最終陳述

 ついに最終弁論の日がやってきた。

 検察官の意見陳述と求刑。弁護人による最終弁論が終わると、裁判官から「最後に言っておきたいことはありますか?」と聞かれた。

 待ち望んでいた最終陳述だ。俺は姿勢を正してから、検察官のほうを顔を向け、間を取った。なにかを感じ取ったのか傍聴席は静まりかえり、メモ帳を取り出す男が視界の端に入った。

 俺は頭の中に刻み込んだ言葉を声に出した。


 君は六法全書を片手で持てるかい

 俺は無理だ だって手が小さいから

 でも 紫色の法理論に縛られた君なら救い出せる

 罪はいくらでもあるのに

 罰は一つしか与えられない

 愛はいくらでもあるのに

 戀は一つしか与えられない

 ……

 ……

 空想の牢獄は君からの愛で満たされるだろう


 詩を読み終えて、俺はこみ上げてくる喜びに体が震えた。

 解剖台の上のミシンと蝙蝠傘とはいかないが、法廷で詩を朗読する、というのはシュールなものだ。今までネットで投稿した詩は誰も読んでくれなかったが、ここでは皆が耳を傾け、メモをしている男さえいる。

 裁判官は俺のほうをにらみ付けている。

 最終陳述はなにを言ってもいいはずだ。誰かを侮蔑したり口汚く罵ったわけではないから、文句はないはず。普通は反省や被害者に対しての謝罪をするものだが、俺は違う。

 ついに計画を実行出来たのだ。

 女性検察官は恥ずかしいのか感激したのか下を向いて、書類を包んだ紫色の風呂敷を弄んでいる。それからお腹を抱えると笑い出した。

 それをきっかけに傍聴席からも笑い声が噴出して、さざ波のように法廷に広がっていった。

「静粛にしなさい」

 裁判官は木槌を振り下ろすと、怒鳴り声を上げた。


 初犯刑務所の雑居房で俺は「ポエム君」と呼ばれている。法廷で詩を朗読したことが皆に伝わったらしい。

 塀の中の人間には好意的に受け止められたようだ。さすがは反社会人間の集まりだけのことはある。

 三ヶ月後、接見した弁護人は、俺の詩に勝手に曲をつけてユーチューブで歌っている女性がいるから訴えましょうと言った。

「ほっとけばいいんじゃないですか」と俺が答えると、弁護士は納得いかないようだった。彼も俺のおかげで多少なりとも有名になったから、このあたりでガッポリ稼ごうと考えたのだろう。

 勝手に俺の詩をパクった曲のタイトルは「ナイフ男が捧げる愛の歌」というんだそうだ。なかなかいいじゃないか。どんな歌かはわからないが、出所したときの楽しみにとっておこう。


              完

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ナイフ男が捧げる愛の歌 羽鳥狩 @hadori16

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