第5話

「もう随分と前からの、駄目じゃったのよ」


 弔いの席で、孝介と佐吉を目の前にそういったのは深川の竹庵先生だ。


「胸が痛いとうちに来てな、まぁ詳しく見るまでもない、乳に岩が凝って腫れ上がっておった。もう半年は持たんじゃろうとそう言ったのじゃが、なんの一年持ったのじゃからたいしたもんよ」


 そう言うと竹庵は、煙管に火を落としてスーッと吸い込む。


「ところで孝介さん、あんた花板に上がったそうだな」


 おつるの死をもって、佐吉は店の主となり、孝介は花板となった。


 亡くなる前、おつるの残した遺言のとおりに。


「ええ、それもこれも、竹庵先生のくださった竜胆のおかげでござんす」


「なに、竜胆じゃと」


「へぇ、いまじゃぁ、うちの名物となりました穴子の椀。あれも竜胆椀と名付けさせていただいておりますゆえ」


 孝介の言葉に、竹庵は頭をひねる。


「よくわからんが、竜胆はひどく苦くてまずいもんじゃ。旨い料理に名にはふさわしくなかろう」


「いいえそうじゃぁござんせん」


 孝介はそう言うと、ピッと背を伸ばして答えた。


「竜胆こそ、あれが教えてくれたことこそ、料理の真髄でござんすよ」


 ですよね、女将さん。


 孝介の言葉に、佐吉は微笑み竹庵は訝しげな顔でキセルをくゆらせている。


 そしてきっとおつるは。


 観音菩薩の顔をして、この家のどこかで泣き笑いの顔を浮かべていることだろう。


 この家のどこかに、可憐な竜胆を咲かせているに、違いない。

 

 きっと、そうに違いないのだ。

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竜胆 綿涙粉緒 @MENCONER

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