最後のレジスタンス

久賀広一

男は職業柄、多くの人間を観察してきた。


上品な人には快適な時間を贈り、またそうではない、やや騒がしめの客には、日常を離れたたしなみを味わってもらう。


そう、男は喫茶カッフェのオーナー。


今では、街に数多あまたあるチェーンを打ち立て、しかしそのどれもが前例のないほど異彩を放つと、称賛を受けてきた。


・・・そんな《平岡幸三》の特技は、相手の職業を見抜く、ということである。


「ーーあなた、どうやら特別なお仕事をされているようですね」


平岡は、自らの形のいい髭に触れながら、客の一人に話しかけていた。

「あなたには、世論の匂いがまったくしない。・・・だが、それでいて、どこまでも一日を高めていく、練磨工のような職人気質が感じられます」

「いや、僕は・・・」

四十代の後半くらいだろうか・・・。カフェのオーナー、平岡と同じ年頃の男は、和装のような格好をしていた。

落ち着いた物腰、このせわしない時代に、どこか優しげで涼やかな目もと。・・・もし、何らかの確信を持つような、力強い意志がそこに感じられなければ、さぞ穏やかな余生を過ごしていく人物だと思われただろう。

みなまで言う必要は、ありませんよ」


平岡は、両手を胸の前に出して言った。

自分は、すべての職業を見てきたのだと。 それがたとえ通関士であれ、ディスプレイデザイナーであれ、私に見抜けない職業はありませんと。

「・・・!」


ーーだが、彼はそれがただの思い上がりだったことを知る。

目の前にいる男は、これまで彼が対話したこともない、はるかな世界の果てで独立を叫んできた男だったのである。

「誰にも従わない正義を、僕はたしかに見てきた・・・!」

その言葉だけ残して立ち去った男を、その遠い誇りを、平岡は見てとった。

ーーかつて、世界の共産主義を打ち倒し、のさばりながら闇をはらんでふくらみ続ける資本主義に、たった一つだけ、反旗をひるがえした職業があった。


『Not in Education, Employment or Training』


もともとはイギリスに端を発し、その信念は一度地球の闇にもぐり、この国で花開くことになる。

二ィトNEET・・・!」

まるで日出ひいずる国そのものを見ているように、平岡の目は細められていた。


ーー彼はいたのだ。

確かに、働いていなかった。


そして、その行為は、人の最後の誇りを、人類がむさぼってきた資本主義の弱者を、やがては新たな場所へといざなう道しるべになるかもしれなかったという。

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