第2話 お母さんの子守唄 解答編

「はあ」


 樹木鳥ききとり探偵はデスクの前で頭を抱えていた。大見得を切ったはいいが、今回の依頼は特殊だった。


 そもそも彼はクラシックからJ-POPに至るまであらゆるジャンルの楽曲50万曲を記憶しており、メロディを聞けばそれだけで何の曲なのか分かる。それだけに、改めて調査を行うということはほとんどない。いくら曖昧な情報とはいえ、これだけの情報が揃っていて分からない方が異常なのだ。今回の曲だって記憶のどこかにはあるのだが、何かが絡み付いて出てこないような感覚がある。


「洋楽でもない。イギリス民謡でもアメリカ民謡でもない。J-POPでもない……じゃあなんなんだ?」


 ふと顔を上げると、事務所からつづく畳敷きの居間の隅で、綾が正座して何やらゲームをしているのが見えた。小さめのテレビに、どこから手に入れたのか手のひらサイズのゲーム機を接続してコントローラーを握っていた。


「綾、何をやってるんだ?」


 行き詰まっていた樹木鳥は何の気なしに立ち上がって綾の後ろから画面を覗き込む。


「マリオ」


 綾は一単語で答えた。


「マリオ?これが?」


 樹木鳥は改めて画面を覗き込んだ。かなり画素数が少ないレトロな画面だ。マリオと言われれば確かにそれらしいキャラクターはいるけれど、背景は真っ黒だし画面がスクロールしたりはしない。パチモンでも掴まされたのだろうか?


「先生が考えてるのは『スーパーマリオブラザーズ』。これは『マリオブラザーズ』」

「へえ、そんなのがあるのか」


 樹木鳥が感心したようにいうと、画面上のマリオが最後の一匹のカニを倒した。どうやらステージクリアのようだ。マリオが最下段に戻り、軽快なジングルが流れる。


「『アイネクライネナハトムジーク』、モーツァルトだな」


 音楽に関わる者として尊敬せざるを得ない偉大な作曲家の音楽が意外なところから流れて来て思わず頬を綻ばせる。直後、樹木鳥は大きく目を見開いて叫んだ。


「そうか!!」


* *


「わかったんですか!?」


 週末、連絡を受けて事務所を訪れたセーラー服の依頼主が驚きの声を上げた。


「ああ。綾、お願い」


 その言葉を受けて、傍らに立っていたメイド服の女性、綾が一歩前にでた。こんな仕事をしているが樹木鳥探偵、歌がめちゃくちゃ下手なのだ。そんなわけで彼は助手の綾の存在に大いに助けられている。綾が、歌い始める。


 ——Take a melody

 Simple as can be

 Give it some words

 And sweet harmony

 Raise your voices

 All day long now

 Love grows strong now

 Sing a melody of love,

 oh love


 ——Love is the power

 Love is the glory

 Love is the beauty

 and the joy of spring

 Love is the magic

 Love is the story

 Love is the melody

 We all can sing——


 依頼主は、綾が歌い終わり一歩下がるまで氷漬けになったように固まっていた。そして綾が小さくお辞儀をすると、両手を手のひらで押さえて泣き始めた。


「たしかに……確かにこの歌です!!」


 その言葉に樹木鳥探偵は安堵のため息を漏らす。無表情な綾の頬もわずかに緩んでいるように見えた。


 依頼主が落ち着くのを待って、樹木鳥探偵は歌の解説を始める。


「『Eight Melodies』。作曲、鈴木慶一・田中宏和。あるゲームのテーマ曲で、作中でも子守唄として登場した。——推測するしかないが、君のお母さんは限られた時間の中で【愛とは何か】を教えようとしたんじゃないかな?」


 そういいながら樹木鳥は歌詞に思いを馳せた。


【メロディを歌おう 出来るだけ簡単でいい 少しの言葉と 甘いハーモニー あなたの声を上げて 愛は今ずっと強く育ち続けている 愛のメロディを歌おう ああ、愛の


 愛は力 愛は栄光 愛は美そして春の喜び 愛は魔法 愛は物語 愛は 私たちみんなが歌えるメロディ】


 また泣き出した依頼主を見ながら、歌として遺すには最高級のメッセージだと樹木鳥は思った。綾がほとんどカフェ・オ・レになったコーヒーを差し出して、依頼主がすする。


「ありがとうございます。まさか、ほんとうに見つかるなんて」


 少し落ち着いた依頼主がそう言いながら、報酬の入った封筒をカバンから取り出す。


「こちらこそ、力になれて光栄だ。いいお母さんでよかった」


 樹木鳥はそう答えながら受け取る。


「これで本当に呪いの呪文だったら、『分かりませんでした』とごまかすか必死で迷うところだった。おかげで報酬が受け取れる」

「もう!なんでいい話で終われないんですか!」


 樹木鳥の軽口に依頼主は怒ったポーズを見せ、それから少し笑った。その様子を見て樹木鳥は、もう大丈夫だと思った。


「では、本当にありがとうございました」


 玄関口に立つ依頼主を、樹木鳥がデスクに座って見送りながら手を振る。依頼主がドアノブに手をかけたのを見たその時、樹木鳥は目を大きく見開いて叫んだ。


「違う!」

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