第3話 『別れ』

「アレン。大事な話がある」


 アレンが魔法が使える最初の男、魔法使いになると決めた三歳の時から十二年後。

 十五歳になったアレンを、花の魔女は真剣な表情で呼び止める。

 薪割りをしに行こうと斧を肩に担いでいたアレンは、訝しげに花の魔女を見つめた。


「どうしたんだよ、柄にもなく真剣な顔で」


 声変わりして低くなった声で返事をしたアレンは、斧を下ろして花の魔女に近づく。

 あんなに小さかったアレンは十二年で著しく成長し、今や花の魔女が見上げないと顔が見えないほど大きくなっていた。

 体格も逞しくなり、一端の男になったアレンに花の魔女は静かに口を開く。


「もう、この家から出て行って」


 花の魔女は赤色の瞳でアレンを見据えながら、はっきりと言葉にした。

 突然出て行けと言われたアレンは、唖然とする。


「は? な、なんで?」

「あなたは自分で将来を考えられる年齢になった。私が見てなくても、もう大丈夫。だから、出て行って」

「待て待て待て、ちょっと落ち着けよ」


 矢継ぎ早に出て行けと言う花の魔女を、慌ててアレンは止めた。

 だが、花の魔女は断固として聞こうとしない。


「あなたには充分に勉強を教えた。世の常識、計算、あらゆる知識を。街に行っても問題なく働けるぐらい。もう私が教えることもない。だから__」

「待てって言ってるだろ!?」


 アレンは怒鳴りながら花の魔女の肩を掴んで無理やり止めた。 成長して大きくなった手で掴まれた花の魔女は、痛そうに顔をしかめる。


「痛い。離して」

「嫌だね! まだ俺はあんたに魔法を教えて貰ってない! 俺はずっと、魔法が使えるようになりたいって……」

「いい加減、気付いているはず。男には、魔法は使えないって」

「だから、それでも俺は__ッ!」

「いいから、離してッ!」


 花の魔女は思い切りアレンの手を振り払い、ドンっと体を押した。

 アレンはそのまま尻餅を着き、花の魔女を見上げる。


 その蒼い瞳には、困惑の色が浮かんでいた。


「なんで、だよ……俺は、まだあんたに……」

「元々、私はあなたを拾った時に決めていた。あなたが自分で自分の道を見つけられる年齢になるまで育てると! そして、あなたは立派に成長した!」


 花の魔女は喉が張り裂けそうになるほど、感情的に怒鳴る。

 感情に呼応して体から魔力が噴き出し、黒いローブがバサバサとはためく。


「もうこの家にあなたの居場所はない! 私のことなど忘れて、人として生きればいい!」

「じゃあ、あんたはどうなるんだよ!? こんな森の奥で一人で、孤独に暮らすって言うのか!?」

「この百年間、そうやって生きてきた。以前の生活に戻るだけ。別に、なんとも思わない」

「嘘を吐くな! あんたはずっと孤独で、寂しかったんだろ!? だから俺は、あんたと一緒にずっと永遠に__ッ!」


 パシン、と破裂したような音が響き渡る。

 花の魔女がアレンの言葉を遮るように、頬を叩いた音だった。

 赤くなった頬に手を置きながら、アレンは呆然と花の魔女を見上げる。


「十数年しか生きていない小僧が知ったような口を聞くな。私にとって永遠は当たり前のこと。寂しさも辛さも、とうの昔に置いてきている」


 そう言って花の魔女は拳を握りしめ、開いた。そこから花弁が舞い、床へと落ちていく。 そして、そこから長い木の杖が生えるように伸びていき、花の魔女は杖を掴むと先端をアレンへと向けた。


「いつか枯れる花などいらない。私が求めるのは永遠に咲き続ける花だけ。お前は人として、普通の人生を送り、枯れていけ」


 吐き捨てるように花の魔女が言うと、アレンの体に花弁と風が纏わりついていく。

 花風に包まれたアレンの体は、徐々に浮かび上がり始めた。


「おい、待てって! 俺は、俺は__ッ!」


 必死に抵抗しようとしても、アレンはそのまま家の外へと運び出される。そして、どんどん上昇していった。

 もがくアレンを見上げた花の魔女は、静かに呟いた。


「幸せになりなさい、アレン」

「待てよ! 俺はまだあんたに伝えてない! 俺はずっと、あんたのことが__ッ!」

「__さようなら」


 花の魔女が杖を振るうと、アレンは遠くへと飛ばされていった。

 抵抗出来ない。だったら、とアレンは花の魔女に叫ぶ。


「いつか必ず、迎えに行く! その森からあんたを連れ出してみせる! そして、俺はあんたに!」


 今まで暮らしていた家が遠ざかっていく。

 十五年も育ててくれた花の魔女の姿が見えなくなっていく。

 それでも、アレンは叫んだ。


「あんたに、永遠に咲き続ける花を贈る! 魔法で作ってみせる! 俺は、必ず! ここに戻ってくる! だから、それまでここで待ってろ! 俺が本当の魔法って奴をあんたに見せてやるから!」


 その言葉を最後に、アレンの姿は遥か彼方へと消えていった。

 アレンの姿が見えなくなると、花の魔女は両膝を着いて項垂れる。


「馬鹿な子……あなたに魔法は使えない」


 ポタ、ポタ。

 花の魔女の赤い瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 十五年間。花の魔女にとっては一瞬のような記憶が、頭の中で流れていく。


「本当の魔法なんてない。永遠に咲き続ける花なんてない。だけど……」


 花の魔女は遠く、どこかの街へと飛ばしたアレンに向かって、笑った。


「期待して、待ってる」


 それから、五十年。

 迷いの森に、アレンが来ることはなかった。

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