魔女と呼ばれた薬師は王子様とはやり直したくない!

花月夜れん

とある国の出来事

 ゴーンゴーンゴーン


 時計台の鐘の音が響く。


「この者の処刑を始める」


 私はみすぼらしい服を着せられ、断頭台だんとうだいの上へと連れてこられた。手にかけられたかせが重い。


「ユリエラ・ルミナリス・ヴァイオレット。お前は罪なき国民を欺き、毒を薬と言って国中にばらまき――」


 皆、これで、治ると喜んでいたくせに――。


「希望を持った人々を絶望へと叩き落とした罪――」


 私は、たしかに薬を作ったのだが。あの材料からどうやったらあんなことになると言うのだ? 誰か教えては、くれないか?


「それをさも自分が治した! と吹聴し、聖女と呼ばれ、殿下の寵愛を獲得しようとする行動――」


 殿下? あそこで、ニヤニヤ笑う口元を上手に隠している女を横に侍らせていらっしゃるあの方か?


 好きだと言っていたのに。私を愛していると言っていたのに。婚約までしたというのに!

 貴方のために、そして私達で守っていこうと決めた国民の為に作った薬だった――。それが、毒と言われるのか。


「聖女だと? おこがましい、お前は魔女だ! 本物の聖女マリアン様の薬がなかったら我々は滅びていただろう。この希代の魔女ユリエラによって!」


 わーーーと、歓声が上がる。殿下と横にいる聖女が、水薬を掲げた。

 あぁ、それは私の作った――。そうか、そういうことか。薬と作り方さえあれば、私はもう用済みと言うことか。だから、渡した瞬間、殿下は――。やめよう、考えたところで無意味ね。

 そう、私は魔女なの。なら、あそこにいる二人は悪魔? 魔王?


 隣に立つ男が、刃物を振り上げる。

 あぁ、あの刃物でロープが切られれば私の生は終わる――。

 今から貴方達に精一杯の、今日産まれたばかりの魔女の祝福を聞かせてあげます。しっかり、脳に焼き付けて下さいね。


「あはははははははははははは、呪ってや――」


 ダンッ



 嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき!!


 ねぇ、なんで君も来てくれないのかな?


 いつだって私の味方だと、誓ってくれたじゃない。

 にこりと笑って、約束したのに。


 ねぇ、何故?


 その言葉、信じていたのに。


 アスファイン!!


 もう誰も信じない。生まれ変わることがあるなら、私は一人で……生きていく。

 裏切られて傷つくのは、もう嫌だ。


 ◇ ◆ ◇


「ユリ? 寝てるのかい? ユリー?」


 なんだか、久しぶりに君の声がする。


「おーい。立ったままよく寝れるな。危ないぞ?」


 嘘つきの君に言われたくないな……。あれ? 何故君の声がするんだ?


「ユリ」


「わぁ!?」


 突然、耳に息を吹きかけられ、驚いた私は目を開き飛び上がった。


「お、起きたか。相変わらず耳が弱いのな」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。子供の頃から家が隣どうしでいつも一緒に研究や仕事をした、大切な仲間。


 アスファイン・レール・レッド


「なんだ、アス。私は寝ていない。目を閉じているだけだ!」


 息を吹きかけられた耳を押さえ、私は反論する。耳と顔が熱い。

 あれ、何で私の首は繋がっている?

 いや、私は何で生きている?


 さっきのあれは、ただの夢……? 世界が一瞬で逆さまになったあの瞬間も?

 違う、あれは、あれが夢のわけがない。

 私は首に手をやり、繋がっていることを確かめる。


「どうした? 喉でも痛いのか?」


 心配の眼差しでアスは私を見つめてくる。


「あの薬がもうすぐ完成するからって、寝ないで無茶ばかりするからだろう。体力回復の魔法でもかけてやろうか?」


 そうだ。君はいつだって私のことを心配してくれていた。なぜ、私は殿下を選んだのだろう。

 好きだと正面から伝えてくれたから? 愛してると言葉にしてくれたから?

 偽りの言葉に騙された、滑稽こっけいな私の末路があれか――。

 心が凍りつきそうだ。何も信じたくない――。そう、君だって……。


「大丈夫だ。自分で魔法はかけられる。


 ……、自分にかけられる?


「アス、あの薬って――」

「は? 何言ってるんだ。いま国中に流行っている熱病の薬だろ」


 あの薬……。

 私は自分の作業机をバサバサとかき回す。そうだ、今日完成するのだ。あの薬が!!

 ふふふ、そうか。そういうことか。


「なぁ、アスファイン。私の事が好きか?」

「は? 何を言ってるんだ? お前は殿下の――」


 アスの言葉が出る前に私は首を横に振った。


「私の事ではない、アスの気持ちを聞きたい」

「オレの?」

「あぁ……」

「……、昔誓っただろう。何があろうと何時だってお前の味方だって――」


 ふいっと、視線を外される。私が聞きたいのはそうじゃないんだ。


「アス、はっきり言ってくれないか?」

「……。あとで忘れてくれよ? ……、オレはユリエラが好きだ。ずっと前から。すまない、今さら言ったところでもう遅いのにな」


 顔を耳まで赤くして、口を押さえる君を見て、私は愛しいという気持ちを思い出す。誰が忘れてやるものか。


「ありがとう」

「なんなんだよ、急に――」


「アス、今から私と逃げよう」

「は?!」


 ◇ ◆ ◇


「いらっしゃいませー、明日も元気! 魔法使いユーリの薬屋へようこそ!」


 ここは、とある街の一角にある薬屋。


「ありがとうございました! またどうぞ」


 閉店の時間。店員が最後の客を見送り店の扉をしめて、鍵をかける。


 くくくくと、笑い声が店の中に響く。


「笑うな! そろそろ慣れろ!」


「あーっははははは」


「この魔女め!」

「笑うわ! 笑わぬ方が無理だ! 可愛いな、アーシャ」


 赤色の美しい髪を伸ばし、裏声で看板娘を演じるアスファイン。


「あー、お前もカッコいいよ! ユーリ」


 紫色の髪を短く切り、男前な魔法使い姿に変装するユリエラ。


「あの国、熱病がついに王や王子までひろがったそうだ」

「そうか、死にはしないよ。少し長く苦しむだけで、自分の力で治せるさ。まあ、その後、高熱が長く続いたやつらがどうなるかなんてしらないけれどな……」


 私は小さな瓶に入った水薬をふりながら、くすりと笑う。気のせいか、アスが鳥肌をたてているように見えるが?


「怖いか?」

「あぁ、怖いね。でも、ユリが好きなことに変わりはないよ」

「くく、どうだか」


 アスが、近づいてきて私の手をとった。


「どんな悪役になろうと、オレはお前の味方だ」

「わかってる――」


 君はあの時、きっと来てくれたんだろう。ちょうど、あの後すぐだったのかな? それはもうわからないけれど。

 自分に魔法をかけることが出来ない君がとった選択は、私に禁忌きんきの時間逆行魔法をかけたんだろう?


 私が、選択をやり直せるように。あの時間の自分を犠牲にしてでも、私を助けるために。

 あの時間の君を、私は助けることは出来ない。だから、もう一度、君を信じるよ。


 自分に魔法をかけることが出来ない魔法使い、アスファイン。


「なぁ、変装これいつまで続けるんだ?」

「私が飽きるまで」


 そんなに遠くない未来だから、絶望の顔をしないでくれ。

 あぁ、楽しいな。

 ありがとう。こんな時間をくれて。君に裏切られる日がこないことを祈るよ……。愛してる。


「オレ、ノーマルだと思ってたんだよ。自分のこと」

「ほう」

「最近、変装がたのし――。だーーーー! 何言ってるんだ、しっかりしろ。オレーー!」

「あーはっはっは!」


 私が楽しそうに笑うと、君も優しく微笑ほほえむ。

 とても、とても、幸せな時間。

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