クロ

「…まぶしっ…しかも体痛えし。おい、アクタ、なんでオレのこと床に放置した。ベッドに運んどいてくれりゃ良かったのに」

 倒れていた少年は顔を顰め、椅子に座って本を読んでいるアクタに向かって文句を言いながら体を起こしている。

 しかし、先ほどとは本当に同一人物かと疑うほど雰囲気が全く違う。

やっと起きたんだ、もう日が暮れちゃったよ。約束通りシロぶっ壊しといたから。事前にクロから、シロが友達に執着しているっていう情報聞いてたのもあって、それ利用したらすぐに壊れちゃった。もうちょっと遊びたかったな…」

 読んでいた本から顔を上げて、残念そうに言った。

「アイツは脆いからアレ以上は耐えられないだろうな。…ありがとな。お陰で当分この体はオレ1人のものになった。たぶん、もうシロは出てこないはずだ」

 そういうと、クロは立ち上がってアクタの向かいの椅子に座った。

「なあ、お前の横に置いてあるやつなんだ?」

 アクタの横には茶色い紙袋が置いてある。

「ん?ああ、これね。後で話すね。それより、1人の人間の中に2人いるなんて面白いね。身体は全く同じなのに性格は全然違うなんて。ところで、クロはシロの記憶とかわかるの?」

 アクタはクロとシロのことに興味津々のようだ。

「シロはオレの存在すら知らないが、オレはシロの記憶をほとんど全て知ってる。性格が全く違うのなんて当たり前だろ。オレは、シロの負の感情、例えば、友達同士楽しく遊んでいる奴らへの妬み嫉み、虐めてくる3人への恨み辛みから生み出されたんだからな。…そんなことより、オレのことどう処理したんだ?」

 クロはアクタが欲しいものを前にした子供のように目を輝かせているのを見て、質問攻めにされそうな気配を察知したのか、アクタが口を開く前に話題を変えた。

「君のこと死んだことにしといた。ちょうどいい感じの死体が手に入ったから、ちょっと細工して貰って君に見えるようにして君の死体ということにしといた。で、僕が面倒な手続きとかを済ませる為に人を手配してる間にシロが起きちゃったんだ。もし、あの時シロが部屋から出て、外に出ちゃってたら計画が台無しになってたよ。鍵かけるの忘れてたから危なかった。一応メッセージ書いておいて本当に良かった」

「鍵ぐらい掛けとけよ。…ところで、あの警察手帳は本物か?どうやって手に入れた。どうせろくな手段使ってないことはわかってるけどな」

「いやいや、多少の手土産とお話をすればすぐに渡してくれたよ」

「やっぱり金と脅しかよ。警察の中にも協力者はいるわけね…」

「そういえば、君があの誘拐犯を殺しちゃうから犯人役まで探す羽目になったんだからね。まあ、背丈とかはなんでも良かったから探すのは簡単だったけど」

「オレのこと誘拐して、あの3人を誘き出して殺し、最後にあの誘拐犯を警察に突き出すところまでがお前の計画だったんだな。けど、オレを誘拐したところでアイツらが来るとは限らなかっただろ」

「そうだね。君はただの保険だよ。今まであの3人がやってきたことの証拠を突きつけて呼び出した。あの3人ね、あそこらへんで、喧嘩売ってボコボコにするみたいなこと繰り返してて、それを知った僕のじょーしみたいな人がその3人を目障りだと思ったらしく僕に掃除の依頼をしてきたんだ。だから一応失敗できなくて、保険として一応君をさらったわけ。なのに、まさか君が誘拐犯を殺すとは思わなかったよ。おかげで手間が増えたんだからね。まじでめんどくさかったよ」

 クロの存在はアクタにとって予想外だったようだ。

「知らねぇよ、そんなこと。大体、あの3人を片付けた後、周りのことを気にせずに報告の電話してたアイツがわるい。警戒心なさすぎ。床に落ちてたナイフを拾って背後から首切るのめっちゃ簡単だった。けど、アイツをヤれたおかげでシロのお友達とやらの1人の上に跨って心臓にナイフ突き刺せたから、アイツの警戒心の無さにはカンシャしてるよ」

「目覚めたら自分の下にオトモダチの死体があったんだもんね、その時のシロはどんな感情だったんだろうな…」

 その時のシロの様子を想像しているようで少し口角が上がっている。

「聞かれても答えねえぞ」

 それを聞いたアクタは不満げに顔を歪めた。

「それよりも、オレはこれからどうなるんだ?殺されるか?」

「いやいや、殺さないよ。僕のじょーしみたいな人に、クロのこと僕の駒として使いたいって言ったら『許可する。ただし、お前の命令をしっかりと守るよう躾けろ。手綱を握っておけ』だって、偉そうにしちゃってさ」

 アクタは人に上からものを言われるのが気に食わないらしい。

「というわけで、クロには2つの選択肢があるよ。一つ目は僕の言うことを聞いて俺のために働く、二つ目は死ぬ。さあ、生きるか死ぬかどっちを選ぶ?」

「もちろん、生きる。せっかく自由になれたんだから死ぬのはもったいない。それに、アクタの仕事ってほぼ殺しだろ?なら、悩む余地なんてねぇな。ていうか、シロを壊してもらう代わりにアクタの仕事を手伝う約束だったしな」

 そう言ったクロの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「良かった約束覚えてたんだ。これで僕の負担が少し減る。いつも1人でやるの大変なんだよ。人手がいる時はその都度人を集めないといけないし。仕事用の黒い服、ちゃんと顔が見えないようにフード付きのやつ買ってあるから。あと、ナイフはあのタンスの1番下に入ってるからね。そうそう、あと、僕の仕事は掃除屋だから間違えないでね。」

 アクタはクロの仕事道具を一通り揃えていたようだ。


 アクタは床に置いてあった袋から何かを取り出し始めた。

「おい、なんだよそれ」

 取り出されたものを見た瞬間クロはアクタに問いかけた。

「え?首輪だよ」

「見りゃわかるわ!なんでそんなもんあるんだよ」

「クロにつけるに決まってんじゃん」

 さも当然のように言った。

「いやいや、おかしいだろ。オレは犬じゃねえぞ」

「だって、じょーしみたいな人に、手綱を握っておけ、って言われたんだもん。首輪ないとリードもつけらんないから。あっ、ちゃんとリードもあるから安心して」

 そう言って、アクタは袋の中からリードを取り出して、ほら、とクロに見せた。

「安心できねぇよ…。なんでそんなもん買ったんだよ。大体、手綱を握れってそう言うことじゃねぇよ」

「あははっ、わかってるよ。でも、流石にリードは冗談だよ、冗談。」

 どうやらクロの反応を見て楽しんでいただけのようだ。

「でも、首輪だけはつけてよ」

 そう言ってクロに首輪を渡そうとした。

「なんで」

「え?僕の趣味だけど」

 それを聞いたクロはものすごく引いている。

「うゎ…。絶対つけねぇ」

「冗談だよ。僕にそんな趣味はない」

 そう言ったアクタのことをクロはジト目で見ている。

「いや、本当に僕の趣味じゃ無いって。本当の理由はクロの身分証明のためだよ。僕の部下だって証。念のためにこれつけてた方がいいよ。知らないやついるとすぐ喧嘩ふっかけて来る奴らいるから。クロのことは僕が鍛えるけど、面倒ごとは避けるに越したことないでしょ。」

「…はぁ、わかったよ。つけりゃいいんでしょ、つけりゃ」

 そう言ってアクタからしぶしぶ首輪を受け取りクロは自分で首輪をつけた。

「…チョーカーだと思えばただのおしゃれだ」

 クロはなんとか自分を納得させたようだ。

「似合ってるよ、その。やっぱり赤でよかった」

 アクタは満足げに、そして、“首輪”を強調してそう言った。

「……まじでアクタの趣味じゃねぇよな」

 アクタのご機嫌な様子を見てクロはもう一度確認したくなったらしい。

「さて、今から仕事あるから行くね。一昨日君を拾って、昨日はクロの話を聞いて、今日の昼はシロで遊んでたから昨日やる予定だった依頼放置してあるから仕事しなきゃいけないんだよね。だから、僕すごく忙しいんだ。明日からクロのこと僕の仕事手伝えるレベルにまで鍛えるから覚悟しといてね。あ、その首輪外したら明日の特訓の量倍にするから。じゃあもう行くね」

 そういうと、クロが口を開く前に部屋を出て行ってしまった。

「おいっ。…はぁ、これ絶対アクタの趣味だろ。これ外したらマジで明日倒れるまで特訓という名のストレス発散に付き合わされるだろうな…」

 クロは首輪のことを抵抗するのは諦めて眠ることにしたのだった。



 この後、“アクタの犬”と言うクロにとっては不本意な通り名が付くことをまだ知らないのだった。

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シロクロ ネオン @neon_

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