最終話 お母さんの子守唄 完結編

「違う!」


 その声に依頼主はビクッと肩を震わせて振り返る。


「どうしたんですか?まさか、お金が足りませんでしたか?」

「そうじゃないそうじゃない!僕としたことがなぜこんなことに気づかなかったんだ!!まだ謎は半分しか解けてないじゃないか!」


 デスクを立って落ち着きなく歩き回る樹木鳥ききとりに、依頼主は首を傾げる。


「え?でもお母さんの子守唄は確かに——」

「いいから帰るの待った!」


 そう言って樹木鳥は依頼主の手首を痛いくらいに握り、強引に元のソファーに座らせてデスクのキーボードをマシンガンのように叩き始める。依頼主はその様子を不審そうに眉をひそめながら見つめていた。


「これだ!綾、お願い!」


 樹木鳥の言葉に綾がモニターを覗き込み、細く息を吸い込むと歌い始めた。


 ——深い闇 遠い町

 知らない言葉 ざわめく

 迷い子の 悲しみを

 拾い集めて 辿ろう


 何処にいても

 わたしは いのち あなたの

 あたたかな ひとときと

 あたたかな夢 見せたい

 幼な子の 微笑みは

 まぶたのなかに いまでも


 呼べば 届く

 きっといつか 振り向く

 ただひとり 道を行く

 小さきものに あかり

 ただひとり 道を行く

 小さきものに 灯を——


「おかしいと思ったんだ。いくらゲーム音楽が盲点だったとはいえ、あんなに有名な曲を僕が分からないはずがない。つまり、初めからふたつの曲が混ざってたんだ!お母さんが最後に歌ったのは、この曲だったんだ」


 樹木鳥が興奮してまくし立てる。依頼主は関節が錆びたようにぎこちなく動きながら樹木鳥に尋ねた。


「先生、この曲のタイトルは?」


 その問いに、樹木鳥探偵は深く息を吸って答える。


「『We miss you〜愛のテーマ〜』。作曲、酒井省吾。同シリーズの、3のテーマ曲だ」


 最期に彼女がなぜこの歌を遺したのかなんて、考えるまでもなかった。だって、すべてこの歌の中にあるのだから。少女が目を閉じると、柔らかな光に包まれた母との時間と、触れた手のぬくもりが克明に思い出された。


「……ただひとり 道を行く 小さきものに 灯を」


 依頼主は噛み締めるようにそう歌って、崩れるように泣いた。




「ありがとうございます。すっかり長居してしまってすみません」


 日も暮れかかるころ、依頼主は玄関に立ってそういった。晴れやかな笑顔を浮かべている。


「構わない。久しぶりにいい依頼だった」

「では……もう引き止めないでくださいね?」


 ドアノブに手をかけた依頼主が振り返りながら冗談めかしていう。


「引き止めんわ!早く行け!」

「よかった。結構痛かったんですよ?……あっ!」


 玄関を半歩出たところで依頼主が振り返り、樹木鳥がずっこける。さんざん引き止めるなと言ったくせに。


「どうした?」

「大事なことを聞き忘れてました。——お母さんの子守唄、なんてゲームの曲なんですか?」


 その問いに樹木鳥は少し目を丸くした後、微笑みを浮かべながら答えた。


「ゲームのタイトルは——『MOTHER』だよ」

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歌探しの探偵事務所 サヨナキドリ @sayonaki

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