銀靴の踵をうち鳴らし
『鳥』を内蔵ショットガンで仕留めると、歳若い『
視線の先で、ガイドの依頼主が壁の凸と凹をあたふたと探りながら不器用に降りて来ていた。
「変な奴め。宝探しではなく、ただ最下層に降りたいだけだなんて」
やや大きめに張り出したバルコニーへ降りる手助けをしてやりながら、歳若い『山羊』は悪態をついた。
『客』は腰を擦りながら座り込……もうとして『山羊』にぎろりと睨みつけられたので、諦めて立ったままで小休止を取ることにする。いつ鳥獣に襲われるか解らない地帯で座り込むべきでは無いことは当人とて認識はしているのだが、つい魔がさしてはガイドに睨まれる日々である。
「どうしても行きたい場所があるんだ。ここの下層に図書館があった、と記録が残って――というか、『本』って知ってる?」
『山羊』に問いかけてから、携行して来た軽食を懐から取り出し、細長いアルミパックをくるりと剥いてかじり始める。
「いいや。それは高く売れるのか?」
客が差し出した携行食を断ると、『山羊』は噛み煙草をしがみ始める。(彼等は
「どうかな、価値を認める人は居るが、多くは無いから」
「まあいい。ゴートは報酬さえ貰えれば気にしない」
そうしてしばしの間、めいめいの口内の物をやっつけるのに集中し、飲水も済ませると立坑へのアタックを再会する。
――三点保持しか出来ない者は、本来こんな未登録ルートに降りて来てはいけない。
何故か。その身が危険だからだ。
土地の者からはただ『鉱山』と呼ばれるこの地は、かつての古代文明の遺構だ。プレートの下に埋まっていたそれらが、数十年前の大規模な崩落によって一気に何層もの隔壁をぶち抜かれて陽の光の元に晒された。
しかし、遺構内を巡視するドローンのいくらかはまだ生きており、下層へ到達するためにはそれらへの対処法を講じる必要があった。
特に厄介なのは飛行型の警らドローン『鳥』、保守点検ドローン『這い虫』だ。前者は搭載火器でID未登録者(つまりは現生人類のほとんど全てだ)を排除にかかるし、後者はせっかく切り開いた刻み目や建築物を補修という名目で埋め、分解してしまう。
結果、『鉱山』を自由に闊歩するためには両手を空けたまま断崖を徒歩で降りる装備、そして技能が必須となった。そして、それを持つ者たちは『山羊』と呼ばれ一種の技能集団を形成している。
彼等がそのような名で呼ばれる最大の理由は、その脚部装備にある。
足底前部にスタビライザーとスパイク、踵には雷管。つま先立ちのような形で固定した上で、踵から土踏まずに相当する部分には移動補助兼護身のための
『山羊』がくるりと宙返りしながら断崖と断崖の間を跳ぶ。回転に伴って発砲し、こちらに接近する『鳥』の群れを牽制すると、地面に突き刺したペグをストンピング。深く打ち込んだそこにワイヤーの端を結びつけると、対岸の『客』へ手を振った。
同様にワイヤーのもう一方を『客』が固定すれば簡易的な『橋』の完成だ。
『客』が手短に
橋を渡した理由は、向こう側にちょっとした開口部が見えたからである。明け放されたドアだ。これは遺構の中でも比較的珍しく、そして有用なものだった。もしドアの向こう側が個室なら、『鳥』も『這い虫』も何故か入って来ない安全地帯となるのだ。(『プライバシー保護』という観念が忘れ去られたこの時代の人々には、その理由については知る由も無い)
果たして、ドアを潜った先は小部屋である。帰還予定時刻にはまだ猶予があったが、貴重なセーフポイントである。一旦キャンプを設営する事に決め、二人は手分けして作業を開始した。
「そういえば、まだ君の名前を聞いて無かったな」
直火にかけた豆の缶をかき混ぜながら『客』が問う。
「『山羊』にそんなものは無いぞ。呼び分ける時はシューズの型式とカスタムを使えば充分だしな」
壁際に寄りかかり、『シューズ』の点検をしながら『山羊』が答える。
「ふーむ……」
言われてみれば、『山羊』の脚部――
「じゃあ、これからは君のことを『ドロシー』って呼ぼう」
言われた側はいまいちピンと来ない顔をしているが、それでも一応頷いた。好きにさせておこうと判断したようだ。
「そう言うお前の識別子は何なんだ。偽装IDしか見せられて無いぞこっちは」
「うわ、バレてたか」
「バレいでか。こっちは齢8つの頃から『山羊』として入山してるんだ。ならず者の大概の手管はお見通しだ」
『客』は木匙を持ったまま両手を挙げて『降参』のポーズを取る。
「じゃあ、私の事は『トト』とでも呼んでおくれ」
そして、そろそろ帰還しようかという頃合いのこと。
「この位置で気流が切り替わっている」
小部屋の一方の壁に僅かな隙間。傍らのレリーフの下にはキーパッド。
隠し扉だ。
トトとドロシーは顔を見合わせ、にんまりと笑みを浮かべた。
時刻は浅く、成果はささやか。
退く理由は無い。
【124分】
テーマ:【踵の高い靴】
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