バンジージャンプ

弱腰ペンギン

バンジージャンプ


『3・2・1・バンジー!』

 掛け声とともに、人がダイブしていく。

 100メートルもの高さから落下する、その恐怖を考えただけで身がすくむ。

 なんで高校の修学旅行でバンジージャンプをしなきゃいけないんだ。っていうかなんで俺なんだ。

 じゃんけんで負けたからだね! クソが!

「こちらへどうぞ」

 係員に案内されて発射台に向かう。あぁ、俺は今からあそこから地面に向けて発射されるのだ。そして潰れたトマトに——。

「大丈夫ですよー楽しいですよー」

 んなわけあるか!

 どうしてこんな高さから落下するのが楽しいんだ!

 命綱が絶対って保証はあるのか、あぁん!?

「それでは3・2・1・バンジーの掛け声とともに飛んでくださいねー」

 係員のそれはもう事務的な作業で、端まで追いやられる。絶対に下は見ないでおこう。飛べなくなるから。

「もう少し端まで行ってくださいねー。足元注意してください」

 その声で端まで移動……あー、見ちゃったぁー。下を見ちゃったぁー。

 何この係員。わざとやってんじゃないのか?

 絶対後ろでニヤリって笑ってるだろ!

「飛べない場合アシストしますがどうしますか?」

「……大丈夫です」

 何が大丈夫なのかわからないけど。

 そして下を見てしまったがゆえに気が付いた。友人どもが笑っていやがる。

 お前ら今から友人じゃない。知り合いに降格だバカ野郎。少しはハラハラしてくれてもいいじゃないか。

『それでは行きますよー』

 係員がマイクをつけた。なんでみんなに『飛ぶ』って知らせるんだろうな。

 これはあれかな。みんなスイスイやってるのに飛ばない奴を笑うための仕掛けかな?

 私はアナウンスしたんですけどー、こいつ飛ばないんですー的な。

 それとも『飛ばなきゃ』っていうプレッシャーを与えるためにやってることか?

 いずれにせよ、この係員は性格が悪い。そうに決まっている。じゃなきゃ俺の肩を掴んでたりはしない。

『3・2・1・バンジー!』

 グイと押される感覚があった。ので、思わず抵抗してしまった。

 振り向いてみてみるが、係員も『飛べ!』的な顔しかしてない。くそう、もう少し近ければ巻き込んでやったもの……は? 近い?

 俺の肩を掴んでたのは誰——。

 そう思ったとき、谷底に引きずられるかのように落下していった。

 肩を見ると、長い髪で顔を隠した女がいた。

「一緒に、逝きましょう……」

 と、囁くように言った。だが。

 俺はそれよりもなんで前髪で顔を隠しているのが気になった。なので、髪をかき分け顔を見てやろうとした。

 だって、この手の幽霊っていっつも顔を隠してるじゃない。見たいじゃない?

 当然のごとく抵抗されたが、女には片手しかなかったのであっさりと見ることが出来た。美人だった。

 なんでこんな人が幽霊的なことをやってんだろうと思うくらいの美人だった。

 大きく丸い目は子供っぽいと言われるかもしれないが、左右均整の取れた顔立ちで、あか抜けたお姉さん的な人だった。

 よし、お持ち帰りしてやる。そう固く決意した、次の瞬間。限界ギリギリまで伸び切ったゴムが、悲鳴を上げるかのようにちぎれた。

 ただ、落下の勢いを完全に殺し切ったタイミングで切れたことと、水面近くだったことで落下時の衝撃はほとんどなかった。

 問題はこの後だ。

 足を縛っている器具はついたまま。上半身しか自由がない。その状態で川に入水。

 とてもじゃないが生きて帰れないシチュエーションだった。しかし。

 「一緒の行きましょう」と言ってくれた美人がいるのだ。隣に! 今ここで死ぬわけにはいかない!

俺はテレビで見たドルフィンという競技を思い出し、下半身を人魚のように使い、バタフライの要領で水を掻いた。

水面に上がると岸を探す。少し流されたようだが問題はない。俺は水泳部だからな!

「一緒に……逝きましょう」

「おう、生きてやる!」

「あ、え? 違う……逝きましょうって」

「おう、生きてやるからそこで待ってな!」

 必死で水を掻き、何とか岸までたどり着いた。

 足の器具を何とか外すと友人たちの元へ。

「大丈夫だった!?」

 すごい必死に追いかけてきてくれたのだろう。みんな泣き出しそうな顔をしているが、俺は今、ものすごくハッピーなんだ。

「大丈夫、問題ない。それとこの後ちょっと自由時間でいいかな? 俺、行きたいところがあるんだ」

「え、それより先に検査とか……」

「こまけぇことはいいんだよ!」

 俺はそういうと横にいる美人の手を引いて上流へ向けて歩いて行った。

 途中、係員とかが必死で何かを言っていたが、細かいことは友人たちに任せよう。

「っちょ、やめ。離して……」

「一緒にいきましょうって言ってくれたじゃないか。この先に良い温泉があるって聞いていてね。一緒にいこう!」

「え、すごく嫌……」

「大丈夫。ここに来ることが決まってから、もしかしたらかわいい子とか見つけてデートしたりするんじゃないかなって思っててね。まさか幽霊だとは想定してなかったけど、下調べはばっちりさ!」

「え、怖い……」

「安心して。俺は紳士だから、絶対に君を幸せにするよ!」

「そういう人に騙されたから、本当に嫌……」

「俺の目を見てくれ! 嘘を言っているように見えるか?」

「若者特有の根拠のない自信に満ち溢れ、これからやらしいことをしてやろうというギラギラしたものを感じるわ……。そうだ私ちょっとトイレに……」

「幽霊はトイレに行かないだろう!」

「私、花子なんで……」

「っちょ、どこに行くんだ、待ってくれ!」

 彼女はこうして俺の手を振りほどき、消えてしまった。

 そうか。名前は花子っていうのか。

 

『本日の心霊特集! ある山奥のバンジージャンプ場近くでは、トイレに『マジモノの花子さんが出る』という噂がありました。最近まで何度も目撃情報や体験談が語られていたのですが、ある日を境にぱったりとその噂が途絶えてしまいました。今日はその理由を霊媒師の——』

 テレビでは霊能者がうんにゃらほげほげしながら、霊がいるだの語りかけてるだの言っている。

 こいつはインチキだな。確定だ。

「ちょっと、ご飯食べてる時にテレビはやめてって言ってるでしょ……」

「いやぁ、つい」

「しかもこれ、私じゃない。トイレにまで追いかけてきて、変態……」

「いやぁ、つい」

「ほんと、変態……朝ごはん食べてさっさと大学行ってらっしゃい……」

「脅かして遊んじゃだめだぞ? この間、隣の部屋から悲鳴が聞こえたぞ?」

「もうしないわ……」

 朝食を食べ終え、準備を済ませ、大学へと向かう。

「それじゃ行ってきます」

「逝ってらっしゃい……」

 透き通る肌の、彼女に見送られながら。

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バンジージャンプ 弱腰ペンギン @kuwentorow

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