第243話 事後処理 後編

 一ヶ月後、各国との条約制定のための会議に出席する日となった。


この一ヶ月、何度か王女経由で予め僕の要望を聞き取られており、最大限その意向に合うように草案が作られていた。その為、僕もエレインやミレアに意見を聞いたり、情報をお願いしたりと忙しく動き回っていて、あれからアッシュには数回しか会えておらず、カリンやジーアとはずっと王城内で慌ただしくしているせいか、未だに顔を合わせられずにいた。


両親ともこの一ヶ月、顔を見ていなかったのだが、どうやら各国の為政者達のところを回り、今回の条約制定に関して何か言い含めているらしいと王女から聞かされた。僕の為を思って色々と動いてくれることに感謝しかなく、せっかく動いてくれた事を台無しにしたくない思いもあって、これから会議でどのような話になるのか、僕は少し緊張していた。


「エイダ様、そろそろ・・・」


会議室の隣にある待合室で時間まで待たされていると、扉がノックされ、イドラさんが呼びに来てくれた。僕に関する条約の会議の前に、各国の代表者達は今回の戦争に関する戦後処理の条約を結ぶために、数日前から会議をしていた。


漏れ聞こえてくる話を総合すると、今回の戦争は”救済の光”の扇動によって引き起こされたものであり、第一の責任としては組織にあることが確認された。しかし、共和国を始め、王国も公国も有力な為政者の中に組織との繋がりがある人物が多数確認された為、本来は開戦理由として共和国が組織と協力関係にあったからという事そのものが疑問となり、結局賠償責任等については各国ともに痛み分けのような内容となって落ち着くことになったらしい。


戦後処理の会議については、各国ともに大臣級の話し合いだったのだが、今日の僕の会議には、各国の国王がわざわざ同席することになるらしい。それほどまでにどの国も僕の事を重要視しているということで、それが余計に緊張に拍車をかけていた。



 イドラさんに先導されて会議室の前まで行くと、内側から扉が開かれた。広大で豪奢な会議室には、各国のお偉方の皆様が既に巨大な丸テーブルに腰掛け、その背後にはそれぞれの国の騎士なのだろう、護衛として数十人が待機していた。


その席には僕の両親も同席しており、何となくだが出席者達は皆両親に萎縮しているようで、チラチラと2人の様子を伺うように視線を送っていた。今までこの会議室でいったい何があったのか知るよしもないが、僕の両親が各国の為政者に対してそれなりの圧力を掛けていたのは間違いないだろう。


「で、ではこれよりエイダ・ファンネル殿への各国の対応についての協議を始めます」


イドラさんに案内され、僕が両親の隣の席につくと、共和国の宰相が少し青い顔をしながら話し合いの開始を宣言した。そして、その緊張した面持ちのまま、今回の議題についての説明がなされた。


「既に皆様ご存じの通り、エイダ殿は剣神と称されるジン殿と魔神と称されるサーシャ殿の息子として、その実力は成人を前にした現在、既に肩を並べるか凌駕しているということです。そのような世界を揺るがす可能性のある力を放置することは難しく、こうして彼の処遇について皆様と協議する運びとなりました。また、彼からは自分の処遇に関する要望がいくつか有ります。お手元の資料をご確認して頂き、彼に質問がございましたらご発言をお願いします」


そう言うと宰相は、会議室全体を見渡すようにして誰かが発言するのを待った。すると、一人の女性が手を挙げた。


「質問をよろしいか?」


「オーラリアル公国大公陛下、どうぞ」


どうやらその女性は、公国のトップのようだ。宰相に促されると大公は席を立ち、優雅な仕草で僕の方を見つめて口を開いた。


「エイダ殿の希望では、伴侶は一人だけで側室もとりたくないということだが、政情的な安定と国民の安心を図るために、側室や愛妾という形態ではなく、メイド、あるいは執事として、各国から派遣される従者をお側に置いて頂けませんか?」


大公の提言に、僕は成る程と思った。伴侶という絆の強さを考えれば若干劣るが、部下や仲間としての絆から、自国へ対する攻撃の可能性を減少させようとの考えだろう。僕はその話を思案するように考え込むと、以前のミレアの言葉を思い出し、優秀な人材を派遣してくれるというのなら良い話しだと思った。


「それなら、私からも一つ提案があるのだが?」


「グルドリア王国国王陛下、どうぞ」


僕が考え込んでいると今度は王国の国王が発言を求めて挙手し、席から立ち上がると、悠然とした様で僕を見据えてきた。


「エイダ殿は将来の職業として生産職を希望しておるようで、取り扱う商材はポーションとのこと。噂では試作された最高品質のポーションは、伝説に聞くエリクサーの様に部位欠損すら治す効能を見せたと聞く。是非、住まわれる国だけに流すのではなく、各国に流通する事をお願いしたい」


王国の国王は、この1ヶ月の内に僕が【昇華】した状態で制作したポーションについて言及してきた。更に、僕の居住地についても未だ正式には決めていない事を前提として、世界中に流通させて欲しいと付け加えてくる。


僕が将来の職業を決めかねている時、エレインからポーションを販売してはどうかと提案を承けた。今後、教会としても今回の騒動について上層部の複数の人物が組織と関係していたと公表し、資金源としてポーションのお布施制度を悪用していたことも伝えると聞いている。また、今後のポーション販売については、教会の専売特許ということではなくなる可能性があるとのことで、そこを狙おうということだ。


2カ国のトップからの言葉で注目が僕に集まる中、良く検討してから口を開いた。


「公国の大公陛下の質問ですが、各国間のバランスを考慮して、均等な人数での奉仕職の人材を派遣してくださるという事なら構わないと考えます。また、王国の国王陛下の提言についても、各国に数量が均等となるように流通させる事について、否はありません」


僕の言葉に公国の大公と王国の国王は、ホッとした表情を浮かべていた。


「それでは、ただ今の公国と王国の提言も条約の条項に含ませていただくということでよろしいでしょうか?」


話は決まったとばかりに宰相が周囲を見渡しながら反応を伺うも、誰も反対意見を述べるものはいなかった。


しばらく待ってから、宰相は再び口を開いた。


「では、エイダ殿と各国における条約の草案の確認と承認を行います。皆様既にお手元の資料でも確認しておいでと思いますが、ここで今一度確認し、齟齬がないように致します」


そう前置きした宰相が、条約について読み上げ始めた。


内容としては第一に、僕はどの国にも属さないということ。居住地や所在地については変更や移動がある場合、一週間前までに最寄りの国の行政機関に連絡を必須とすること。また、僕がどの国に滞在をしようと各国は不干渉を通すこと。但し、世界的に危機的な状況に陥るような事象が発生した場合は、この限りではない。


また、逆に僕の国家への影響も極力排除するため、公的な機関への就職は禁止とし、その効力は僕の配偶者や子にも及ぶとする。更に不正な干渉を防ぐ目的として、僕の親類縁者や知人に対して不当な扱い、並びに権力などの地位や金銭、その他脅迫等を用いて僕に何かを要求する行為は重罪とし、発覚次第一族郎党処刑とし、その主犯が国家だった場合は、前年の国家税収の全てを賠償金として支払う事になる。


そして、ここに先ほど決まった従者の関係と流通の関係が加わり、内容に異議がなければ条約として各国と約定し、1ヶ月後から施行されることになる。


この条約に一つ思うことが有るとすれば、それはエレインの職業についてだ。僕の奥さんになることで、彼女には近く、近衛騎士を辞めなければならないということになる。その事に対して彼女にどう思っているか聞いてみたのだが、「これから争いの無い世界の実現は、少し形を変えて頑張ってみることにするよ」と言われた。その返答に、彼女の自由を制限し、夢を阻んでしまっているようで申し訳なかった。


それでも、僕が部位欠損すら回復させてしまうポーションを開発すると、「その供給を上手くコントロールすることができれば、本当に世界平和も夢じゃないかもしれないな!」と何やら笑みを浮かべながら呟いていたので、もしかしたら彼女なりの新たな夢の実現に、見通しが立ったのかもしれないと思った。



 こうして各国との条約については、会議が紛糾するどころか思っていた以上にすんなりと終結した。どうやら事前に両親が各国のトップに対してかなり言い含めていたようで、条約の締結は署名するまでに1時間も掛からないほどの短さだった。


その後の会議の題材は、今後の各国主要為政者達の交代の報告会のようになった。どの国も少なからず有力者達が【救済の光】と通じていたことが発覚し、騒動の責任を明確なものとするため、関わった全ての者が現在の役職を解任させられ、貴族位も廃爵ということになる。更に、国の重要な機密を渡していた場合には、最悪処刑ということで各国ともに話が纏まっていた。


その為、ほとんどの国において宰相以下の主要な大臣達の大部分が今後数ヵ月の内に入れ替わることになるということだった。当然ながら急に全てを変えれば国に混乱を招いてしまうので、最短でも半年の猶予をもって引き継ぎを行っていくとのことだ。


僕の回りの話で言えば、機密情報を組織に売り渡した王子は王族の為か処刑までは至らずとも、一生を僻地において幽閉されることになるらしい。また、アッシュの実家であるロイド侯爵家も貴族位を失い、平民に落とされるということになった。


そして、王女については今回の事でその地位が磐石なものとなり、次期国王として王太女おうたいじょとなることが決まった。近くそれを周知するために、立太女式が執り行われるらしい。そして準備が整い次第、新たな国王となる。とはいえ、国王となるには今以上に様々な事を学ぶ必要があるため、最短でもあと5年ほどは先になるだろうとのことだった。


僕の名誉の回復については、早急に共和国の国王が主体となって動くということになり、民衆の面前で正式な謝罪を行うということだった。その後も日常に不都合がないように、継続的に民衆に対して周知徹底していくことを約束してくれた。


また、アッシュの扱いについては僕の嘆願もあって、2年間の鉱山での強制労働の後、平民として再起を図れるということになった。さすがに無罪放免とするわけにもいかなかったが、その落とし処に彼は笑顔で感謝を伝えてくれた。


組織の構成員については全員処刑という話しも出ていたが、その技術力を失うのは惜しいということになり、直接殺人などの重犯罪に関わっていない限りは、3カ国が出資して設立する技術機関に収容することとなった。とはいえ、盟主の彼については今回の戦争の責任を取らせるために公開処刑となった。また、様々な情報に精通しているナリシャさんについては、どのような取引があったのか分からないが、処刑ではなく、技術機関に収容されることとなっているらしい。当然その機関は各国の厳しい監視の元に運営されることとなり、少しでも変な動きを見せれば問答無用で処刑されることになっている。



 そして、様々なことが決まり、組織が引き起こした戦争等の騒動も落ち着きをみせ、僕達はまた日常へと戻っていくのだった。

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