第13話 最初の授業

 そろそろ時間だ、ということでトーロは自分の席に戻っていった。友達同士ならこんな話もしていいんだと新しい発見と楽しみが増えてご満悦な王子、じっと先生が来るのを待っていると、



「おっはよーみんなー!今日も元気に行っくよー!」



 勢いよく扉が開かれ先生ではなくイグルが元気よく入ってきた。

 見た目は好青年な感じなのに、無邪気で子供っぽいところとか朝っぱらからどこにそんな元気があるのかとか、この人が異世界の人間だったこととか不思議でたまらない。



「おやおや?」



 イグルはある異変に気付き、ユースの隣の席に座るとそっと耳もとに唇を寄せ、



「昨日まで出てなかった魔力が出てるけど、なんかあったの?」



 魔力が見えるイグルには見透かされて当然か、しかし今思えば昨日あれだけ話していて魔法が制御できないということは説明していなかった。

 ユースは昨日魔法の練習という名目で魔法を使ったからと説明した。


 フーン、と言いながらイグルはユースを、正確にはユースの周りにある魔力をまじまじと見つめていた。彼の目にはどんな光景が映し出されているのか皆目見当もつかない。



「それにしてもすごい魔力量だね。一日でこれだけとなると、相当打ち込んだんじゃない?慣れてないだろうに平気?」



 感心して心配してくるイグルにユースは作り笑いを浮かべて、



「う、うん。そうなんだ。昨日はやりすぎちゃってね、あはは、あはははは」



 下手な芝居にイグルの視線はさらに注目してくる。慣れない表情にユースの頬は痙攣し始め、隣からは「へたくそか貴様」と聞こえてくる。



「まあ、君がそう言うならそういうことにしておくよ。秘密を共有して、隠し事をするのも友達ってもんだよね」



 割り切ってくれたイグルにそっと胸を撫で下ろす。王子が魔力も制御できないということが知られれば王家の威信にかかわるかもしれない。しかもその魔力が国を滅ぼしかねないものだとすれば尚更、だが、イグルは友達だからと隠し事するのもありだと言ってくれているものの、やはり隠し事をするのは心が痛んだ。


 嘘をついている自分にうんざりしながらため息をついていると先生が入ってきた。



「皆さーん。昨日ぶり元気でしたか?若い先生が来ましたよー。一応聞いておきますが、ターニャ君?先生若いですか?」


「はい!若いです!」


「ふふ、素直でよろしい」



 入学式前のことを根に持っているのだろうか、レムートはターニャに名指しで若いか尋ねた。ターニャはと言うと昨日の一件で学んだらしく脊髄反射に近い勢いで反応した。



「出席を取りますね……人数ぴったり。皆さん遅刻がないようでよろしい」



 昨日も思ったがこの出欠の取り方は適当ではないだろうか。先生は人数しか数えておらず顔までは確認していない。もし誰かが違う人と入れ替わっていても分からないんじゃないか。先生は手を抜いているんじゃ。


 その思考に至った瞬間、いや、きっと先生には先生なりの思想に基づいたやり方があるんだと解釈した。



「今日から早速授業に入るのですが、君たちはこれから何をするのか知っていますか?知りませんよね?」



 今日の日程は詳しく説明されていない。だからこれから何をするのかは普通ならわからない。



「僕知ってる!模擬戦だよね!毎年一番最初の授業は模擬戦やるって風習があるとか誰か言ってた!」



 留年している生徒はその普通の枠に当てはまらない。ましてや七年も留年していて毎年行っていることも理解できなければこれからの勉強についていけるはずがない。

 まあついてこれてないから留年しているのだろうけど。



「イグル君、そういえばこのクラスには君がいたんでしたね。せっかくの私の見せ場を奪って、やってくれましたね」



 見せ場を奪われたレムートは額に青筋を浮かべながら静かに怒りを向けている。包み隠す気は全くなしのようだ。



「もー、レムート先生ってらそんなに怒っちゃって、皺が増えますわよ」


「キー!あなたはそうやっていつも私を馬鹿にして!あなたと言い昨日のターニャ君と言い王子と言い女性に対して失礼すぎます!」



 レムートは教師としても尊厳を放棄し、女性としての尊厳、もっと言えば若い女性としての尊厳を傷つけられた怒りを地団太を踏みながらまき散らした。その姿に昨日ユースが見出した気品は微塵もない。

 一時して落ち着くと、ハアハアと息を荒れさせながらレムートは何か思いついたような顔をした。

 今更体裁を保とうとしているのか綺麗な立ち姿になるとイグルに笑顔を向けた。



「このクラスは十五人でしたね。模擬戦は一対一で行うので一人余ってしまいますね。残った一人はどうしましょう。ああ困りましたね」


「げっ!まさか」


「そうだ、イグル君、あなたの相手は私がしましょう。直々に叩きのめして二度とふざけた口きけないようにしてあげます」



 白い肌が若干青くなっているイグルと笑顔に似合わぬ口調のレムート。

 この時、同学年の先輩を犠牲にクラスの全員が一つ学習した。


 ___この人は怒らせないようにしよ。



 この学校にはできるだけ多くの実戦を経験させるために多くの訓練場が設置されている。通称、蟻の巣構造と呼ばれるそれは、その名前のごとく地下に枝分かれして訓練場が設置されており、その訓練場ごとにいろいろな機能が搭載されている。

 事前に知らされているものだと模擬戦のための模擬戦場、街路での戦闘を想定した街路戦場、洞窟や森などの自然環境を想定した自然環境戦場などなどたくさん存在している。


 そんな数多に存在する訓練場の中で今回使用するのは一番シンプルで設置数が多い模擬戦場だ。

 制服から戦闘用の服に着替えユースたちは模擬戦場に集合していた。



「はーい皆さん。これから模擬戦を行うのですが、その前に模擬戦を行う上での注意をしておきます。一つ目、剣は木刀を使用すること。二つ目、魔法を使用しない事。三つ目、一組ずつ行うこと。四つ目、相手が参ったと言ったらそれ以上攻撃しない事。五つ目、全力でやること。この訓練場には魔法士様たちが特殊な結界を張って致命傷でも追わない限り怪我をしません。ですから思う存分やってください。では、まず初めにペアを組んでください」



 注意事項は理解した。特に難しいことはなかった。だが問題は次のペアを作るということ、しかし今のユースには友達と呼んで差し支えない存在が四人もいる。


 イグルもそのうちの一人だが今回は先生と組むと決まっているので無理。



「ターニャ君、僕と一緒に……」


「すいません、俺こいつと組むんで」



 そう言ってターニャは別の生徒と組んでどっかに行った。

 大丈夫、まだユースには友達が二人残されている。



「トーロ君、僕と……」


「すいません王子、俺イーロと組むんで」


「ごめんなさい王子」



 一気に選択肢が二つも消えた。

 全滅、友達の誰一人とも組むことができなかった。あまりの絶望感に膝から崩れ落ちそうになり、


 ___いやまだだ!


 寸でのところで踏みとどまり発想を逆転させる。


 ___これは好機!新たな友達を作るいい機会だ!


 辺りを見回して自分以外に残っている人を探す。もうほとんどの組が出来上がっていてなかなか残っている人を見つけられない。血眼になって探しているとようやく見つけた。黒髪黒瞳の、


 ___女の子!


 ユースにとって友達とは男女関係ない。女子にだけ照れたり男子にだけ親しかったりなど男女間の壁は存在しない。男でも女でも誰でもウェルカム状態。しかし今この状況ではそうも言ってられない。友達を作るというのはあくまで模擬戦のペアを作ることのついでであって本来の目的ではない。つまり、


 ___戦いづらい!


 相手は女子でしかも見るからに戦闘慣れしていない様子。さすがに相手の変更を先生に検討しようかと思ったが、もしそうした場合、自分が相手の女の子を嫌っていると思われるかもしれない。それに何と言っても、イグルを睨み続ける先生に話しかけられなかった。



「あ、あの、王子」



 ユースがあれやこれやと考えているうちに少女の方から話しかけてきた。彼女は緊張しているのか少し震えているように見える。



「私、ミーアと言います。それで、その、よろしければ、私と組んでもらえないでしょうか」



 ユースはひどく情けなくなった。勇気を出してペアを申し込んできてくれた女の子に対して、自分はうじうじと理由を並べて躊躇していた。

 相手も同じ学校の生徒、相手も知らないのに決めつけるのは失礼だ。



「ありがとう。喜んで組ませてもらうよ」



 ペアの成立に握手を求めるユース、ミーアは俯き、少し時間を置いた後に手を取った。

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