第33話 ゴードン

 ゴードンが魔物の様な咆哮を上げ、その身体が床の上で幾度となく大きく跳ねる。


 筋肉が波打ち骨のきしむ音が聞こえる。

 手足が伸び身体がさらに膨れ上がった。


 こんな町中で変身をするのか?

 背中に冷たいものが走る!


「グオオオー!」


 既視感が襲う!

 不味い!


 これはリネットさんやクレアちゃんと同じ感じがする!


「なによ! あれ!」


「離脱する!」


 俺はヴァイオレットを抱えたまま窓から夜の通りへと飛び出した。

 たったいま俺たちが飛び出してきた家屋が激しく揺れ、なかから聞こえていた咆哮にどこか苦しそうなうめき声が混じる。


「ダイチ、人が集まってきたわ……!」


「不味いな……」


 寝静まっていたはずの家にはいつの間にか灯りが点り、何ごとが起きたのかと心配そうな顔をした人たちが集まっていた。


 このままでは巻き込んでしまう。

 俺は周囲に集まってきた人たちに向けて叫ぶ。


「魔物がでました! ここは危険です! 出来るだけ遠くに逃げてください!」


「え? 魔物だって?」


「こんな町中でか?」


 なにを言っているんだ? とでも言いたげな表情である。

 しかし、それも次の瞬間には消えた。


「ゴアー!」


 咆哮を轟かせてゴードンだったモノが家屋の壁を破壊して道路へと転がり出てきた。


「ヒッ!」


「魔物だ!」


「オーガだ! オーガがでたぞ!」


「トロールだ! 逃げろ!」


 集まってきた人たちが半ばパニックとなって悲鳴を上げながら押し合い圧し合いしながら遠ざかっていく。


「ダイチ、あれはなに……?」


 ヴァイオレットが震える声で聞いた。

 一度は避難する住民たちを見て安堵の表情を浮かべていたが、道路を転げ回るゴードンだったモノを見つめて顔を青ざめさせている。


 ゴードンだったモノは辛うじて人の形を保っていたが、身体は肥大して三倍ほどに膨れ上がっていた。

 住民たちが叫んだようにオーガともトロールともつかない異形の魔物へと変わり果てている。


 しかし、四肢の関節――、肘と膝のなかへ転移させた溶解した鉄のせいで異形の魔物へと変身しても手足を上手く動かせずにいた。

 リネットさんやクレアちゃんのように不定形の魔物に変身していたら住民が避難する時間なんてなかっただろうな。


 人型の魔物に変身していることに安堵しながら言う。


「俺にも正確なことは分からない。しかし、あれと同じ感じのものと戦ったことがある」


「同じ感じのもの?」


 ヴァイオレットの視線は変身したゴードンだったモノに注がれたままだった。

 周囲の喧噪が増し、騒ぎはさらに広がっている。


 お陰で近隣の住民はあらかた避難したようだ。


「そのときはスライムのようなモノに変身していた」


「人がスライムに?」


 ヴァイオレットが俺の腕のなかで身震いをした。

 表情に激しい嫌悪感が表れている。


「大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ」


 強がっているな。


「アレがどんな攻撃をしてくるか分からない。しがみ付いていろ。俺から絶対に離れるんじゃないぞ」


「勝てるの?」


「俺を誰だと思っているんだ?」


 勝てるさ、と笑みを浮かべる。

 正直、相手の戦力が不明なのだから勝てるかどうかなんて分からない。


 しかし、ここは強がって良い場面のはずだ。


「頼りにしているわ」


 ヴァイオレットの顔に少しだけ赤味がさし、密着させた彼女の身体から伝わってくる鼓動が少しだけ落ち着いたのが分かる。

 強がった甲斐があったようだ。


 立ち上がるのを諦めたゴードンだったモノが地面を転がりながらこちらへと迫ってきた。


「来るわ!」


「見るな、目をつぶっていろ」


「いいえ、見届けるわ」


 先ずは機銃の掃射で動きを止める。

 俺は右の手のひらに異空間収納ストレージの出口を作り、そこからM2重機関銃の銃口をのぞかせた手を前に突きだした。


「グオオオー!」


 咆哮を上げるゴードンだったモノに向けて重機関銃を掃射する。

 激しい発射音が空気を震わせる。


 地面を転がるゴードンだったモノが口径十二.七ミリメートルの弾丸を無数に浴びて地面を跳ねながら押し戻される。

 弾丸が皮膚を引き裂き、筋肉と内臓を細切れにして体外へとまき散らす。


 頭の一部が吹き飛び脳漿のうしょうが飛び散る。


「ヒッ!」


 ヴァイオレットの息を飲む声が聞こえた。


「大丈夫か?」


「だい、だいじょ、うぶ、よ……」


「まだ終わっていない。ここから先がある。いまからでも遅くない。目をつぶっていろ」


「い、いえ……。見る、わ……」


 飛び散った肉片がまるで虫の様にうごめきながら集まり、一つの肉塊へと変化する。


「再生、している、の……?」


「そうらしいな」


 思っていた以上に厄介なようだ……。


「コロ、ス……。オマエタチヲコロス」


 再生途中の頭が俺たちを真っ直ぐに見つめて片言の人語を発した。


「しゃべったわ……」


「まだ知性が残っているようだな」


 ここが荒野ならナパーム弾でも撃ち込んでやるところだが如何せん町中だ。

 周辺の住民が避難しているとは言っても万が一ということもある。


 思案していると、ゴードンだったモノが再生した脚で立ち上がった。

 足元を見ると不規則な形で固まった鉄の塊が転がっている。


 嘘だろ……。

 これって、かなり厄介なんじゃないか?


 完全に再生したゴードンが鬼の形相でこちらを睨んでいた。




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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたしました!


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~ 青山 有 @ari_seizan

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