麗しの狛犬ちゃん

 そんなこんなで、身も心もメラメラ焼き尽くす大恋愛が始まるはずだった。

 けど、狛犬ちゃんと知り合ってから半月ほど立つ現在、な~にも変化が始まる予感がしない。


「はぁ~」と溜息を付いても何も始まらないし、狛犬ちゃんが欠伸をするだけ。


 全くもって男の子が現れる姿も恋愛の兆候すらも感じられないでいた。


 あと半月程でクリスマス。

 友達の圧勝で終わるのかな……でも絶対に諦めるもんか。

 水野谷くひな、お前はお金がなくても我武者羅になれば何だってできる。


 鏡に映り込む憂鬱な自分に𠮟咤激励を飛ばすと、気持ちをスッと切り替えて今日も運命のイケメンの男の子を探しに、違った。


 吽形うんぎょうを探しに狛犬ちゃんと邁進します。


「今日こそは頑張ろうね、狛犬ちゃん」と声を掛けると、狛犬ちゃんは大きく尻尾を振ってくれる。

 確証はないけど喜んでいると思っている。


 グッと握りこぶしを胸に掲げて決意を高めると、余所行きの格好を身にまとう私は愛用の唐草模様のトートバッグを手にする。


 お決まりの場所へと向かうために颯爽と家を飛び出した――。



      ◇◆



 いつも通りに街中を巡回しながらウィンドウショッピングを楽しんで、自宅に帰る前に最後に訪れる【狗奴くぬの公園】へと到着していた。

 大きな池がメインのここはカップルが決まって訪れる憧れのデートスポット。


 将来を見据えて下調べをする中、夕暮れ時に決まってここにくる。


 お気に入りの場所は池の畔にある白いベンチ。直ぐ傍に大きな柱時計が聳え立っている。

 何時もここに座って手鏡を見詰めては、狛犬ちゃんと反省会をするのがお約束になってしまった。

 もし吽形が見つかればここで運命の男の子と雑談を交わす予定。


 でもそんなことは今日も叶わなかったな。


 トボトボとベンチに近寄って腰を掛けると、トートバッグから手鏡を取り出して狛犬ちゃんを見詰める。


「今日も、ダメだったね」

 力なく声を掛けると狛犬ちゃんはしょんぼりしてしまった。


 狛犬ちゃんの所為じゃないんだ。

 私の容姿がいけないんだと思うよ。つくづく自分の全てが嫌になるね……。


「もう諦めようかな、恋愛なんて……。

 所詮かなわない夢。

 きっと私は神様の手のひらの上で、転がされて弄ばれているんだよ……」


 諦めムードが漂う中、弱気な発言をしてしまった。

 今の発言を聞けばきっと狛犬ちゃんは愛想をつかす……あれ⁉


 狛犬ちゃんが遠くを見詰めて鼻をヒクヒクさせている。

 然も、尻尾を大きく振って随分と喜んでいるように見える。


 今までに見たことのない狛犬ちゃんの変動に嫌でも期待感は募る。


 意を決してからゆっくりと狛犬ちゃんの視線の方向へ目を向けた。


 ――ドクン、大きく心臓が躍動する。


「あ、ああ。やっと見つけた。よ――。あはは」思わず覚束ない口元で感激の言葉を漏らしてしまった。


 口をガシッと閉ざし凛として犬すわりしている吽形。

 狐くらいの大きさでシュッと引き締まった細身の体に、フサフサとした白銀の毛並み。まるでお稲荷様みたい。


 全くもって私の狛犬ちゃんとは、似ても似つかない凛々しい容姿に目を奪われる。


 その存在を確かめるようにパチクリと何度も瞼を動かして、吽形を頭の上に乗せている男性が私の方へ近寄ってくるさまに目を留めていた。


 黒い長髪にキリっと引き締まった面立ちと、二重瞼の優しい目はイケメン。

 細身の体系は清潔感溢れて、身に纏うスタイリッシュな服装からは気品を覚える。歳の頃は私よりも上に見える。多分、大学生くらい。


 もうね、ドストレートに私好み。

 正直メロメロになって腰が砕けそうだよ。


 恥ずかしすぎてスッと目線を地面へと移していた。

 ぎゅっと固く握りしめた手を膝の上に押し付けて、火照った身体を冷やそうと必死になる。

 でも、ダメみたい。

 意識に反して体中を駆け巡る血液は熱を帯びている気がする。ますます身体が熱くなってくるよ。


「あの~、すいません。隣、空いてますか?」


「あ、はい、はい、あ、空いて、ます~」緊張の余りに声が妙に上ずってしまった。


 チョー恥ずかしいんですけど。

 それよりもさっきから心臓が異常をきたして、バクバクと爆音を立てて鼓動している。

 こんな恥ずかしい音を聞かれたどうしよう。

 余計な心配ばかりしてしまうのが恋愛なのかなぁ。どう接したらいいのか分からないよ。


 

 頭頂部がほんのりと温かくなる。分かった。その合図にも思えた。


「失礼します」と一言添えて男性は私の隣に腰を掛けた。


「あのですね、僕ですね、ここがお気に入りの場所なんです。

 何て言うのかなぁベンチに座ってボーと池を眺めると、故郷の神社を思い出せるんです。

 自然に還すこと無く守りたいんですよ、熊襲くまそ神社を……」


「あ、う、ん」

 ゴメン、相槌すらまともにうてないよ。

 それにしてもの名前がとても良い響きに聞こえる。

 

 然もどこかで見た気がする。たしか……。


「何時も決まった時間にくるのですが今日に限っては交通トラブルで……。

 そしたら可愛い女の子が座っているじゃないですか。

 諦めようと思ったんですけど不思議と声を掛けてしまったんです。

 あ、決して、ナンパじゃないんでお気になさらず。気が済んだら直ぐに帰りますんで安心してください」


 あは、可愛いなんて。

 パパ以外の異性の人に初めて言われた。舞い上がってしまうよ。

 それに丁寧な対応で気さくに話をしてくれるし、誠実さを感じる。妙に安心感が湧いてくるのが凄く不思議。


 何時までも、ううん、この先ずっとこの人の傍にいたい。

 このままマゴマゴしていたら、きっと何も変わらない気がする……。


 それとなく手鏡を見ると、狛犬ちゃんが私をジッと見詰めて目を潤ませている。

 これはきっと話し掛けろと言うモーション。


 頑張ってみるよと、狛犬ちゃんへうんうんと頷きジェスチャーを送る。

 数度小さく深呼吸を繰り返して緊張を解す。


 男性へ向き直ると目線が合わないように努めて声を掛ける。


「あ、あの」


 本当に自分が情けない。

 頑張ってみても蚊の鳴くような声しか出せなかった。

 もうダメかもしれないよぉ狛犬ちゃん。


「あ、大丈夫ですよ。もう帰りますんで」


 ダメ、帰っちゃ嫌だ。

 まだまだ話したいことが山ほどあるんだよ。


「そ、そうじゃなくて」


 ちょいちょいと頭の上を指先で指し示す。

 先ずは男性が私の狛犬ちゃんを見えるか否かを確認しておけば、帰るなんて絶対に言わないはず。


 ――はず、だよね……あれ、可笑しい!?


「え~と、頭の上。あっ!? 綺麗な髪の毛ですよね。濡れ烏って言葉が相応しいですよ」


 髪の毛を褒めてくれる。

 それはとても嬉しいんだけど……漸く、漸く理解が出来た。


 ――この人には、私の狛犬ちゃんが


 私と同じ夢を見ているのならば、この人も同士の阿形を探しているはず。

 ただ、阿吽とは相対する二つの物。

 阿吽の呼吸とも言われるくらいだ、きっと姿形がピッタリのはず。同じ種類でなければ磁石と同じでくっつきあうことがない。


 だったら、この人とは絶対にくっつくことがない……。


 あはは、最初に気が付けよおバカな私。

 初めて見る吽形に期待を抱き過ぎだよ。

 私の狛犬ちゃんとは似ても似つかないじゃないか。


 諦め無くっちゃ、この人は私の運命の人じゃないんだ。

 それに分かっていたはずだ。この人はイケメンだよ。座敷童の私とでは到底釣り合いが取れるはずがないことを……。


 ねぇ、狛犬ちゃん……。


 チラッと手鏡を見ると狛犬ちゃんが私と男性を交互に見て、可愛くアタフタしてくれている。

 ほんと可愛いよ。

 きっと可哀そうな私を慰めてくれているんだね。

 分かってるって狛犬ちゃん。私と釣り合いがとれる吽形をまた探すよ……。


 ――あれ!? 待てよ。


 だったら何故、狛犬ちゃんは今までにないをするんだ?


 くひな、よぉく考えてみろ。

 もしもだよ、男性には自分や女性の狛犬様が全く見えない。

 女性と同じ夢を見るとも限らないと仮定すれば、狛犬ちゃんの導きで運命の赤い糸を結び付けることができるかも、しれない。

 とすればとる道は一つだ。


 ――狛犬ちゃんを


 ゴクリと喉を鳴らして口火を切った。


「わ、私はですね。水野谷くひなって言いますぅ。

 座敷童に見えますよね。だから捕まえとけばきっと幸運が貴方に訪れますよ。

 残念なことは体の生育がこれ以上は望めません。ただ、ピチピチの肌は自慢で純潔な乙女でありますぅ。

 きっと不束者に映るかもしれませんけど、本当は純真無垢でナイーブ。

 我武者羅が長短だけど元気一杯なんですぅ。

 ズバリ、って信じますかぁ。だから、お名前を聞かせてくれると本当は嬉しいですぅ……」


 もう、やけくそになって無我夢中で想いの丈を全て吐き出してみた。


「ふ、ふ、ふふ、ははは」と大笑いを堪えているように笑ってくれる男性。


 そりゃそうだよね。笑いたくもなるよ。

 私が口走った内容は正直、チョー恥ずかしい言葉の数々だもん。


 それにこの反応は拒絶反応だ。

 ごめんね、狛犬ちゃん。ダメダメな私で……。


「はは、すいませんでした。正直言えば、驚きましたよ。

 なんて言うのかなぁ、女性に対して免疫がなくてどう接したらいいのか……。

 そうですね、まずは自己紹介を。

 僕は水嶋瑞樹みずしまみずきと言います。大学生で二十歳になります。

 は信じますよ、


 あれ、あれれ。予想外の反応が返ってきた。

 然もくひなさんだって。

 ああ、もうぅ。恥ずかしくて口から心臓がドンと飛び出しそうだよ。


 恐る恐る上目遣いで瑞樹さんの顔をみると、優しい微笑みを私に投げ掛けてくれていた。


 ――ドクン、ドクドクと心臓の鼓動が猛々しく鳴り響く。


 胸が締め付けられるこの感触が、私の遅咲きの恋愛が漸くスタートしたことを知らせてくれる。


 恥ずかしくなって咄嗟に地面へ視線を落とすと、不思議な光景を目の当りする。


 スポットライトなどの強い光源がないのに、私達の影が鮮明に映っていた。


 それはまるで私達の心と心が一つになったのを示すかのように、影と影が交わっていて二人の狛犬ちゃんのシルエットも浮かび上がっていた。


 狛犬ちゃん達は身を寄せ合うようにくっついて、それぞれの尻尾をニョロニョロと絡ませながらハートの形を作ってくれていた。


 この先の私達は身も心も必ず

 その将来像だと感じていた。


 微笑んで影を見詰める中、夢の言葉を思い出した。


『願い叶ったとき、もっと信仰の意を示せ。吽形が指し示すであろう』


 漸く、神様の真意が理解できた。

 お金の無心などと邪なことではなく、私達に熊襲と切実に伝えたかった。

 これからは二人で人生を歩んで行くことになるのだと確信していた。


 そしてキスもまだなのに子供は何人作ろうかなと、脳内をピンク色で染めていたのはナイショの話だよ。

 ふひ――。

(了)

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頭の上の狛犬ちゃん~座敷童と呼ばれる少女~ 美ぃ助実見子 @misukemimiko

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