最終章 9話 砥石攻略
なだらかな傾斜を駆け上がる鷹綱の視線に、砥石城の城門が入って来た。
(真田様の調略が上手く行っておれば、城門は内から開かれる……だが、もし……)
今回の砥石城攻略の為に実行された策は、山本勘助の横穴、真田幸隆による村上勢の切り崩しであった。そのどちらともが上手くいったのである。
しかし、戦では何が起こるかわからない。もし、このまま突撃して城門から攻撃を受ければ、彼の部隊への被害は甚大な物になるであろう。横に並んだ天波と視線を合わせると、笑みを交わし同時に城へと向かった。
「おおおおおおお~」
気合の声をあげ、鷹綱は城門へと迫る。城門の上からは弓や鉄砲を構えた兵士が、こちらへと狙いをつけている。
しかし、次の瞬間には彼等の姿は城門内に消え、その城門はゆっくりと
(さすが!真田様だ!)
歓喜と安心の両方の感情を抱え、彼は城内へと突き進んだ。城内には見方の突然の行動に、戸惑いながらも武田勢へ攻撃を与えんと、敵兵が殺到する。そんな彼等に鷹綱は大声で語りかける。
「村上の方々に申す!砥石はもはや落城は免れぬ!されば、無益な殺生は不要!降伏なされよ!無駄に命を落とすな!」
鷹綱の言葉に内心の動揺を隠し切れない敵兵は、その場で戸惑っていた。鷹綱の背後には、続々と彼の部下が集結する。
その光景に我に返った敵兵は、再び鷹綱達へと襲いかかろうとするが、今度は彼等の背後で怒号があがる。
村上勢の兵士は背後を振り返り、驚きの声をあげる。城内の中腹に当たる場所から、突然、赤揃えの兵士が踊り出たのである。彼等がその赤揃えの部隊がどこから出現したのかも理解できず、身動き一つ取れずにいた合間に、前後を武田家の兵士に囲まれてしまう。
自分達の城の中で、敵に
「役目ご苦労!」
囮部隊として城内へ突撃した鷹綱達に、奇襲部隊を指揮する勘助が語りかける。
「勘助様、幸隆様の手腕、鷹綱、
鷹綱は勘助に笑顔で返答する。彼の言葉に勘助は不適に笑う。
「まぁ~褒めても何も出ぬぞ?今回は尽くした策が成功したまでの事、やはり真田殿の読み通り村上勢は隙だらけの様じゃのぉ~」
勘助の言葉が終わる頃には、その場に居た敵兵は全て武器を捨て、武田に降った。降伏した村上軍の兵士は一箇所に集められる。その間にも奇襲部隊の通って来た横穴からは、武田軍の兵士が続々と現れる。
「我等は、これより本丸へ向かう。お主の隊はこのまま城門を防衛し、お館様の主力部隊の到着を待て、よろしく頼んだぞ」
勘助は鷹綱にそう告げると、投降兵の見張りに数名をあてると、部隊を再編し、砥石城本丸へと向かって行く。その姿を見送った後に、鷹綱は踵を返すと、城門へと向かう。
「どうやら、勝ったようですね?」
鷹綱に嬉しそうな笑顔を向けて、初陣の響団十郎が迎える。
「うむ、だが、未だ戦の勝敗は決してはいない。油断は禁物だぞ?」
団十郎の肩を軽く叩くと、彼に与えられた部隊に城門護衛の支持を出す。その支持に従い、部隊の配置が済んだ直後、彼の元にエルヴィスと天波が近づく。
「鷹、どうやら、面倒な事が起きそうだ」
天波の表情に、
「どうも、お館様の本隊の到着前に、別のお客が来そうじゃの」
彼等の言葉を聞き、鷹綱は二人と共に城門へと向かうと、政宗と団十郎の姿があった。
「兄上、あれを……」
政宗が指差す先には、騎馬の一段が砥石城へと向かう坂を駆け上がって来ていた。その数は決して多くはなかったが、その背に見える旗印にその場に居合わせた者の視線が、釘付けになる。紺色の旗印の中には「毘」の一文字がはっきりと読み取れた。
「あれは……。越後の
鷹綱は自らに確認する様に言葉に出した。越後は信濃の隣国である。その越後を治める長尾家。当主の
「長尾家の者が、何故……」
鷹綱は疑問を言葉に出し、すぐに答えへと思い当たる。彼の側にいた天波に視線を向ける。彼は頷くと、エルヴィスへと視線を向ける。
「確証の無い情報じゃが、どうやら村上勢は、越後の長尾家を頼った。そんな動きがあった様じゃが……。これで、その情報が真実味を増したの……」
エルヴィスの言葉に周囲の者は息を呑む。
その間にも騎馬の一団は城門へと近づく。鷹綱は意を決すると、彼等の先頭に立つと騎馬の一団を向かいうける。騎馬の一団は彼の数歩前で歩みを止める。その先頭に立つ武者に向かい、鷹綱は大声で言葉をかける。
「長尾家の方々とお見受け致す!この砥石城は、我が武田家が攻略にて落城させた次第なれば、
鷹綱の言葉に、騎馬の一団の先頭に立つ武者が言葉を返す。
「我等は、村上義清殿の要請により、砥石城援軍に参った次第!一度も敵と交えずして、おめおめと引き返せぬ!」
武者はそう言い放つと、馬から降り剣を抜き放ち、鷹綱へと斬りかかって行く。鷹綱も太刀を抜き放つ。
「手出し無用!」
そう叫ぶと、目前の武者が放った一撃を受け止める!「ガキィン」と大きな音が周辺に響く。
(な・・何と重く鋭い一撃!)
相手の攻撃を受け止めた鷹綱は、内心で舌を巻いた。それ程に長尾家の武者の剣技は優れていた。続けて繰り出される連続攻撃を、鷹綱は太刀で受け止め、弾き返す。突然、始まったその一騎打ちに、武田家の者も、長尾家の者も、固唾を呑んで見守っていた。
「うおりゃ~~~~~~!」
「長尾家の武者」の気合の声が発せられる、彼の素早い連撃が鷹綱に襲い掛かる。その攻撃を鷹綱は二本目の太刀を抜き放ち、二刀を構えると受け止めた。
先程とは比べ物に為らないほどの大音響と共に、二人の動きが止まる。長尾家の武者の太刀を、二本の太刀を交差させて受け止める鷹綱。
その彼を長尾家の武者は、全身の重みを加え押し潰そうとする。その力に鷹綱の方膝が地面についたかに思われたが、彼も気合の声を上げると、再び押し戻し、二人の眼前に太刀が来る。
彼等の距離は僅かな空間を残すのみとなった。その間も全身の力を相手に向けるが、そこからは一進一退の状態であった。永遠に続くとも思われた力比べは、両者が視線を交わした後に、どちらからともなく、同時に距離を取った。
「お・・お主、なかなかの腕だな……」
「
お互いに肩で息をし、互いの健闘を口にする。そして鷹綱は静かに言った。
「先程も申した通り、砥石城は武田家に落ちた……。されば、すぐにでも武田主力部隊がここへ到着致す。これ以上、無用な殺生は望まぬ。ここは、速やかに引かれよ……」
鷹綱の言葉を武者は黙って聞いていたが、その彼に鷹綱は尚も言葉を続ける。
「城の
その言葉を聞いた武者は驚きの視線を鷹綱へ向ける。武田家の敵である村上軍の落ち延びる兵士を城の搦手、つまり裏門に向かい助けてくれと、目の前の若武者は頼むとまで言って彼に願ったのである。彼の視線を真っ直ぐに受け止める鷹綱の顔に、嘘や虚栄は無い様に思えた。その場を沈黙が支配する。
「どうしても、まだ戦うと申されるなら……」
そこまで言い放った鷹綱の左右には天波とエルヴィスが、そして、背後には政宗と団十郎が立っていた。
「我等、武田家の名に恥じぬ様に、身命を賭して戦う所存にて……」
長尾家の武者の眼前には、蒼い鎧を身に纏った武者を中心に、彼を信頼仕切った人々が続々と集結していた。その場に居合わせた武田軍の兵士は、彼と共に喜んで戦うであろう。
「ふっ……。よかろう。この場は引くと致そうか……」
彼の言葉に屈した気がして、悔しくも思うが、何故か清々しい気分に包まれた武者は、太刀を収めると、馬へと飛び乗る。
「某は、越後長尾家、長尾景虎様に仕えし、
「拙者は甲斐武田家、武田晴信様が家臣、甲斐の蒼き鷹を自称致しておる。松本鷹綱でござりまする」
小島貞興の言葉に、鷹綱は自らの名を名乗りかえし、笑みを浮かべ一礼した。
「武田家に在りし、蒼き鎧の鷹綱殿。面白き
鷹綱の言葉に不適な笑みを浮かべると、小島は馬首を巡らせる。
「この決着はいずれ合戦にて!また逢う日まで
鷹綱にそう言い残すと、彼は馬に気合を入れ走り出した、長尾家の人々がそれに続く。騎馬の一団が見えなくなると、鷹綱は安堵のため息をつく
。
「あれが……、
小島貞興。その勇猛果敢な武者ぶりから、「鬼」より強いと鬼小島弥太郎の名で呼ばれる。後に起こる川中島の合戦では、武田軍に使者に訪れた弥太郎を、信玄の飼い犬であった猛犬が噛み付いた。
だが、彼は顔色一つ変えずに使者の口上を述べたと言う。
「しかし、長尾家が絡むとなると……。厄介だな」
「違いないの」
天波の言葉に、エルヴィスが頷く。鷹綱はそんな彼等に視線を向けると、呆れた様にため息をつく。鷹綱のその仕草に、天波とエルヴィスが視線を向ける。
「どうした?鷹」
「いや、何。お前達の顔は、どう見ても厄介だと思っておらぬ顔である様子だが?」
鷹綱の言葉に彼等は顔を見合わせる。お互いに見合わせた顔には、楽しそうな表情が浮かんでいた。しかし、同時に二人は鷹綱へと視線を戻す。
「そう言うお前が、一番、清々しい顔をしていると思うが?」
「違いない、違いない」
二人に楽しそうに笑いかけられた鷹綱は、観念した様に笑みを浮かべる。
「見よ。未だに腕の痺れが取れぬ。いやはや、鬼より強いとは真であるやもしれぬ」
「ああ、鬼と戦った時は、まだ余裕があったからな」
「そうじゃの。じゃが、鬼の方が男前だったの」
天波の言葉にエルヴィスが軽口を叩く。その言葉にその場に笑い声が生まれる。その光景を見つめていた団十郎は、彼等三人を眩しそうに見つめていた。自分もいつかあの三人の様になれる日が来るのだろうか。そんな想いを感じたのか、輪の中心に立つ蒼き鎧の武者の弟である政宗が団十郎の肩に手を置くと、笑顔を浮かべゆっくりと頷く。
「お互い、日々精進致して、あの御三方に追いつき、追い越せる様に致そう」
「ええ、頑張りましょう!」
団十郎の言葉に政宗はもう一度頷く、そして、二人は輪へと走り出した。その輪の中心に居た鷹綱は、桔梗の形見となった太刀を握り締めると視線を空へと向ける。
(桔梗……。見ていてくれたか?桔梗と共に歩む道の第一歩となったこの戦は、見事武田の勝利となった。だが、新たな人との出逢いもあったぞ?いやはや、強い猛者が相手でな……。共に戦った鬼より手強そうだ)
そこまで語りかけると、鷹綱は優しい笑みを浮かべる。
(あの時は、桔梗も共に戦ったからな。何の心配もなかったが、強者と出会うと、胸が騒ぐぞ。拙者にも父の武人の血が流れておるからな……)
「まったくです。鷹綱様は困ったお人ですからね。すぐに無茶をするのですから、私の方が心配です……」
(そう申すな。無茶は拙者の十八番であるからな……。だから、しっかり見守ってくれ)
「はい。桔梗は鷹綱様と共に在ります」
(ありがとう……。桔梗が共に在れば、何の心配もいらぬよ。安心致せ)
「な・・!も・・もう!そうやって鷹綱様は、仕方の無い事ばかり……」
照れ笑いを浮かべる桔梗の姿を想い浮かべ、鷹綱は再び笑顔を浮かべる。視線を戻すと、彼を笑顔で見つめる親友の二人がそこに立っていた。
「報告は済んだか?」
「ああ」
「よし!ならば、今宵は飲み明かすとするかの!」
二人の言葉に鷹綱も笑顔で答える。そして三人は肩を並べ、砥石城へと向かう。そこには、彼等と共に死地を駆け抜けた人々が、歓声を上げて待ち構えていた。彼等の胸には、砥石城に舞い降りた、蒼き鷹の姿が刻まれたのである。
この日、武田家による信濃平定の最大の障害であった砥石城は、山本勘助の奇策と、真田幸隆の調略の切り崩しもあり、ほぼ無血で落城する。
この後、村上軍は武田軍に押され、信濃から落ち延び、越後長尾家を頼る。
武田家は信濃平定を成すが、村上勢を初め、信濃の旧支配者の要請を受けた長尾景虎は、信濃へ進出を開始する。
そして、それは川中島の合戦へと発展する。鷹綱達もその時代の流れの渦に呑まれる様に様々な事件に関わる事となるが、それはまたの機会に語られるであろう。
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