第4話

 佐久間が言うには、今のところ俺への依頼はないらしい。


「つーことは、もう俺はお役御免ってわけかい?」


「いやいや、今のところはってだけだ。また何かあれば頼んだよ」


 これ、今回分の報酬ね。佐久間はそう言うと、1万円札の束を無造作に机の上に放った。俺は机になるべく触れないようにそれを持ち上げ、パラパラと枚数を数え始める。


「今回のは中々の出来だと思うよ。余計なぎをせずに、素材の味を大事にして作ってみたんだ。特にここ、目の部分に鏡を埋め込むなんてイカしていると思わないかい⁉」


 饒舌な佐久間を無視して、札束を数え続ける。生憎俺はこいつと違ってに興味はないからな。

 1万円札がぴったり200枚。余計に数枚多く入っていないかとも期待したが、そううまくはいかないようだ。


「……たしかに報酬は受け取った。これでお前の依頼はすべて完了だな」


 俺は仕事熱心ではないし、佐久間こいつだって数人いるクライアントの1人に過ぎない。おまけに仕事柄金は結構溜まっているから、こいつの依頼が無ければおまんまの食い上げと言うわけでもない。

 けれども、人間、ずっと続いていた事が途切れると訳もなく不安になるものだ。


「そういや、あれはどうなったんだ? お前の言っていた優しい女の子とやらは」


 俺の問いかけに、佐久間は不機嫌そうな顔をして舌を鳴らした。


「あれはダメだ。内申稼ぎに『いい子』を演じてただけだった。あんなものを入れたら僕の部屋が穢れる」


 なるほど。どうやら本当に俺の仕事はないらしい。この前みたいに空き巣紛いの事をさせられるよりは、その方がいいのかもしれないが。


 (しかしあれは何のつもりだったんだろうな。大金はたいて小汚いサッカーボールを手に入れようとするなんて、やっぱりこいつの考えている事はよくわからない)


 まぁどうでもいいことだ。金さえくれるのなら何を考えていようが知った事ではない。というか、こいつの考えている事を知るだなんて金を貰ってもやりたくない。

 報酬の入ったカバンを背負って部屋から出ようとした俺を、佐久間が引き留めた。


「もう帰るのかい? 確かに仕事の依頼はないとは言ったけど、僕と君はそんな淡白な関係じゃないだろ? せめて紅茶の1杯でも飲んでいってくれよ」


「ここ以外なら1杯と言わず何杯でも付き合うがな。俺が言うのもなんだが、この部屋にいると気分が悪くなる。」


「じゃあせめて1回このソファに座ってくれよ。数時間前にメンテナンスしたばかりで調子がいいんだ。見てくれ、この艶とハリを! どんな高級品もこれには敵わないはずだ!」


 こいつは俺の話を聞いていたのだろうか。


「それじゃまた何かあったら呼んでくれ。じゃあな」


 何か言っている佐久間を無視して、俺はドアを閉め廊下に出た。

 くそ、遠くにパトカーと警官の姿が見える。俺はあいつらを見るとサブイボが出るんだ。

 最近ここらで警官を見る事が多くなったし、ほとぼりが冷めるまで外国にでも行こうか。幸い金はある。溜まっている依頼もない。そう考えると、憂鬱だった気分が少し晴れた気がした。











「ふぅ……これはもう次で廃棄だろうし、ぜひ座ってほしかったんだけどな。この感触を1回体験すれば、僕の言う事が分かってくれるだろうに」


 いやいや実に惜しい。夢に向かってひた走る情熱がもたらしてくれるハリ艶がしばらく楽しめなくなるなんて。男は名残惜しげにソファから立ち上がると、机の上に置かれていた立て鏡を持ち上げる。


「はぁ……精魂込めて加工した物を定期的に交換しないといけないってのは辛いな。やっぱり細かいメンテナンスだけじゃ魂を留める事は難しいか。君はこの子に比べて記憶の乖離が遅い。どうか、長く持ってくれよ?」


 冷たい額をそっと撫ぜ、鏡を棚にしまう。

 下げられたブラインドの隙間から外を見ると、日はすでに沈みかけており、差し込んだ茜色の光が肌色のカーペットを照らしだした。


「もうこんな時間か。しょうがない、残りのメンテナンスは明日に回そう」


 男は荷物を手早くまとめ、鍵を手に持って部屋を出ようとする。


「おっと、そうだ」


 ドアノブに手をかけたまま、男は電気の消えた部屋を振り返った。


「それじゃあまた明日。良い夢を」


 物言わぬ家具たちは何も答えない。男は薄く笑みを浮かべ―――—―———―——ドアを閉めた。



          <完>


 

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佐久間さんが言うには 白木錘角 @subtlemea2

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