第244話 エピローグ

 10年後ーーー


『カンカンカン・・・』


 静寂が漂い、朝霧が立ち込める早朝の森の中、木剣がぶつかり合う音がこだましている。そこは人里から少し離れた森の中なので、誰に騒音を気兼ねすることなく延々と音が響いていた。



「違う違う!もっと動きを少なく、最小限の動きで最大限の効果を発揮するんだ!」


「はぁはぁ・・・分かってるもん!」


「分かってないから指摘してるんだぞ?リンは無駄な動きが多過ぎるし、自分の闘氣の限界が分かってないから、余計な力を使い過ぎて結局バテるんだ」


「むぅ・・・パパがおばあちゃんみたいに言ってくる!」


「それは違うぞ、リン!おばあちゃんはもっと細かくて口うるさい。それに理詰めで来るから逃げ道も無い!」


 私が感慨深げにそう言うと、リンは悪い笑みを浮かべながら口を開いてきた。


「あぁ~!今度おばあちゃんが来たら、パパが悪口言ってたって言っちゃお!」


「・・・それは止めておきなさい。パパが1時間位お小言を言われる事になる」


森の中、私は毎日にように子供に鍛練をつけていた。唇を尖らせながら私に言葉で歯向かってくるのは、今年で8歳になる双子の娘だ。どちらかと言うと顔立ちは私に似ているようで、赤みを帯びた金髪をボブカットにしめいて、町ではよく可愛らしいねと言われている。


ヤンチャで手を焼いているが、愛する家族の一人だ。まだまだ技術的に発展途上の為、全ての動きに対して指摘するところがあるのだが、それに対して最近思春期に突入し始めた娘は、子供らしい策略を用いて私を翻弄していた。


「ふふ~ん!じゃあ、リンに必殺技教えてよ!必殺技!」


「またか?前にも言ったように、8歳のお前にはまだ早い。そう言うのは自分の闘氣を完全に制御できるようになってからだ!」


「えぇ~!パパはいっつもそればっかり!きっと教えてくれたら、ササッと出来ちゃうかもしれないじゃん!!」


子供らしい夢見がちな言葉に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。この年頃の子供には、何を言っても実際に失敗してみないと納得できないというのはよくあることだからだ。


娘とそんなやり取りしていると、先に鍛練をして休憩していた双子の息子のレオが心配した表情で話しかけてきた。


「ねぇ、パパ?そろそろ戻らないと、今日はパパのお友達の人が来るんじゃなかった?」


レオは肩まで伸びる黒髪を後ろで束ねており、母親譲りの整った顔立ちで、町に出ると女の子と間違われてしまうほどだ。リンと違って大人しいが、様々な事に良く気がつく視野を持っており、結構大人びた性格をしている。もちろん私の愛すべき家族の一人だ。


そんな2人の能力は、私のように両方の能力を宿すことはなかった。リンは闘氣を、レオは魔力を受け継いでいた。


「もうそんな時間か。じゃあ、今朝の鍛練はここまで!汗を流して朝食にしよう」


「もぅ、レオが口を挟むから、またパパから必殺技教えてもらえなかったじゃない!」


「だってお姉ちゃん・・・お友達を待たすのは良くない事だよ。今日はシンちゃんも来るっていうし・・・」


リンの勢いに怯みはしているものの、レオは言うべき事はちゃんと言っていた。


「分かってます~!本当にレオは細かいんだから!」


そう言いながらリンは額の汗を腕で拭うと、木剣を片付けて家へと向かった。そんなリンの様子を見やりつつ、私は時間を知らせてくれたレオの頭を撫でながらお礼を伝え、一緒に家へと向かった。



 あれからの事を少し話そう。


”世界の害悪”を消滅させ、【救済の光】を壊滅させた私は学院へと戻り、1年後に無事卒業を果たした。あれから在学中は、依頼を受けることが禁止されていたので、卒業後に小さな商店を開くための準備として、1年間ずっと経済や経営の事を勉強していた。


もちろん、その道に精通しているジーアの助言も貰いつつ、経営における在庫管理や損益の算定方法等の細々したものから、何処に出店するかについてまで相談させてもらった。そんな繋がりもあって、ジーアは卒業後にフレメン商会の流通網を活かして、私のポーションを王国や公国へ輸出する役割を担ってもらっている。


そんなジーアは、王国で出会った大商会の跡取り息子に一目惚れされたようで、熱烈なアプローチを受けて2年前に結婚した。今は妊娠中で、仕事は私との連絡の取り次ぎくらいで、身体に負担にならない範囲でこなしている。


アッシュは残念ながら学院を中退し、鉱山での2年間の労働の末に王都へと戻り、先に卒業して就職していたカリンと3年後に結婚した。カリンは結局文官職を諦めて、卒業後は王都の飲食店で働いていた。理由を聞くと、「アッシュが帰ってきたら、美味しい食事を食べさせてあげたいから」という可愛らしいもので、その返答にニヤニヤしていると、脛を思いっきり蹴られたのを今でも覚えている。結婚した2年後には息子が生まれ、今では働いていた飲食店を独立し、夫婦で食事処を経営している。


エイミーさんとセグリットさんはあれからすぐに結婚し、今は9才になる息子さんがいる。仕事はそのまま近衛騎士を続けているようで、そこそこ昇進した2人は幸せに暮らしているようだ。たまに息子さんの鍛練を見て欲しいとお願いされることもあるので、年に数回は今も顔を会わせている。


クリスティナ王女は、次期国王に指名されてから5年後に即位し、今では共和国の女王として手腕を振るっている。そんな彼女は今年28歳になるが、それまでの王位継承権争いや組織とのゴタゴタに続き、王位を継ぐための勉強などで結婚どころではなく、今も独身であることを嘆いているらしい。国としても後継者問題が発生してしまうので、目下の国としての急務は、女王の夫探しだと女王専属近衛騎士になったエリスさんが頬をひきつらせて疲れた顔をしていた。そんな彼女も結婚しておらず、エイミーさんに先を越されたことを嘆いていた。


また、王子は共和国の最北端にある辺境の砦に今でも幽閉されているらしく、生きてはいるようだという事しか分かっていない。その他、組織と繋がっていた貴族連中は軒並み身分を剥奪され、平民として生きることを余儀なくされた。中には平民として生きることに馴染めず、犯罪に手を染めて処刑されたり、絶望のあまり自死した者もいたそうだ。


それから、闘氣と魔力の両方を扱える者の「ノア」という蔑称は、いつの間にか世間から消えていった。私という存在が現れたことで、2つの能力を持つ者の可能性が再度見直されたようだった。


私の話に戻るが、学院を卒業と同時に近衛騎士団を退団したエレインと結婚した。当初は王女の意向もあって、国として大々的な婚礼式を執り行いたいという話しもあったが、他国から共和国との癒着を疑われることを恐れ、知り合いや近親者だけでの小さな婚礼式を挙げた。


純白の婚礼衣装用のドレスに身を包んだエレインはとても美しく、私は終始ぼーっとエレインの姿に見惚れていたと後から指摘され、とても赤面したのを覚えている。


居住地に選んだのは、歴史的にも今まで戦場として使用されていたグレニールド平原近くに移した。これは戦場となる場所付近に私が目を光らせていることで、各国の戦意を削ぎ、戦争するという意欲を失くすという考えもあってのことだ。


それに、この付近であれば大きな街や都市もないので、共和国との関係性を疑われることも少なく、地理的にこの平原はあまり共和国の管轄下に入っていないと言う点も考慮しての事だった。


ただ、条約を結ぶ際に各国が僕を監視する為、メイドや執事などの奉仕職を派遣することになっていたが、新婚の家庭に多数の使用人が入り込んでくることが耐えられなかった私は、エレインとの新居の近くに奉仕職の人達の家を建ててもらい、そこから日中だけ通ってもらうようにお願いした。


各国ともに渋々ながらも了承してもらい、王国からは私と同い年位の見目麗しいメイドが5人。公国からはなんとマルコさんとリディアさん、他執事の男性が一人とメイドの女性が2人派遣された。


そして共和国からは、やはりというか何と言うか、ミレアとイドラさん、更にミレアの学友という女性と他2人の執事が派遣されてきた。なんとミレアは他国からの批判を躱すため、わざわざ私のところに来るにあたって、公爵家から廃嫡してもらい、いち平民として来るという徹底ぶりだった。


それだけの人数が集まり家を建てると、ちょっとした村のようになり、さらにそこに私のポーションを流通させるための拠点として、ジーアがフレメン商会の支店を建てたことで、その従業員などの住居を建築してさらに規模が大きくなった。


すると商店が出来たことで、今度は飲食店などのお店も充実してきて、それを目当てに更に人が集まり、数年もする頃には村から町と呼べるくらいの大きさと賑わいを見せていた。


実は父さんと母さんが住んでいた場所も、最初は何もない深い森の中だったらしいのだが、監視の為に移り住んだ人々が近くに拠点を作り、いつしか人が集まって町が出来たんだということを最近知らされた。


そして、私達が移住したことで出来た町のため、その運営をエレインがすることとなった。元々伯爵家の次期当主として領地経営も学んでいたエレインは、派遣されてきたメイドや執事達を上手く使い、順調な運営でその手腕を認められていた。


私はと言えば、エリクサーの名で販売されることになったポーションを、毎日必要数制作しているが、その効果ゆえ、大量に流通させてしまうと既存のポーション市場が壊滅的な打撃を被ってしまうため、かなり個数を絞って制作している。


それは全てジーアの主導によるものだが、お陰で希少性が跳ね上がり、大した労力も掛けずに大金が稼げると喜んでいた。僕もその恩恵に預かり、結構暇な生活をしているにも関わらず、懐は潤うばかりだった。


私生活は順風満帆と言ってもよく、とても幸せな日々を過ごしている。ただ、未だにミレアやイドラさん、その他各国から派遣されてきたメイドさん達は、まるで野生の猛獣のような目付きで僕を襲おうと様子を伺い、既成事実を目論もうとしてくるのだが、大抵はエレインが女の感というもので察知し、「女同士で大切な話をしてくる」と怖い笑みを浮かべながら彼女達を牽制するのがいつもの光景になってしまった。



「ただいま、エレイン」


「「ママ、ただいま~!!」」


「お帰りなさい。もうすぐ朝食が出来るから、汗を流して着替えてきなさい」


「「は~い!!」」


 自宅に戻ると、髪を後ろで纏めたエプロン姿のエレインが出迎えてくれた。エレインの言葉に子供達は元気良く返事をしてお風呂場へと駆けていく。その後ろ姿を見送ると、汗もかいていない私はエレインと共にリビングへと移動した。


本来食事などは派遣されてきたメイドの仕事なのだが、新婚当初にせめて朝食だけは自分の手作り料理を食べさせたいからとエレインが主張し、それが今もなお続いていた。


「今日は午前中にアッシュとカリンが来るから、朝食の後に一緒に集会所へ行くぞ」


エレインは料理を続けながら、背中越しに今日の予定を確認してきた。子供を産んで少しふくよかになった彼女の後ろ姿は、柔らかそうで抱きつきたい衝動に駆られるが、以前料理中に抱きついた時に怒られてからは自制している。


「分かってる。今日はこの町へ支店を出したいからって相談だったけど、良い場所はあったかい?」


「場所は確保したよ。あとは店の味次第だが、2人のあの味ならここでも評判になるだろう」


「それは良かった。アッシュとカリンも喜ぶよ。じゃあ話し合い中は2人の子供のシン君は、いつも通りリンとレオに任せよう」


「そうだな。リンとレオもシン君の事を可愛がっているし、問題ないだろう」


エレインは私と会話をしながらテキパキと調理を終え、テーブルに朝食を乗せていった。今日の朝食はジャガイモと鶏肉のスープにサラダ、そしてスクランブル状にした卵を乗せた食パンに、飲み物は牛乳だ。


「よし、リンとレオが着替えてきたら食べようか」


そう言いながら私の隣に座るエレインの顔をじっと見つめると、少し疲れの色が見えるような気がする。


「エレイン、最近忙しくて疲れてないか?」


「そんなことはないぞ?仕事の方は順調だし、皆に手伝って貰っているから、そんなに負担が多いわけじゃない」


「なら良いけど・・・本当は?」


何となく彼女の視線の動きから、隠し事があるのではないかと疑問に思った。そんな私の視線に彼女は少し怯んだ様子を見せ、やがて諦めたように口を開いた。


「・・・まだ確定した訳じゃないから言いたくなかったんだが・・・実は、その・・・月のものが来ないんだ・・・」


「っ!!も、もしかして妊娠したのか!?」


私はエレインの言葉に椅子から立ち上がり、彼女の肩を掴みながら確認した。


「いや、だからまだ確定した訳じゃないからな!ぬか喜びさせたくないし・・・」


リンとレオが産まれて以降、移り住んだ場所が発展するに伴って私達は多忙になった。ようやく町の運営が軌道に乗り始めたのはここ半年のことで、時間に余裕が持てたことから、私達はもう一人子供をとはげんでいた。


そして、どうやらもしかすると、私の愛する家族がもう一人増えることになるかもしれない。それを少し不安げな表情で伝えてくるエレインが、たまらなく愛おしくなって抱き上げてしまった。


「ありがとうエレイン!よし!これから出産までの全ての仕事は私が代わろう!君は身体を大事にしているんだぞ!」


「わ、分かったから下ろしてくれ!興奮しすぎだぞ、エイダ!」


怒り口調でも嬉しそうなエレインの声に、ゴメンゴメンと反省してゆっくりと下ろした。


「パパ、ママどうしたの?」


私の声を聞きつけたのか、着替えを終えたリンとレオが首を傾げて私達の方を見ていた。そんな子供達に、私は満面の笑みで答えた。


「いや、実はな!もう一人家族が増えるかも知れないんだ!」


「・・・レオ、自宅の警備を強化しないと!」


「そうだね、お姉ちゃん。ママが動けない隙を狙って、ミレアさんとイドラさんが攻勢に出てくるね」


「レオが後衛で私は前衛ね!日頃の鍛練の成果を見せてあげましょう!」


「うん!」


子供達の意味不明な反応とやり取りに、私は訝しげにエレインの方を見やった。すると彼女は気まずそうに口を開いた。


「いや、もしかしてと思ってな・・・2人には状況に応じて、君の貞操を狙う輩を撃退する戦術をだな・・・」


しどろもどろなエレインの様子に、私は頭を抱えた。


「あのね・・・言っておくけど、私がどうこうされるわけないだろ?」


「何を言っているんだ!あの2人は女の武器を最大限に利用して、君が拒絶できないような状況に追い込むに決まってる!下手をすれば状況証拠を積み上げて、既成事実をでっち上げる可能性もある!その点子供達が相手なら、あの2人もそうそう強硬な手段は取れない!!」


胸を張りながらそう主張するエレインを見ていると、愛されていることを実感するが、子供まで使って私の貞操を守る云々は恥ずかしくてしょうがない。


「任せてパパ!リンがあの2人から守ってあげる!あの2人、リンとレオに弱いし!」


「ぼ、僕もパパを守るよ!」


そんな力強い子供達の言葉に、私は苦笑いを浮かべながら2人の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ははは・・・よろしく頼むよ、小さな騎士達」


私の言葉に、2人は誇らしげに満面の笑みを浮かべていた。



 剣神と謳われた父親と、魔神と謳われた母親の元に産まれた私は、これまで様々な苦難があった。時には心が折れそうになったりもしたが、周りの人達のお陰もあって、なんとか乗り越えて来ることが出来た。


これからも規格外の力を持つ私には、また別の困難が立ちはだかる事があるかもしれない。しかし、今の私には愛すべき妻と子供達がいる。こんな私を支えようとしてくれている家族や仲間がいる。そんな人達の為に、もしかしたらこれからも力を振るうことがあるだろう。



自分が見つけた幸せを、守り続けるために



これが私の選択した人生だ





~ 剣神と魔神の息子 完 ~








 あとがき


 剣神と魔神の息子をお読み頂き、ありがとうございました!


約一年間に渡り物語を綴らせていただきましたが、文字数も100万文字を越えた作品を完結させることが出来たのは、この物語を読んでくださる読者の皆様が居たお陰です。本当にありがとうございました!!


それではまた次回作でお会いしましょう!!

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剣神と魔神の息子 黒蓮 @takahiro007

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