ナキムシアイチャンとワライムシユウトクン

夢水明日名

第1話ナキムシアイチャンとワライムシユウトクン

「ナキムシアイチャンとワライムシユウトクン」

あるところに、田涙(タナミ)アイちゃんという女の子と、笑川(エガワ)勇人(ユウト)君という男の子が住んでいました。二人は小学校2年生です。

二人はとても仲良しでした。でも二人はぜんぜん性格が違いました。

アイちゃんはいつも泣いてばかりいました。喧嘩に負けたときも、漢字がうまく書けなかったときも、蜂にさされたときも、お母さんや先生に怒られたときも、怖い夢をみたときも…。なにかあるといつも泣いてばかりいたのです。だから回りのみんなはアイちゃんのことを「ナキムシアイチャン」と呼んでいました。

勇人君はいつも笑ってばかりいました。喧嘩に勝ったときも、漢字がうまく書けたときも、蝶々をつかまえたときも、お母さんや先生にほめられたときも、楽しい夢をみたときも…。なにかあるといつも笑っていたのです。だからみんなは勇人君のことを「ワライムシユウトクン」と呼んでいました。

そんな反対の性格の二人ですが、二人はなぜかいつもいっしょにいました。学校に行くときも、駄菓子屋さんに行くときも、公園で遊ぶときも、家で宿題をするときも…。二人はいつもいっしょでした。

夏休みがもうすぐというある日のこと。その日はいろんなことがありました。

まず、アイちゃんは朝寝坊してしまいました。前の日に怖い夢をみて、夜ぜんぜん眠ることができなかったのです。お母さんはいらいらして、「もう!昨日の夜泣いてたから寝坊したんでしょ?早く朝ご飯食べなさい!」とつい強い口調で言ってしまいました。アイちゃんはまた泣きだしてしまいました。

一方勇人君は朝早くおきすぎてしまいました。夜空を飛ぶ夢をみて楽しい気持ちになっていたら、すっかり目が冷めてしまったのです。勇人君の笑い声があまりに大きいから、お父さんもお母さんもびっくりして起きてきました。

「勇人!笑うのはいいけどもうちょっとしずかに笑いなさい。そうしないと怖い鬼さんがきちゃうわよ。」

お母さんがそう言って驚かすと、また勇人君は笑い出してしまいました。

アイちゃんはなんとかご飯を食べ終えました。さて学校に行かなければいけません。すると勇人君が迎えにきました。

「ハハハハハ。アイちゃんおはよう!」

「ウワーーーン!勇人君売るさーい!」

「こらこら二人とも。早く行かないと遅れるわよ。」

アイちゃんのお母さんが二人をせかします。ふたりはかばんを持って、手をつないで学校に出かけました。アイちゃんは昨日見た怖い夢の話を泣きながらしました。勇人君は昨日見た楽しい夢の話を笑いながらしました。

学校につくと先生がいいました。

「今日は夏休み前最後の漢字のテストと掛け算のテストをやりましょう。」

アイちゃんは二つとも大嫌いでした。漢字はぜんぜん覚えられないし、計算は数字が頭をぐるぐるしてぜんぜんうまく行きません。いつも間違えてばかりなのです。

その日もアイちゃんは思うような結果を出せませんでした。先生はアイちゃんに言いました。

「田涙さん?夏休み、毎日1回このドリルをやってきてね。9月からもっと難しい漢字もやるんだから、ちゃんと覚えないとみんなに迷惑をかけることになるんだからね。」

アイちゃんは涙をこらえました。でも休み時間になるとトイレに走っていって泣きました。

勇人君のほうは、漢字も掛け算も完ぺきです。先生は勇人君にいいました。

「笑川さん?すごいですね。この調子で9月からも頑張りましょうね!みんなも笑川さんを見習いましょう!」

勇人君は授業中は小さく笑っていましたが、休み時間になると廊下に出ておもいっきり笑いました。

中休み、アイちゃんは友達の女の子たちと折り紙をして遊ぶことにしました。そこでみんなで自分の好きな色紙を選ぶことにしました。アイちゃんは赤い色紙がほしかったのですが、ほかの子たちも赤い色紙がいいと言いました。そこで色紙のとりアイがおきました。結局アイちゃんは赤い色紙をとることができませんでした。アイちゃんは紙風船を折って遊んでいましたが、そのうちに一人で泣きだしてしまいました。

「ナキムシアイチャン、また泣いてるよ。アイちゃんはほっといてみんなで鶴でも折ろうよ。」

みんなはそういってアイちゃんを仲間外れにしてしまいました。

一方勇人君は、外に出て友達とドッジボールをすることにしました。勝負が始まると、勇人君が次々と強いボールを投げます。結局勇人君のチームは圧勝しました。勇人君は自分のボールで相手チームの人をたくさんアウトにできたからとてもうれしくなって、友達と一緒に大きな声で笑いました。

「またワライムシユウトクンが笑ってるよ。次こそはあいつを笑わせないようにがんばるぞ!」

相手チームの子たちは怒りながら帰っていきました。

昼休み、休職の時間になりました。アイちゃんは野菜が苦手でした。サラダの野菜やつけ付け合わせの野菜、たまにはスープの野菜も残していました。

「先生!また田涙が野菜残してるよ!」

同じ班のえらそうな男の子が先生にアイちゃんのことを言いつけてしまいました。先生はその子に、よびすてにしないよう怒りましたが、アイちゃんが野菜を残していることには何も触れませんでした。アイちゃんは言いつけられたことが悲しいのと、きょうも野菜を食べられずに、休職を食べるのが遅くなったことでまた泣きだしてしまいました。

勇人君は、第好きなカレーが出て大喜びです。ほぼ1番のりで食べ終わりました。

「デザートのヨーグルトのおかわりあるのでじゃんけんして食べる人を決めてください!」

先生がいうと勇人君は真っ先に立ち上がりました。結局勇人君を含めて10人ぐらいの子たちがじゃんけんをして、勇人君はヨーグルトをゲッとできました。そして、とても満足げな笑顔でヨーグルトを食べました。

そんなふうにしてその日も終わりました。アイちゃんは、一人でとぼとぼと家に帰ることにしました。勇人君といっしょに帰ろうと思いましたが、きっと友達と話でもしてるんだと思って、先に帰ることにしました。ちなみに、二人の家は、曲がり角一つしか違わないところにありました。

きょうも自分の思い通りに行かなかったアイちゃん。一人になると、きょう流せなかった涙が一気にあふれだしてしまいました。外はそんなアイちゃんのことをまったく知らないようで、きれいに晴れわたっています。

アイちゃんがそんなふうに泣きながら家に向かって歩いていたら、突然後ろから男の子が走ってきて、アイちゃんにぶつかりました。アイちゃんはそれが痛くてまた泣きだしてしまいました。

「アハハハハ、なに泣いてんだよ、アイちゃん!」

聞き覚えのある声に、アイちゃんは泣きながらはっと後ろを振り返りました。そこには勇人君が立っていました。

「え、勇人君?」

「もう。あいちゃん声が大きいから、泣いてる声でどこにいるかすぐにわかったよ。アハハハハ!」

「ウワーーーン!だって、だって、寂しかったから…。」

「アハハハハ。じゃあどうして先に帰ったんだよ。」

勇人君はアイちゃんの肩をそっと支えてやりました。ほかの子たちみたいに、ナキムシアイちゃんなんて呼びません。

「ウワーーン!だって、勇人君お友達と遊んでると思ったから…。」

「アハハハハ。きょうはみんな習い事の日だから遊ばないよ。それに、せっかくアイちゃんのこと待ってたのにどこにもいないからびっくりしちゃったよ。」

「ウワーーン!ごめんね待たせちゃって!」

「アハハハハ。でも結局一緒に帰れたから全然へっちゃら。大丈夫大丈夫!」

勇人君はまたおおきな声で笑いました。アイちゃんも小さく笑ってみましたが、その代わりに涙がこぼれました。

「ねえ、アイちゃん?」

勇人君は突然立ちどまってアイちゃんに話し掛けました。

「なに?勇人君。」

「もうすぐ夏休みだね。夏休みの最初の日、近くの川で遊ぼうよ。」

「近くの川?」

「スミレ川だよ。お魚がたくさんいるし、とても気持ち委員だ。」

「うわー!楽しそう。」

「じゃあ、夏休みの最初の日に行こうね。約束だよ。」

「うん。」

「じゃあ手貸し手。」

勇人君はアイちゃんの手に、自分の少しおおきな手を重ねました。そして笑いながら叫びました。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った!」

「ウワーーーン!その歌怖い!」

「どうして怖いの?」

「だ、だ、だって…指を切っちゃうんでしょ?」

勇人君はしばらくすると大声で笑い出しました。

「ハハハハハ。冗談だよ。約束破らなかったら、指は切れないよ。」

「じゃあ、約束を破ったら…。」

「指切った!」

「ウワーーン!やっぱり怖いよー!」

アイちゃんは勇人君の手をしっかり握って泣きました。でも勇人君は痛いともいわず言いました。

「ハハハハハ。あいちゃんはおもしろいね。大丈夫。だからいっしょにスミレ川に行こうよ。」

「ウワーーン!大丈夫?」

「ハハハ。大丈夫!」

二人はそんな会話を繰り返しながら、別れ道が来るまでいっしょに帰りました。

それからしばらくして、夏休みがやってきました。

ところがスミレ川に遊びに行く日、アイちゃんは風邪を引いてしまったのです。それには理由がありました。その前の日、雨が降ると天気予報で言っていたのに、学校に傘を持って行かなかったのです。そして、雨の中を走って帰ってきたのです。

朝起きるとアイちゃんはなんども咳をしていました。アイちゃんは喉が痛いと泣き出しました。お母さんが熱を図ると、37度1部でした。

「あんた今日ゆうくんと川に行くって言ってたわよね。でもきょうはお熱があるから行けないって、かあさんがゆうくんに電話してあげるから。」

アイちゃんのおかあさんがそういうと、アイちゃんはさっきよりもっとおおきな声で泣きだしました。

「やだ!やだ!川に行きたい!アイは、川に行きたい…!」

「こんなに熱があるんだからだめよ。」

「やだ、やだ!行かないと…!」

「そもそもあんたが機能かさをささず学校から走ってかえってきたからでしょ!自分の性なんだから我慢しなさい!」

「やだ!アイは行かなきゃ!行かなきゃ…!」

「どうして行かなきゃいけないの?」

おかあさんはため息交じりにアイちゃんに尋ねました。するとアイちゃんは泣きながら答えました。

「だって行かないと、指が切られちゃうんだよ…!」

アイちゃんの言葉にお母さんはさっきよりもっとおおきなため息をつきました。

「あんたねえ、指切り減マンの歌のことでしょ?それ。あんなの嘘に決まってるじゃない。」

「でも約束を破ったら切られちゃうって、勇人君が…。」

「そんなことあるもんですか!とにかくきょうは行っちゃだめだからね!」

「やだ、やだ!」

「うるさい!そんなにいうなら勝手にしなさい。もっとお熱が上がっても知らないからね。」

お母さんはアイちゃんのぐずりに根負けしてアイちゃんが川に行くことを許しました。

そのうちに勇人君が迎えにきました。アイちゃんはご飯を食べ終えて、ゆっくりとした足取りで玄関に向かいました。アイちゃんのお母さんは、勇人君に風邪を移してはいけないと、アイちゃんにマスクを渡しました。

「アイちゃん、おはよう。」

「(コホン)、勇人君、(コホン)、おはよう!(コホン)」

「どうしたの?アイちゃん。風邪引いたの?」

「ちがうの。ちょっとご飯がツっ変えちゃったの…。」

「そうか。それじゃあいこっか…。」

二人は手をつないでスミレ川まで行きました。

でも勇人君は、アイちゃんの手がいつもより温かいことが不思議でした。

「アイちゃん。どうしてアイちゃんの手はこんなに温かいの?」

「(コホン)、お布団にさっきまで入ってたからだよ…!」

「そっか…。」

勇人君はまだアイちゃんのことが気になりましたが、せっかく川に行くのだからと一緒に歌を歌うことにしました。

二人で歌を歌いながら歩いていくと川が見えてきました。アイちゃんはさっきまで泣いていたのに、少しうれしそうな笑顔を見せました。でもとたんに泣きだしました。それはうれしさのせいです。

「ハハハ。どうしたの?アイちゃん。」

「ウワーーン!だってうれしかったから…。」

「泣くぐらいうれしかったの?」

「だって、指が切られなくて大丈夫になったから…。」

「ハハハ、約束破ってないから大丈夫。よーーし、行くぞ…!」

二人は思い切って川に飛び込みました。きょうは川で遊ぶのにちょうどいい晴天です。真夏の暑さもとても厳しい日だったので、川で遊ぶのはとても気持ちが良かったのです。だから最初のうち、アイちゃんは風邪を引いてたことなんて忘れていました。

勇人君は小さな釣り道具を持ってきていたので、川の小さな魚をつろうと思って頑張っていました。でもしばらくつれませんでした。しばらくして、ようやく魚がつれました。

「ハハハ!アイちゃん、みてよ。赤いお魚がつれたよ。あれ、アイちゃん?」

よくみると、アイちゃんが近くにいません。勇人君が釣りをするまえまで近くを歩いていたのですが。勇人君がどうしようかと考えていると、突然遠くで声がしました。

「ウワーーン!勇人君!助けてーー!」

アイちゃんは川の少し深いところでおぼれそうになっていました。勇人君は釣り道具を抱えて、声のしたほうまで走っていきました。

幸いそんなに深いところではなかったので、勇人君は一人で助けることができました。アイちゃんは、風邪を引いてつかれてしまったのでしょう、あるいているうちに足を滑らせてしまったようです。

「アイちゃん、大丈夫…?」

勇人君がアイちゃんの肩をさすりながらいいました。

「ウワーーーーーン!勇人君、ありがとう!怖かったよう!お水が冷たくて怖かったよう!」

「ハハハ!お水の中を泳げばよかったんだよ。」

「ウワーーーーン!アイはお魚じゃないもん。それになんだかつかれちゃった…。」

「ハハハ。お魚じゃなくても泳げるよ。あ、お魚で思い出した。さっきお魚つれたんだよ…。」

勇人君はさっきつれた魚を探しました。でもいません。どうやらアイちゃんを助けている間に逃げてしまったようです。

「ハハハ。逃げちゃった…。」

「ウワーーン!ごめんねー…!アイのせいだね。」

「ハハハ。大丈夫だよ。またつればいいんだから…。」

二人はそのあとしばらく魚をつったり泳いだりしていました。ところが…。

「あっ!」

勇人君がそう叫んだ瞬間、ザアット雨が降り始めました。夏はよく突然雨が降りだすと言われていますが、アイちゃんと勇人君の住んでいる街では最近毎日こんなふうに突然晴れていた空から雨が降りだすのです。

「ハハハ。雨が降ってきちゃったからそろそ

帰ろうか。」

「ウワーーン!もう変えるの?やだよ!もっと遊ぼうよ。」

「だってアイちゃんもつかれてるみたいだし。雷が鳴ったら怖いだろ?」

「ウワーーン、それはやだー!」

「それじゃ早く帰ろうよ。」

「でもまだ遊ぶの!」

「もう。雷が鳴る前に帰ろうよ。」

「やだ。まだ遊ぶの!」

「もう。アイちゃんなんか知らない!」

そう言って勇人君は釣り道具を持って走って家に帰りました。

こんなことはアイちゃんにとっては初めてでした。アイちゃんは勇人君にあんなふうに言われたことはありませんでした。アイちゃんがどんなわがままを言ったり、大声で泣きだしたりしても、ずっと勇人君はそばにいてくれたのです。でもきょうは違いました。勇人君は泣いているアイちゃんのそばにはいません。アイちゃんは悲しくなりました。でもここで泣いていてもしょうがないことも知っていました。だから、大声で泣きながら、雨のなかを帰りました。

お母さんに、おぼれそうになった話と、勇人君に怒られた話をすると、おかあさんはあきれ顔で言いました。

「それはあんたがゆうくんに迷惑をかけたからでしょ。だから言ったじゃない。熱が出てるのに川にいくのはあぶないって。ゆうくんがいなかったらあんた流されてたところなんだよ。それに最後あんたはそんなふうにわがまま言ったんでしょ。友達にめいわくかけちゃだめよっていつも言ってるでしょ。ゆうくんが一人で帰ったのは当然よ。」

お母さんの声が大きいのと、怒られてばかりなので、アイちゃんはまた泣きだしてしまいました。おかあさんはアイちゃんの声が大きすぎるのでそれを静かにさせるために、おでこをぴしゃっとたたこうとしました。ところが、おでこに手を充てた瞬間お母さんはびっくりしてしまいました。

「あんた!熱上がってるじゃない。早くおふとんに背理なさい。」

アイちゃんはお母さんが怖くて、逃げるように布団にもぐりこみました。そして大声で泣きました。でもそのうちに眠ってしまいました。

アイちゃんは眠りながらでも泣いていました。体が熱いからです。のどが痛いからです。でもそれだけではありません。このごろいろんなことがうまくいかないからです。学校では、漢字テストや計算ドリルの答えがほとんど間違っていて先生に怒られました。休職の野菜をほとんど食べることができませんでした。好きな色紙を使って折り紙ができませんでした。熱を出してお母さんと喧嘩をしました。川に行ったらおぼれそうになって勇人君に迷惑をかけました。突然雨が降ってきました。勇人君と喧嘩をして雨のなかで独りぼっちになりました。家に帰ったらおかあさんにまた怒られました。そして熱がまた上がってしまいました。どうしてこん何もうまくいかないことばかりなのでしょう…。

ふとアイちゃんが目をさますと、そこはお布団のなかではありませんでした。アイちゃんはびっくりしました。そこは、さっき泳いだスミレ川よりも大きな川のなかだったのです。アイちゃんは心細かったですが、川の水をなめてみることにしました。するとどうでしょう、とてもしょっぱいではありませんか!ここは海化もしれません。でも海にしては狭すぎるような気もします。アイちゃんはここがどこかわからないのと、家に早くかえりたいのとで、大声で泣きだしました。

「ウワーーーーーン!!お家に帰りたいよー!ここはどこなのーーー?アイは独りぼっちだよーーー!誰か助けてよーーー!お母さんーーーん!勇人君ーーー!誰か、助けてよーーー!」

もちろん誰も助けにくるわけはありません。でも、誰も助けにこないだけでも恐ろしいのに、もっと恐ろしいことがアイちゃんにふりかかります。なんと、川の水がどんどん増えていくのです。アイちゃんはどんどん水のなかに沈んでいってしまいました。そう、もうおわかりになった方もいるかもしれませんが、アイちゃんは自分の涙の川に落ちて沈んでしまったのです。でもアイちゃんはそれに気づいていません。アイちゃんのお布団は涙の川に流されてしまったようです。冷たい涙の水がアイちゃんの体を包みます。大きな流れがアイちゃんを襲います。大きな孤独がアイちゃんを泣かせます。アイちゃんの涙の川はどんどんどんどん大きくなって大きくなるたびにアイちゃんの声も大きくなっていくのでした…。 

「アイちゃーーーん!」

突然川の向うから男の子の大きな声が聞こえました。アイちゃんは川に沈みながらでも

その声を聞き逃しませんでした。でも涙が止まらなくて、声が出ません。だから相手にわかってもらえるように、もっと大きな声で助けてと叫びました。

「アイちゃん、それ以上泣かないで!もっと沈んじゃうから!お願い、笑ってよ!」

その声が誰の声化アイちゃんはわかりました。絶対に勇人君の声です。あいちゃんはうれしすぎてまた泣きそうになりました。でも今勇人君は言いました。「それ以上ないたら沈んじゃうよ。」と。だから笑わなければいけません。アイちゃんは漢字テストや休職の野菜やお母さんのお説教よりも苦手なことがあります。それは笑うことです。笑おうとするといつも涙が止まらなくなるのです。もちろんいままでに笑ったことがないというわけではありません。でも自然と笑うことはできないのです。

アイちゃんは頑張りました。涙の川からはい出すためにはこれしかありません。いままでうまくいかないことがたくさんありましたが、そんなことを考えていたらまたどんどん涙の川が大きくなって、ほんとうにはい出すことができなくなって死んでしまうかもしれません。それはアイちゃんは絶対にいやでした。だから頑張りました。

最初は小さな声で笑いました。でもそんなことではもちろん這い出せるわけがありません。アイちゃんはもっと大きな声で笑おうと頑張りました。少しずつ少しずつ大きな声で笑いました。するとどうでしょう。川の水が少しずつ減っていくではありませんか!アイちゃんは うれしくなってまた涙が出そうになりました。でも笑いました。笑わないとまた泣いてしまうから…。すると遠くから笑い声が聞こえます。

勇人君の笑い声です。

「亜ハハハ、ウフフフフ、エヘヘヘヘ!ほらアイちゃんも大きな声で…!」

さすが「ワライムシユウトクン」です。勇人君の声のおかげで、だいぶ水が減りました。アイちゃんは申し訳泣くなってまた泣きそうになりました。でも泣いてしまうほうが申し訳ないと思って笑いました。涙はポロポロこぼれるけれど、大きな声で笑ったのです…。

アイちゃんは川の水が浅くなったので立ち上がることができました。アイちゃんは上を見上げました。すると岸辺に勇人君が笑いながら立っていました。

「勇人君…。」

アイちゃんが小さく名前を呼ぶと、勇人君が笑って答えます。

「アイちゃん!ハハハハハ。僕、ヒーローみたいだったでしょ。」

勇人君が、テレビでやっているヒーローシリーズの主人公のポーズをまねして言いました。アイちゃんは泣きそうでしたが笑って答えます。

「うん。ヒーローみたい…。」

勇人君はアイちゃんの近くに行きました。

「どうして川ができるほど泣いていたの?」

アイちゃんは怒りのせいで泣きそうになりました。でもこらえて言いました。

「だって…!勇人君がアイをおいて一人で帰ったりするからだよ…。」

そこまで言ってアイちゃんは口を閉じて、そしてしずかに言いました。

「でもアイのせいだよね、ごめんね…。アイがわがまま言ったから…。」

また涙が一粒こぼれます。アイちゃんはそれを必至で抑えました。勇人君はしばらく何も言いませんでしたが、大声で笑いながら答えました。

「アハハハハ。僕もごめんね。友達なのにおいて言ったりして。一緒に帰ったらこんなことにはならなかったかもね…。」

でもそのあとちょっとしかめ面をしてまた言いました。

「でもアイちゃん、そんなに泣いちゃだめだよ。涙の川ができるぐらい泣くなんて…。僕が笑わなかったらアイちゃん流されてたんだからね。」

アイちゃんは下を向いて泣きそうになりました。でもまたこらえました。すると勇人君は言いました。

「泣いてもいいけど僕が笑えるときに泣いてよね!」

アイちゃんはその言葉を聞いてますます泣きそうになりました。

「ごめん勇人君。今泣いてもいい?」

「いいよ。僕が笑ってあげるから。でも約束…。」

「え?」

「朝になったら笑うこと!」

「今は朝じゃないの?」

「わからない。でも星が見えるから朝じゃないよ。」

確かに空にはたくさんの星が輝いています。アイちゃんは少し考えました。

「笑えるかな?」

「笑えるよ。」

「ほんとに?」

「ほんとだよ。」

アイちゃんはこころに決めました。

「勇人君、手を握って。」

「いいよ。」

ふたりは手を握りました。するとアイちゃんの目から、滝みたいに涙がポロポロこぼれました。

「指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます!!ウワーーーーーーーーン!」

あいちゃんは世界中に聞こえるぐらい大きな声で、大粒の涙を流しながら勇人君と手を握りました。

「ウワーーーーーーーン!ありがとう!ごめんね!怖かったよ!悲しいよ!悔しいよ!美味しくないよ!どうしよう!助けてよ!第好きだよ!」

「アハハハハハハハ。ありがとう!ごめんね!怖くないよ!泣かないでよ!笑えるよ!美味しいよ!大丈夫だよ!一緒にいるよ!第好きだよ…!」

そんなやりとりを繰り返しながら、二人は星空の下を歩き続けました。ここはおそらく夢のなかですから、どこに向かうかなんて決まっていません。どこまでも歩き続けたのです。ナキムシの鳴き声とワライムシの笑い声が星空の下で響いていきました。

「アイ!おきなさい!もう朝よ。」

遠くでお母さんの声が聞こえました。アイちゃんははっとしました。アイちゃんはいつもとかわらず、ベッドに眠っていました。枕には涙の後が見えます。やっぱり泣いていたのです。

「ほら、アイ!朝ご飯できてるわよ!きょうは朝から宿題するんじゃなかったの?」

お母さんもいつもとかわりません。アイちゃんはまた泣きそうになりました。でもそのとき思い出したのです。夢のなかで泣きながら交わしたあの約束を。だからアイちゃんは起き上がって泣きそうな顔でわらったのです。

「おはよう、お母さん…!」


(皆さんも、ナキムシアイチャンみたいに、大声で泣いていたら涙の川に落ちてしまうこともあるかもしれません。でも気をつけてくださいね。ワライムシユウトクンに笑われちゃうよ。)

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ナキムシアイチャンとワライムシユウトクン 夢水明日名 @Asuna-yumemizu

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