第14話 模擬戦始め!

 合計して八組のペアがすべて出揃った。



「それではさっそく始めましょう。最初にやりたいってペアはいますか?」



 レムートの問いかけに率先して申し出るペアは……いた。

 勢い良く手を上げる青髪の少年と静かに手を上げる青髪の少女、トーロとイーロの二人だ。



「流石騎士家系の貴族様ですね。その心意気は立派ですが、最初は先生とイグル君で努めます」



 ___じゃあ何で聞いたんだよ!


 何のための時間だったのかレムートはいやがるイグルを半ば引き摺る形で訓練場の真ん中に立った。

 レムートは木剣をすっと構え、ぐちぐちと愚痴りなかなか構えないイグルを一喝、さすがのイグルも渋々剣を構えた。



「いくら留年しているとはいえあなたはあの子たちよりも年上です。お手本となるように全力を尽くしてください」


「はいはいわかりましたよ」


「王子!開始の合図をお願いします」


「え、あ、はい!」



 急に振られた役目に驚きつつも、右手を掲げ、



「始め!」



 振り下ろすと同時に模擬戦が始まった。そして、「うっ」という誰かの呻き声のようなものが聞こえたと思ったらいつの間にか模擬戦が終了していた。


 レムートは開始の合図と同時に砂埃を残して姿が消えたかと思うと気付いた時にはイグルの後ろに回り込んでいてイグルを気絶させていた。

 あまりに一瞬の出来事で皆静まり返る。


 レムートはイグルを端の方に寝かせると、唖然としている生徒の所に戻ってきて、



「いやーすっきりしました」



 とても笑顔だった。


 ___こえー。


 レムートは生徒から尊敬の念を集めるよりも先に恐怖の念を集めていた。



「それでは次、トーロ君とイーロちゃん行ってみましょうか」



 まるで何事もなかったかのように模擬戦を再開した。


 指名された二人は模擬戦の準備をする。定位置に着き武器を構え意識を集中させる。



「始め!」



 レムートの合図とともに二人の戦闘の火蓋が切って落とされた。

 合図と同時に両者ともに肉薄、鋭い斬撃と駆け引きが巻き起こる。



「流石騎士貴族様、既に形が出来上がっていますね」



 レムートが賛辞を述べる理由はよくわかる。

 本来剣術や魔法の訓練なんかは学校に入学してから本格的に習い始める。そのため入学当時の生徒の大半が剣の腕も魔法の腕も少しかじった程度しかないのが一般的なのに対し、二人の剣の腕は完成形に近い。

 トーロの剣は鬼人のごとく振るわれその一撃一撃には重みがある、トーロの剣を剛とするならば対してイーロの剣は柔だ。女性特有の間接の柔らかさを生かして次々と攻撃を躱していく。

 彼らのような有力な貴族や王族にしかできない英才教育の賜物、戦うその姿はまるで小さい騎士のようだ。



「ただやっぱりまだ体の小さい少年少女、欠点もありますね。王子なら彼らのどこが欠点になるか、わかりますか?」



 レムートがユースにそう尋ねてきたのはユースが王族だからだろう。王族も二人のように剣や魔法を習う。それを見越しての人選。



「はい。二人の模擬戦を見ている限りいくつかに欠点を見つけました」


「流石です王子。ではその見つけた欠点を皆に教えてあげて下さい」



 生徒たちの視線がユースに集まる。王子という身分からこういった視線は慣れているので別段緊張することはない。



「まずトーロ君から行きましょう。おそらく彼の戦闘スタイルは力で押すパワータイプです。その一撃は確かに強力ですがその分次の一撃を繰り出すのに若干の隙ができてしまっています。動きの鈍い相手ならば通用しますがイーロさんのような回避の上手い相手には手こずるでしょう」



 トーロの攻撃は確かに命中率が良くない。まともに命中する前にイーロによって回避されている。



「次にイーロさんは。おそらく敵の攻撃を避けながら反撃を狙うカウンター型です。回避に関しては一級品ですが反撃の際の攻撃に威力が足りていない。トーロ君にも何発か攻撃していますがほとんど効いていません」



 トーロの体は頑丈らしくイーロの攻撃を虫刺され程度にしか感じていないようだ。



「そしてもう一つ、一挙手一投足に全力を注ぐ彼らの剣技には膨大な体力が必要です。はじめのうちと比べると明らかに剣の冴えが失われています。しかしこれは成長して体ができてくればさして問題にはならないかと思いますので大きな欠点とは言いにくいかもしれません」



「流石ですね王子、私の出番がなくなっちゃいました。ええ、皆さんに先生としての威厳を見せつける機会がなくなっちゃいました」



 何か感じる謎の圧にユースは気付かないふりをする。



「せ、先生。決着ついたみたいですよ」


「あら本当、私としたことがうっかりしてました」



 レムートの止めの合図で二人の模擬戦は終了した。

 結果はトーロの勝利、体力の低下に比例して回避性能の低下したイーロがトーロの攻撃の直撃を食らい剣と一緒に吹き飛ばされていた。



「今回は俺の勝ちだな」


「調子に乗らないでよね。魔法使ってたら私が勝ってたんだから」



 そういえば昨日イグルはイーロがこのクラスで一番魔法の扱いがうまいと言っていた。

 魔法を使っていない状態でも二人の剣技には目を見張るものがあった分、魔法を使えばどれほどのものになるのか見てみたいと思った。



「二人とも素晴らしい戦いぶりでした。その歳であなたたちほどの実力を持った生徒はなかなかいませんよ」



 模擬戦を終えた二人のもとにレムートは賛辞の言葉を送った。

 その言葉にトーロは「どうもどうも」と言って鼻を高くしていた。イーロは礼儀正しく「ありがとうございます」と言って頭を下げていた。



「ですが二人とも、今のあなたたちの実力が抜きんでていても油断していてはいけませんよ。きっとあなたたちに追いついてくるような生徒がいるはずですからね。これからも精進することを勧めますよ」



 誉めるだけでなく、努力することを忘れないようにする言葉にクラスの全員はレムートに初めて教師らしいところを垣間見た気がした。あくまで垣間見た気がした。



「では次、どのペアが行きますか?」



 ユースは体が昂っていた。さっきは冷静に二人の戦いを開設しているように見えて、実は内心感化されて早く戦いたいと思っていた。

 気持ちが先走り手を挙げたユース。



「え?」


「え?」



 手を挙げたユースに驚くミーア、ユースはミーアがどう思っているのかを確認する前に手を挙げてしまった。

 どうしようと困惑していると、



「それでは王子たち行ってみましょうか」



 次にやることに決まった。



「ごめん勝手に決めちゃって」


「い、いえ、大丈夫です。いきましょう」



 気まずい雰囲気を残し二人は定位置に着いた。


 剣を握り両者とも構えるが、ユースはあまり気が進まない。

 明らかにミーアの構えは素人のものだ。王族として剣術を習ってきたユースからしてみれば赤子の手を捻るようなものだろう。粉の模擬戦、このまま行っていいのだろうか?



「始め!」



 そんな葛藤をよそに模擬戦は始まりを迎える。


 先に攻撃を仕掛けてきたのはミーアだった。「やー!」と言いながら走ってくる彼女の動きはあまりに遅い。ユースはそのまま返り討ちにもできたが、振り下ろされた木刀をあえて避けると、ミーアは盛大に転んだ。



「大丈夫?」


「だい、じょうぶです。怪我はないみたいなので」



 ユースはそういった意味で聞いたのではないが、彼女はまた無防備に走ってきた。全身隙だらけでどこにでも攻撃してくださいと言っているようなものだった。

 今度は攻撃を躱した後に軽く頭を剣でこつんと叩くとそのままミーアは地面に倒れた。



「そこまで!」



 あまりにあっけない終わり方にユースはどうすればいいのか正解がわからない。

 倒れているミーアに手を差し伸べると、彼女は申し訳ないような笑みを浮かべた。



「ごめんなさい。私なんかが相手で、せっかくの王子の楽しみを壊しちゃったみたいで」


「そ、そんなことないよ!剣術を習ってる僕が君に勝つのは当然だし、何より僕とペアを組んでくれただけでありがたいんだから」


「そ、そうですか」



 二人のもとにレムートがやってきた。



「圧倒的戦力差を前にするということも一つの経験です。ミーアちゃんはこの経験をもとに精進してください。王子は、まあ、今回は様子見ということで」



 パッとしない感じでほとんど二回戦のような模擬戦を終えた。



「なあおい、惨めだとは思わねえか?お前、手も足も出ずにやられたのはよ」



 二人の模擬戦が終わった後も着々とペアでの模擬戦は行われて行っている最中、そう質問したのはターニャだった。そして質問されていたのはユースとの模擬戦で手も足も出ずに敗北したミーアだった。



「私なんかが、王子の相手は務まりませんよ」


「ああそうかよ。そういうことかよ」



 その時のターニャの顔を見ていたものは誰もいない。ターニャ自身も気づいていなかった。そのあまりに冷酷な表情を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騎士学校の魔法使い 高木礼六 @yudairem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ