逸れて脇道、更に横道

よるにまわりみち

異世界転生……?

「すまんな。お前さんは手違いで死んでしもうた。異世界へ転生してくれ」




 それを聞いて俺はすぐに立ち上がった。




「ざっけんな!!」




「いやだから、すまブッ!」




 白い空間にポツリと置かれた壁の無い形だけの和室で、俺は目の前の老人を殴り倒した。







 俺、田中太郎は異世界転生とやらに巻き込まれたらしい。




 いや冗談じゃない!






「なんじゃい最近の若者は! 転生して楽に生きられると誘えば楽じゃと聞いとったのに!」




「やかましいわ! 突然変な空間に連れて来られて死んだとか言われて転生しろだの身勝手か!」




 ちゃぶ台に手を掛け、起き上がる老人に俺は迫った。




「待て待て。わしはお前さんらの言うところの神様じゃぞ? この神の力で最近流行りの異世界転生して、最強になってモテるんじゃぞ?」




 逃げるように距離を取った老人は、とっておきとばかりに懐からチケットを取り出してキメ顔で語った。




「ハーレム権、欲しいじゃろ?」




「欲しくねぇよそんなもん! というかラノベ読んでんのかあんたは」




 チケットをはたき落とすし、俺は本気で呆れた。




 最近そういうのが増えているのは知っているが、まさかそれが現実で起こるとは……!








「いや、チートとかいらんのか? こっちの落ち度じゃしとりあえず強ければハーレム築ける世界に送っとくぞ?」




「それ利点のつもりか?」




 紹介の仕方が下手だ。初めて一人でやってきたセールスマンの方がまだマシだろう。




「とりあえず強くなって殴っとけばモテモテじゃぞ?」




「昔のパワーストーンの広告かよ」




 昆虫じゃないんだから。その世界の人間の尻には反重力でも働いているのだろうか。








「うーむ困ったのう」




「いや真に困ってるのは俺だよ」




 ツッコミを入れながら、俺は老人へちゃぶ台を挟んで向かい合った。




「とりあえず冴えない人間には『チート』『最強』『ハーレム』って言っとけばいいらしいんじゃが……」




「部長が地方に飛ばされて業務が分からんみたいなこと言ってるけど、とにかく俺を元の世界に返せよ」




 俺はここから早く帰りたい。現状、俺は本当に死んだのかどうかも分からない。




「えー。もう死んだでいいんじゃないの?」




 ……これ以上老人を殴るのは絵面的にマズイ。我慢だ。







「次、殴ったら魂消すからの。今のお前さんは魂だけの存在じゃから、消えてなくなるぞ。もっと神を敬わんかい。神じゃぞ?」




「なら蹴る!」




「ロクよ!?」




 ちゃぶ台の上に乗り、勢いよく顔面を蹴っ飛ばした。




 こいつに良心は不要だ!




「いやもう受け入れんか! お前さんは死んだんじゃぞ!」




「お前のせいだろうが!」




「ひいいいぃっ! もう蹴らんといて! 次蹴ったら」




「言わせん!」




「エック!? えぐいわ! 契約させないために顔を蹴り飛ばすとか鬼か!」




「鬼じゃねぇよ日本の高校生だよ!」




「馬鹿を言うでないわ! 日本には異世界転生で楽しく生きたい人間ばっかのはずじゃ! 小説サイトで見たもん」




「知識偏りすぎだろ! 菜食主義者でもここまで偏らないぞ!」








 ちゃぶ台を元に戻し、俺は言い直した。




「俺を元の世界へ戻せ」




「ええー」




 俺はちゃぶ台に右脚を乗せた。




「きょ、脅迫しているつもりか? そんなのは無駄じゃよ、無駄無駄。わしったらこう見えても凄かったから」




「いや過去形かよ。せめて凄いって虚勢張れよ」




「……」




「……なんだよその『この空気どうしてくれんの?』みたいな目は」




「同情してくれるか……ふむふむ、よいぞよい」




「酔い覚まし!」




「スイジ!」




 こいつだめだ、すぐに調子に乗りやがる! 自分に酔うハードルが地面に触れている!




「そんなにわしを蹴って心は痛まんのか! 死んだんじゃから悲しみに暮れればよいじゃろ!」




「怒りが悲しみを塗りつぶしてんだよ! というかさっきと主張が変わってるぞお前!」




「こんなに蹴られたら考えも変わるわ!」




「レトロゲームのギミックかよ! 仕組みが雑だなおい!」








「わかったわかった。もう返すわい……。はあーぁ、ノルマ達成って難しいんじゃな」




 もう一度蹴っ飛ばそうかと思ったが、ようやく俺を元の世界に返す気になったらしく、俺は足を引っ込めた。




「そんな暴力的で生きていけるのか? 暴力でモテモテになったほうが楽じゃな」




 俺は迷わず蹴り飛ばした。




「お前が悪い!」




「スペシャ!」




 おもちゃコーナーの子ども並にしつこい!




 今わかった。こいつは俺を死なせた不手際で左遷させられてここに来たんだ。








「ほら、いいから俺を返せ」




 倒れた老人を軽く踏みながら俺は迫った。


















 しかし、老人は動かなかった。




「あれ?」




 足をどけたが、老人は突っ伏したまま動かない。




「……へえ?」




 そして老人その場から服だけを残し、電源が切れたように消えてしまった。


















『神を殺してしまいましたね』




 頭の中に声が響いた。


















『今日からあなたが神です。さあ、冴えない日本人を選んで異世界へ転生させなさい。いいですね?』


















「……なんのために?」




 俺は恐る恐る声の主へと聞き返した。


















『わからないのですか? 授かった力で有頂天になる身勝手な者や、あなたのような人を平然と傷つける、生きていても仕方のない人間を間引くために決まっているではありませんか』

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逸れて脇道、更に横道 よるにまわりみち @yoruno4komitiga2

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