「提灯小僧〜ゾンビ遣い〜」

章吾

提灯小僧〜ゾンビ遣い〜

た。絞首刑によって生命を絶った。

 その後も色々な殺人事件が都会を中心に、全国あちこちで起こった。少年による犯罪も多かった。動機は意味不明なものだった。

A「神によって指令を受けて、人を殺した。」とかB「悪魔に命令された。」、C「むしゃくしゃしてやった。」D「誰でも良かった。」E「どうせ人は皆死ぬ。生まれつき不幸な自分も、他の幸福な連中も。」等。以上からすれば、犯罪心理は限りなく難解なものになる。犯罪もゼロには中々ならないものだ。

 E以外は、皆死刑判決だった。Eは求刑では懲役二十年ぐらいだったが、まだ裁判は続いていた。何となく人を殺したと言う理由だった。理不尽だ。

 他には、「遊ぶ金が欲しかった。」と言って道行く五十代のおばさんを刺した者がいて、それは殺人未遂に終わった。偶然、巡回をしていた警官によって取り押さえられ、背中の左辺りを刺されたその女性は救急車で病院に搬送され、一命を取り留めたのだ。

 アリスは思った。相変わらずな毎日だが、この間に、提灯小僧の奴もどんどん強くなっている、殺された人々の怨念をどんどん吸い取り、魔力を強めているだろう、と。そしてもっと強くなった死霊・ゾンビを作り出すだろう、と。殺人未遂の場合でも、被害を受けた側は生霊(いきりょう)となって舞い、そこから湧き立つ怨念がまた、提灯小僧の為の軽い栄養源になっていはしまいか、と。

 更に、最近アリスが自分の父親から聞いた話では、アリス宅から近い場所ではこのような事があった。増田と言う煙草屋のおばさんの妹が時々店を手伝いに来ていたのでアリスも良く御菓子を買いに行って知っていた。その女性が前からいなくなっていた点についてだった。それは昨年の秋、隣町を繋ぐ橋の前で交通事故で亡くなったと言う事だったが、それも理不尽な殺人事件であり、単に悲惨な事故と言うものでもなかった。そう。それは、「嫁と喧嘩してむしゃくしゃして乗用車を走らせていた一人の男が、自分でそっくりな嫁と似ていたが為に、間違えて道路で見掛けた女をそのまま思いっ切り轢いたらしい。人違いされて轢かれた人が、その店のおばさんの妹さんだった。」との事だったそうだ。アリスは絶句した。何て無残なのだろう、そして提灯小僧はそこにも出ただろう、と。アリス宅の近所でもそのような殺人事件とかはあったそうだ。そして死んだ人間はもう戻る事はない。心の狭い人間は世の中に多くいるものだ、とアリスは次第に痛感して行った・

そろそろ、提灯小僧を無理に呼び出してでも、一刻も早く倒さなくてはならないのではないかと、院主さんと話をしたりした。このままでは怨霊やゾンビを支配下とする提灯小僧によって、日本中、いや世界中が支配されてしまうと……。この世界が提灯小僧のものになってしまうからどうにかしなければならないと思い、また三種の神器の事を思い出したのだった。

 そう考えた翌日、何者かによって、動物園の、豹のいる檻が破壊された。日曜日だったので、中に人は多かったのだ。破壊された檻は、何と高温で熱せられたようにねじ曲がっていたのだった。あまりにも不自然だ。誰かが火炎放射機でも発射したのか。今度は何処の何処の気違いか…?ん…待てよ……?

 すると、近くにいた、男女含んで六人もの制服を着た不良グループのうち三人が、全員、やられてしまった。

「お、おい!大丈夫かよ!?」

「きゃあああ!」

「ひいい!豹だ!次はこっち来るぞ!!逃げろ!!」

「ガルルルルルルル!!」

「ウグワッ!」

「うぐう!」

「ひっ!!」

三匹の豹(父豹と母豹と、大分成長した子供豹)によって、残りの三人もあっと言う間にやられてしまった。他の観光客は、とっくに管理センターの方へ非難している。

豹の檻の傍には、ボロボロになった制服とぐちゃぐちゃにされた内臓を残して倒れている、高校生の無残な死体があった。女子の不良の中には、スカートの下の脚、特に太腿や膝下の脛の肉もところどころ食い千切られている子もいた。酷いやられようだ。白いルーズソックスは血塗れで、まるで赤白のルーズソックスだった。一人、素足の女子高生ヤンキーは、脛も沢山齧(かじ)られている。

 アリスは生のニュースを御寺の御堂のテレビで院主さんと見ていて、急いで三種の神器を取り出したのだった。警察やレスキュー隊がもう早くに動き出したらしい。アリス達も急いで駆け出して行った。導夢も一緒だった。提灯小僧の仕業かどうか分からないが、提灯小僧は、あそこに必ず現れるだろう、と。ゾンビもきっと出るに違いない。

 その時だった。三種の神器が、途中で再び強く光り出したのだ。

 最初に光ったのは、天叢雲剣(草薙の剣)だった。

 そして、何やら遠く離れた向こうから響き渡るような声が聞こえる。もうすぐ動物園の近くに着く頃だった。


「少年よ。今こそ、この剣(つるぎ)を、天高く掲げるのだ!!」


そう。まるで剣の中から聞こえるようである。剣の目の前と言っても良いかも知れない。まるで剣が喋るかの如く、になるだろうか。

「え!?剣を!?だ、誰??」

また剣が答えるかのように聞こゆる。

「我は、須佐之男尊。長年を経て、三種の神器は、再びやりたい事を見付けたようだ。さあ、少年アリスよ!剣を翳せ!そして行け!」

「アリス君!私にも剣の中からの言伝(ことづて)が、聞こゆるぞ!さあ、やりたまえ。急ぐのだ。」

院主は催促した。

「よし!!」

アリスは、思いっ切り、片手に持ったままの天叢雲剣を、空高く翳した。

すると剣はまた光り出し、刃の部分は何と、銀から黄金へと色を変えたのだった。

「おお、金色だ!黄金の剣(けん)だ!」

とアリスは驚きの余り目を輝かせて言う。

「凄いな!!」

と横にいた導夢も言う。

「うわ!何か出て来た!」

その時、頼もしそうな剣士のような姿をした男が姿を現した。弥生時代の人が着るような、白い着流しのような物を着ている。半透明で、宙に浮いている。見るからに神様か精霊のようでもあった。

「私は、須佐之男尊と申す。少年、これまで良く頑張ってくれたものだ。褒めて遣わそう!だが、戦いはこれからなのだ。今、その剣は、『忍耐と希望の剣(つるぎ)』と呼んで良かろう!物も人間と同じく、やりたい事を新たに見付ける事が出来る。それを現在、漸くにして見付けられたようだ。さあ、残りの二つの神器も、現代の、新たなる三種の神器として生まれ変わるであろう!」

こう告げると、彼は剣の中へと姿を消した。

「あれは、嘗(かつ)ての……?!」

「正しく、須佐之男尊の、御魂(みたま)のようだ。この時代にあのような者は生きている筈はないからな。」

「そうか。」

アリスは言うと、導夢は目を大きくした。

「う、うわ!次は、俺の持ってるこの玉がポケットの中で……!」

と導夢は、ポケットから八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)を取り出すと、それは輝きを放ち始めた。

「おお!これもアリスの持ってる剣(けん)と同じく、黄金色に変って行くぞ!」

流石の導夢も驚き、アリスより声を大きくして言う。赤かった勾玉は、次第に黄金色に変って行ったのだった。


「我(わ)が名は、玉(たまの)祖(おやの)命(みこと)。玉造部(たまつくりべ)の祖神であり、古くから勾玉を作る役目を持っておった。それは、只今、『熱意と誠意の勾玉』に変わったのだ。さあ、それを何でも良いから、老人の持つ杖に当てがえ!高齢の者より扱いを受ける事で、その玉と杖は初めて偉大な力を発揮出来るのだ。長年の熟された思いによる力でな。それで『熱意と誠意の杖』が出来る!その杖を、邪悪なる提灯小僧や死霊を葬る為に役立つ筈だ!杖を掲げて邪悪な物や悪霊に向ける事で、慰霊の念を込めた火の玉が飛び出す!炎の壁を張って敵の攻撃を防衛する事も可能だ。」


「ええっ!?杖に!?攻撃魔法が使えて、ガードも出来るのか。へええ。」

と導夢は少し嬉しいような困ったような表情になった。

「杖か。僕の家では御爺ちゃんも御婆ちゃんも持っていないなあ。」

「俺の所も、爺ちゃんも婆ちゃんも元気で丈夫だから、杖はないな。あ!そうだ!小池の所…!小池の所の、九十歳ぐらいの爺ちゃんが持っていたと思うぞ!それも、小池の家は、もう近い!動物園の近くにある!小池の家へ急いで行くか!」

「そうだね。」

「成程。それは急がねばならんな。」

と院主も言う。

このように話しながらも、早歩きで三人は進んでいる。

「おっ!最後は、案の定、私の持つこの八咫の鏡が光り出したぞ!」

その時、飛び出して来たのは、あの少女、兎だった。

「う、兎さん。」

「誰かの女の人の声が、私に、鏡の向こうへ出ろって言って、私はこうして押されるように出て来たわ!あら、アリス君達、御揃いかしら?」

「アリス!この人、もしかして、幽霊?」

「うん。でもただの幽霊じゃないんだよ。強い心、意志を持って、山奥の廃病院にずっといるんだ。兎さん。今から、僕達は提灯小僧を退治しに行くんです!」

アリスは途中で兎の方に向き直って行った。

「そう!じゃあ私も協力するわ!あ、その鏡、また光ってる…。」

「おお、光に染められるかの如く、黄金色に変っているな!よし、これで全部黄金になったな!」


「わしは、石凝(いしこり)姥(ど)命(め)と言う名の、女の神じゃ。さあ行くが良い!その鏡は、最早、八咫の鏡とは呼ばぬ。今からその物は、『愛と勇気の鏡』じゃ!戦闘の時に、結界を張る事の出来る力を持つ!現代では英訳されて『バリア』と良く呼ばれるものになろう!それからな、掠り傷程度なら、癒せる力も持つのじゃ。さあ行くのだ!皆の者!」


着物を着た老婆のような姿をしていた。それもまた、鏡の中へ姿を消した。

「石凝(いしこり)姥(ど)命(め)だったのね。」

と兎。

「彼女が、その鏡を作ったのじゃったな。」

と院主。

「これで、平成の三種の神器なる物が、揃った訳だね!!」

と導夢。


「その通り!!!さあ!!いざ行け!!!」


先程姿を現した神々一同の声が大きく響いて来た。それぞれの神器の中から……。


「僕達にだけ聞こえる声なのかも。あの姿も……。」

「ああ。」

「で、私だけ声も姿も見えるのね。」

「さあ、先ずは小池の家へ急ごうぜ!きっと貸してくれるよ!」

と導夢は先頭を走りつつ皆の方へ向き直りながら言う。

 小池美智雄の家へ着くと、インターホンを押した。流石の豪邸だ。

「おお、アリスと導夢じゃないか。ん、ああ、あの御寺の和尚さん。どうもこんにちは。ん、そこの綺麗な女の人は……?」

「こんにちは。話は後だよ。」

とアリス。

「美智雄、すまん。御前の御爺さんの持ってる、杖を貸してくれないかな。」

「え?杖を?まあ良いけど。」

「おお、これは皆さん。」

すると、奥の座敷から、老紳士のような男性が出て来た。前髪はオールバックではないが、綺麗に後ろへ固められている。灰色をしたスーツのようなズボンを穿き、白い長袖のワイシャツを着ている。これが私服だろうか。

「爺ちゃん。杖を貸してくれるかな?」

「皆さんのしようと思う事は分かっているよ。これを持って行きなさい。杖は、わしは三本も持っておるからの。」

こう言うと、玄関前の下駄箱の横の傘立てに刺してあった、焦げ茶色の杖を取ってアリスに差し出した。

「ありがとうございます!!」

とアリスと導夢は口を揃えて言う。

「うちの爺ちゃんは町長さんだったからな。人を見る目も鋭いんだよ。」

「では、必ず御返しします!」

「いや、別に構わんよ。」

と美智雄の祖父は柔らかい笑顔で言った。

「後で何があったのか教えてくれよ。」

と美智雄はアリス達に言う。

「分かった。」

とアリス。

「御邪魔しました。」

と四人は口を揃えて言うと、小池家を後にした。

「さあ、動物園はすぐそこだ。行くよ。」

「わあ!杖と勾玉が!」

「おおお!!」

「凄(すげ)ええ!!やるな。」

 この時、杖と勾玉は空中に浮かんで、輝き出す。クロスして一体になり、更に強く眩しく光り出した。アリス達が反射的に目を瞑(つむ)ると、黄金と茶色が合わさった、輝く黄土色のような色の杖になった。


「そう。ここにして今、『熱意と誠意の杖』と言える物に成せたのだ。」

勾玉の中から聞こえたあの声だった。


「動物園の入り口前に着いたぞ!!うわ、ゾンビだ。」

「もうこんなにまでなっていたとは!この中には生存者はいないのか?周りには多量の血が至る所に飛び散っている!それに、あの提灯行列…正(まさ)にこれは………。」

その時、スーツを着た男性と女性のゾンビが襲い掛かって来る。受付の人だったのだろうか。そして入り口前ばかりか、動物園中に、真っ赤な提灯が張り巡らされている。

「今こそ、これを!」

アリスは、その「忍耐と希望の剣」を大きく掲げた。

「ハッ!…………これはやっぱり凄いな!」

ゾンビは真っ二つに切り裂かれ、そこへ倒れて動かなくなった。


「くくく、来おったな!小童共(こわっぱども)!」


 提灯小僧が、ついに姿を現した!!


「提灯小僧!!」

「あれが妖怪、提灯小僧なのか!!?」

「うん!!」

導夢が聞くと、アリスは答える。

「気を付けなさい!前よりもかなり強い妖力が感じられる!」

院主はアリス達に忠告する。

そこで提灯小僧が怒鳴った。

「やい!いつもいつもいつも、俺の邪魔ばかりしおってからに!もうそろそろ堪忍袋の緒が潮時を迎える頃(ころ)合(あ)いだぜ!!むむむ!そ、それは!いつ黄金になったのだ!それでハッタリのつもりか!?ふっ、まあ良い。三種の神器とか言ったな。成程。それがあるから、これまで私の邪魔が出来た訳だな。さあ、それも全部こちらに渡しても貰おうか!!」

「何だと!?誰が、御前なんかに…………渡すもんか!」

とアリス。

「ほう。では、向こうの豹の檻を、俺が灼熱の火炎を吐き出してドロドロに溶かしたように、てめえらもそんな風にしてやるとでもしようかの。」

「何いいーーっっ!そんな事まで!も、もう許さんぞ!!」

とアリスは怒鳴った。

「相変わらず、威勢だけは一人前のようだな。だが!最早そうは行(ゆ)かぬ!ここまでに成したこの魔の力を、今こそ思い知らせてやる!!ふっふっふ。見るが良い!!」

提灯小僧の体は、紫やら黒やら何やら複雑な分からない色に点滅を繰り返しながら、邪悪らしい光を放ち始める。

「来るぞ!!提灯小僧が…………。」

と導夢。

すると提灯小僧は、大きくした目を吊り上げて叫んだ。

「今こそ見るが良い!!静岡の富士山麓の、青木が原樹海を彷徨う亡霊達から頂いた怨念の力を!!」


「行き倒れも自殺者も多い、あの富士の樹海からか!?」

と院主。

「大変そうだけど、これはやるしかないようね!私も勿論協力するわ!」

と兎は片手を胸の前で握り拳にして言った。

「俺もやるぜ!行くか、アリス!」

「うん!そうさ!導夢!!」


「うぬぬぬ!!やるのか、こうまでになったこの私に、勝てるかな!?もう邪魔はさせんぞ!昔の、ぶらぶらしたような提灯小僧ではない!!」

「アリス君、導夢君、院主さん!気を付けてね!大切な命はくれぐれも落とさないで。」

「分かってる。大丈夫だよ。力を合わせれば。……やい!提灯小僧!理不尽な殺人祭りもゾンビ祭りも、これまでだ!……覚悟しろ!」

「ほう。何故だ?普通の祭りなんぞは、出る物も決まっておるではないか。屋台や御堂の前で戯言(たわごと)ばかり垂れて他愛も無い戯(ざ)れ事(ごと)を催して、ぶらぶらと家へ帰るだけの、つまらん物だ。だがな、この殺人祭り、幽霊祭り、ゾンビ祭りは、無数の生命ある限り、限りなく愉快に広がるぞ。この広大無辺なる地上にな。命は死んでも死にきれぬ。霊魂は永遠だ。美しい提灯を照らす為の、華麗なる品となる!!良き道具よ。」


「人や動物の命は、道具なんかじゃない!御金とかで買えるような品物でもないよ!命は、大切な命だ!!かけがえのない物さ!!!」

「そうだ。アリス君の言う通り。貴様のような奴に扱われるような奴隷ではない!役目を終えては次へ次へと移ろい行(ゆ)く、旅人や冒険家のような一つの宝だ!」

と院主は力強く言う。

「宝だと……。ふふはははははははは!!その宝は……宝は、俺が一つ残らず頂いてやるわ!!」

「提灯小僧!覚悟!この剣で御前を……。」

アリスは剣を構えて向かって行くが…………。

「フンッ!フワアアーーッ!」

「うぐわっ!!」

提灯小僧は、ドラゴンの如く、口から大量の炎を吐き出した。アリスは慌てて避(よ)ける事が出来たが、暫く辺りの芝生等が炎上して、アリスは提灯小僧のいる方までは足を踏み出せそうにはなくなっていた。

「やっぱり、火を噴くんだな!ドラゴン小僧でなくとも、やっぱり提灯小僧だな。」

と導夢。そして院主も、

「矢張り奴は提灯の心そのものの具現化、いや火の付いた提灯の親玉のような物か??」

「手強くなってるわ!皆さん注意して下さい!」

「ハッハッハッ!!俺がこれで直接斬り殺してゾンビになった者共が殆どだぜ!!まあ、他には焼き殺された者やゾンビに食われてゾンビになった者もいるがな。てめえらも殺されてゾンビになりてえか!!それとも焼き魚のようにでもなって動物ゾンビ共に食われる方が良いか?」

提灯小僧は、持っていた、鍔(つば)の無い包丁のような刃(やいば)の長い刀をぶんぶんと振り回しながら脅すように言った。全然余裕そうにしている。

「えい!やっ!」

「フンヌ!フンッ!」

アリスと提灯小僧は斬り合いをしている。その時だ。

「タッ!!」

「んん!!」

アリスの方はうちに、提灯小僧の胸部を深く突き刺し、引き抜いた後、胴体の橋をザシュッと切り刻んだ。

「く…………。」

「どうだ!提灯小僧!」

「おお!アリス、ついにやったか!」

と導夢が歓声を上げる。

「アリス君。」

と院主も絶句している。

「やるじゃねえか、小童(こわっぱ)よ。」

アリスは提灯小僧を無言でじっと睨み付けたままだ。

「…………だが、そこまでだな!!」

 この時、提灯小僧の体はこれまでに無い、天空まで届きそうなぐらいに巨大化したのだった。

「提灯小僧が、デカくなったな。こんな事初めてじゃないか。」

と導夢。

「来る!!」

続いてアリス。

「気を付けて!!」

兎も忠告を言う。

「戦うしかないようだな!!」

と院主。

「馬鹿め!戦ってどうにかなると、いつまでも思うなよ!なっはっはっ!!これでどうだ。」

提灯小僧の身体が今度は大きく膨れ上がり、破裂するのかと思えば、提灯小僧の身体は、……まるで色々な人間や動物の死肉をパーツにして寄せ集めたような、またあの病院で進化した野犬達のターミネーターように、提灯小僧が姿を変えた。黒や焦げ茶色、黄土色が混ざったような、見ていて気持ちが悪い。上部には、大きな目玉が三つも剥き出しになっている。まるで肉片が集まって巨大になった、マッチョな三つ目小僧のようだ。

「あれが、提灯小僧が進化を遂げた姿!?」とアリスは驚嘆するが、そんな場合でない事はアリスは分かる。そしてアリスは更にこう告げる。「へ、へん!こ、こ、こんなの、御約束のパターンさ!色んなロープレゲームとかやってるから、分かるもんな!く、来るなら来い!提灯小僧!醜くなった化け物めい!!」

「肉の塊のような、マッチョな三つ目小僧みたいになったな。確か、ぬっぺふほふとか言う妖怪も、死んだ人間の肉の塊で出来てるらしいけど、あれと似ているな。でもあいつには開いた目がちゃんとある。でも、絶対やっつけてやる!!」

と導夢。

「行きましょう!!」

と兎。

「私が念を押すが、気を付けたまえ!!」

「アリス!三種の神器を!」

「うん。」

アリスは「忍耐と希望の剣」を構えた。

導夢は、「熱意と誠意の杖」を構えた。

兎は、「愛と勇気の鏡」を両手で構えた。

「者共(ものども)!かかれ!」

その時、複数の人間の姿をしたゾンビが現れて、豹や虎、象やキリンのゾンビがぞろぞろと現れた。狐や狸のゾンビも出て来た。アリス達の方へ向って来る。

「うわ!一杯出て来たな。危険な奴から倒すか!」

と導夢。

「ええ。それがいいわ。」

「よし。」

とアリスは剣を前に突き出すようにしながら言う。

「くっくっく。御前らもワシの仲間になれば良いものを!愚かな!負の力は膨大な量と質がある事を知らぬか。愚かな。」

と提灯小僧はにやけながら言う。

アリスは、黄金の輝きを放つ剣で、ゾンビ達をスパスパと一閃で倒して行った。小学生でも扱える剣で、素晴らしい物だ。流石は三種の神器の一つだ。

人間ゾンビを次々と薙ぎ倒し、豹を二匹斬った。すると最後の残ったゾンビ豹が飛び掛かり、アリスの右腕をバンと引っ掻いた。

「うぐっ。」

「きゃっ。大丈夫?アリス君。はい。」

兎が鏡から、輝く癒しの力を放つと、アリスの傷は次第に癒えて行った。

「ありがとう。兎さん。まだ浅い傷で良かったよ。あ、兎さん、後ろ。」

「え?えいっ!!」

兎は鏡を上に掲げるとバリアが現れ、豹を弾き飛ばした。そこを、アリスが剣を豹の腹に突き立てた。

「動物達が可哀想だけど、仕方ないよね。」

「ええ。」

一方では、導夢が杖から火の玉を放って、ゾンビを焼き払って行った。そこで、導夢は炎で出来たバリアを張った。

「おし!このまま体当たりだ!」

導夢は、バリアを張ったままの状態で、ゾンビ達目掛けて体当たりする。ゾンビは倒れて行くが、まだまだいる。院主は、残りのゾンビ人間や、狐や狸のゾンビを、木刀で殴り付けたりしている。やがて、少なかった人間のゾンビはこれで全滅したようだ。虎ゾンビも火達磨になって死んだ。

院主達は、虎や人間のゾンビがいなくなると、今度は向こうから、チンパンジーやオランウータン、熊のゾンビまで現れた。

「象や熊は、協力して倒そう!!」

と導夢はアリスの方へ向き直って言う。

 その時、象の突進で、院主は向こうへ五メートルも吹き飛ばされてしまった。

「院主さん!!」

「私は大丈夫だ。」

「よくも院主さんを!提灯小僧の命令でも許せない!」

「私も協力するわ!私はもう死んでるから大丈夫!」

と兎も走って来て言う。

「これでどう。」

兎は鏡からバリアを出し、傍にいたキリンのゾンビは威力で押されて、ゾンビ象の方へ倒れ込んだ。象はパオオーーンと痛そうに悲鳴を挙げている。

「はっはっは!!面白い!もっとやれ!やるが良い!!!」

と提灯小僧は横で高笑いを繰り返しながら言う。

「喰らえ!!」

と導夢は思いを込めると杖から大きな火の玉が飛び出し、アリスは剣で何度も象やキリンを斬り付けた。

アリスはキリンの脚でバシッと蹴り飛ばされたが、めげずに再び剣を振り翳(かざ)した。頭部、そして目や胸を中心に斬る事にしていた。

「ババオオーーンッ!!」

と象は悲鳴をあげたまま、息絶えた。キリンも、もう動かなくなっていた。

「次は、あの熊か。」

「やるしかないな!!」

「アリス君達!猿とか狐とか狸とか、他のゾンビ達はこの私に任せて、あいつを力を合わせて倒したまえ!きっと出来る!!」

院主は木刀を構え直しながら言う。

「う、うん!分かった!」

「熊が来るわ!!」

片目の潰れたゾンビの熊はウウーーッと唸りながらこちらに向かって来る。

「火の玉を幾ら放っても手強いな。」

「胸や腹を刺したのに、まだ死なないよ。」

「バリアで一度弾き飛ばしましょうか。」

兎は鏡から聖なるバリアを張って熊の方へ走って行ったが、熊はほんの一メートルぐらいしか吹き飛ばなかった。

「流石は、耐久力のある熊だな。」

と導夢。

「首を斬り落とせば終わりかな。」

アリスは向かって来る熊に注目しながら言う。

「アリス、今だ!!」

導夢は、杖から放ったバリアにより、熊の動きを止めている。熊は火を恐れているようだ。

そこを、アリスは熊の首目掛けて斬り付ける。

「まだか!!」

首を斬っても、熊は足と胴体だけでまだ動いている。

「何でなんだよ。」


「少年アリスよ、諦めるでないぞ!!」


須佐之男尊の声だった。剣の中から響いて来るようだ。それは、アリスの頭の中に響いて来るようなものでもあった。

「そうさ。一か八か。ここは!!」

アリスは言うと、熊に真っ向から向かって行った。

「ヤーーッッ!!!」

「おお、アリス!」

アリスは、熊の身体を首から尻まで、真っ二つに切り裂いた。

真っ二つにして倒れた熊は、これでもう動かない。

「アリス君、ついに熊もやったのか。でかした!!」

院主は、チンパンジーや他のゾンビ達を片付けながら、振り向いて言う。

「まあ、やったけど、ね。」

アリスは軽く引きつったような微笑を浮かべて行った。そして肩で息しながらフウフウ言っている。

 ここで漸く、他のゾンビを片付けた院主はアリスの近くへ来て言った。

「アリス君、君ならここまでやってくれると思っていたよ。……う、兎君。君の持つその鏡の力で、ちょっと御願い出来ぬか。左腕と背中をやられてしまってね。」

「はい。これぐらいの傷は大丈夫です。」

兎は鏡から力を放ち、院主の負った傷も治した。

「ゾンビ達はもう皆片付いたのかな。」

とアリス。

「そのようだな。生きている動物なら、まだ何匹かは檻の中にいるだろう。」

と院主。

「良かったわ。後は、提灯小僧ね。それにしても、これは可哀想過ぎるわね。」

と兎。

「うん。」

とアリスも、眉を八の字にして表情をしかめて言う。

「ふん、やりおるな!!だが…………。」

「提灯小僧め!それ以上、生き物を殺してまでゾンビにして襲わせるような真似は許さんぞ!」

「真似だと?俺様のオリジナルに生み出した特技のつもりだったんだがな。誰の真似をしたと言うのでもない。」

「提灯小僧!今度こそ覚悟しろ!」

「まだ言うか!日本中、この世界中!そう、地上が死霊やゾンビで埋まれば、それらが生ける者、その世界がそやつらの息とし生ける世界だ!正しい答えなぞ、この俺様が今ここで創造してやる!さあ覚悟せよ!!」

「やかましい!!行くぜ!!」

と導夢も叫ぶ。

「そうじゃ!私も全身全霊でやるぞい!」

と院主も、提灯小僧のところに顔を向けつつ、目は横眼でアリス達を見ながら言う。

「私も提灯小僧を打倒して見せるわ!!」

院主は木刀を構える。弓矢や竹槍も用意した。そして、三人はそれぞれの三種の神器御両手一杯に抱えている。

「んん?御前は、白井兎と言ったな。生きている人間ではないと来ている。どうじゃ?今すぐ俺の仲間にでもなるなら許してやるぞ。」

提灯小僧は兎に言う。

「嫌よ!アンタのような悪い妖怪の仲間になんてならないわ!それに、私はアンタのせいで浴槽の中で命を絶ったんだから!!」

「そうか、なら仕方無いな。まあ何れは無理にでも全員を下部(しもべ)にそうしてやるんだがなああっっ!!その代わり、ゾンビや魑魅魍魎にな!!」

進化した提灯小僧は、また火炎を吐き出した。目の下には大きな口が隠れていたようだ。

「おっと!また更に凄い火炎だ!温度は半端無いな。わわ、あっちの壊れた檻が、全部溶けたぞ!!鉄で出来てる筈だけど。」

「あれは、この世のただの炎ではない!まるで獄炎だ!気を付けないといかんね。」

と院主は言う。

「ふっふ。流石(さすが)は、仏教の世界を勉強した者だな、そこの坊主よ。今のは、焦熱地獄に近い灼熱の炎に当たるぞ。実を言うとな、俺はこれからもどんどん妖力を極めて、八熱地獄の中の大焦熱地獄、そして最下層の無間(むげん)地獄の炎まで使えるようになろうと思っておる。最下層は阿鼻地獄とも言うがな。そこまで行けば、この世の物質等、全て糸屑のように一瞬にして軽く焼失させる事が出来る。貴様らなんぞは、屁でもない。世界一の、いや異次元の地獄や三千大千世界で最強の熱い提灯、最強の死霊遣いとなるのだ!!その為に、先ずは貴様らを片付けねばならん!!」

「させるもんか!この三種の神器がある限り!」

とアリスは性格に似合わず、これまでにない程に熱くなっている。

「それもよこすのだ!尊(とうと)い命とついでにな!」

今度は、鋭い爪の付いた大きな手で叩き付けて来た。

「地球は、地上の世界は俺達が守るしかないな!!」

「その通りだ!!」

 アリスは、剣でその手を突き刺した。掌(てのひら)の半分は砕けたように見えたが、すぐに再生してしまう。

「ふっはっはっ!!」

今度は大きな足で踏み付けて来る。兎は、バリアで持ち堪(こた)えようとしているが、苦しそうだ。

「はっは!!小娘!!御前も地獄の苦しみを味わうが良い!!」

「身体の部分は、死んだ生き物の肉が混じっている!焼き肉にしてやれるかな!」

導夢は、こう言って火の玉を放つ。足の甲や足首の辺りにも放った。

「むっ!!」

提灯小僧は、足をどかしたが、苦しそうな声はあげなかった。

「くっく。くすぐったいぐらいかのう。行くぞ!!灼熱の眼差(まなざ)しを!!」

提灯小僧は、三つ目の真ん中の目玉からレーザー光線を出した。それは街灯を降り、街灯が倒れて来る。

「危ない!」

導夢は、走って来てアリスをさっと抱えて一緒に避けた。その光線は、導夢の肩を掠ってしまった。

「うわっ!!」

「大丈夫?それっ!!」

兎は、鏡の力で導夢の肩の傷を治療した。

「ありがとう。兎さん。でも何か、身体の中が熱い。火照(ほて)ってる。」

「危ないところだったわ。」

「導夢君は、今ので熱が出たかも知れん。」

「ええ!?」

とアリス。

「肩や膝を銃で打たれても、熱は出るそうだね。」

と導夢。

「後で熱冷ましを飲ませてあげよう。さあ、提灯小僧が来るぞ!!私もやろう!!」

院主は、弓矢を三本ぐらい放った。一つは左目に当たった。残りは腹、肩と命中はしたが、目以外のところは、余り応(こた)えた感じがしないようだった。

「うっ!目が!おのれ。まあ良い。放っておけばこれは元に戻る!!他の部位は痛くも痒くもないわ!!」


「提灯小僧!これも喰らうが良い!アリス君、続くのだ!!」

院主は、竹槍を数本投げ付けると、木刀と竹槍を持って奴にかかって行った。アリスも後に続いて向かって行く。

提灯小僧は、火の玉を噴いたり手足を振り上げたり振り下ろしながら、二人とやり合っている。

「こいつ、まるでサイクロプスやギガンテスが三つ目になって知力まで加えられたような奴ですね。本で色々な怪物や幻獣が出て来たのを読んでますが。」

「ああ、こやつは相当の強敵に当たるだろう。人々の邪念まで吸い取り、自分の栄養源や魑魅魍魎にまでする。怨霊や死体をも自在に操る事が出来る。放っておけば幾らでも強くなる。」

「うおらあああっ!!小癪(こしゃく)な!!」

「うわっ!!」

「院主さん!!」

院主は、ビンタで弾き飛ばされてしまった。案内板にぶつかった。

「よくも院主さんを!!この!!」

アリスはその右腕を薙ぎ、斬り落としたが、すぐまたこれも再生するだろう。

「ふん!いい加減観念したらどうだ!ただの小僧めが!!」

「黙れ!!提灯の化け物め!!醜い妖怪め!!」

「ただの提灯に見えるのか!俺の使う、俺の中にある提灯が!」

アリスは、身体のあちこちの部位を剣で斬り付ける。提灯小僧はそれでもあまり痛がらないようだ。傷が付いてもすぐもとに戻る。

「やっぱり目を狙った方が良いのか。」

「愚かなか弱き人間達よ!おぬしらが、この私を強くしてくれたようなものだぞ!理不尽な殺人でな。」

「そんな人間ばかりじゃないよ。誰でも、心に闇を持つかも知れない!!でも、その闇に負けないように尽くすのが人間だよ。最初は誰もそう強くはないんだ!!」

とアリスは更に声を大きくして叫ぶように言う。

「ふっ!!その人間が、他愛の無い争いで、いつかは我が身を滅ぼすのだ!!」

アリスは、デコピンで吹っ飛ばされた。

「イテッ!!」

アリスは尻持ちを結構強く突いた。

 その時、導夢が援護射撃を放ってくれた。一番大きな火炎弾としてそれは、提灯小僧の真ん中の目に見事に命中し……。

「ぎゃあああ!!」

「提灯小僧が、かなり痛がってるぞ!!」

「効いたのか!!」

「あれじゃ、もうあの目は再生しないかも。」

「もしや、『目には目を。』って事が効いたのかも知れん。」

と院主は感心したような様子で言った。

「あの『目には目、歯には歯。』が?」

とアリスは問う。

「うむ。火を放つ目に、火の攻撃に最も弱かった感じじゃな。邪悪な火は、聖なる火によって抹消されたようだ。それであの目はもう蘇る事はない。それと、導夢君の、その熱き心も備わっている。情熱がな。」

「俺は熱も出てるんだけど。」

「導夢、凄いや。」

「そうか。この杖の御蔭だろ。俺は平凡な野郎さ。」

「ううん。そんな事ない。」

とその時だ。

「俺の事を無視して、そうやってそこでごちゃごちゃ話しておるのか!!おらっ!!」

「まだ来る!!」

提灯小僧は、両手をロケットパンチのようにして、両腕を飛ばして来た。四人とも飛ばされた。

「ぬおっ!いかん!」

「痛いっ!!」

「うわ!」

「アリス、皆、大丈夫か!おお、イテテ!クソ!」

「後は、どう奴を……。」

流石の院主もうろたえ始めたが……。

「そうだ!はっ!」

アリスはその剣を提灯小僧に投げ付けると、右目に命中した。

「ぐおおおお!!ふん!目はもう一つあるわ!覚悟せい!!俺を本気で怒らせたら、どうなるか…………。」

提灯小僧は、また口元に炎を溜め出した。地獄の力を借りて来てそれで炎を作り出しているのだろうか、とアリスも院主も思った。

「ここは私も、出来る限りを…………。」

「兎さん!!」

兎は、鏡を地面に置き、両手を合わせて目を閉じた。そして祈りを捧げるようなポーズを取った。

 蒼白色をしたようなオーラがかすかに輝き、兎を包み込んだ。

「兎君!?大丈夫か!?その力は……。」

「…………。」

兎は答えない。黙って祈り続ける。そして再び鏡を拾った。

「兎さん!」

「兎さん!」

「この清心(せいしん)よ、今こそこの鏡と共に、愛と勇気を得てして、邪(よこしま)を……打ち払えよ!!」

オーラは、眩しい程に輝きを強くして広がった。そして兎は、提灯小僧の元へ飛び込んだ。

「何を!!身体が、言う事を聞かぬ!!うぬぬぬ!!ぐはあ!頭も割れそうに痛(いて)ええ!おのれーーっっ!!何をする!!」

兎は提灯小僧の目の前で手を広げて全身から蒼白な光を放ち続けている。

「アリス君!今よ!チャンスだから。」

「え!?そうなの!?でも……。」

「早く!!あ、導夢君も早く!!」

「うん、分かった!」

「うん!」

「てめえらああ!!う、うおお!!」

提灯小僧は呻き続けるばかりだ。

「ヤアアーーーーーーーーッッ!!!」

「俺も!タア!!」

アリスは剣を抜いて提灯小僧の左目も突き、心臓に当たる、左の胸にも突き刺した。

導夢は、杖で頭部の頂(いただき)を思い切り突き刺す。

「やったのか!!」

「うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!俺の野望があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

進化した提灯小僧の身体はバラバラと崩れ落ちた。そこからは無数の光の欠片(かけら)のような物が、紫色の花弁(はなびら)のように散って行くのが見えた。

「これは、多くの亡くなった人々の御(み)魂(たま)か。残らず成仏して天に召されるようだ。良かった。」


 気が付くと、もう奴の姿はなかった。真っ白な提灯が一つ、ぽとんと落ちているだけだった。後は、静まり返った動物園だ。

「やったのかな。」

「ああ。」

「そうじゃな。もう提灯小僧はおらんよ。完全に消えたようだ。」

「見よ、真っ白い提灯だ。あの提灯小僧の操っていた提灯は全部、赤かった筈であろう。」

「あ!そう言えば本当にそうですね!」

アリスは面食らった。

「私がよく預かる心霊写真でもな、赤い色をした光が映っている場合が、その霊の怨念が最も強いと言われておる。」

「そっか。それで、提灯小僧はあんなに赤い提灯に……。」

導夢は納得したように腕を組んで言った。

「そうじゃ。ここで提灯は、清廉潔白、つまり穢れのない白に戻ったのじゃろう。奴は、怨念を現す赤に提灯の色を自ら変えていたのじゃろう。」

院主は、汚れた白い提灯を見下ろしながらこう述べた。

「それで昔はあんなに無邪気だった提灯小僧が、人々の怨念の力に憑かれて、自らあんなに邪悪な妖怪に……。」

とアリスは述べた。

「その通りじゃろう。妖怪も、あのように人間の心によって創り出されたものである場合も多いと考えられるな。」

「そう言う事か。まるで自然と人間・動物との関係みたいだね。それと同じかな。」

とアリスは更に答える。

「そうじゃ、そうじゃ。」

院主は、柔らかく微笑むようにして目を閉じて言った。

「でもまあ、提灯でも実際は白もあれば最初から赤い提灯もあるよね。」

と導夢は笑って言った。

「それは色々なデザインを人々が考えているだけじゃな。純粋とか不純とかは関係は別じゃな。ほっほっほっ。」

「そうだ。あれは俺とアリスが最近よくする、キャッチボールみたいだね。自然によって創られた人間が、その自然環境を破壊して、その荒んだ環境の中で、人間はじわじわ滅ぼされて……。」

と導夢。

続いてアリスも、

「じゃあ妖怪も、何処かの人間が創り出して、その妖怪によって何処かの人間が被害を受ける。」

「その通りじゃ。よく解っておるなあ。流石。感心じゃ、感心じゃ。」

「やめて下さいよ。和尚さん。これぐらい、俺達の年では常識ですってば。」

導夢は微苦笑して言った。

「一般社会でも同じ事が言えるじゃろう。誰か一人がその企業や組織で変な事をすれば、その中にいる他の関係無い人間も悪い目で見られたりな、そのグループの全体の印象が自然と悪くなったりな…………。」

「そこまでになると、やっぱり理不尽ですね。」

とアリス。

「…………うむ。」


「あ、兎さん!!」

兎は、そこへ倒れていた。三人は無事だ。三種の神器もそこへ落ちている。剣と鏡、そして杖と勾玉が元通りに分離して、散らばっていた。

「兎さん!兎さん!」

「アリス君……。」

アリスが揺さぶると、兎はゆっくりと目を開けた。

「アリス君、良かった。皆さんも無事だったのね。私の最後の力が、役に立って本当に良かったわ。」

「え?最後の力?」

「アリス、院主さん。もしかして…………。」

「うん。御二人さんよ。兎君は、どうやら持ち前の清らかな心を輝きの力として有りっ丈振り絞り、邪悪な力を打ち破ったようなのだ。これで彼女も、この世からは……。」

「そんな……。」

「アリス君。私は前から幽霊なの。この世の人間じゃないから。」

「でも、兎さんは、生きた幽霊みたいなものだったじゃないか。」

「ふふ。そうね。」

兎は微笑して答える。

「アリス君、最後に兎さんを、ここで供養しよう。これで彼女は、成仏出来る。いいね?アリス君?導夢君も。」

「うん。」

アリスは目に涙を浮かべている。嫌だとは言いたくても言えない。兎は、前から幽霊であったのだから。

「兎君。君のような、穢(けが)れの無い純粋な強い心と意志を持った霊は久し振りに見たよ。生前から君はそう言う子だったのであろう。君に出会えて、私も良かった。一つ成長出来た。」

「兎さん。もう行っちゃうんだね。天国へ行っても、元気でね。」

「ええ。アリス君、皆さん。貴方達に出会えて、本当に良かったわ。私の分まで、元気で長生きしてね。アリス君、導夢君、和尚様。貴方達の事は、ずっと忘れませんわ。例え、生まれ変わる事があっても、ね。」

「兎さん。俺の事も忘れないでいて下さるんですね。」

と導夢。

「ええ。勿論よ。」

「見たまえ。太陽は一つしかないが、この世界全体を照らしておる。強い思いがあればな、そのお天道様の象徴となる太陽が、きっと皆を巡り合わせてくれる。きっとな。」

「そうですね。」

とアリスは微笑んで言う。

「だがあの提灯小僧は、その輝かしい太陽を、自分の操る怨念の力で大きくした提灯そのそのに作り変えようとした事は間違いなかった。この世が、生ける屍で埋め尽くされるところじゃった。危うく、闇の暗黒祭りに終わるところじゃった。」

「そうよ。私達が世界を救ったの。」

と兎は言う。

「さあ、私達で手を合わせて念仏を唱えよう。」

三人は、院主に合わせて念仏を唱え上げた。

「ありがとう。皆様。アリス君、初めてあの病院の浴室であった事も私は忘れないからね。さあ、御別れの時間よ。でも、さようならは言わないわ。また何処かで会えるかも知れないから……。」

「う、うん。きっと、そうだよね。兎さん。僕も忘れないよ。」

「ええ。頑張って生きて…ね…皆様なら大丈夫…その忍耐と希望があれば、どんな困難にも…打ち勝て…る………わ。」

兎は、無数の光の玉となってそのまま消え、その粒は天高く消え去った。


「ありがとう。ただ一つしかない命。かけがえのない友情、そして愛。勇気。守る物事は沢山あるわ。大切にしてね。」


「ありがとう!兎さん!『さようなら。』は言わないからね!きっとまた何処かで会おうね!忍耐と希望を忘れないよ!!」

「俺も誓う!!誠心誠意尽くして、熱意を込めて頑張るよ!!」

「うむ。天道へ入っても達者でいてくれたまえ!!兎君、この度(たび)、君の力はこの世で一番、偉大だった。」

院主も、アリスも導夢も、揃えて涙を流していた。

 この時、院主は空を見上げながら言った。快晴ではなかったが、天気は悪くなかった。

「見たまえ。空はこんなに綺麗に晴れている。天気が悪ければ祭りは中止になるのと同じように、あの提灯の妖怪、提灯小僧も、雨が降る日は現れる事すら出来ないようだ。雨天等の日は、あの提灯小僧は、この次元に姿を現す事すら出来ないと見える。」

「やっぱりそうですよね。外の祭りでなくとも、提灯小僧は、蝋燭に灯された火の妖怪みたいなものでしょうね。怨念の炎も、地上の世界では出す事も出来ないものだったんでしょうか?」

「雨が降れば、奴は力を発揮出来なくなるからだろう。しかし、伝わる熱情や怨念のような心の炎は、雨天だろうが外を漂う事は出来る。しかし、奴は太陽の下である晴れの日しか力を出せないものだったのだろう。」


「おおーい!!」

その時、アリス達を呼ぶ声がする。

振り向くと、小池美智雄と、その祖父が立っていた。

「通り掛かった人とか、テレビ局にいた親父からも連絡を貰ってさ!!アリス、導夢達、凄いね!!三種の神器の力だって!?」


その後、アリスが提灯小僧を打ち破り、日本を救った話は瞬く間に全国に広がり、三人は一躍有名になった。だが白井兎の事は、特にこの世の人々には知られなかった。でも白いワンピースの少女が空を浮遊する姿は誰かがこの目で見たと言う。

三種の神器は、市の博物館に展示された。名前は、自然と「忍耐と希望の剣」、「愛と勇気の鏡」、「熱意と誠意の勾玉」と名付けられた。これも兎の力なのかも知れない。いや、あのそれぞれの三名の神の力によるものになるのかも知れない。


あれから二十年の歳月が流れた。人気ゲームライターとして成功したアリスは、同僚の女性と結婚して子供も産まれていた。それは可愛い女の子だった。アリスは、名前を「兎(うさぎ)」と名付けた。その兎と言う名の子供が五歳ぐらいになったその時、顔立ちを見て思った。あの時に廃病院で出会った、白井兎にとても良く似ている、と。まるでそっくりだった。

もしやと思いながら、アリスは考えた。

前世の記憶は、普通は残らないものだが、稀に残る場合があったり、また成長してから微かに現れる場合も無い事は無い、そして実際にあったと言う説もある。それでも真相は定かではない。

 自宅では小説やライトノベルを書き、ファンタジーやSFの作家としていつかは独立する夢も見るアリスは、いつも忙しい頭を今日は掠めながら、出掛ける準備をしていた。

そう。地元の旅行会社へ勤める導夢は、添乗員になる夢が叶っていた。小池美智雄は、一流大学を卒業後、地元のテレビ局で人気アナウンサーになっていた。

今日と明日は、三人で同窓会を兼ねたツアーへ出掛ける日だった。導夢の勤める会社が企画した一泊二日の楽しい旅行だ。導夢は、丁度休みを取っているので、今日は添乗員ではない。

「さあ、夢のツアーへ出発だ!皆でいつかはこうする事が夢だったよね。」

とアリスはバス停で二人に言った。娘は、妻と留守番だ。アリスの嫁は、今日ばかりは皆で楽しんで来てね、と言って見送ってくれたのだ。二人の息子と一人の娘を持つ美智雄の嫁も、導夢の息子も嫁も、アリスの妻子と同じだった。温かく見送ってくれたのだった。

 彼らの旅は、これからもまだまだ続く。自分の中にある妖怪と戦う時もあった。

 生(せい)ある限り、夢、希望はこれからもずっと信じて追い続ければ良い。時には孤独とも戦い、挫けながらでも構わない。

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「提灯小僧〜ゾンビ遣い〜」 章吾 @shogochiba

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