エピローグ

蒼き鷹

「それが、鷹綱殿が始めて蒼き鎧に身を包み。甲斐の蒼き鷹として参戦した、砥石城落城の祝いの宴で聞いた話の全てだ……」


 静かに語り終えた響団十郎の視線の先に、陣羽織じんばおりの背中に美しく刺繍ししゅうされた桔梗の紋所が目に入る。

 それは、松本家の家紋であり、悲しい悲話を内に秘めていた。そんな、兄の視線を追う様に、彼の弟である響源内も鷹綱へと視線を向ける。


「その戦から鷹綱殿は、蒼き鎧と常に共にあり、囮部隊おとりぶたい殿軍等しんがりなどを良く努め、決して華やかでは無いが、長年の功績を認められ、先年、若家老になられた……」


 若家老とは、家老に次ぐ重職で、大名の血縁関係者が命じられるが、功績をあげた人物等をみて登用された。


「そんな話があったのかぁ……」


 兄、団十郎の話を聞き終え、源内は鷹綱に視線を向けたまま呟いた。


「はぁ~。良い話よねぇ~」


「うわぁ!」


 突然、自分の隣から聞こえてきた声に、驚きの声を上げ、源内は声の主を確認する為に横を向く。

 そこには、しゃがみ込み、両手で自らの頬を包み、愛らしい眼を輝かせ、鷹綱へと視線を向けている。先程まので試合相手の一人である水瀬葵が居た。彼女の側には御神楽舞佳が優しい微笑を浮かべ立っていた

 。

「な・・何故!ここに?」


 団十郎の話を夢中で聞いていた為か、葵が隣に座り込んでいる事に、全く気が付かないでいたのである。そんな源内を面白そうに眺めていた葵は、返事を返した。


「いやぁ~。武器を忘れちゃて~。でも、まっ、お陰でいい話が聞けたわ!」


 元気よく言い返した葵は、立ち上がると側に置いてあった彼女の武器である大薙刀を、軽く叩く。先程の戦いの折、最後の局面で彼女の大薙刀は、団十郎の突きを受け、弾き飛ばされたのであった。

 その事を思い出した源内は、納得の表情を浮かべるが、視線を再び鷹綱に向けると、新たな疑問を口に出した。


「でも、……」


 源内の疑問の言葉を聞いた葵は、大きくため息をつきながら源内に答える。


「そんな事も、わからないのぉ~」


 心底情けないとでも言わないばかりの言い様に、源内はしかめ面を作る。しかし、彼のその行為も葵の一言の前に、一瞬にして崩れさなる。


「そんなんだから、女にもてないのよ……」


「くっ!」


 葵の一言は源内の心に強く突き刺さった。本日行われた試合で受けたどの攻撃よりも、その口撃こうげきは痛く思えた。葵は大薙刀を肩に担ぐ様にすると、源内に笑顔で優しく語り掛ける。


「桔梗さんと同名の花。?」


「おお!なるほど!」


 葵の説明に、源内は心底納得した様に何度も頷く。そんな彼をしばらく見つめていた葵だったが、視線を鷹綱へと向ける。彼女達の視線の先に居る鷹綱は、何か見つけたのか、その場でしゃがみ込んでいた。

 彼の視線の先には一輪の花が見えた。桔梗の花である。


「でも、桔梗さん……。幸せだったのかしらね~」


 葵の呟きに、彼女の隣へと歩み出た舞佳は、穏やかな表情で答えた。


「それは、心配いらないと思うけれど……」


 舞佳の言葉に葵は視線を彼女へ向ける。舞佳は真っ直ぐに鷹綱へと視線を向けていたが、その顔には穏やかな、そして優しい笑みが浮かんでいた。その表情に葵は全てを理解した。


まい、見えるの?」


「ええ」


 舞佳は巫女である。彼女には死者の魂や、霊魂を見る事の出来る力がある。その彼女には、自分の見えない人が見えているのだろう、彼女の事を知り尽くしている葵には理解出来た。


「見える……?見えるとは、まさか桔梗殿の霊が?」


 しかし、その事を知らない団十郎は思わず舞佳に聞き返した。その問いかけに舞佳は、視線を前に向けたまま、ゆっくりと頷く。


「まさか!桔梗さん、成仏してないのか?」


 団十郎の問いに答えた舞佳に、続けて源内が声をかける。その問いに、舞佳は微笑を浮かべると、否定する様に顔を左右に振る。

 そして、再び視線を鷹綱の側に向ける。そこには、優しい笑みを浮かべ、舞佳と同じ様に長く美しい黒髪の女性の姿が見えた。


「想いが重なる……。と、でも、申しましょうか……。鷹綱さんは、今きっと桔梗さんの事を思い出しているのだと思います。その純粋な想いに導かれて来られたのかも……」


(でも……)


 と彼女は心の中で言葉を続けた。彼女の心のどこかに、何かが引っかかった。


(何かしら、この感じ……)


 舞佳はしばらく、自らの内に芽生えた感情を探るべく、思案した。

 その為に、彼女は鷹綱の側にいる桔梗をずっと見つめたままであった。そんな舞佳の視線の先には、満面の笑みを浮かべる桔梗の姿が先程から変わらず鷹綱へと視線を向けている。


(ああ……。わかったわ……。これは、きっとそう……悔しいのね)


 彼女は自らの内に芽生えた感情に、一番相応しい言葉に思い至る。それは、嫉妬とまでは行かなくとも、「二人の想い」の絆の強さと深さ。そして……。


「舞?」


 考え込んでいる舞佳の様子に、心配そうに葵が声をかける。その言葉で舞佳は現実の世界へと引き戻される。そして、自分を心配そうに見つめる葵に、笑顔を浮かべると、彼女は自らの思いを口に出した。


「葵。あなたにも見せてあげたいくらい……。それくらい同じ女性として程の……」


 そこで一度言葉を止めると、再び彼女は鷹綱と桔梗へ視線を向ける。彼女の視線の先に写る桔梗は、いつまでも変わらず、美しく優しい、そして見る者さえも、心から幸せだと思えてしまえる笑顔を浮かべていた。


「とても素敵な笑顔をだわ……。私達もまだまだ……ね」


 優しく微笑む舞佳に、葵も笑顔を返すと視線を鷹綱へと向ける。彼女達の会話を聞いていた響兄弟も笑みを浮かべると、鷹綱の背中へ視線を向ける。


(私も女に磨きをかけないと……ね。そして、いつの日か……)


 自分も桔梗に負けないくらい女性としての幸せを手に入れたい。そう、舞佳は思った。隣で微笑む葵も同様に思っている様であった。彼女達の視線の先に居る鷹綱は、優しく桔梗の花を撫でていたが、ゆっくりと立ち上がり、晴れ渡った蒼い空を眩しそうに見上げた。その視線の先で一羽の鷹が優雅に舞っていた。



 



 彼はその世界の支配者であった。

 見渡す限りの世界は「蒼」であった。眼下に広がる大きな水も、眩しく煌いていたらが、その光り輝く水面も蒼く、彼はその蒼い世界で風を友に優雅に飛び続けていた。

 その大きな水のある場所の近くの木に彼は舞い降りた。そこにも、ひっそりと蒼い花が咲いていた。彼はしばらくの間、その木の枝で羽を休めていたが、遥か先に彼の獲物を発見した。

 彼は獲物の姿を見逃すまいと素早く飛び立った。その際、彼の自慢の羽から、一枚だけ羽根が舞い落ちた。

 しかし、獲物へと集中していた彼は、その事に気がつかずに、今や獲物へと最大の速さで飛んで行った。彼の残した羽根は、主人とは逆に、ゆっくりと舞い落ちる。

 羽根が舞い落ちた先には、大きな岩が三つ並んでいた。寄り添うように並ぶ二つの岩から、少しだけ離れた場所にある岩の前へと羽根は舞い落ちたのである。その岩には、ただ一行だけであったが文字が刻まれていた。


「我が妻、ここに眠る……」


 その羽根は、優しい風に舞い上がる。羽根を舞い上げた風は、近くで蒼く咲き誇る桔梗の花を優しく、優しく包み込む。

 そして、舞い上がった羽根はどこまでも、どこまでも、広がる蒼天の空へと舞い上がって行ったのであった。

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蒼き鷹伝説 ARUS @arus0115

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