シロクロ
ネオン
シロ
ここはどこだろう。
目にうつるのは知らない天井。
自分はベッドに寝ているようだ。
起き上がって辺りを見回してみると、すぐ右側は壁後ろも壁、ベッドは部屋の端っこにあるようだ。
壁や床、天井などはコンクリートのようで、冷たい印象を与える。
窓はなく、外の様子を知ることはできない。
窓が無くても周りが見えるのは小さめの明かりがついているからだろう。
左側にはスペースがあって、そこには机が置いてあり、向かい合うように椅子が2つ置いてある。
2つということは自分以外に誰かがいるのだろうか。
そして、扉と二つの棚が見える。
この部屋に出入りするためにはあの扉を使うしか方法がないようだ。
そもそもこの部屋はなんだ?俺はこんな部屋知らない、そもそも俺はどうやってここまで来たんだろうか…。
とりあえず、ベッドを降りてみる。
床が冷たい。
何か履くものが欲しい。
机に近づくと小さめの紙が置いてあり、何か書いてある。
“用ができたから少し外出する
少ししたら戻ってくるから
起きたらここで待っててね
勝手にどっか行かないこと!”
これは俺に向けて書かれたものだろうな。
やっぱり俺以外にも誰かいたようだ。
全く思い出せないが、俺の知り合いなのだろうか。
この部屋から出るなと書いてあるから出ない方がいいんだよな、たぶん。
そのメモを書いた人が全く知らない人である可能性もあるけど、もし、そのメモを書いた人が本当に知り合いだった場合、その人が帰ってきた時俺がいなかったら心配させてしまうかもしれない。
とりあえず、しばらくはこの部屋から出ないでいよう。
この部屋にいると言っても暇だから置いてある2つの棚を見てみようかな。
1つは本棚だが本が一冊しか入っていない。
まだまだ本は入りそうなのに。
しかも、この本は俺が好きなミステリー小説、しかも、好きな作者のまだ読んだことがない作品である。
俺の好みを知っていると言うことはやはりここにいるもう1人の人物は俺の知り合いなのだろうか。
本棚の左隣には四段のタンスがある。
1番上のタンスを開けてみると、左側に下着、右側に靴下が入っている。
それ以外は特に何も入っていなかった。
2段目には白い服1着と黒い服2着それに黒いズボンが3本入っている。
黒い服の方にはフードが付いているようだ。
白い服と黒いズボンは今自分が身につけているものと全く同じものである。
どうやら、ここには服に頓着する人はいないらしい。
3段目には消毒液、ガーゼ、テープなど怪我の手当てをするための道具や風邪薬が入っている。
こんな量のガーゼやテープなんて使うのだろうか。
普通に生活している限り必要にはならない量である。
なんのためにこんなに沢山あるのだろうか。
考えてもわからないので、最後に1番下の段を開けようとした時、突然、扉が開く音がした。
「あっ、起きたんだ。まさか、そこに入ってるやつ持ってどっか行こうとしてたの?勝手に外出しちゃ駄目って言ったでしょ」
部屋に入ってきた男は、突然俺に向かってそう言った。
俺は咄嗟にタンスから手を離し、立ち上がって男の方を見た。
俺はこの男のことは知らないが、先程の言葉から考えると、この男は俺のことを知っているようだ。
「あの、誰ですか?俺、何も覚えてなくて…」
すると、男は少し考えるそぶりをした。
「…クロの言っていたやつか、なるほど」
と、男は1人で納得したように喋りはじめた。
「ねえ、君、名前覚えてる?」
「えっと、名前は…あれっ、なまえは…えっと……」
なんだっけ、思い出せない。
「そっか、わかった。じゃあ、何か他のこと、例えば、年齢とか学校のこととかなんでもいいから君自身に関すること覚えてる?ゆっくりでいいよ」
優しく、笑顔で問いかけてくる。
「えっと…17歳、で、高校生、です」
他に何を言えばいいのかわからなくて、黙ってしまった。
「友達とか覚えてる?」
困っていると男が助け舟を出してくれた。
「友達はいました、少し。名前と顔がうまく思い出せないけど…」
「そっか、何して遊んでたの?」
「なんだっけ…勉強教えてあげたり、他には、あれ…なんだっけ、…すみません、うまく思い出せません…」
「わかった、ありがとう。そういえば、僕の名前まだ言ってなかったね。僕の名前はアクタ。…で、名前無いと不便だから、君の名前はとりあえず白い服きてるからシロで、」
その男――アクタは名乗った後、記憶のない少年にシロと名付けた。
アクタは、ちょっと持ってくるものがあるからそこの机のところの椅子に座って待ってて、とシロに言って部屋を出て行ってしまった。
シロが言われた通りに座って待っているとアクタは茶色い封筒を持ってすぐに戻ってきて、シロの正面の椅子に座った。
「シロくんは自分のこと知りたい?」
アクタは真っ直ぐにシロの目を見て問いかける。
「知りたいです。思い出せそうだけど思い出せないのがなんか気持ち悪いんです。」
シロは迷わずにアクタの目を見て答えた。
シロの答えを聞いたアクタはわかった、と言うと茶色い封筒から3枚の写真を取り出して机の上に並べた。
「シロくんはこの3人知ってるかな?」
「…あっ、俺の友達です。……なんで、いや、そんなはずないよね、違う、俺じゃない!だって、友達……手が、赤い、なんで!…僕じゃない!」
突然シロが立ち上がる。ガタンッと音を立てて椅子が倒れた。失われていた記憶が蘇り混乱しているようだ。
「どうした?何か思い出した?」
アクタはそんなシロの様子に驚くことなくシロに問いかけた。
「……急に頭の中にその3人が、その…死んでる、様子が浮かんできて、それで……俺が、俺がその中の1人の死体の上に跨って座っていたんです…しかも、その、したい、の、心臓の所に、ナイフが刺さってて……」
「ふーん、じゃあ、シロくんが殺したってこと?」
「違います!……信じてもらえないかもしれませんが、俺じゃないです。…だって、僕には3人を殺した記憶がないし、第一そんなことをする理由もない、です。…あの3人だけしか僕には友達がいなかった、やっと出来た、はじめての、友達だったんです…あの3人がいないと俺は…俺はまた1人になっちゃう。それに、あの3人と友達でいないと……えっと、なんだっけ、あの3人と友達じゃないと…」
シロの言葉が止まった。
「“ともだち”か。その人たち本当に友達だったの?」
「もちろんです」
間髪入れずにアクタの問いかけに答えた。
その答えを聞いてアクタは笑みを浮かべて喋りはじめた。
「へぇー、シロくんは面白いね、それとも覚えてないだけかな。その3人は昔、君を虐めていた人たちだよ」
「違う!」
「なんで、違うって言い切れるの?シロくんの記憶にはないから?けど、まだシロくんの記憶が完璧に蘇ったわけでは無さそうだけど、どうして、そう言い切れるのかな?あと、さっきの〝あの3人と友達でいないと〟の続きはたぶん、“また虐められる”じゃないかな?」
「……」
シロは何も言い返せず黙ってしまった。
そんなシロの様子を見て、アクタは笑みを浮かべたまま話を続ける。
「じゃあ、続けるね。まず、これだけは言っておくね、君たちは友達なんかじゃない、シロくんはただ利用されてただけだよ。あの3人はパシリになる事で虐めない、友達になる、というようなことをシロくんに言った。それを聞いたシロくんはパシリになる事を受け入れた。だって友達が欲しかったから。僕にはよくわからないよ、なんでそんなに友達なんてものが欲しいのか。で、友達になったけれどもシロくんは、学校の課題を3人分代わりにやったり、3人に頼まれて勉強を教えたのに3人の点数が低いとシロくんの責任にされて暴力を振るわれたり、と色々されていたんだよ。よくもまあこんなんで友達だなんて言えたものだね、あの3人にとってシロくんはただの奴隷だよ。まあ、ある人から聞いた話だから真実かどうかは知らない…って、ふふっ、君の様子を見ると本当のようだね。…あははっ、ごめんごめん、まさかそこまで友達に執着している人間がいるなんて滑稽すぎて笑っちゃったよ。いや、おもしろいと笑いを堪えられないものだね。」
アクタは心底面白そうに喋っている。
一方シロは話を聞いて、その場に膝を抱え、顔を伏せて蹲ってしまっている。
「……俺にとっては…」
絞り出すような声が微かにクロから聞こえてきた。
「ん?聞こえないよ」
「俺にとっては、あの3人は友達なんだよ!」
「どんなことされても?」
「もちろん。だって彼らがいなくなったら俺は独りぼっちになっちゃう。俺は何よりもそれは嫌だ。皆んなが楽しそうに話している教室の中で1人。…もう、寂しいのは嫌なんです…」
膝を抱える腕にさらに力が入った。
シロは孤独に怯えているようだ。
「ふーん、そっか」
シロの心の叫びはアクタには届かなかったようなまるで興味のなさそうな声色。
しかし、アクタはまだ笑みを浮かべたままであり、さらに、先ほどよりも心なしか楽しげにも見えた。
「そっか、あの3人はシロくんにとっては大事な友達だったんだね。」
先ほどとはうって変わって暖かさの感じられる優しげな声色。
シロはその声を聞いて思わず顔を上げた。
しかし、シロの想像とは違いアクタの顔には楽しそうな表情が浮かんでいた。
「やっと顔上げたね」
シロと目を合わせるとにやりと口角を上げた。
「シロくんは自分の唯一の友人を殺した、しかも、自分の手で」
「違う!」
「違わない。状況を聞く限りはシロくんが犯人だ。」
「それは、確かにそうですけど、でも、俺は絶対にやってません!」
「でもね、客観的に見るとシロくんが犯人だよ。だって、あんな人の寄り付かなそうな廃屋に行ったの?殺すためじゃないの?」
「あの日、誘拐されたんです。だからたぶんそんな所にいたんだと思います。信じてください…」
「誘拐?そんな事信じると思う?」
「本当なんです!本当なんですよ…そうだ、防犯カメラを確認してもらえればきっと、何か映っていると思います。」
「何も映ってなかったよ」
「なんでそんな事わかるんですか」
訝しげに問いかける。
「確認したからだよ。これ知ってる?」
ポケットから四角い手帳らしきものを取り出した。
「…もしかして警察手帳ですか?」
「正解!今、警察はシロくんを犯人だと思っているんだよ。テレビ見る?君のこと大々的に報道されているよ。きっと、僕がシロくんのことを無実だと思っても世間はきっとシロくんを殺人犯だと思ったままだよ。どれだけシロくんが否定しても誰も耳を貸さないよ。かわいそうにね。あーあ、シロくんのお母さん可哀想に。シロくんのせいで殺人犯の母親だよ」
うっすらと口角を上げながら、目の前の少年を追い詰めるように言葉を放った。
「…俺のせいで?」
弱々しい声で問いかける。
「そう、君のせい。君のせいで君の母親は不幸になった。君は外に出た瞬間人々から白い目で見られる。誰も君の言葉に耳を貸さない。誰も君を信じない。君は孤独になる。独りぼっちだよ」
弱っているシロを笑顔で、冷たい声で責め立てる。
「嫌だ!1人は嫌だ!寂しいのはもう嫌だ…もう嫌なんだよ…」
愚かにも目の前の自分を追い詰めている張本人を縋るように見つめている。
「そんなこと言ったって世間は君の敵、友達も君自身の手で殺した。もう、1人でいるしかないね、可哀想に。そんな目で見てもどうにもならないよ」
哀れみが込められた眼差しがシロに突き刺さる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない、俺じゃない!」
誰も自分を信じてくれない
孤独
アクタの言葉を受け止められなかったシロは頭を抱えて、壊れたように同じ言葉を何度も何度も繰り返している。
そうしているうちに、ばたり、とシロは倒れてしまった。
「あーあ、もう壊れた。つまんな」
アクタはそれを見て心底つまんなそうに言い捨てた。
倒れているシロを気にも留めないで机の上に出したままの写真を回収して部屋を出て行ってしまった。
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