第12話 コイバナ

 入学式の翌日。学校に早めについたユースは目の前に座る青髪の少年の一言で危機に瀕していた。



「なあ王子、コイバナしよう!」



 それは特定の人たちの生きる糧であり、年頃の子供ならだれでも憧れた話。

 恋の話で恋に花咲かせる情報交換、理想に噂に実体験にその旨は恋と付くことなら何でもいい!聞いてるだけで歯が抜け落ちそうなほどあっまあまな話でも涙が止まらぬような悲恋の話でも一人の人間に複数の異性がトラブっちゃう羨ましい話でも、とにかく何でもいい!


 それが、夢と希望と妄想の入り混じった、コイバナである!


 しかし、恋とは無縁の生活を送ってきたユースにとって恋とは未知の領域、いや、一つ、一組だけ心当たりがある。



「僕の話じゃないんだけど、いいかな?」


「全然大丈夫っす!」


「じゃあ、これは父上の友達の話なんだけど」



 そう話を切り出すユースに一瞬眉をひそめたのはこっそり話に耳を傾けていたターニャだった。

 そんな彼の反応に気づかない二人のコイバナは幕を開ける。



「その人はとても偉い人でね、学生の時は玉の輿狙いの人とかで周りがいっぱいだったらしいんだ。毎日媚びてご機嫌伺いのための笑顔を向けられてうんざりしていたら、視界の端に一人で本を読んでいる子がいたんだ。聞くところによると彼女は平民でその人とは身分的に釣り合わなかったけど、日を追うごとにその人はいつも一人で本を読んでいる彼女に目を向けてしまってることに気づいたんだって、で、その人は思い切って彼女に話しかけたんだ。でも彼女はその人の声に反応しないでずっと本を読み続けていてやっと反応したと思ったら「あなたは誰ですか?」って言われちゃったみたい。それが相当ショックだったみたいでね、その人はそれから毎日、本を読んでいる彼女のもとに行っては「僕のこと覚えてる?」って話しかけてたらしいよ。最初彼女はその人のこと鬱陶しそうな顔で見てたらしいけど、そんな日々が続いていくうちにその人と彼女はだんだんと打ち解け合って行って、時にはその人が強引に彼女とのデートの約束を持ちかけたりしてったんだって、気づけば二人とも惹かれ合っていて結婚の約束までしたんだ。でもその人と彼女の身分は天と地ほどの差があったから周りからはなかなか認めてもらえなかったんだ」


「そ、それからどうなったの?」



 トーロの食いつきは思いのほかよく、これからの展開に息をのんでいる。

 そんな彼の反応に話しているユースも語り手冥利に尽きんとやる気が出てくる。



「その人は決闘を申し込んだんだ。自分の父親にね。「俺が勝てば彼女を妻として迎える」そう言い切ったらしいよ」



 まさかの展開にトーロは唖然とする。



「それで決闘に勝利したその人は無事彼女のことを妻として迎えられて万々歳。二人はようやく結ばれました」



 自分の話を終え、ぺらぺらと他人の恋事情について語ると、今更ながら恥ずかしく感じ頬をポリポリと掻いていると、トーロは拍手を送った。



「すごい!思ってたより百倍くらい凄い!その二人が羨ましいです!」



 止まない拍手をトーロが送っていると、はあ、と不意に隣からため息が聞こえた。

 ため息をついた張本人はユースが語り始める前、眉をひそめていたターニャだった。彼はどうやら言いたいことがあるようだ。



「王子、それって国王の友達の話じゃなくて、国王と王妃自身の話でしょう」


「……へ?い、いやだな。そんなことないよ」


「ないことないですよ。国王の友達って典型的な言い回し辺りから怪しかったですし、身分が天と地ほど離れているって、考えてみれば天が王族で地が平民ですよね。第一その話は王族が平民の子を娶ったってことで有名です。生まれる前の僕ですら知ってるんですから知ってる人はかなりいますよ。大方、一応素性だけは伏せておこうと気を使ったんでしょうけど、バレバレです」



 ぐうの音も出ない。すべて図星だった。



「そもそもコイバナに自分の親の話を出すなんて滑稽ですね。いやそれ以前に王子がコイバナなんて……」


「とか言いながら、君もちゃっかり王子の話聞いちゃって、興味あるんじゃない?コ・イ・バ・ナ」


「そ、そんなわけないだろう!俺は貴族だ!貴族が恋に現を抜かすはずないだろ!」


「嘘をつくなよ~」


「うるさい!貴様は爆発してろこの恋愛脳が!」



 それからはいくらトーロが話しかけてもターニャはそっぽを向いて相手にしなかった。



「ちぇ、まあいいや。それより続きやりましょぜ王子、次は俺の番ですね!」



 張り切るトーロにユースも結構乗り気だ。他人の恋愛事情、思ったよりも気になる。



「王子って幽霊とか信じます?」



 突然来た質問、ユースは考えてみる。



「うーんどうだろう。僕自身あったことないからな。でも……」



 幽霊の存在は実証されていない。目撃例などもいくつか存在するがそのどれにも証拠がなく幽霊は架空の存在として扱われることが多い。しかし、架空の存在で言うならばルシウスも世間的に言えばいまだに架空の存在だ。

 見えるのはボク、そしてイグルだけは魔力を見ることができる。

 だからもしかしたら幽霊も、



「いる、かもしれないね」


「でしょ!やっぱりそう思うでしょ!僕もいると思うんです!実は幽霊はこの後の僕の話にとても大きく関わってきます」



 ごくりと喉を鳴らす。



「それは俺が八歳のころです。その時の俺は数日前からなぜかうまく寝付けなくて夜遅くまで起きていたんです。ベッドで横になっても眠れそうになかったので仕方なく窓を開けて外を眺めていました。外は満月、俺の実家の周りには修業しやすいように魔物の出る森があるんですけど、その森も満月の光を浴びてとても静かで風のそよぐ音しか聞こえない。しばらくしてその景色にも飽きていたころ、歌が聞こえてきたんですよね。とても綺麗な歌声でした。その歌声に聞き入っていて、もっと聞きたい、もっと聞いていたいと思ったんですけど、気づけば俺、眠ってたんです。起きてみれば朝で、昨日の歌声は何だったんだろうと思って家の使用人たちに聞いてもそんな歌は聞こえなかったって、その時イーロも偶々数日前から家に泊まりに来てたんですけど知らないって言って、それで俺分かっちゃったんです。あ、これは幽霊の仕業なんだってね。だから親父にこの家には歌声が綺麗な幽霊がいるって言ったら、「この家に幽霊なんていないよ」なんて言われたんです。それが悔しくて毎日夜が来るたびに俺は家中を駆け回りました。来る日も来る日もさがしてさがして、屋敷の中で走り回らないでほしいと使用人たちに起こら手もそれでも探して、でも幽霊はあの一回以来出てこなかったんです。あれはやっぱり幻聴だったのかなとあきらめかけた時、ふと何でこんなに必死になって探しているんだろうと思いました。最初は親父にいないと言われたからと思ったんですけどよく考えたら違ったんです。俺はただ幽霊さんの歌声をもう一度聞きたかったんです。あの綺麗な歌声、落ち着くような癒される声、思えば幽霊さんの声を聞いたあの時、あれは初恋だったのかもしれないと思いました。そう気づいたからそれからも俺は幽霊さんを探し続けているんです。でも今度はどたどたと家中を探すんじゃなくてあの日と同じように外の景色を眺めながら待つことに決めたんです。俺が騒がしいと幽霊さんは出るに出れないかもしれません。それに、俺が騒がしくしていたら幽霊さんの綺麗な歌声が台無しになっちゃいますからね。だから俺は、この初恋は伝わらなくても、あの声のために待ち続けると決めたんです」



 トーロの話は終わった。

 ユースは今でも初恋の相手のために尽くす彼の行動に感銘を受け、涙ぐみながら「健気だね」と言い肩に手を置いた。

 ターニャはこっそりまた盗み聞きをしていて恋の甘い話にこそばゆくなったのか少し顔を赤くしていた。それをもう一つ隣の生徒に「どうしたの?」と聞かれて「どうもしてないわ!」となぜか切れ気味に怒鳴っていた。

 そしてもう一人、ユースたちのコイバナを盗み聞きしている少女がいた。少女は誰にも見られないように顔を机に伏せて腕で覆い隠した。その少女の顔が今にも発火しそうなほど真っ赤になっていることは少女しか知らない

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