あお色

マツムシ サトシ

他愛もない話

──やあ。今日は来てくれてありがとう。まずはそこに腰を掛けてゆっくりしてほしい。何か飲み物はいるかい?


──これで、まずはひと息付けたかな?……しかし、キミは本当に美味しそうに飲むなあ。


──さて、これからとても他愛のない話をしようと思うのだけれど、聞いてくれるかい?


──ありがとう。まずは、ボクが子供のころの話になるのだけれど……


ボクの実家はおおよそ都会とはいいがたいところにあってね、割と緑が多かったんだ。田んぼや雑木林なんかがあって、よく友達と虫やカエルなんかの生き物を採ったりして遊んだものさ。


ちなみに、知ってるかい?田んぼにもいっぱい生き物はいるんだよ。

たとえば、春先なんかは結構おたまじゃくしがいるんだ。目を凝らすと水の中に黒いちっちゃいのが動いててね。それがおたまじゃくしさ。手で掬って、いっぱいに水を入ったバケツに入れて友達と観察したりしたなあ。


実家の近くに川が流れていたのだけれど、そこが一番のお気に入りだったな。雨が降ると水かさが増して荒れたりもするけれど、普段は浅い川なんだ。ここでもよく魚なんかを採って遊んでいたなあ。


──ふふ、今のところ生き物と遊んでいる話ばかりだけれど、ここからが本題なんだ。その川の底を漁ると綺麗な石が見つかることがあってね、これを躍起になって探したものさ。


神頼み、というか願掛けというか、綺麗な石が見つかるといいことがある気がしてね。ほら、子供が自分でなんとかできることなんか限られているだろう?そこに自分だけではどうしようもない、一縷の望みや願いを託していたわけさ。


表面がざらついていない、つるっとしているまあるい石だとか。

まっすぐ綺麗に割れた石だとか。不思議と何かに似ている石だとか。

何かにつけて理由をつけて「この石はすごい石だ!」なんて思ったりして

「今日はいいことがあるといいな。いや、きっとあるに違いないぞ!」なんてね。


今考えればただの偶然だと思うのだけれど、綺麗だと思う石を見つけたあとは、うれしい出来事が多かった気がするね。たとえば、欲しいものを買ってもらえたり、だとか。食卓に好きなものが出てきたり、だとか。大好きな友人が遊びに来たり、だとか。


春だったか夏だったかの暖かいある日、すごく綺麗な石を見つけたんだ。

まるで宝石のような……青みがかった、みどりがかった、見る角度を変えると煌めくような石でね。幼いながらに心奪われたな。あまりに感動して、ずっと見つめていたよ。


気づくと陽が傾き始めていてね、徐々に空の色が青色から錆色へ変わっていく過程がまた美しくて……ありきたりな日常風景のはずなのだけれど、特別に感じたなあ。


陽が沈み切る前にある重要なことに気が付いた。門限というやつさ。なにせ子供の時分だ、大体どこの家庭にでもあるものだろう?暖かい時期で陽の出てる時間は長かったものだから、かなり慌てた。


当時、ボクの家は父が仕事でいないことが多くて、母が家庭を切り盛りしていたんだ。ボクに変わったことがあると母がとても気にかけてね。普段はとても温厚なのだけど、決まり事を破ると叱られたものさ。


だからとても焦った。時は巻き戻せないからね。約束を破ってしまったことを理解していて、反省をしていても、家に帰ると確実に叱られてしまうことがわかっているわけだから、家に帰る足取りはとても重かったなあ。


──うん?要領を得ないかい?まあまあ、慌てないで。話はここからさ。


暗くなってきている空を眺めつつ、ばつの悪い思いをしながら、ただいまと声を上げながら玄関のドアを開けた。これは相当に勇気が要ったんだよ?

「いままでどこまでいたの!」「心配したんだから!」なんて言葉で叱咤されて、下手をすればしばらく外出禁止になりかねないからね。


帰ってきたのは、そんな予想を裏切るような返事だった。

普段通りにおかえり、なんていうんだ。


ああ、もうこれは相当に怒っているに違いない。しばらく外で遊べないかもしれないなあ、なんて考えながら泣きそうになっていたのだけれど、その時、母とは違う別の声が聞こえてきた。ボクは一人っ子でね。普段は母と二人で過ごしていたものだから、これには面食らった。


立ち尽くしていると、玄関の奥からその声の主が顔を出した。

それは、仕事で長らく家を空けていた父だった。


「おかえり。久しぶりだね」「贈り物があるんだ」なんて言いながら、傍らの袋から何かを取り出して、ボクの手のひらに乗せた。

それは、青くて、みどりがかっていて、きらきらしている、まあるいものだった。

まるで同じ、というわけではないけれど、川で見かけたものととても似ていた気がする。


父は微笑みながら僕に語りかけた。

「これは、魔法の石なんだ」って。

「これは、幸運を呼ぶ石なんだ」って。


──ふふ、こうして思い返してみると、話し方が要領を得ないのは家系なのかな?

キョトンとしているボクに向かって、父が重ねてこう語りかけた。

「今まですまなかったね。もう長く家を空けることはない。これからはずっと一緒にいられるんだ」って。


それを聞いて、涙がぽろぽろと流れ出した。できるだけ一緒にいたかったのだけれど、それが叶わないとなれば我慢するしかないだろ?もう我慢しなくてもいいんだと思うと、安心したのかな。押さえていた気持ちが堰を切って流れ出したのさ。父に抱きついて、これでもかというほどに泣きじゃくった。


本当にうれしかったんだ。大好きな家族みんなと、ずっとともに過ごせると思うとね。……まあ、正直に言うと、叱られなかった安心感も若干含まれていた気がするかな。


きっと、さっき見つけた石と、父がくれた石が、家族を結び付けてくれたに違いない。なんて思ったりしてね。綺麗な石に対する根拠のない信頼みたいなものはさらに深まった。


さらに、その日の食卓は豪勢でね。父が久々に帰ってきたことと、これから一緒にいられることに対するお祝いだったのだと僕は思っているのだけれど。いつもは質素倹約というか、ありがちな和食が出ることが多かった食卓も、この時ばかりは普段あまり食べることのないものが並んでいてね。考えうる限りの子供の夢が詰まった宝が広がっているように感じたものさ。


スパゲッティだろ、エビフライだろ、ポテトサラダに……って、今になって、こうして思い返してみると、あまり豪華という感じではなかったかもしれないけれど、少なくともボクにとって特別だったのは間違いないよ。


普段とは違う美味しいものを食べながら、久しぶりに家族全員で談笑できてうれしかったなあ。


あ、これは忘れられない!ステーキ肉があったんだ!ボクでも食べられるように切り分けてあったのだけれど、それが厚目でね。口に頬張って噛み締めると、肉汁が溢れるんだ。それが口のなかで広がって満たされるんだよ。肉の弾力をしっかりと感じられるんだけど、子供のボクでも無理がなく噛み切れるくらいの硬さでね。あれは、とてもおいしかったなあ。


その夜は、家族三人で川の字になって寝てね。とても暖かな気持ちになった。

まあ、季節が季節だから少し暑かったのだけれど、それすらも愛おしく感じる空間だったよ。


──ふふ、とりとめのない話だったかな?

さて、ここで一つ提案……というよりもお願いしたいことがあるんだ。


──そう、幼稚と思うかもしれないけれど、これからキミと一緒に川に行きたいと思っているんだ。……どうだろう?ほら、まだ陽も高いしね。

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