第117話

IF 芳樹&一葉 


 芳樹は今日もいつも通りの管理人の日常を過ごしていた。

 夜も更けて、住人達が各々の時間を過ごす中、芳樹は女子寮の帳簿をノートPCでまとめながら彼女の帰りを待っていた。

 しばらく作業を続けていると、ようやくがちゃりと玄関の扉が開く音が聞こえる。

 芳樹は席を立ち、玄関へと向かう。


「おかえりなさい一葉さん。お仕事お疲れ様です」

「ただいま……はぁ……」


 一葉さんは芳樹の顔を見るなり安心してしまったのか、力が抜けたように玄関のがりかまちにへたり込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか⁉」


 慌てて芳樹が一葉さんの元へしゃがみ込むと、突然パっと口を手で押さえこまれる。

 一葉さんは顔を上げて人差し指を出すと、静かにするように芳樹へと微笑んだ。

 芳樹は声のボリュームを下げて、小声で一葉さんへ語り掛ける。


「どうしたんですか?」

「ねぇ……キスして」

「えっ……今ですか⁉」


 芳樹は思わず、辺りに誰かいないか警戒するように見渡してしまう。


「大丈夫よ、今はみんな部屋にいるだろうし、気づかれることはないわ」


 そう言ってにこりと一葉さんは微笑んだかと思うと、すっと瞳を閉じて唇を近付けてくる。

 芳樹はもう一度辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから、さらに身をかがめて一葉さんに軽くチュっと口づけを交わした。


「ふふっ……ただいま芳樹」

「お、お帰り一葉……」

「んんっーギュー!」


 すると、一葉は身を乗り出して、芳樹の首に手を回して抱きついてくる。

 芳樹もまた、一葉の背中に手を回して抱き締め返す。


「お疲れ様、今日も頑張ったね」

「うん……芳樹もお仕事お疲れ様」


 芳樹と一葉は女子寮の管理人とオーナーという関係性。

 他の住人に気づかれぬようこっそりお付き合いを始めた。

 なので、他の女子寮の住人も芳樹に対して今までと変わらない態度で接してくる。

 今のところ、ほとんどの住人に気づかれている様子はない。

 どうやら、霜乃さんだけには一葉の口から直接伝えたらしいけれど、霜乃さんは他の住人に言うことなく、一葉の気持ちを尊重してくれている。

 まあ、こんなに堂々と共有スペースでイチャついていたら、霜乃さん以外の住人にバレるのは時間の問題だろうけど。

 そんなことを思いつつ、背中に回していた手をほどき、一葉へ向き直った芳樹。


「あの一葉……一つ質問なんだけど」

「何かしら?」

「一葉の部屋を掃除するたびに、ベッドの上にパンツが置いてあるのはなんで?」

「あぁ、あれ? 芳樹が少しでも意識してくれるかと思って。ちょっとしたプレゼントよ」

「いらないですよそんなの」

「あら、別にナニに使ってくれても私は構わないのよ? いっそ、夜のお供にしてもらっても――」

「お断りします」

「どうしてよ。私のパンツじゃ興奮しないっていうの⁉」

「そういう問題ではなく……」

「もしかして、黒のレースの方が好みだった?」

「違いますって!」


 思わず大声でツッコミを入れてしまう芳樹。

 すると、二階の方から誰かの部屋の扉が開く音が聞こえてくる。

 一葉は踵を使ってパンプスを器用に脱ぎ、芳樹の手を持って立ち上がった。


「こっち来て頂戴」


 一葉に手を引かれて、芳樹は管理人室に押し込まれた。

 鍵を閉めて、息を呑む二人。

 直後、階段を降りてくる住人の音が聞こえてくる。

 その音は、次第に管理人室へと近づいてきて――


 コンコン。

 管理人室の部屋がノックされる。


「芳樹さん、いるかしら?」


 声を掛けてきたのは霜乃さんだった。

 芳樹は一葉を見ると、お口チャックのポーズを取っている。

 どうやら、無言をつらぬけということらしい。

 芳樹は一葉の指示通り、霜乃さんの返事に反応せず様子をうかがう。


「あら、おかしいわね。話し声が聞こえたから、てっきり一葉が帰ってきたのかと思ったのだけれど、気のせいだったのかしら?」


 不思議そうな声で独り言をつぶやきつつ、霜乃さんは階段を上って行ってしまう。

 霜乃さんが部屋に入っていったのを確認して、ふぅっと安堵する芳樹。


「えいっ!」


 その時だった。

 トンっと一葉は芳樹の胸元を不意に押し込む。

 芳樹はバランスを崩して、そのままベッドに倒れてしまう。

 それを見逃さなかった一葉は、すぐさま芳樹の上に跨り、馬乗りの体勢になって芳樹を上から満足そうな顔で見下ろしてくる。


「ふふっ、捕まえたわよ♪」

「きょ、今日もですか……」

「だってしょうがないじゃない。我慢できないんだもの……」


 付き合い始めてからというもの、一葉は毎日芳樹を求めてくるようになった。

 まさか、こんなに彼女が肉食系だとは、予想外よそうがいである。


「そんなこといいつつ、芳樹だって満更じゃないくせに」


 にっと笑みを浮かべた一葉は、腰をグリグリと揺らして、芳樹の下腹部へと押しつける。


「うっ……一葉さん……それはっ……」

「ふふっ……気持ちいいんでしょ? 芳樹の好きなことは、何でもお見通しよ」


 からかうように笑いながら、一葉はさらに身体を擦りつけてくる。


「んーっ、そう言えば、今度パパが芳樹君を連れてきなさいって言っていたわ」

「まあ、そうなりますよね……」

「身構えなくていいわ。パパも芳樹君のことは、一目置いているみたいよ」

「それはそれでプレッシャーです」

「なら、そのプレッシャーを今は忘れさせてあげないとね」


 そう言いながら、一葉は身体を芳樹に密着させて、激しく唇を奪ってきた。

 お互いの肌を感じ合いながら、貪るように熱いキスを交わしていく。

 こうして今日も、二人の熱々な夜は、夜更けまで続いていくのであった。



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 これにて、『ブラック企業から女子寮の管理人に転職したら、住居人が全員美人だった。しかも気づいたら俺への好感度が上がっているのだが!?』

 IFルートも完結になります!


 今まで最後まで読んで頂いた読者の皆様。本当にありがとうございました。

 明日から新作を投稿予定ですので、良ければ読んで頂けると嬉しいです。

 それではまた、次の作品でお会いしましょう!


                                  さばりん

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ブラック企業から女子寮の管理人に転職したら、住居人が全員美人だった。しかも気づいたら俺への好感度が上がっているのだが!? さばりん @c_sabarin

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