黒の魔王と盾の姫君、あともう一人

 髪色が明るく、目付きの異常なまでにギラ付いた男であった。そいつに魔王の転生体だなんだと難癖を付けられて襲い掛かられ、そのまま通り魔殺人の被害者になるのかと覚悟を決めた段になって、俺の足元の影からは剣が飛び出し、結果、まあまあ良い勝負を演じてしまった。どうやら俺は、奴が言った通りの、なにかしら異常な存在で有ったらしい。

 およそ半年前の出来事である。


 以来、月に2,3度のペースで奴が来襲する。校門で出待ちをされる事4回目、校内で「謎の派手髪出待ち彼氏」という噂が発生し始めたあたりで俺の方が音を上げて「待ち伏せは勘弁してください。逃げないから」と頼み込んだ。

 以降、俺のメッセンジャーアプリには奴からの決闘日時の打診が定期的に入る。場所は大体は向こうの指定だが、俺の方から提案する事も有った。


 ベイサイドの埠頭、深夜の立体駐車場、ビル街を一望できる大橋、寂れた神社の境内、若者向けのファッションビル──


「いや待てちょっとおかしい」

「なんだァ!命乞いなら聞かねえぞ!」


 そういうことでは無くて。吠え猛る奴を手を上げて制止して、本題に入る。


「あのな、俺はな、お前の待ち合わせ場所のチョイスがおかしいって話をしたい」

「なんだとォ……」

 周りを見てみろ。キラキラの映え映えな調度とテーブルセットに銀のトレイがそこかしこに並んだカウンター。どう考えても剣呑な何かをおっぱじめるロケーションでは無い。そりゃそうだ、ここはホテルのティーラウンジ、ただいまの時間はスイーツビュッフェを行っている。尚、苺フェアーが開催中だ。


 そして、この状況に大いにツッコミを入れたい俺の気持ちを余所に、奴は真っ直ぐこちらへ突っ込んで来た。やる気か。まあ、致し方ない。


「気配の消し方を教えて貰ったから良いものの……ッ!なんか違うだろ、こう、雰囲気とかさ!」


 ──槍の切っ先を鍔で受け止め、俺は己の影を長く鋭く伸ばすイメージを脳裏に結ぶ。


 果たして、俺の足元から黒色の刃が思い浮かべた通りの軌道を描いて奴へと襲い掛かる。

「『結界』だっつってんだろ。いい加減覚えろやコラ!」

 怖気を振るうような風切り音と共に来襲する黒刃に怯むことなく、奴が細小の動きでそれらをいなす。

 その間隙を利用して、俺は槍の間合いの内側へと踏み込む。


 瞬間、みぞおちに強い衝撃。俺は咄嗟に後方に跳んで衝撃を逃がすが、それでも随分と『効いた』。


「──というか、まだ記憶が戻らねえのかクソ。ともかく!たまたま霊脈の通る場所がここッてだけだよ。現実のレイヤーに影響は与えねえしよ。何が問題なんだ」


 奴は何事かを呟いた後、ゆらりと槍を腰だめにし、切っ先をこちらに向けてぴたりと据えた。この半年というもの、嫌という程に目にした、アイツの必殺の構え。

 俺はこみあげて来た酸っぱいツバを吐き出してから構え直す。


 そう、周囲は無人で、ただ赤とピンクと白を基調にした装飾がなされたガランとした店内にて俺達は対峙している。彼からしたら俺のツッコミこそが野暮なのかもしれん。


「しかし、それにしたってだな。コトが済んだ後に俺達が置かれる状況というのがだな!」


 叫びながら、俺は影のストックをありったけ消費して壁を作った。

 その全てをバリバリと割り砕きながら奴の槍が俺の顔面目掛けて突進して来て、そして真っ二つに割り砕いた。

 金属とガラスがいっぺんに壊れたような甲高く耳障りな音が辺りに響き渡る。


 ──奴の槍が捉えていた『俺』の姿がガラス質の欠片をばら撒きながら消える。その様子を瞳に映した奴の顔が、今日一番の怒気を孕んだ。


「替え玉か!クソ!」


 忌々し気に叫んだ奴は、力なくその場に膝をつく。支えのように持っていた槍も空気に溶けるように消え失せて、右腕がだらりと降ろされた。


 ともかく、今回もこれで引き分けだ。


 ──この人外じみた戦闘にも制限が有る。具体的には全力で動き回れるのはお互いにごく短い間だけのようで、俺は俺で先ほど咄嗟に編んだ影の身代わり人形が立っていたすぐ後ろの位置で座り込んでいる。


 そして。


 戦闘に一定の決着が付くと、『結界』とやらは半自動的に解除されるもののようだった。その結果何が起こるか。

 そう、キラキラ映え映え系デートスポットのど真ん中に男二人で突如出現するのである。


「お前さあ、いつも終わった後のこと考えてないだろ」


「俺達でここに居る事に、何を引け目に感じることがあるんだ……」

「待て待て待て待て、その言い回しはシチュエーションとの噛み合わせが良すぎる」

 あっ何か身なりの良い男女がニッコリ笑ってこっちに頷いて見せた。『甘党男子かしら微笑ましいわね』の顔だ!何回か向けられた事が有るからわかっちゃう!


「とりあえず、受付に行こうぜ……このままじゃ無銭飲食を疑われる」

「おう……」

 俺達は『あれ、こんなお客様通したっけ?』という顔をしてこちらを見ている従業員のお姉さんの元へよろよろと歩いて行った。混み具合からして待ち時間が無さそうなのは幸いだ。


 いくら現実に影響を与えないからといって、先ほどまでひとしきり大暴れしていた引け目が有る。どちらともなく、決闘が終わったら舞台になった場所には金を落していく取り決めが出来た。つまりは。


 今おれ達は向き合ってケーキをつついている。まあ、俺自身甘いものは嫌いじゃ無いのでそれは良い。質相応にイイ値段をするので来月のバイトはシフトを多めにいれないといけないな、とは思うが。


 ミルフィーユを食べ終えて、パンナコッタに移ろうかという頃合い。俺はテーブル席の向かいに座るアイツへ視線を向ける。

 なにやら難しい顔をしてコーヒーを飲んでいる。どうもこいつ、生クリームが苦手らしく今回は食える物が殆ど無いらしい。とはいえそっちが指定した場所だ。堪えろ。


 そう脳内で切って捨てた俺であったが、どうもこの沈み込んだ表情は食い気ばかりに絡んだ物でも無いようにも感じられる。……少しはこいつの語る『設定』に付き合ってやるか、と、思い直す。あくまで気まぐれだ。あくまで。

「ところでお前の前世、何?」


 奴が勢いよくコーヒーを噴き出した。


「それを?今聞くのか??今か!!?」


 ◇◇◇


 ──会話相手が何故こうもプリプリ怒っているのか、(元)魔王には知る由も無い。

 結界術は代々王族の血筋の女性にしか扱えない秘儀であり、その絡みで拉致された姫君と当の本人がすったもんだ何やかんや有ったという前世の事情が丸ごと忘却の彼方だからだ。


 そう、この派手な髪型と色をした剥き出しのヤンキー青年の前世は攫われた先で故国を元気よく裏切った姫君である。


「やはり一旦殺して次のチャンスを待つしかないのか?」


 帰途につく間中、思いつめた表情で呟く(元)姫君。その隣で訝し気な表情になる(元)魔王。


「またそうやって物騒な事を口走る……」

「安心しろ。俺もすぐ後を追う」


 この言いぶりは、今世も天涯孤独の身の『魔王』には聞き捨てならない物だった。


「冗談でもそういう事を言うのは止せよ。その、お前にだって今の世界の生活もあれば家族が居るんだろ」

「おーおーそうだな、ドの付く元ヤン夫婦のな」

「でも家族仲いいじゃんかよ。今日だってお袋さんが弁当持たせてくれてんだろ?」

「……ウス」

 ギンガムチェックの包みを持参するこいつも、まあ素直に育っているのがわかる。なので、魔王としては彼(姫)にあまり今生きている現実をおろそかにするような事は言って欲しくないのだ。


 しかし、そんな彼の素朴な願いも空しく、とうとう真の現実が彼等に牙を剥く。


 ポケットに突っ込んだままのスマホが通知音を鳴らす。『姫』以外から連絡が入る事は基本ない、メッセージアプリに割り振られたメロディ。

 文面は以下の通り。



 <今度こそ決着を付けましょう。明日の放課後、中庭のケヤキの前でお待ちしています>


 相手方の登録名は『勇者』。


「なあ、これって……おい!」

『魔王』がスマホの画面を同行者へ見せる。ひと目見た『姫』は蒼白になって、その場に崩れ落ちる。

 彼とていつかこんな日が来るとは思っていた。自分に出来る事は、逃げ回りながら可能な限りその日を先延ばしにしながら彼を鍛える事しか無かった。


 同行者の尋常でない様子を見、慌てて助け起こしながら、『魔王』は積年の疑問を口にした。


「お前らってさ、デートスポットに呼び出さないといかん決まりでも有るのか?」


 それを、今、聞くのか……?『姫』の力ないツッコミが風に吹かれ、アスファルトの路上をどこへとも知れず転がって行った。


 どっとはらい。


【70分】

 テーマ:【ここで告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる伝説を持つ樹の下で殺し合う男と男】【おちる】

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