第2話

 シャロは屋上のドアを開いた。寒空の下。ドアを開いた瞬間に、外の冷気がシャロの肌を刺激する。


 シャロは屋上の奥へ進んでいく。


「パンドラの箱を開けし愚者共。ご機嫌よう」


 聞き慣れたセリフに、シャロは振り返った。


「わっ!」


 怪盗パンドラがマントを翻しながら落ちてきたので、シャロは驚いた。黒いシルクハット。片眼鏡。黒いタキシードにマント。いつもの怪盗パンドラの姿であった。


 彼は驚いたシャロを、そっと抱き寄せる。


「パンドラ……?」

「罰ゲームが、まだだっただろう」

「あ、ああ。そうだったな」


 シャロはそっと、怪盗パンドラの背中に手を伸ばした。


「そのまま聞いてくれるか。パンドラ」

「……ああ」


 シャロの深刻な声色に、怪盗パンドラは短く返事をした。


「君の目的が篠崎のためだったと知って、私は悲しかったよ。だから自棄になって、君を挑発してしまった。今思えば、あの時の私は隙だらけだったな」


 シャロの抱きしめる力が強くなった。


「篠崎には恋人と偽ったものの、君の心は彼女にしか向いていなかった。その事実を実感してしまって、私は悲しいのだ」

「一つ、君は誤解している」


 怪盗パンドラは抱きしめるのを止めた。そしてシャロと向き合った。


「俺はもはや、瀬奈のために動いている訳じゃない」

「じゃあ、一体何のためだというのだ?」


 怪盗パンドラは、屋上のフェンスに近寄った。そしてフェンス越しに、外の景色を眺めた。


「俺は、幼馴染みを傷つけたジュエリーを憎んでいる」


 そして彼は、シャロに振り返った。



「だからあいつらよりも先に、エルピスを手に入れてやるのさっ! 嫌いな奴らを出し抜くために、嫌いな奴らの欲しいものを奪う。怪盗パンドラにとって、最高の愉悦だろうっ!」



 両手を広げ、楽しそうに、高らかに宣った。シャロはその姿を驚いた様子で見つめる。


「ならばパンドラ。私に教えて欲しい。今の、君の気持ちを」


 シャロは懇願するように言った。


「君は私のライバルだろう。それくらい、自分で調べるんだ」

「嫌だっ!」


 シャロは涙を流して、叫んだ。


「もう嫌なのだ。こんな気持ちは初めてで、私には手に余るのだ。はやく、はやく解放してくれ。怪盗パンドラっ!」


 シャロは怪盗パンドラの胸ぐらを掴んで、そして力なく寄りかかった。


「全く。仕方がないな」


 怪盗パンドラはそう呟くと、シャロをそっと抱き寄せた。涙目になっていたシャロは、驚いて目を見開く。


「あの時に言っただろう。パンドラの箱は開かれたんだ」


 彼はそして彼女の耳元に、口を近づける。彼の吐息が、耳の奥底に突き抜ける。冷気によって冷たくなっていたシャロの耳を、ほんのりと温める。



――そして。その獲物は、お前だ。



 彼はそう、宣ったのであった。



              ―――― Fin.

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大怪盗パンドラと名探偵シャロ violet @violet_kk

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