恐ろしい予感

松長良樹

恐ろしい予感

 

 ミツオという少年は予言者でも、超能力者でもないけれど、時々不思議な予感が胸をよぎることがあった。

 ふと友人や恋人の事を考えていたら、電話があったとか、家に来たとかそう言う事がないだろうか。胸騒ぎというものを誰もが経験したことがあると思うが、ミツオの予感もそれに近いもので、ただそれがもう少し具体的だった。


 もちろん予感にも良いものと悪いものとがある。例えば歳の違う兄が買ったばかりの中古のスポーツカーを磨き上げている時にミツオがその様子を見ながら、こう言ったことがある。


「ねえ、兄さん。このかっこいいスポーツカーだけど、今週は乗らないほうがいいと思うよ。なんとなくそう言う気がするんだ」


「何言ってんだ。ミツオ。どういう事だよ? それ」


 兄はちょっと呆れた顔をしてそう言ったが、それ以上の事をミツオが何も話さないのでその言葉は無視されてしまった。

 それでどうなったかと言うと、その週末、カーブでスピードを出し過ぎた兄は自損事故をおこし、ハンバーガーショップでのバイト代を貯めて買った、せっかくのスポーツカーが廃車になってしまった。

 ただ幸いな事に兄は軽い軽傷だけで済んだが、それ以来、兄はミツオの言葉を注意深く聞くようになった。


「なあ、もしかしてミツオ、おまえ俺が事故るの知ってたのか? そうだったらなぜもっとはっきり言ってくれなかった」


 後で兄は思い出したようにミツオにそう言ったが、それはまったく後の祭りでミツオも「あの時は何となくそんな気がしただけで、事故の事なんてわからないよ」


 そう言うしかなかったが、実はミツオの心の中の映像には、兄のスポーツカーがカーブでスピンする恐ろしい場面が映し出されていたのだった。


 同じ頻度で悪い予感と良い予感がミツオの胸をよぎる。そして恐ろしい程その予感は的中する。ミツオはその能力が段々怖くなってきた。


 ――自分はもしかしたら恐ろしい人間なのかもしれない。つい、そんな風に悲観的に考えるてしまうミツオだった。


 知り合いの誰かが宝くじに当たるとか、また親戚の誰かが有名大学に合格するとか、そういった類の予感ならなにも怖くないし、喜ばしい事だったが、その反対に誰かが事故に遭うとか、罪を犯すとか、極端な場合死ぬとか、そういう知りたくもない事を予感するのはとても辛い事だった。

 

 それを吹っ切る為にミツオは別な何かに熱中しなければならなかった。スポーツでも得意なら野球かテニスでもやったのだろうが、あいにくミツオは運動が苦手だったのでそうもいかなかった。


 それなので、科目で唯一得意で好きな絵画に熱中した。中学生のミツオは絵がとても上手だったので、クラスメイトの似顔絵を描いたりして、それが学校で評判になった事もあった。


 そんなある日、ミツオは白い画用紙に丸いものを描いた。それがほとんど無意識で描いたものだったから自分でも何を描いたのかわからず、悩んでしまった。

 そして心の中の映像にはその丸いものが、まるで火の玉みたいに輝いて宙を飛ぶ姿が投影された。


 これはなにか不吉な予感に違いない。ミツオはそう思った。しかし今回はその丸いものの正体がわからず気持ちが悪くなった。忘れてしまおうとも思ったがそれはとても無理だった。


 そして考えあぐねている時に偶然テレビで見たのが隕石落下の映像だった。それはもちろんSF映画だったが、地球の破滅であり終焉しゅうえんだった。その映像はミツオの心の中の映像と見事に合致した。炎に包まれて地球に迫る小惑星。


 ミツオは絶望した。そしてその予感を恨みさえした。


「地球も、もうおしまいってことか……」


 ミツオはやけになって薄気味悪い笑いを浮かべた。そして青空を見上げた。学校も行ったり行かなかったりになった。すべてにやる気がおきない。ただその隕石らしいものが落ちるのがいつの事なのか、さっぱりわからなかった。


 もし千年後だったら何の問題もないじゃないか……。いや、しかしそんな訳はない。もし明日だったらどうしよう。そう考えると凄く怖い。それは心の葛藤だった。

 

 そんな風にして時は流れ、やがて中学の卒業式がやってきた。何事にもやる気がないミツオは力ない目で校舎を眺めていた。すると、さすがに色々な思い出がよみがえってきて目頭があつくなるのだった。

 

 だがその時、担任の先生が校庭にいるミツオの傍にやってきてこう言った。


「おい。ミツオ、制服の胸のボタンが取れそうだぞ。卒業式なんだからちゃんとしときなさい!」


 そう言われてミツオがボタンに目をやると、そのボタンは太陽光に反射してまるで火の玉みたいに輝き、弧を描いて地面に落ちた。


 あわてて拾い上げたボタンをしげしげと眺めたミツオ。そしてミツオは、そのとたんに大声で笑い出した。


「ったく、なんだこれは。こんなものを僕は恐れていたって訳かよ!」


 笑いながらミツオはそう言った。しかしその笑いは長くは続かなかった。



 なぜなら空が急に赤くなって、ミツオが仰ぎ見た視線の先には炎に包まれた巨大隕石が間近に迫っているのだった。





                 了



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恐ろしい予感 松長良樹 @yoshiki2020

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