カクヨムの変

 この短編をキミが読むときには、僕は25歳の大学院生で、キミは17歳の高校生だろう。


 今日は、キミに伝えておきたいことがあって、同じ病室の隣のベッドで小説を書いてる人にこれをアップしてもらってる。

 あ、予約投稿に「10年まで、分刻みで指定できます」って新機能、実装されたのは、知ってるよね?


「うっそだー」ってキミはいつもの笑顔で言ったでしょ? アハハ。


 まぁ、それが自然な反応だよね。でもこの文章は、2030年の12月に書いてる。マジで。信じてくれるよね?

 そして、今から10年前に公開したことになるよう、予約投稿してもらってるんだ。僕のアカウントは、今はもう無いからね。

 それに、僕と会う前のキミに、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるから。


 そうそう。隣の人には高校生の子供がいるらしい。その子が友達と5人で月面基地を旅したときの話を書いてるんだって。これも2020年への予約投稿だって言ってたから、ひょっとするとSF小説として目にするかもね。キミのお眼鏡に適うかな?


 証拠として、キミの世界にこれから起こることを書いておこう。利用規約スレスレだけど、大丈夫だと思う。ねんのため「時間順序保護ガイドライン」をキミも確認しておいて。

 残念ながら2021年夏に延期になった東京オリンピックは、幻になる。NHKの朝ドラも、64年の東京オリンピックのマーチの作曲者の物語を用意して、あれほど準備してたのにね。そういえば、キミの言ってたとおり、プロットの参考になるね、朝ドラ。僕は再放送を深夜にウェブで見てたけど。


 そうだ、僕が買ってた女子サッカー3位決定戦。カシマスタジアムの2人席のチケット。それは早めに「キャンセルしたほうがいいですよ」ってキミから2020年の僕に言っておいて。万が一オリンピックが開催されても、僕はもうキミを誘えないだろうから。


 コロナウイルスと新型肺炎は、ワクチンが出回るまで、もう少しの辛抱。それまで、なんとか凌いで。キミ、死にたもうことなかれ。

 だいじょうぶ。小説家はきっと、パンデミックに最も強い人種だ。それは、ペストのときに証明されてるよ。


 僕は、はやぶさ2が無事に地球に帰還したとか、近況ノートに書いてない? あれさ、じつは地球に返ってきたのはカプセルだけなんだよね。で、探査機はその後、別のミッションに行ってしまったんだっけ。

 キミは


「小学生男子が玄関で『ただいま! いってきます!』ってランドセルだけ放り、公園に遊びに行ってしまうみたい」


 なぁんてコメントに残したよね。あれは笑った。

 来年7月に探査機は別の小惑星に到着するらしい。10年越しの旅だって。すごいね。僕はもう、そのニュースを見ることはないだろうけど。


 キミは? そうだ、クラスメイトの誰かに告白されたとか言ってた頃じゃない? それも近況ノートに書いてあったよね。

 その頃のキミは「まだ人を好きになるとか、恋とか、ホントのところは、よくわかりません」ってオーラ全開の恋愛小説書いてたでしょう?

 もちろん、私小説はエッセイじゃないから、演出は大歓迎。でも、背伸びはしなくていいんだよ。

 

「大人みたいな子供と、子供みたいな大人は、違うから。だいじょうぶ」


 って、大人ぶったコメントを残したと思う。まぁ、僕も小説になるような立派な青春なんて、送ってこなかったんだけどね。


 でさ、キミの恋愛小説? 公開してすぐは、やっぱ鳴かず飛ばず。まぁ、そりゃそうだよね。いくら女子高生の私小説といっても「告白されて断って終わり」ってプロットじゃ、華がない。


 ――ゴメン、怒った?

 でも、そんなキミのふくれ顔を、もう見られなくなると思うと寂しいな。


 キミは僕のラブコメ設定全部盛り小説に、応援コメントで反撃をくれたよね。


「美少女の幼馴染とか、高校生なのに一人暮らしとか。これ『異世界転生』の亜種ですか?」


 喉元にキミから突きつけられた冷たい刃に、僕は絶句した。ああそうさ。確かに、僕には可愛い幼馴染はいなかったし、高校生のときは普通に実家から学校通ってた。陰キャでもスクールカースト最下位でもなかったけど。

 だから、キミの言う通り、僕が主戦場にしてるラブコメは、一種のファンタジーなんだよ。変身願望?

 作者も読者も、みんな現実世界から逃げている。


 そんな「逃げるは恥だが、★はくる」が指導原理のカクヨム宇宙の中で、キミだけは現実の闇から逃げず、その身を削るような作品を書いていた。

 だから、日記以上・小説未満なその短編を初めてみた時、衝撃的だった。

 現実と空想の間にピンと張られた見えないロープ。キミはそこを、目隠しで行ったりきたりしてさ。すごくヒヤヒヤさせられた。


 でも、それが、僕をキミのとりこにした。


 思わず3回読んで、僕の手はすぐに、レビューコメントを書くことになる。

 

 

 

 

 

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