第二話 落ちる者。落とす者。浮いてる者。浮かす者。

――――――――――――――――――――――――

「あ、あが、あ」


 元『吊るされし憤怒』が、もがいていた


 胸のど真ん中が、一本の腕によって貫かれている。その手には、新鮮な心臓が握られていた。


「遺物も大罪も持ってたのに、なんでたった二人の子供に負けるんだか。今頃あいつらに勝ってお前が調子に乗ってる隙に漁夫って俺に心臓を貫かせてさ、俺が大罪を貰う場面だったろうが。全く、お前のような雑魚なら俺が直接取ってやったのによ」


 悪魔だ。ルシファーの像のような風貌、そしてその凄惨な殺し方、まさに悪魔そのものだった。


「まぁいい。雑魚なお前でもメシくらいにはなるだろ」


 胸から腕を引き抜き、返り血が吹きかかる。そんな事は気にせず、手に入れた自分の好物をむしゃむしゃと食す。


「うえっ、まずい。こいつのハツは綺麗すぎる。まだお供え物で出た腐った豚のアソコの方がうまかったぞ。心臓は人体で最も美味い部位だというのに、こいつの身体はどんだけ不味いんだ。クソ弱いし、クソ不味いし。こいつがなぜ大罪なんかに選ばれちまったんだか。これじゃ噛ませ犬未満じゃねぇかクソが……さて」


 ぺっ、とハツの食べ残しを吐き捨てると、悪魔はそいつを踏み台に何処かへと飛んで行った。


 それを一人、高見の見物をする者がいた



「悪魔。今回は割と大人しいなぁ。前回は調子に乗って、暴れるに暴れまわったというのに」


 スカイツリーの上で、ポテチを貪りながら、その一部始終を眺めていた。


 彼は愚か者。彼は『愚者』

 この街に混沌をもたらした者


「ま、あんなプレースタイルで数百年前も手痛いしっぺ返し喰らったもんなぁ。やっとこの『戦争』の仕組みを理解したともいえる。ま、悪魔が前回の悪魔と同じ人格もってんのか知らんけどさ」


 ニヤリと笑う彼は、この戦争の主催者。戦犯。


「まぁいっか。お前も期待しているぞ?」

――――――――――――――――――――――――


 風変わりな夢だ。ただ、悪夢ではないのは確かだ


 そこは果てしない暗闇だった。宇宙というべきか。体がどこにも進まない。無重力とはこういう物なのだろうか。


 目の前に、女の子がいる。その後ろで、月が太陽に重なっている。日食だ。


 その女の子は緑色の長髪をし、緑のドレスをきている。目も緑色。先端に十字架が象られている杖を持っている。その子は俺の事をずっと、にこにこしながら見つめていた。


「誰だ?」


 その緑の髪をなびかせ、こう答えた


「まだ私にもわからない。でも、いずれ、わかる。きっと、わかるわ」


 そうして、彼女は俺に近づいてくる。


「でも今は、ひと時の安らぎを」


 そう言って、彼女は俺を抱きしめた。どう例えようか、もし聖母の抱擁があるとするならば、きっとこのようにふかふかで、きもちよいのだろう。すごく、安心する。このまま、抱かれていたい。優しいこの抱擁に浸っていたい。もう暫く。もう暫く。いや、永遠にこのまま、目覚めなくても、いいかもしれない。

 深くまで、深くまで、優しさの海に落ちていっているような感覚だった。

 共に逆さまになって、宇宙の深くまで、落ちていく


 深くまで、落ちていく


 深くまで



 深くまで




 深くまで





 深くまで



・・・・・・・・・

 


「はっ」


 あまりにも深い眠りだった。寝過ごしたか。枕元にあるスマホに手を伸ばそうとする。しかし、身体が金縛りにあったように動かない。なぜだ。視界と感覚がはっきりとした時、俺はやっと気が付いた。


「くかー。すぴー」


 目の前には白い髪が見えた。双葉が、寝てる。いや、愛と言った方が正しいだろう。俺の上で。ぐっすりと。よだれを垂らしながら。がっしりと、俺の身体を抱きながら。なんで初対面でありながら人を抱けるのだろうか。そんなことはどうでもいい。起きなければ


「おきろ。どけ」


「すー。すー」


 無論、一言では起きない。鎌で気力を刈り取った訳でもないのに、こいつはぐっすりと眠っている。


「悪く思うな」


 俺は無理矢理寝返りをうち、愛を落とすことにした。思惑通り、哀れな彼女はどしんとベッドから転げ落ちる。


「ぎゃっ……すー。すぴー」


 派手に落ちたというのにまだ寝ている。まぁいい。スマホには5月8日(金)10:45と表示されている。まだ時間はあるようだ。


 ふと、壁にかけてある鎌の隣に花の冠があるのが見えた。今日の朝ごろに双葉の愛の方が作ったんだったな。二重人格といえど、捨て子でずっとこの街を彷徨っていた――というのは本人談だが、その身なのに彼女がとても純粋な女の子であることには驚いた。壊の方を見てからではなおさら。むしろ、手を汚すような事はずっと壊がやってきたのかもしれない。愛を守るために。


 その横に、元『吊るされし憤怒』から貰った遺物が掛けてある。縄だ。一見縄にしか見えない地味な見た目だが、強力な遺物なのだろう。ただ、俺にはなぜかその遺物は扱えなかった。使おうと思ったら腕に激痛が走り、遺物が手から弾き飛ばされたのだ。一体どうしてだろうか。遺物は一人一個しか使えないのかもしれない。もしくは、遺物は最初に使った人にしか使いこなせないのかもしれない。

 

 俺には今一つわからない。だが、もし双葉のような遺物を二つ持っている、或いは二つの遺物を持った大罪と戦うことになれば、苦戦は必至だろう。こういう存在も考慮しておかなければ。とりあえず、手放して他の人間の手に渡ってはいけない。この遺物はここに飾っておくことにする。


「おはよう死生。おや、お嬢さんはまだ寝ておられるのかね?」


 父さんがいつものように着替えを持って俺を起こしに来た。双葉の着れるような洋服も持ってきた。どうやら昼の内に買っておいたそうだ。


「死生、すまないね。一緒の部屋に置いてしまって。生憎空き部屋がないもんで、暫く辛抱してくれ」


「別に構わない。ただベッドがもう一つ欲しい。毎回抱き着いて寝かれるのは御免だ」


「ああわかった。そのようにしよう。今日はシチューをつくっておいた。鍋に沢山あるから自由によそるといい。パンも焼いておいた」


 そう言うと二人の着替えを置いて、キッチンの方へと戻っていった。



「わかった。双葉も食べるだろうから伝えておく。もし0時までに、愛の方が起きたら、だが」


・・・・・・・・・


 さて、いつものように顔を洗って、寝ている双葉をよそに身支度整えてからリビングに行った。テレビには父さんが付けていたであろうニュースが流れていた。


『えー、次のニュースです。心臓を貫かれたであろう死体が、桜田区の住宅街の道路の真ん中に遺棄されているとの通報がありました』


 ん?桜田区の住宅街、昨夜、そこで吊るされし憤怒、そして双葉と会った。なぜそんなところでそんな遺体が?少なくとも彼が殺すわけがない。俺はニュースを注意深く聞くことにした。


『発見されたのは高校生である火野 轟炎(18歳)彼は一週間立て続けに発生している連続首吊り殺人事件に関わっている可能性が高いとされ、捜査されていました』


 首吊り?まさか、そいつは。画面に映っている彼の写真を見る。

 

 嫌な予感が的中した。シチューを運んでいた手が止まる。まぎれもなく、吊るされし憤怒だ。大罪も遺物も失い、これから罪を償うはずだったのに。こんな酷いことがあっていいのだろうか。もはや彼は、償うことすら許されなかったのだろうか。


「……」


「死生……悲しいことだが、彼が殺し過ぎてしまった以上これは仕方がない事なんだ。復讐されるのが定めなんだ」


「だとしても、復讐は何も生まないというのに、なぜ」


「……分からないものだ。さぁ、早く食べるんだ。こうしている間にも時間は迫っている。割り切るんだ」


 悔しいが、いつまで落ち込んでいても仕方ない。俺は、俺の使命をこなしていく。ただそれだけだ。渋々、シチューにパンをつけて食べる。味がしなかった。それでも腹を満たすため、食べていく。


『なお、心臓を抜かれた死体に関しても今までに八人確認されており、これらの事件の関係性について現在調査れています。この街に一体何が起こっているのでしょうか』


 ガチャ、とドアが開いた。着替えた愛だ。どうやらやっと起きたようで、目をこすりながらおはよう、と呟く。


「おはよう。今日はシチューだ。パンもある」


 俺が挨拶を返すと、愛はのろのろしながらシチューをよそいに行った。


・・・・・・・・・


「ごちそうさま」


「ごちそーさまでした」


「ごちそうさまでした。では二人とも0時に、教会に来なさい。御言葉を聞くためにお祈りをしなければ」


 ……俺は自分の部屋に戻り、もう一度吊るされた憤怒、火野の遺した遺物を眺めていた。彼がしてきたことは無論許されざる行いだ。だがらこそ償わなければならない。だが復讐はその償う権利も、償う義務も奪ってしまう。

 しかし、俺にはこの事件は復讐によるものとは思えなかった。復讐にしては不可解だ。復讐だからって心臓を奪い去るのはやりすぎだ。あまりにも大胆すぎる。それに毎日心臓を抜かれた死体が出ているとも聞いた。火野とは別の連続殺人犯がいるのかもしれない。


「それ、あの人の、だよね」


 愛が縄の遺物を指して言う。彼女はよく覚えているはずだ。あれで縛られたのだから。壊がいなければ間違いなく良くて首を潰されて死んでいただろう。


「ああ。彼は死んだ。あの後、誰かに殺されたんだ。心臓を貫かれたらしい」


「……ふーん」


「別の連続殺人犯に殺されたのかもしれない。遺物、大罪を持っている可能性もあるから、気を付けろ。いつ襲われるかわからない」


「わかったよ。でも大丈夫。いざという時は壊ちゃんが守ってくれるから」


 さて、どうせ0時までは時間があるので俺は鎌を手に取り、またいつものように山に登って身体を慣らしに行くことにした。


「今から教会の裏にある山に登って運動しに行く。お前も行くか?」


「うん!行く!」


 即答だった。というわけで双葉も一緒に山に登ることになった。すぐに登れるような道のりなのだが、今日は双葉がいる。だから双葉に合わせてゆっくり登ることにした。


「そんなに長い道のりじゃない。せいぜい徒歩5分程度だ。ついて来い」


「うん……でも、道が暗くてなんにも見えない。今明るくするね」


 そう言うと、双葉は「光よ!」と唱える。まもなくして手から光が溢れ出す。光の筋が暗かった山道を走り、明かりをもたらした。


「おお、そんなことができるのか。これで視界にも困らないだろう」


 明るくなった登山道を二人で歩いていく。


・・・・・・・・・



「ついた。森が生い茂ってるこの山で平たいとこはここと教会くらいだ。俺はここらへんで毎日鎌を振ったり、森の中を駆けたりして運動しているんだ。身体を動かせるにはうってつけの場所だ」


「へー。やっぱり静かで誰もいないね」


「こんな真夜中にここに登る人間は俺しかいないだろうな」


 そう言うと、双葉はふふっと笑い出す。可笑しくは無いと思うんだが。


「ふーん……誰もいないから見つかる心配もないわよね」


 なんだ、急に双葉の雰囲気が変わった。

 まさか、壊がこのタイミングで起きたのだろうか。俺は身構える。


「ここなら、誰の邪魔も入らずに殺せるかしら」


 明るかった山頂はだんだん光を失い、暗くなっていく。双葉もだんだんと黒に染まっていく。


「……だめだよ壊ちゃん!死生は悪い人じゃないから!」


「少し待っててね、愛。すぐに終わるから」


 必死に愛が壊を抑えようとするが、無駄なようだ。闇のオーラが彼女に纏わりついていく。その姿は暗闇の中でもはっきりと見えていた。


「し、死生、ごめんなさい!逃げ……て」

 

 今更逃げない。逃げたところで追いつかれる。それに、ここで戦った方が周りに被害が及ばないだろう。相手は遺物持ちだ。油断は一切できない。


 俺は背中にある鎌に手をかける。もう、止める手段は他にはない。


「遺物持ちならば容赦はしない」


「構わないわ……どうせ殺すから」


 刹那、一筋の闇が俺に向かって飛んでくる。飛んでくるという気配は察していたから回避は容易だった。後ろで数本の木が倒れる音がする。


「死ね」


 次は周囲に四つの魔法陣を展開したかと思うと闇の弾丸が十六発放たれた。さっきよりは劣るが十分速い。咄嗟に横に走って避けるが、木にぶつからなかった弾は俺を追尾してくる。厄介だ。

 さらに三十二発の弾丸が放たれる。追尾する弾幕を張って追い詰めるつもりだろう。ならば、俺は森に走った。木を蹴って旋回し、壊の裏に回る。俺を追っていた弾は木々に当たって段々消えていく。数本、木が倒れる音がしている。この地形では、壊が圧倒的に不利だろう。

 後ろを取った。木の上から壊に飛び掛かる。


「甘い」


 しまった。危機を察して鎌を前に構えた直後、闇が俺に向かって放出される。強い……!鎌で防御したためダメージは負わなかったが、そのあまりにも強すぎる勢いによって大きく吹っ飛んでしまった。すかさず壊は追撃をせんと、俺に向かって飛んで来る。彼女の背後に展開された魔法陣からは絶えず弾が出てくる。空中は不利だ。弾を鎌で上手く受け、反動を借りて下に落ちようとする。彼女も俺を追って落ちてくる。


 着地した瞬間、俺は迫ってくる彼女に敢えて飛び込み、鎌を振るう。着地した瞬間に逃げると思わせて意表を突き、壊の心臓に鎌を突き立てる、はずだった。


 かわされた。


 闇のエネルギーが足から急噴出され、鎌が蹴り上げられる。俺の手から鎌が離れた。丸腰になってしまった。彼女は後ろに一回転したかと思うとそのまま俺に肉薄し、顔を掴んできた。


 まずい。闇のオーラが集中しているのを感じる。弾丸も近づいてきている。


「さようなら」


 だが武器が無いからと言って負ける道理はない。


 こんな事を女の子にするのは気が引けるが、容赦はしない。顔を掴んている腕をつかみ返し、勢いよく腹を蹴った。


「あがぁっ!?」


 火事場の馬鹿力というものなのか。蹴られた彼女は勢いよく吹き飛ぶ。暴発した闇のエネルギーが空に打ち上げられる。引きはがすことには成功した。落ちた鎌を拾い、すぐさま彼女を追う。


 彼女は墜落していた。木に刺さっていないのが幸いだ。


「良い準備運動にはなった。今からお前の罪、刈り取ってやる」


 鎌を振るおうとする。しかしそれを待っていたかのように、腕から闇の弾丸が発射される。回避はしたものの、その隙に彼女を見失ってしまった。


 突如、全方位に魔法陣が展開されたと思うと、黒い弾丸が飛んで来る。彼女は逃げた訳じゃない、周りにいる。弾を回避しつつ木に飛び移ろうとする。木々に当たって弾丸は消えていくが、同時に新たな弾丸が生成されていた。追ってくる。どんどん逃げ道を塞ぐかのように、追ってくる。木を蹴って、弾丸の無い方向へと飛ぶ。しかし、


「今度こそ」


 その真正面から、壊が迫ってきた


「さようなら」


 彼女の腕から闇のエネルギーが放たれようとする。こちらの攻撃は間に合わない。だが鎌で防ごうにも、後ろからの弾丸共の餌食となる。飛べば隙をさらけ出す事になる。


 こんな状況でも負けるわけにはいかない。


 俺は賭けに出た。鎌を投げたのだ。近接攻撃は届かなくても、自分の今のスピード、そして投げる力の乗った速さで投げれば間に合う。しかしそれは自分の武器を捨てるという事。だからどうした。武器が無いからと言って負ける道理はない。


 壊は鎌が投げられてくると認識した瞬間に飛び上がり、鎌の方向に向かってエネルギーを放出した。俺が鎌を回収すると予測したのだろう。だが、俺は既に彼女の後ろに回り込んでいた。


 今しかない。この隙を見逃してはならない。俺は勢いよく壊に飛びかかる。


「なっ……!」


 虚をつかれた壊はいそいて腕を俺の方に向けるが、こちらの攻撃にはもう間に合わない。手を強く握りしめ、振り下ろす。


「すまない」


 ボゴォッ!女の子にこういうことするのは本当に心が痛いが、仕方ない。気絶する程度までの威力に抑えた裏拳を頭にお見舞いする。


「鎌で刈り取ったりはしないから、少し落ち着いてくれ」


「ア……ガ……」


 彼女は最後の一発を振り絞ろうとするが、狙いが定まらなかったのか、空に向かって撃ってしまった。そのままバタンと気絶する。愛には謝っておかなければ。


 俺が鎌を回収した頃には彼女は白く染まっていた。


・・・・・・・・・


「……う、うーん」


 双葉が起きた。いや、愛が起きた。


「起きたか。俺が頭を殴って気絶させてしまった。手荒な真似をしてすまない」


 俺に気付いた愛は、即座に起き上がり頭を深々を下げる。


「はっ。あ、いえ、こっちこそ!迷惑かけてしまってごめんね」


「いいんだ。まぁ準備運動にはなったからな」


 むしろここで壊が起きてよかった。周囲に誰もいないし、森の中なので有利に立ち回れたし、被害はせいぜい木々くらいに抑えられた。なんとか勝ったわけだし。


「さぁ、帰ろう。もうすぐ0時だ。なんなら背負ってやる。1分もしないうちにつくだろう」


「うん。お願い」


 愛を背負い、俺は教会まで走った。帰りの登山道も彼女が照らしてくれた。


 さて、教会についたら父さんが祈りを捧げていた。


「静かに。一緒に主神にお祈りするんだ」


 ひそひそと、お祈りの邪魔にならないように愛に伝える。


「私、お祈りしたことないの」


「大丈夫だ。ただ跪いて、目を瞑って、手を組んで、静かに祈ればいい」


「うーん、わかった」


 そのようにして、俺達は父さんを挟むように祈りの姿勢になる。0時の鐘がなる。同時に、父さんは御言葉を乞う祈りの言葉を述べる


「時はきたれり。主神よ、御言葉を聞かせ給え。我々は、今宵は誰を戒めるべきか、今一度示したまえ」


 たちまち、目を瞑っていてもわかるくらい眩しい光が溢れ出した。やはり主神の言葉は聞こえない。信仰心不足を改めて思い知らされる。そういえば、愛の出す光と父さんの放つ光は色が違う。父さんの十字架の光が黄色っぽく、愛の出す光は白い。どういう違いがあるのかはわからない。同じ遺物じゃないんだから当然なんだろうが。


 光が収まると、俺は目を開ける。今日も、父さんは深刻な面持ちで立っていた。


「財宝を狙う者達。強欲の魔術師、暴食の星。どうやら相手は二人らしい。宝石店か銀行に現れるだろう。見つけやすいだろうが、戦力は未知数だ。気を付けたまえ」

 

「ああ、わかった。二対一は厳しいだろうが、なんとかしよう」


「あの……」


 愛が手をあげて言う。


「私も何かお手伝いできますか?」


 そんな。俺は即断った。


「双葉を危険な目には合わせられない。それにこれは俺の使命だ。双葉は父さんの手伝いでもしていてくれ」


「……わかった」


 愛がしょんぼりした顔でうなずく。許してくれ。これはお前には厳しすぎる戦いだ。無論、壊も協力してくれるはずがないし。


「主神よ。虚 死生は代行者として、強欲の魔術師、暴食の星へと向かい、必ずやそやつらを戒めんことを誓います。」


 そう言うと、俺は教会を後にした。銀行か宝石店、か。そういえば宝石店や銀行などの窃盗・強盗が頻発しているが、その正体がこいつらなのかもしれない。だとすれば今日も派手に暴れるのだろう。まずは襲撃されていないところを探そう。きっとそこに現れるに違いない。


 都市部へ向かうと、パトカーの音がたくさん鳴り響いていた。もう現れたのだろうか?スマホで調べてみると、速報で銀行強盗事件発生と報道されているようだ。SNSでは野次馬達が口々に「桜田信用金庫に例の二人組が来た!」と呟いていた。成る程、急いでビルに登り、桜田信用金庫のある場所まで向かう。


 いた!二人組がビルを飛び移っているのが見えた。逃走中のようだ。急いで向かう。あと数十mの所まで近づいた。なんと、二人の女の子だ。強欲の魔術師、暴食の星に違いないだろう。とんがり帽子をかぶってる魔女のような子と、小さくて丸っこい子がいる。どちらがどちらかはまだ分からない。上から警察のヘリとメディアのヘリが追っている。すると


「ぽむぽむ!食べちゃえ!」


「ぽむ~~~!」


 掛け声とともに、空にブラックホールのような物ができた。ヘリが次々と制御を失い、吸い込まれていく。成る程、ぽむぽむとかいう子は厄介な能力を持っているのか。ならばその子からやった方がいい。


 一気にぽむぽむとやらへと近づく。そこだ!飛び掛かり、彼女の心臓に鎌を振ろうとしたその時だった。


「ルルリラマジカルちちんぷいぷい」

 

 来る!急停止し、後ろに飛び退く


「バード・ストライク!」


 トンガリ帽子の、オレンジのロングをした、魔女のような女の子が大きいマントを出す。それに包まれるとたちまち彼女らは白い鳩となり、俺に突撃して来た


「アーンド、フェニックス!」


 どこからか声がした。瞬間、白い鳩が燃え上がる。まずい!それは……まずい……轟音と共に、フラッシュバックが起きる


・・・・・・・・・


 目が眩むほど眩しい炎の壁がごうごうと音をたてながら僕を包囲している。身体が溶けてしまいそうなほど熱い。部屋が火に包まれていた。くそっ、こんなタイミング火を見せられるとは思ってもみなかった。


 僕はベッドから飛びあがり、ドアを抜ける。家の出口を目指すが、まるで迷路のようだった。覚めろ!覚めろ!!そう願いつつドアを開け続ける。その時だった。腹に衝撃が走った。何も当たっていないはずだ。


「……ろ!」


 ぼんやりと、声が聞こえる。その後また腹が蹴られるような感覚がする。


「……ろ!!」


 次に腹を蹴られた時、はっと目が覚めた。


・・・・・・・・・


 目が覚めると、そこには壊がいた。


「起きろ!!!なにやり合ってる最中に気絶してんのよクソ野郎!」


「なっ……助けてくれるのか?」


 びっくりして飛び起きた。ビルの上だ。とんがり帽子の女が追撃しようとトランプを投げてきたのを壊が闇の弾丸で相殺しているのが見えた。



「勘違いしないで。利害の一致ってやつよ。あのまるっこい方には、あたしの寝床を壊した落とし前をつけさせたいの」


「すまない。ありがとう」


「ふん、あんたは後で殺すから。それよりだらだらしないで。やつらが逃げるわ」


 二人はマジックで出したであろう翼をはためかせ、どこかに飛び去ろうとしていた。すかさず壊が背後に四つの魔法陣を展開し、闇のビームを打ち出す。たちまち四枚の翼に当たり、彼女らがビルの谷間に落ちていく。


「あんたはあのトンガリ女をやって。私はまるっこい方に用があるから。火程度でビビんないで」


 そうするとビルの谷間につっこんでいく。入れ替わるようにトンガリ女が上に登ってきた。


「ぽ~~~む~~~!!!」


「ぽむぽむ!?」


 どうやら一緒に登ろうとした丸い方が壊に落とされたらしい。これで一対一だ。合流しない内にとんがり帽子の女に襲い掛かる。


「ちっ……あんたの弱点はわかってるわよ!あたしはマジシャン、全部読心術でお見通しだわ!」


 そうか。マジシャン。彼女が魔術師だ。つまり強欲の魔術師。だから盗みを繰り返していたのだろう。自身の強欲を満たすために。

 そして、彼女はまた同じ呪文を繰り返そうとする


「ルルリラマジカルちちんぷいぷい、バード……」


「させるか!」


 マントを鎌ではぎ取る。彼女はとっさに後退したが、バード・ストライク、そしてフェニックスを封じる事はできた。


「くそっ、あんたへの有効打が……でも、私の遺物がそれだけだと思ったら大間違いね!」


 そうして彼女はマジックの道具を展開した。トランプやナイフをはじめとしたありとあらゆるマジックの道具がたくさん出てきた。

 だが、そんなに遺物は持てないはずだ。一つ一つが遺物というわけじゃない。何か、マジック道具を、なんならなんでも魔法を出す道具に変える遺物が一つあるはずだ。


「それを探す時間なんてないと思うわ?あんたの考えている事は筒抜けだけど、それを探す余裕はないって断言するわ。こっちにはまだライターがあるんだし」


「そうか。まぁどうせわかっているだろうが、俺が考えてることを教えてやろう。遺物を探すつもりはない。お前の大罪を刈り取る。それだけだ」


「やってみなよ!ルルリラマジカルちちんぷいぷい……」


 トンガリ帽子の魔女が、手を俺の方に向け、詠唱をする。その隙を狙うべきなのだろう。考える前に、動いた方が得策だ。来る物は切り伏せる。そして大罪を刈り取り、戒める。考えを読まれてもいいように、俺はそれだけを考えながら強欲の魔術師に切りかかった。

 


――――――――――――――――――――――――


「ぽ~~~む~~~!!!」


「ぽむぽむ!!」


 上からぽむぽむを呼ぶ声が聞こえる。うるさい。彼女を地面へと打ち付ける。


「あんたの事、忘れていないわよ。だから今死んでちょうだい」


 闇のエネルギーが腕に集まってきた。あとは一気に放つだけ。その時


「ぽむぽむ、たべる!ぜんぶ、たべる!!やみ!たべる!!!」


 私の手よりも大きく口を開きだす。かまうものか。全力を以て彼女に撃ちこむ。


「さよなら」


 ドゴォォォォ!!無駄にうるさい轟音がビルの谷間に響いた。意外とあっさりした終わり方ね。そう思ったときだった。


「あ~~~ん」


「なっ!?」


 慌てて飛び退いた。なんと、私が放出した闇を全部食べてしまっていた。まさか闇まで食うとは思っていなかった。さらに私までも食べようとするとは。十mほどに距離を置くが、彼女の吸い込みはここまでも吸い込んでしまうのか。吸い込まれる。闇を噴射し、吸引力と相殺させる。


「ぽむん!」


 口を閉じた。ずっとは吸えない。最初はあの三頭身程度しかない身体でここまで吸うのには本当に驚いた。だが、一度奴と出会った私は知っている。本当の地獄はここからだ。

 吐き出してくる。


「ほ~~~~~!」


 奴の口から激しい突風が吹きだされる。吸い込む力よりも強い。ビルの壁に打ちつけられる。

 

「ぐはぁっ!?」


 痛いっ!でも我慢しなきゃ!奴は、殺さなきゃいけない。虚も、殺さなきゃいけない。だから、痛くても我慢しなきゃ……愛ちゃんのために!


・・・・・・・・・


 私達は捨て子だった。


 いつ捨てられたかは忘れた。物心ついた時には私達は裏路地にいた。私がやるべきことはわかっていた。生きるために、そして愛ちゃんのために、殺し、奪う。それしかできなかった。


 私には、桜田区でやっと見つけた唯一の寝床があった。日の目も浴びず廃棄された、ボロいビルだった。こんなビルは他にはなかった。回収し忘れたのだろうか、食料なども大量に備蓄されていた。

 天国だった。

 路上で生活をし、いつも襲われて、私が目覚めた時には犯される3秒前、ってこともあった。そして、その日のご飯を工面するために、人を殺して、財布を奪い取る。とにかく殺し続けた。そんな血生臭い生活ともおさらばだった。雨風凌げ、戦いとも縁がないこの場所で、二人で、静かに、幸せに暮らしていくんだ。


 一週間前だか。あの丸っこい奴が。ぽむぽむとかいう奴が。ぶち壊した。

どうやら彼女はここら辺を無差別に襲っては、ありとあらゆる物を食らい尽くしていた。私達のビルに残っていた備蓄を嗅ぎつけたのかは知らないけど、あろうことかビルごと吸い込もうとしたそうだ。私が起きた頃にはビルは倒壊し、備蓄はもちろん吸われていた。せめて奴をぶち殺そうとしたが、私の攻撃は全て吸われた。歯が立たなかった。悔しかった。弱肉強食の、弱者になったと自覚させられたことが何より悔しかった。


 こいつをぶっ殺したい。私には今復讐心しかない。


 あれ、そういえば虚って、一度会ったこと……ない?じゃあなんで彼を恨んでいるんだろう。


 そんなことはどうでもいい。きっと何かあったんだ。あいつも殺さなきゃ。でも、今はこいつを殺すことだけを、考える。


・・・・・・・・・


「ぽむぽむ、っていったかしら?」


 壁に打ちつけられた身で問をなげかける。


「ぽむ。わたし、ぽむぽむ」


「まず最初に謝ってくれないかな?ビル壊してすいませんでしたってさ。そうしないと殺してもなんかすっきりしないからさ。謝ってよ」


 ま、答えは明白だけどね。


「ぽむ、いっぱいたべた。ぽむ、おまえのびる、たくさんのひじょうしょく、たべた。でもぽむ。あやまらない。ぽむ、わるいことしてない。ぽむ、つよい。だからぽむ、いいこ」


「なるほどね。勝者が正義、強者がルールみたいなもんか」


 ならば。


「殺す。お前を殺す。そしてお前に弱者って烙印を押してやるわ」


「ぽむ。まけない!ぽむぽむぽむ、ぽむ~~~!!!」


 途端、身体が浮いた。無重力だ。身体がどこにも進まない。そういえば、何度かこの夢をみたかもしれない。でも、あたしには闇の力がある。それに、一回負けたんだ。もう負けない。


「なるほど、それがあんたのやり方ね」


 何を出されようと、あたしはこいつを殺すだけ。この三頭身の怪物を、天国を奪い去った奴を、殺す。愛ちゃんのために。


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死神は殺さない。 @XholdwrIteX

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