第116話


 IF 芳樹&つくし


「いらっしゃいませー!」


 店内にはきはきとした快活な声が響き渡る。


「おっ、今日も威勢がいいね、つくしちゃん!」

高萩たかはぎさん、そんなことないですって」

「やっぱりこっちに戻ってきて、愛しの彼と一緒になれたから、気分が高揚してるんだろ?」

「もう、からかわないでくださいよー」

「こっちに帰ってきてから、さらに磨きがかかってべっぴんさんになったからなぁ。そう思うだろ? 若大将!」


 そう言って、常連の高萩さんは、厨房で調理中の芳樹へ語り掛けてくる。


「その若大将って呼び方。いいかげんやめてくださいよ。それから、勝手にひとの妻を口説かないでください」

「かーっ、ここでも惚気のろけられちゃ、たまったもんじゃねぇな」


 そう言って快活に笑いながら、高萩さんはいつもの席へと向かっていく。

 芳樹はこの春。晴れてつくしちゃんと婚約した。

 そして、母の後を継ぎ、食事処『霞』で働いている。


 結局、自分のやりたいことは、家族が作りあげてきた場所を守ることだということに気づき、芳樹は女子寮の管理人を辞めて、実家のお店を継ぐ覚悟を決めた。

 母からは『あんた、本気で言ってるんだね』と言われたけれど、芳樹の覚悟は固かった。

 すぐに女子寮の管理人を退職した後、実家へと戻り食事処『霞』で修業を積み、一人前いちにんまえの料理人へと成長。

 つくしちゃんとは女子寮を辞める前から付き合い始め、将来実家の店を継ぐ意思を伝えた。

 すると彼女は、『私、芳樹さんと一緒に働けることを楽しみにしてます』と言って、遠距離恋愛になるにもかかわらず、芳樹の意志を尊重してくれた。

 そして先月、大学卒業を機に、つくしちゃんは地元へ戻り、芳樹と一緒に食事処『霞』で働いていくことを決意して、二人は四年間の遠距離交際をて入籍。

 晴れて夫婦となった。

 こうして新婚二人で、食事処『霞』の伝統を守り続けている。


「オーダー、チャーハン一丁」

「了解!」


 つくしちゃんが取ってきたオーダーを受け取り、芳樹は調理を進めていく。

 すると、つくしちゃんは誰もいないカウンター席に肘を置いて頬杖を突き、うっとりとした目で芳樹を見つめてくる。


「どうしたの?」


 芳樹がつくしちゃんへ声を掛けると、彼女はにっこりと微笑んだ。


「芳樹のカッコいい姿を眺めてた」

「や、やめてよ……こんなみっともない姿」

「みっともなくないよ。凄いカッコイイ」

「も、もう……ってほら、お客さんが呼んでるから対応してきて」


 丁度お客さんがこちらに手を上げてるのが見えたので仕事を振ると、名残惜なごりおしそうにしながらも、つくしちゃんはきびすを返してお客さんの方へと向かっていった。


 芳樹はその間にパパっとチャーハンを作り終えて、お皿に盛りつける。


「はい、チャーハン一丁」

「はーい」


 お客さんの対応を終えたつくしちゃんが戻ってきて、カウンター越しにチャーハンを受け取り、高萩さんの元へと運んでいく。

 手持ち無沙汰になり、芳樹は厨房から店内を見渡した。

 片田舎のため、大盛況というわけではないけれど、こうして常連のお客さんが来てくれて、毎日のんびり楽しく日々の生活を営む。

 そんな他愛のない日常でも、積み上げてきた歴史を失ってしまうのは、芳樹には惜しいこと。

 改めてつくしちゃんも含め、今まで食事処『霞』が築き上げてきた人間としての温かみのようなものを実感して、感慨深くなる。

 物思いにふけっていると、カウンターへ戻ってきたつくしちゃんが首を傾げた。


「どうしたの芳樹?」

「いやっ……幸せだなと思って」

「ふっ……どうしたの急に?」


 つくしちゃんは、芳樹の言葉を聞いて可笑しそうに笑う。


「この変わらない日常が、俺にとっては一番の幸せだったのかもしれないな」


 そんなことを呟くと、つくしちゃんはにこりと微笑んで


「うん、そうかもね」


 と同意してくれた。


 お互いに見つめ合い、にっこりと微笑む二人。

 これからも、土浦家の歴史が詰まったこの場所を、死ぬまで一生守り続けて行こうと誓う芳樹とつくしなのであった。

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