第11話 もう一度あの場所で
「さあユース、貴様の答えを述べてみろ」
イグルを見送った後、家族との夕食を終え、王子として任された執務をこなすとすっかり日は沈んでいた。
あと少しで日を跨ぐという時間帯に、答えを導き出すための問いが送られた。
「答えは見つけました。しかし、ここではその答えを立証することができません。場所を移しましょう」
王宮の中は静まり返っているが、甲冑を着た騎士たちが巡回している。見つかっても散歩しているだけと言えばいいのだろうがそれだと多分夜中に一人で出歩くのは危ないとか理由をつけられて付き添いの人間までくることになるだろう。
しかし、これから行うことをユースは誰にも見られたくなかった。だから誰にも見つかりたくない。
この日初めてユースは抜き足差し足を体験した。足音が立たないように慎重に足を運び、曲がり角はルシウスの目を借りて誰にも見つかることなく無事外へと抜け出せた。
目指すべき場所は王宮の敷地内にある。辺りは暗い分見つかりにくいが遮るものがないため見つかる警戒を怠るわけにはいかない。
その後も見つからないように慎重に移動していると、
「やっと着きました」
着いたのは湖だった。
王宮から少し離れた場所にあるこの場所はかつてユースが己の魔法の力の恐ろしさを理解し二度と魔法を使わないと決めた場所だった。
個人的に嫌な思い出であり、あの日以来足を運ぶことはなくもう来ることもないだろうと思っていたが、まさか来ることになるとは思っていなかった。
ふと思い出した過去の記憶を首を振って消し飛ばす。
「で?ここで一体何をするつもりだ?」
「ルシウス様に魔法を打ちます」
魔力を制御できれば威力を調節して状況に合わせることができる。性質も変化できる。
しかし、魔力が制御できないのと魔法が使えないのは別問題である。
一発、魔力が制御できない者でもたった一発だけ魔法を放つことができる。残存する魔力すべてを使った最大火力の一発が。
それがユースの出した答え。魔力を無効化し吸収することのできるルシウスがいることで初めて完成する発想。
思えばルシウスは始めから布石を打ってくれていたのかもしれない。
制御以前の問題ということ、ルシウスからは魔力を受け取らないという言葉、イグルに魔法を打ち込むように指示した行動。ユースがこの答えに至るにはルシウスの言葉が、行動がなければ到底無理だっただろう。
しかし、答えに辿り着いたのにはイグルの力も大きく働いている。もしルシウスは彼の登場まで計算していたのならばどれだけ先のことが見えているのか、もしこれが本当ならば、
そう思っただけでユースは息をのんだ。
「及第点だ。正直無理だと思っていたが、よくその答えに至った。まあ予期せぬイレギュラーがヒントをばらまいてくれおったから当然だがな」
「イレギュラーとは?」
「イグルとかいうやつのことだ、魔力が見える人間がおるとはまさか思わなんだ」
前略、訂正しよう。堕天使と言っても未来のことは予想できないようです。単なる偶然でした。
「まあいい。貴様の魔法を打ち込んで来い。すべて吸収してやろう」
「怪我しないでくださいね」
「言いよるわ!」
ルシウスはいつでも来いとばかりに湖の上に位置どった。
過去ほんの一年間だけ習った魔法の知識を総動員して意識を掌に集中、体が徐々に熱を帯びていくのを感じる。魔法がうまく練れている証拠だ。その熱を掌に集めていき収束したのを確かめると彼は高らかに叫んだ。あの時と同じように一言、「行け」と。
瞬間、夜に昼が差した。
ユースの掌から疑似的な太陽が生成されノライトートス中が灯りに包まれる。
___これは、さすがというべきか。
その圧倒的な熱量は湖だけでなく地面すらも蒸発させ、一瞬で気温が上昇した。あらゆるものを溶かす熱源に最も近く、発動させた張本人も熱源の餌食になろうとした瞬間___消えた。
過去のように火球というにはあまりに大きすぎる炎の塊は一瞬にして消え去り、辺りには再び夜が訪れた。
腰が抜け、茫然とするユースはその後も信じられない光景を目にした。
蒸発する湖のせいでうまく見えないがその中に巨大な影があった。大きな翼を広げる首の長い生き物。
それが何なのか確認するよりも早く不自然に溶けて蒸発したはずの地面が湖が元に戻っていく、白く靄のかかった水蒸気もただの水に戻ると一気に視界が晴れていくと、そこにはルシウス以外何もいなかった。
ルシウスは呆けた顔をしているユースの元まで飛んできて、
「どうした変な顔をして?」
「いや、いろいろと何がなんやら、自分でも理解できなくて」
「まあ仕方ないだろう。貴様にとって初めての経験が多かっただろうからな」
「そ、そうですね、本当に初めてばかり……あ!そんなことより!さっきのは流石に周りにばれたんじゃないでしょうか!僕にあんな魔法が使えるとばれたら…」
「それは心配するな。吸収した魔力で私と貴様以外の時間を二十秒ほど巻き戻した。さっきのことは誰も覚えておらんよ」
時間を操る魔法、そんなものユースは聞いたことがない。やはり堕天使とは想像を絶する存在ということ。
だがそれよりもユースはばれていないという事実にほっと一息ついた。
「これからもこれを続けていくんですか?」
「いや、もうしなくていい。さっきの一発で貴様の体からも魔力があふれるようになった」
「そんな急に開くもんなんですね」
「ああ、貴様の魔力量は人間の域にはない。たった一度でも十分だ」
「そ、そうですか」
少し人間として否定されたような気がしたが、ユースはまた安堵する。正直なところ本気で死ぬと思ったし、一瞬とはいえ滅茶苦茶熱いと感じた。まあ、熱いという感覚で終わったのもきっとルシウスのおかげなのだろう、感謝感謝。
「そろそろ帰りましょうか。僕もうヘトヘトです」
魔力も体力と同じように無くなれば疲れる。やたらと力の入らない足に鞭打ち、無理に立ち上がる。
「おっとっと」
案の定ユースは体勢を崩しそのまま体が地面に引き寄せられ、
「魔力がないのだからもっと私を頼れ」
「あ、ありがとうございます」
倒れる前にルシウスが受け止めてくれたおかげで転倒は回避した。堕天使に心配されてなんだか不思議な気分だが、それでも彼の優しい気持ちに心が温かくなるのを感じた。
「じゃあお言葉に甘えさせていただきますね」
ルシウスに肩を預け、一人と一堕天使は部屋へと帰っていった。
この帰り道はつらい記憶の権化のようなものだった。事実を知り絶望を知った道。期待の新星が地に落ち終わりを迎えた道。
だが今度は違う。自分の力を受け止めてくれる堕天使がいる。堕天使とともに己の魔力と初めてまともに向かい合い暗い過去を払拭し新しい物語を築いていく、ここはそのための始まりの道になる。
__________
帰り道の道中。
「ところで僕、湖の上で大きな生き物を見たんですよ。水蒸気でうまく見えなかったんですけど、あっれて何だったんですか?」
「ああ、あれは私だ。私は天界から落とされるときに全魔力と魔力を自動回復する機能を失ったんだが、ある程度魔力を取り戻せば魔法は使えて本来の姿にも戻れる。今回もそうだったんだが、時間を戻したせいでこのちんちくりんな姿に戻ってしまった」
「なるほど、そうだったんですね」
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