第4話 『エキザカムの花言葉』

 五十年。

 花の魔女にとっては、大した年数ではない。

 だが、普通の人にとっては長い年月だ。アレンもまだ生きていれば、六十五歳。老人になっていることだろう。

 花の魔女はアレンを出て行かせてからずっと、森に引きこもっていた。いつも通り、花の研究をして生き続けていた。

 永遠の時を生き、老いず死なずの花の魔女は五十年前と変わらず若い少女の姿だ。


「さて次は……?」


 ふと、花の魔女は家に誰かが近づいて来たことを察知する。

 警戒し、杖を片手に外に出た花の魔女は近づいてくる者を睨みつけ__。


「__え?」


 唖然としながら、杖を取り落とした。

 家に近づいてきたのは、金髪に蒼色の瞳の二十代ぐらいの青年。


「ア、レン……?」


 五十年前に出て行かせた、アレンだった。

 だが、普通なら老人になっているはずのアレンが青年の姿をしていることに花の魔女は驚きを隠せていない。

 まさか、本当に魔法を使えるようになったのか? 

 自分と同じ不老不死に成り果てたのか?


 本当に、私を迎えに来たのか?


 すると、アレンは__いや、青年は花の魔女に問いかける。


「あなたが祖父が話していた、花の魔女さんでしょうか?」


 違う。

 目の前にいるのは、アレンではない。

 それが分かった花の魔女は何も答えられずに、ただ青年を見つめる。


「あなたは、アレンじゃ、ない?」

「アレンは私の祖父です」


 つまり、今ここにいるのはアレンの孫ということ。

 アレンそっくりの孫がどうしてここに、と花の魔女が聞こうとして__。


「__祖父の遺言・・を、果たしに来ました」


 その言葉に、花の魔女は力なく両膝を着いた。


 遺言。つまりアレンは__。


 現実を叩きつけられた花の魔女の頬に、雫が流れ落ちた。


「私の祖父は、街で有名な職人でした。酒を飲むといつもあなたの話をしていて、いつか必ず会いにいくと……ずっと言ってました」


 受け止めきれない現実をどうにか受け止め、落ち着きを取り戻した花の魔女はアレンの孫……ロイドを家に招き入れる。

 そして、ロイドはアレンの話を花の魔女に話していた。


 五十年前。街まで飛ばされたアレンはそれから職人になった。

 街で有名な職人になったアレンは一人の女性と結婚し、二人の子供を授かった。

 それからアレンは職人を続けていき、ロイドが職人見習いになった頃。病気によって倒れた。


「病気……」

「えぇ。心臓の病でした」


 もしもそこに花の魔女がいれば、魔法で治しただろう。いや、今となっては遅すぎた。


 アレンはもう、この世にいない。


 それから、ロイドは話を続ける。


「祖父はずっと、あなたを探していたようです。この迷いの森を彷徨い、死にかけたこともあるとか。職人を続けながら、何度もこの森に出向いては帰ってくるのを繰り返していたらしいです」

「そう……アレン、あなたはずっと……」

「死ぬ間際に、祖父は私に言いました。迷いの森に暮らす花の魔女を探して欲しいと。そして、伝えて欲しいと」


 ロイドはアレンが最期に残した遺言を、花の魔女に伝えた。


「__永遠に咲き続ける花を作った。是非、見に来て欲しい」


 五十年前に花の魔女に言った言葉を、アレンは叶えた。

 まさか、と花の魔女は目を見開く。

 ありえない。信じられない。そう言いたくても、すぐにやめた。


 アレンと生き写しの、空のような蒼色の瞳には__嘘がないと分かったから。


「……信じる。それで、それはどこに?」

「祖父の墓に供えるようにと言われたので、そこにあります」

「分かった。アレンの墓まで案内して」


 アレンが作った永遠に咲き続ける花を見に、花の魔女は百五十年ぶりに迷いの森から離れることになった。

 ロイドは街の外れにある墓場まで花の魔女を案内すると、ピタリと足を止める。


「この先に墓があります。私はここで待っていますので、あなた一人で行って下さい」

「……うん。ありがとう」


 花の魔女は一人、アレンの墓へと向かう。

 ゆっくりとした足取りで、近づくたびに跳ねる鼓動を堪えながら、墓へと。


 そして、アレンの墓が見えてきた。


「あれが、アレンの……」


 アレンの墓は、他のところよりも高い丘の上にあった。

 丘を登り、花の魔女は墓の前へと辿り着く。

 墓にはアレンの名前が刻まれていた。


「アレン……」


 花の魔女は慈しむように墓を撫でる。

 ここにあの子が眠っている。墓の前に来て、その現実を突きつけられた花の魔女は赤い瞳を涙で滲ませた。


「__あれ、は」


 ふと、花の魔女は墓の後ろでキラリと光る物を見つけた。

 ゆっくりと近づいてみると、それは__。


「花束……?」


 それは、花束だった。

 だがその花束はただの花束ではなく……。


「__硝子の、花束」


 太陽の光を浴びて光る、綺麗な硝子細工。

 花弁や葉、茎に至るまで全て硝子で作られた薄紫色の花束だった。

 花の魔女を思わせる黒い布で包まれ、赤いリボンが巻かれた花束を、花の魔女は恐る恐る抱き抱える。


 その大きさはまるで__出会った時のアレンと同じぐらいの大きさだった。


「この花は……エキザカム?」


 硝子で出来たその花の名前は、エキザカム。アレンが三歳の時に教えた花だった。

 花弁が幾重にも重なる数多のエキザカムの花を、この硝子細工は細やかに再現している。

 ふと、花の魔女は花束の下に置かれていた、一枚の手紙を見つけた。


 それは、アレンから花の魔女への手紙だ。


「__この花束は硝子職人としての俺が作り上げた、最高傑作だ。永遠に咲き続ける花、エキザカムの花束をあなたへと贈る。約束を果たすのが半分だけですまない……アレン」


 果たされた約束の、もう半分。


 花の魔女の元へと戻るという約束。

 

 その約束を果たせずにアレンは死んだ。約束の永遠に咲き続ける花を残して。

 花の魔女は五十年経っても変わらなかったアレンに、頬を緩ませた。


「馬鹿な子……エキザカムの花言葉を知ってて、私に贈ったの?」


 エキザカムの花言葉。それをアレンが知っていたのかどうかは、分からない。

 花の魔女は涙を流しながら、優しく花束を抱きしめる。


「これが、あなたなりの魔法。綺麗で美しく……優しい魔法」


 まさしくそれは、魔法だった。

 魔法が使えないはずのアレンがこの五十年で作り上げた、ただ一つの魔法。

 その魔法は確かに、花の魔女へと届いた。


「ありがとう、アレン。私を__」


 __ただの少女に戻してくれて。


 その言葉を最後に、花の魔女の姿は舞い踊る花弁に消えていった。


 これは永遠を生きる魔女と一人の男の物語。永遠に寄り添う花束と共に、孤独だった魔女は姿を消した。

 だけど、アレンの墓には毎年エキザカムの花束が供えられるようになった。

 ずっと、永遠に。


 エキザカムの花言葉、それは__。


 あなたを愛しています。




 


 

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約束の花束をあなたに 桜餅爆ぜる @sakramoti

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