
男が、低く、恐ろしいトーンで俺に話し掛けた。
「……」
「おめェが俺の部下を刺した、最悪な話だわ。白鷹会なんてチンケな組織の野郎が……県下でも有数の組織たる俺らの仲間をナイフで刺した」
「そらぁ……殺されたって、文句はねえよなぁ?」
「そ、ソッチから仕掛けた事じゃねえか……! それなのに悪ぃのは俺か!!? アァ!? ふざけんな!」
思わず、俺は叫んでしまった。
「……へぇ、で? それで?」
「な……!?」
「白鷹会なんてチンケな組織の、その中でのヒラが仕掛けただの何の言っても糞の価値にもなんねぇんだよ」
「まずまず、たかだか挑発されただけでナイフで刺すだなんて……ククッ、頭悪過ぎだろ、ホント」
「まぁ……てな訳でさ、責任とってくれよ、な?」
そう言って、男達はニヤニヤと、悪意を混じえた笑みを浮かべた。
(……何なんだよ、何だってんだよ。始めたのはそっちじゃねえか……何で、何でこんなにも)
恐怖が大半だった。怯えている。なのに、今ほんの一瞬、本当に僅かだが、ある感情が少しだけ心の中で芽生えた。
―――うるせぇんだよ。
「……るせぇ」
震えが、止まる。心の恐怖までもが、何故か止まった。
「どいつも、こいつも……」
「―――うるせぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
「な、何だコイツ、イカれたのか? 急に叫びやがって……ビビらせんじゃ……!?」
―――男は、俺の目を見た。
「ウッ、こ、コイツ……マジでイってるじゃねえかよ!」
自分からでは見えない。
だが、きっと恐ろしい面を奴らに見せているのだろう。怯えて、少し後ずさる奴らの姿を見る。それが、滑稽に見えた。
……本当に、何故こんなタイミングで怒りが溢れたのだろうか。
止めども無く、感情が溢れ出して、爆発してしまった。
理由は分からない。だが、奴らに対する憎しみだけが、確かに俺を突き動かしているのだと言う事実だけは、確かに残っている。それは、自分でも制御しきれない様な、雪崩の様な怒りの波。決壊したダムの様に、怒りだけが雪崩込んでくる。
……怒りも、憎しみも募る。
「フゥ……フゥ……!」
「―――ウワァァァァァァァァァァ!!!」
―――血の着いたナイフを片手に、ナイトホークの大軍へと突っ込んでいった。
・・・
理由の分からぬ苛立ちは、確かにそこにある。
―――“修羅”へと人を誘い込む、悪魔の感情だ。
この男も、そんな“修羅”へと成り果てた、哀れな男の一人だ。
“修羅”へ至れば、二度と人は人でいられない。
―――例え、怒りが消えようと。
―――人が、一度“修羅”となれば、二度と戻れない。
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