ドリアンとミルク

@smile_cheese

ドリアンとミルク

1月20日。

アイドルグループのキャプテンである私は、20人の仲間に囲まれながら、25本のろうそくを一気に吹き消した。

たくさんの拍手が一斉に鳴り響く。

その隣で20本のろうそくを吹き消していた鈴花と目が合った。

なんだか恥ずかしくて、思わず吹き出してしまう。

私の誕生日が1月22日、そして、鈴花の誕生日が1月18日。

だから、間を取ったこの日にメンバーが二人をお祝いしてくれたのだ。

一年前のこの日もそうだった。

あれからもう一年が経ったんだ。

あの日の『約束』を鈴花は覚えているだろうか。


私には左目がない。

幼い頃に事故で大怪我を負ってしまい、左目を失ったのだ。

私の左目が義眼であることはメンバーも知らない。

たった一人、鈴花を除いて。


数年前、私たちのグループに新メンバーが加入することになり、初めて顔合わせをすることになった。

みんな、私たちにはない色を持っていた。

それが少し悔しくもあり、嬉しくもあった。

一人一人が挨拶をする中、私はずっとうつ向いているメンバーがいることに気がついた。

それが、富田鈴花との出会いだった。

挨拶が鈴花の番になると、彼女はすっと顔を上げ、凛とした表情で自己紹介を始めた。

彼女を見た私はとても驚き、ひどく動揺していた。

鈴花の目も義眼だった。

彼女は右目を失っていたのだ。

おそらく他のメンバーは誰も気がついていない。

私だけが、私だからこそ気がついてしまった。

その事は誰にも話さなかった。

もちろん鈴花本人にも。


そんな秘密を抱えながらも、鈴花と私はすぐに仲良くなることができた。

少し前までは他人だったのに。

5歳も年が離れているけれど、まるで昔からよく知っているかのような関係。

私たちは奇跡で出来ている。


その後、幸いにもグループの活動が軌道に乗り始め、私たちの日々も忙しなくなっていった。

そして、一年前の1月20日。

今日と同じようにメンバーが私たちの誕生日をお祝いしてくれた。

その日は冠番組の収録が押していたこともあり、ケーキを食べ終わってすぐに解散となった。


久美「(今日の収録も楽しかったな。けど、まだ家には帰りたくないな)」


鈴花「久美さん、軽くご飯食べて帰りません?」


久美「お、いいねー」


鈴花は時々、全てを見透かしているかのように私の気持ちにそっと寄り添ってくれることがある。

片目しか見えない分、他の人には見えないものまで見えてしまうのだろうか。

私たちはファミレスでご飯を食べながら、くだらない話で大いに盛り上がった。

帰り道、お酒も飲んでいないのに私は浮かれ気分でふらふらしていた。


鈴花「久美さん、そんな歩き方してたら転びますよ?」


久美「大丈夫でーす」


そう言った矢先だった。

私は足元に転がっていた空き缶を勢いよく踏んづけてしまった。

夜道で、さらに左側に落ちていたため全く見えていなかったのだ。

そのままよろけて転びそうになった私を鈴花が咄嗟に支えてくれた。


久美「あ、ありがとう。ちょっと調子に乗っちゃった。へへへ」


鈴花「もう、気を付けてくださいよ。ただでさえ私たちは片目で見えづらいんですから」


久美「え?」


鈴花「ん?どうしました?」


久美「鈴ちゃん、知ってたの?」


鈴花「何がですか?」


久美「私の左目が、義眼だってこと…」


鈴花「なんだ、そのことか。今さら何言ってんですか。最初から知ってましたよ」


久美「え?最初って、初めて顔合わせしたときからってこと?」


鈴花「いえ、もっと前からです」


久美「ん?どういうこと?」


鈴花「私が初めて久美さんたちのライブを見た日。つまり、新メンバー募集の発表があったときですね。すぐに分かりました。私と同じ人がいるって」


久美「そっか、バレてたんだ」


鈴花「だから、私はこのグループに入りたいって思えたんです。私と同じように片目でしか世界を見ることができない人が、こんなにもたくさんの人たちを幸せにしてるんだって。私も久美さんみたいになりたいって」


久美「鈴ちゃん…」


私は思わず鈴花を抱き締めた。

抱き締めずにはいられなかった。


鈴花「ちょっと、久美さん。苦しいですよ」


久美「大好き」


鈴花「ふふ、私もですよ」


私たちは二人で一人前だ。

私は右目、鈴花は左目。

二人が肩を並べれば、見えないものなんてない。


久美「来年もさ、こうやって一緒にご飯食べて帰れたらいいね」


富田「いいですね!私、20歳になるんですよ!お酒飲みに行きません?」


久美「いいねー!よし、私の奢りだ!」


私たちは肩を組んで大笑いしながら帰った。

本当に不思議な関係だ。

私たちはやっぱり奇跡で出来ている。


そして、あの日からちょうど一年後の今日。

鈴花は『約束』を覚えてくれているだろうか。

いや、この一年はこれまで以上に忙しかった。

きっと覚えてはいないだろう。

傷つくのが怖くて自分から誘うこともできず、私は帰る準備をしていた。

すると、ニヤニヤしながら鈴花が私の元にやってきた。


鈴花「久美さん、行きますよ」


久美「え?行くって、どこに?」


鈴花「もー、分かってるくせに」


私は照れ隠しでとぼけて見せたが、それも鈴花には全て見透かされていたらしい。

喜びを隠しきれていなかった私の顔は、ひどくだらしない表情だったに違いない。


鈴花「ちゃんと覚えてます?今日は久美さんの奢りですからね」


久美「え?そんなこと言ったっけ?」


鈴花「言いましたー!」


二人「あはははは」


ドリアンとミルク。

私たちは二人で一人前。

そして、これからも無敵だ。



完。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドリアンとミルク @smile_cheese

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る