歌探しの探偵事務所
サヨナキドリ
第1話 お母さんの子守唄 出題編
ここは
「探してほしい歌は……お母さんが歌ってくれた子守唄?それは、本人に聞くことはできないのか?」
「母は私が小学生の時に亡くなりました。私を妊娠する前からガンで余命を告知されていたそうで」
「そうか、それはすまない」
探偵樹木鳥は目を伏せて、迂闊に踏み込んだ自分に奥歯を噛み締めた。歌が失われる時は、いつも人が失われる時だというのに。
「じゃあ、その曲を歌ってみてくれないか?」
「でも、ほんの少ししか覚えてなくて」
「少しで構わないから」
そう促すと少女は目をつぶって頷いた。それを見た樹木鳥はコーヒーカップを口につける。少女が息を吸って、歌い始める。
「ラララ ララー らーらーらーらーらー ララ らら ララー らーらララー」
樹木鳥はガクンと脱力して肘をテーブルにぶつけた。こぼれたコーヒーを傍らに控えていたメイド服の女性が拭き取る。
「大丈夫ですか!?」
依頼主が驚いた声を上げる。
「いてて……綾、ありがとう。コードもテンポもぐちゃぐちゃだな……自作曲とかか?」
肘をさすりながら樹木鳥はメイド服姿の女性、綾に礼を言ったあと訝しげにつぶやいた。到底商業的には通用しなさそうな、セオリーを無視したコード進行だ。
「一度、その曲じゃなくてドレミの歌を歌ってみてくれる?」
「ドレミの歌、ですか?分かりました」
依頼主は戸惑いつつも歌い出す。樹木鳥はそれを目を閉じて聞く。
「わかった、大丈夫。……取り立てて音痴というわけでもないか」
曲の途中で片手を上げて制する。それから樹木鳥は顎に手を当てて考え込んだ。自作曲というなら、いくら聞き取り探偵といえど打つ手はない。しかし、滅多に来ない客を逃すのも痛い。
「他に、その歌についてわかることは?」
手がかりを求めて聴取を続ける。
「この歌には、英語の歌詞があるんです。ただ、当時の私にはなんて言ってるのか分からなくて。母は『あなたがもう少し大きくなったら分かるわ』と」
「歌詞か!」
しかも英語となると、自作曲の線はだいぶ薄くなったのではないだろうか。
「どんな歌詞だ?」
「なんて言ってたか分からないんです」
「聞いたまま、覚えてる限りでいいから!」
急き込むようにして樹木鳥が促す。歌詞は重要な手がかりだし、それさえ分かればしめたもの、ずいぶん割りがいい仕事ということになる。依頼主は目をつぶって、思い出すように歌った。
「でかめろりー しんぽあずきゃんびー ぎびさんま あん すいとはもに」
依頼主の声がフェードアウトして、目を開ける。歌が止まったことを確認した樹木鳥は、肩を落とした。
「as can beしか分からなかった」
うろ覚えとはいえここまでとは。
「他に何かないのか?」
「他には……そう、母が亡くなる前に、病室のベッドで一度だけこの歌を日本語で歌ってくれたことがありました。思えば、あれが母の歌を聴いた最後の記憶です」
「本当か!」
樹木鳥が身を乗り出すと、依頼主は目を伏せた。
「ただ、何度思い出してもメロディと歌詞が合わなくて」
「歌わなくてもいいから、どんな歌詞だったんだ?」
その言葉に、依頼主は唇を小さく震わせながらつぶやくように言った。
「深い闇 遠い街 知らない言葉……すみません。覚えている歌詞はこれくらいで」
「本当に子守唄か?呪いまじないの類いでは?」
重ねて肩透かしを食らった樹木鳥が思わず軽口を叩くと、依頼主は肩を縮めた。
「本当に、そうかもしれませんね……」
「いや、悪かった!思い出せることはこれで全部か?」
「はい。こんな曖昧な情報で依頼してすみません……」
樹木鳥がフォローしても縮こまり続ける依頼主の肩を綾がそっと抱く。
「……いつか、母がこの歌について教えてくれると思ってたんです。私が大きくなった時に。この歌は、私にとってそんな約束だったんです。でも、それが叶わなくなって、私は、母が私に何を伝えようとしていたのか知りたい!」
感情が依頼主の目からこぼれ落ちる。綾がなだめるように背中をさする。樹木鳥は一度大きく息をすると、胸を叩いて言った。
「わかりました!この依頼、お受けします!」
その言葉に依頼主が顔をあげる。
「本当ですか?」
「ええ、必ず探し出してみせます。だから安心してください」
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