希望

 クラーケンは私に動きを封じられて動揺を隠せていなかった。

「どういうことだ。こんなの、こんなことありえない……」

 額に汗が滲み出る。それと同時に右目からも涙が出て、汗か涙かわからない雫が花苗の頬に落ちた。

「み、な、と……」

 彼女の目から涙が溢れ、塞がれた口で精一杯の言葉を放つ。一方で化け物と私は精神の世界でこの体の主導権をめぐって戦いを始めた。


 精神の世界で私と、私の姿をしたクラーケンは雨の中、向かい合っている。

 私はクラーケンが放つストレートパンチをもろに受けて地面に倒れ込む。

「どうしてだ。どうして、俺の動きを封じれた……」

 クラーケンの問いかけに対して倒れ込んだ私が思いついた答えは一つしかなかった。拳を握りしめる。

「それはね、それはな……」

「それは、なんだよ?」

「花苗に手を出したお前を許せないからだ!」

 私は瞬時に起き上がって、こいつにアッパーパンチを一発かました。

「ぐはっ!」

 もう一人の自分はもろにパンチをくらい血を吐いて、それから倒れ込んだ。もう絶望しない。自分のため、大切な人のために。今になって私はようやく決意できた。


 現実に戻った私は体の主導権を完全に取り戻した。触手が思い通りに動く。私はすぐに花苗の手足、口元から触手を離した。

「湊!」

「花苗!」

 私たちは涙を流し合った。だが、その直後、私たちの背後に人影を感じた、振り向くと、そこには追いついた上代くんが息を切らしながら立ちすくんでいる。

「今だ!」

 彼は私の元まで駆け寄って、私の首筋を噛んだ。その瞬間、私の精神に居たクラーケンの体は消滅し始めた。

「そん、な……」

 化け物の最期の言葉はそんなものだった。


 私の体は普通の人間のものに戻っていった。髪の毛は縮んで黒髪になり、視界も半分から全部に戻った。上代くんはしばらく私を噛み続けた。口を私の首筋から離した時も息が切れていた。

「ごめん、体の再生に時間がかかった」

 息が上がり続けている中で彼は私に謝った。彼は結局、最後の最後で私の中の化け物を食べてくれただけでそれ以外は、ずっと相手にやられていた。

「いいのよ。なんとかなったし」

 私は花苗の方を振り向きながら彼にこう言った。すると、彼は、

「それなら、よかったよ」

 と言い残して、姿を消した。彼は本当に妖精か何かになってしまったようだった。やられぱなしだったけど、最後はちゃんと化け物を食べてくれた。ありがとう、上代くん。


 私と花苗は二人きりになった。最初に言葉を発したのは花苗の方だった。

「昼間はごめんね」

「いいのよ、花苗。こっちこそ、ごめんね」

 お互い全身を見つめ合う。お互い服も体もボロボロだった。でもなぜだか面白くなってしまって、私たちは、

「あっは。ははは」

「ふふ、ふふふ」

 笑い出した。


 もう、絶望しない。大事な人をもう離さない。私は決意した。外では日が昇り始めている。笑終わった私たちは何も話さずにただ、勢いに身を任せて、抱きしめ合って、それから、深い深いキスをした。

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夢食いの夜(original version) 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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