モグモグの話

 より寒さが厳しくなった12月。

 私は友人を伴って、自宅であるマンションへ向かって歩いていた。


「で?結局どうなったのよ」


「ふぇっ?!あ、ああ、うん……へへ」


 大学からの付き合いであるこの友人に小脇を小突かれて、私は照れくさいのを誤魔化すように笑った。


「へへ、じゃないでしょ。結局どうなったのよ?」


 ずずいっと下から顔を覗き込んでくる彼女にたじろきつつ、モゴモゴと応える。


「こ、こく……はく……され、た」


「えー?きーこーえーなーいー」


 わざとらしく耳に手のひらを添えて聞き返してきた。


 こ、このヤロウ……!


 分かっていてこの反応をする友人を半眼で睨みつつ、お腹に力を入れて言葉を紡ぐ。

 たった数文字の単語を音で発するだけなのに、喉から搾り出した声はさっきとあまり変わらないくらい小さかった。


「こ……」


「こ?」


「告白、され、た……」


 友人は素面にも関わらず、酔っ払いのような下品なため息をついて私の肩に腕をまわす。


「あんたにも春が来るとはね〜〜」


「ちょっ、声が大きい!」


 完全に面白がっている友人の声が大きく街中に響く。声につられてすれ違った何人かがこちらを振り向くので、私は慌てて友人の口を塞いだ。


 ああ、顔が熱い。友人の口を塞いだ手もほんのり桃色に染まっていたし、ついでに言うなら顔だけじゃなく耳まで熱い。


 おちょくられた恥ずかしさで茹で蛸みたいになっている私を見下ろした友人の目が呆れたように細められた。


「はー、やだやだ。もう12月だってのに熱いねぇ」


 パタパタと掌で扇ぐような動きをする。


「んで?そんだけ真っ赤になるんだから、返事は返したんでしょ?」


「………………まだ」


 一瞬の間。


「は、はあああああ?!!!?!」


 ビリビリと絶叫が響く。先程より多くの人が何事かと振り返る。私はといえば、自分でも中々の事をしている自覚が多少あるので、ぐうの音も出ない。


「これはその後輩くん可哀想だわ、心底同情する」


「これから、する、もん」


「もん、て」


 乙女か、という友人のツッコミもごもっともだが、一杯いっぱいなので見逃して欲しい。

 すると友人が、はたと歩みを止めた。怪訝に思い、私も立ち止まる。


「……てことは何。『これから』ってことは、アタシはこの後アンタの大告白大会の介添人になれってこと?」


「う……」


「珍しく『うちでお茶しない?』って誘うから、てっきりアンタの惚気を聴かされると思っていたのに、まさかそれ以前の内容だったとは」


「うう……」


 キレイに流したセミロングを掻き上げながら、友人は深いため息を吐きながら容赦なく踵を返す。


「帰るわ」


「うえぇ?!」


 完全に呆れられている。友人の久々に見る据わりきった目に、私は慌てふためいた。本気で帰ろうとする友人にしがみつく。


「待って、お願い!見捨てないで!!」


「ちょ、引っ付くなっ!何が悲しくて、友人の告白現場に出歯亀しなきゃいけないのよ!」


「ここにいるじゃん!」


「アタシの意思じゃないわ!」


「じゃあお願い!せめて、せめてアレだけ教えてって!!」


「アレって何よ!!!?」


「学生の時によく言ってたじゃん、お母さん直伝の林檎ジャム使ったアップルパイの作り方っ!」


「あんなもん、冷凍のパイシート使ってチャチャっと林檎ジャム包んで焼けば良いだけよ!」


「それが出来ないから頼んでるんじゃんー!!」


 双方、肩で息をしながら応酬を繰り広げたが、やがて友人は先程よりも深く、深くため息をつくとアパートとは別の方へ爪先を向けた。


「ちょっ……」


 歩みを早めた友人に追いつくべく、慌てて私も帰路を外れる。止めようと伸ばした手を、ガバッと振り返った彼女に逆に掴まれた。驚いて彼女を見つめると、呆れたような、仕方のない子でも見つめるような目で見下ろされた。


「さっさとスーパー行くわよ。どーせ、アンタんとこの冷蔵庫の中にあるものって言ったら宅飲み用の調味料と、キンキンに冷えた缶ビールくらいでしょ?」


「……うん!」


 我ながら良い友をもった。

 今度、彼女の好きなお茶屋さんでちょっと良い茶葉を買おう。

 ズンズン進む友人に置いていかれないように私は小走りで駆け出した。


 ◯


 そして迎えた夕方18時30分。

 日の入りが早い時期だからまるで夜中のような窓の外を見つめては、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。

 約束の時間は19時。

 彼はもうすぐやってくる。

 だから私は、精一杯迎えたいと思った。


 彼が持ってきた林檎で、彼が作ったジャムを使って、友人直伝のサックサクのアップルパイを作って。


 美味しい紅茶を淹れよう。

 それともコーヒーの方が好みかしら。


 友人に怒られながら初めて作ったアップルパイ。彼は、あの長い前髪の奥をキラキラさせながら、食べてくれるだろうか。

 見えにくいあの瞳がもう一度見たいと思った。


 そして今度は私が彼に伝えるのだ。

 モグモグの音に、今度は掻き消されないように。


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林檎がうるさい ヒトリシズカ @SUH

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