恋と罰ゲーム

アンチリア・充

恋と罰ゲーム

 敢えて、だ。


 敢えてラノベでいうところの、テンプレスタート形式でお届けしようか。


 俺の名前は練鳥環ねとりたまき。どこにでもいるような平凡な高校二年生だ。


 身長は低く、性格は根暗。運動も勉強も苦手。料理もできない。家事全般が出来ない。


 ……どうだ? コレが現実世界の真の『どこにでもいる平凡な高校生』だ!


 さらに言うなれば! コレと言った特技などない! おまけに趣味はアニメ鑑賞だ!


 そして極めつけにはツンデレな妹も、未来からきた猫型ロボットの友人も、俺にはいない。


 ……つまり、俺はの●太くん以下なのだ。


 ……分かってるよ。『お前平凡どころかソレ以下ではないか』って言うんだろ。


 でも実際問題、世の男子高校生を並べてみたら多少の誤差はあれど、半分以上がこんな感じだよ?


「も、もう……待ってよぉ……」


 後ろから声がした。俺が一瞬だけ振り返ると、そこには茶髪の女がいる。


 彼女の名前は北方空きたかたそら。茶髪に、よく分からん化粧につけまつ毛。


 流行色なんだか知らんが、明るい色のコートにこのクソ寒いのにミニスカートにストッキング。


 どこがいいんだかさっぱりだが、女子には大変人気らしいネイルアート。


 彼女を一言で言うなら『白ギャル』だ。スクールカーストのトップにいるような、お洒落と流行を追いかけることに関して言えば枚挙にいとまがないって程の、現役バリバリのJKだ。どう考えても学園ヒエラルキーの底辺に位置している俺と並んで歩くに相応しくない女。


 そしてそんな女が、俺の幼馴染なのだ。


「歩くの早いってぇ……こんな人込みの中なんだから」


 先程ツンデレな妹などいないと言ったが、幼馴染の異性がいないなんて、俺は一言も言ってないぞ。


「お前が初詣に行こうって言うから来たんだ。元旦なんだから人込みなんて予想できただろう」


 俺はそう言って、再び前へと歩き出す。


 少し小走りに駆けよってきた彼女が、


「せっかくの初詣デートなんだから……並んで歩きたい」


 俺の隣で唇を尖らせながら、ボソリと呟く。


「デートじゃない」


「デートだもん……手、繋いじゃ駄目?」


 もう一度言おう。上目遣いでそう俺に問いかけてくる彼女は俺の幼馴染だ。


「駄目」


「むうぅ……」


 クラスの誰もが遠巻きに好意を携えた視線を注ぐ、そんな高嶺の花である彼女は、存在すら認知されていないかもしれないクラス内カースト底辺である俺の幼馴染であり……どういうワケだか恋人でもある。




 彼女との出会いは小学生の低学年の時だった。突然うちの近所に引っ越してきて、いつからか話すようになり、遊ぶようになり……といった具合だ。


 小学生の時期なんて、まだみんな能力に差などない。だというのに彼女は人一倍トロくさく、まだ何でもできた時代の俺にベッタリだった。


 ……子供心ながらに、空は俺のことが好きで、俺がいないと駄目なんだと思っていた。


 だが高学年になったある日。そんな幻想はブチ壊されることとなる。


 校舎裏に手紙で呼び出された俺は、顔を真っ赤にした空の「好きです。ずっと前から好きでした」なんて言葉に『遂にこの日が来た。待たせやがって』なんて思っていた。


 そして次の瞬間、爆笑しながら近くの茂みから現れたクラスメイト達によって、この告白が罰ゲームであること、高学年になりその能力で頭角を現してきた空が、反比例して馬脚を現してきた俺のことなんか好きになるワケがないということを告げられた。


 俺は……闇堕ちした。


 アレ以来、彼女とは一言も話さなくなったし、人を笑い物にするヤツらとも話さなくなった。


 ゲームやアニメにのめり込み、同じ趣味を持った数少ない友達にしか心を開かなくなった。


 そして時は流れ……中学三年の三学期。高校受験の結果も出て、卒業を控えたある日、俺は再び彼女に呼び出された。


 既に白ギャル化している人気者と、存在を認知されているかも怪しい日陰者の、数年振りの会話だった。


「好きです……ずっと前から好きでした」


「……ふざけてんの?」


 そりゃそうだろう。この状況で「俺も好き」とか言えたらそいつはどうかしている。


「ふざけてない。本当に好きなの……」


「また罰ゲームか。カメラはどこだ? 野次馬はどこに隠れてる?」


 脚を震わせながら俺を見る彼女を、俺はまるで相手にしなかった。


「誰も隠れてない。今度は本当の告白……ううん、あの時も、本気だった」


「本気でからかってやろうって?」


「違う……本気でタマちゃんのこと好きで……みんながついてきてるのなんて知らなくて」


「ソレを信じろってのか! 無理だよ!」


 とうとう俺は声を荒げた。


「『好きな人に告白する罰ゲーム』でもないと……怖くて、言えなかったの」


 頭を下げたまま泣き続ける彼女に、少し胸が痛んだが、ソレでも俺は彼女を許す気にはなれなかった。無言で彼女を置き去りに俺はその場を去った。




 ……が、彼女は次の日も、その次の日も俺を呼び出しては告白をしてきた。


「いい加減飽きろよ。一体何が楽しいんだこんなことして」


「好きです……ずっと前から好きでした」


「死体蹴りはあんまりいい趣味じゃないと思うぞ」


「どうしたら信じてくれるの?」


 泣きながらそう聞いてくる彼女を前に、俺は少し首を捻ることとなった。


 きっとこいつは「何をしても信じられない」なんて言ったところで止まらない。かといってあまりに酷い条件を突きつけては、ソレが漏れたときのリスクが高い。


 クラスのボケ共に何と思われようが今更どうでもいいが、親同士が知り合いなのだ。


 最悪の場合、俺は家から叩き出されるか、フィギュアや漫画など長年苦労して集めた宝物を焼却処分されてしまうだろう。


 そんな事態は避けなくてはならない。


「進学先が同じ高校だったりしたらまだ信じられたんだけどな」


 俺は既に高校受験など終わってるこの時期に、取り返しのつかない卑怯な条件を口にした。


「…………」


 当然彼女は目を丸くしていた。何を言ってるんだこいつは、という表情をしていた。


 我ながら完璧な条件だったのではないか?


 白ギャルの分際で成績のいいこいつが、俺の進学するバカ高を志望しているはずがない。絶対に教師達も親も反対するはずだ。


 万が一、億が一にも彼女が転校しようとご両親に相談したとしてもだ。まともな親なら娘が「好きな人が進学するからあたしバカ高に転校するー」なんて言い出したら必ず止めるだろう。


「そういうことで。んじゃ」


 俺はドヤ顔で呆気にとられたままの彼女を置き去りに、条件にもなってない取り決めを一方的に突きつけてその場を後にした。


 やはり俺の出したオーダーは完璧だったようで、ソレ以降彼女から呼び出されることはなかった。


 まるで気落ちした様子もなく、友人と談笑する彼女を見て、安心すると同時に……どこか落胆したのを覚えている。






「あびゃあああああっ!!」


 中学を卒業してしばらく経った、高校の入学式の日だった。


 俺は我が家の玄関を開けてまず視界に入った彼女を──俺の入学する高校の制服を着て、満面の笑みを浮かべている彼女を見て、絶叫した。


「おはよう。一緒に学校行こう♪」


 俺が甘かった。ソレを実感すると同時に彼女の想いの強さを思い知った。


 彼女は既に周囲の反対を押し切り、俺と同じ高校へと進学していたのだ。俺はあのとき条件を突きつけた時点で負けていたのだ。


 そしてソレを知ってしまったからには、もう彼女の気持ちを無下に扱うことはできなかった。


「分かった……付き合う」


「やっっったー!」


 しかしソレでも俺は、はしゃぐ彼女になおも条件を突きつけた。


 ソレは『俺達が恋人同士だということを誰にも話さないこと』だ。


「えー! やだ! 絶対やだ!」


 と駄々をこねる彼女に、俺はさらにもう一つ命じる。クラスメイトに俺との関係を聞かれたら『同じ中学のオタク。マジキモい』と答えろと。


「ぜっっっっったいやだ! 彼氏って答える!」


「だまらっしゃい! ソレが守れないのならこの話はナシだ!」


 そう言って俺は、泣きべそかいてマスカラでパンダみたいになってる空を押し切った。


 コレは小学校時代に俺の純情を裏切った彼女への意趣返し、罰ゲーム的な意味合いも、まあ……なくはない。ていうかある。


 事実、彼女にはそう説明した。どうせ俺は陰湿な人間さ。


 だが本音で言えば、彼女には今のまま明朗快活に、たくさんの友達を作って高校生活を謳歌して欲しい。その足を引っ張りたくない。


『だったらお前がどこに出しても恥ずかしくない彼氏になれよ』って意見はフルシカトさせていただこう。


 ソレができりゃあ苦労はないんだよぉ。なろうでなれるほど甘くないの!


 まぁ、ソレはともかく。ソレから数年。未だ彼女との交際は続いている。


 そんなワケで、俺の横でさっきから手を繋ぎたくてチラチラとこちらの様子を窺っている白ギャルが、本当に俺の恋人なのだと分かって貰えただろうか。


「ねえタマちゃん」


「何?」


「あたし、やっぱりタマちゃんと付き合ってること、みんなに言いたいな」


「またその話か。しつこいなお前も」


「だってぇ……」


「そんなことしてみろ。昨日まで友達だったヤツからバイキン扱いされることになるんだぞ」


「そんなことないと思うんだけど……多分驚くだろうけど、あたしがソレでいいならって応援してくれると思うよ」


「そうとは限らないぞ。何より、お前の近くの人間はそうでも、その他大勢の男達にひがまれたり、嫌がらせをされるのは俺は嫌だ」


「ひがむの?」


「ひがむよ、お前可愛いし――」


「……え」


 ……し、しまった……!


「――し、し、ししし白クマに似てるし。可愛い白クマに!」


「ほうほう……白クマ」


「……白クマ、可愛いよな」


「……うん」


 ああくっそ! メッチャニヤニヤしてる! やっちまったぁ!


「そっかぁ。あたし可愛いんだぁ」


「白クマに似てな!」


「そうだった。可愛い白クマに似て可愛いんだ、あたし……ぬへへへへ」


 調子に乗りやがってぇ……!


 まぁ、こうやって嬉しそうに笑っている顔は、紛れもなく可愛いんだけどさ。


 ……コレが俺に褒められたから生まれた笑顔なのだと思うと、少し胸が熱くなる。


「あ……」


 空の声に反応して見てみると、前方に驚いているようだ。俺もそちらに視線をやる。


「げ……」


 前方から歩いて来るのはクラスメイトの……空の友達グループの皆さんではないか。


 まずい、反応が遅れた。もう肉眼で確認されているだろうし、いきなりどこかに逃げるのも不自然だ。四人もいるし。


 きっと『しかし回り込まれてしまった』てなる。


「北方さんと……練鳥じゃん! 明けましておめでとう! 珍しいツーショットじゃね?」


「あ、明けましておめでとう~」


「え、もしかしてデート?」


「え、えと――」


「明けましておめでとう。まさか。たまたま出くわしたところだよ。俺みたいな下等生物にそんな奇跡があるワケがない」


 空の言葉を遮って俺はそう言う。


「そうなの? てか何その卑屈キャラ。ウケる」


 うるせー。爽やかな顔しやがって。その分け隔てない感じが卑屈な俺にはダメージなんだよリア充共め。


「空ぁ、一緒に初詣行こうって誘ったの断ったのに、なんでいるのぉ!」


 リア充グループのギャルさんが空に抱きつく。何故リア充女子ってすぐスキンシップするんだ? キマシ!


「えっと、ごめんね。先約があったんだけど、ドタキャンされちゃったんだ」


「……そうなのぉ?」


「うん……ソレで今からみんなに連絡しても遅いかなーって、ごめん」


 おお、単純な空にしては上手いイイワケだと思う。


「ふうん、その先約って……彼氏?」


「……うん」


 バッカヤロ、何言ってんだ。そこは『そんなんじゃないよ』だろ。


「ええ、マジ!? 誰? どんな人?」


「前から気になってたけど、空ってそういうの全然話さないんだモン! 教えてよ」


 ほ~ら、こうなった。


「……じゃあ俺はこの辺で」


 俺はそう言ってその場を離れようとする。途端にスマホが震える。


《やだいかないで》


 空からのメッセージだ。ポケットに入れた手で打ったらしい。


「あれ。練鳥、行っちゃうの?」


「まぁ、俺いても……邪魔でしょ」


 俺がリア充男子にそう返すと、またもスマホが震える。


《おこった? ごめんね》


「そんなことないよ。もし練鳥さえよければ一緒に行こうぜ」


「…………」


 俺が爽やかオーラの眩しさに目を細めているその一方で、空は質問攻めに遭っていた。


「ねえ教えてよ空ぁ! ウチの学校の人? もしかしてマジで練鳥?」


「えーと……」


 一瞬空がこちらを見る。俺は厳しい目付きで首を振った。


「……そんなワケないじゃん。練鳥くん、そういう対象じゃない」


 ……そうだ。ソレでいい。


「うわ……何か、ごめんね練鳥」


 ギャル女がこっちを向く。その隙にまたもスマホが震える。


《うそだから。ほんとうはだいすきだから》


 ……分かってるよ。そんなこと。


「いやいやいや、分かってるよそんなの最初から。俺と北方さんじゃ住む世界が違うって」


 俺はそう言って、空の顔を見ないようにした。


「じゃあ、俺行くわ……」


 そう言って俺はその場を後にしようとした。


 背を向け一歩を踏み出したその時、またもメッセージが届く。


《もうげんかい》


「…………」


 ……え?


「……何それ」


 空の声がする。コレは……怒っている時の声だ。


「『住む世界が違う』って何……?」


「いや、その」


 振り向き様に見た彼女は、コレまで見たこともないような、据わった目をしていた。


「ごめんねタマちゃん。もう限界。言うね」


「へ……?『タマちゃん』?」


 周囲が訝しげな声を出しつつ、空の醸し出す謎の迫力に気押されている。


「よせって……! 俺みたいな底辺生物と――」


「いっつもいっつもそうやって自虐的なことばかり言って……! あたしの好きな人を悪く言わないで! 好きでたまんない人のことそんな風に言われたらどんな気持ちになるか分かる!? あたし、もう言うからね!」


 空は完全に激昂しているようで、周囲を置き去りに叫んだ。


 ……彼女が、俺の言いつけを破るなんて。


 俺との約束を破るなんて。


 そこまで強い気持ちで、俺を想っていたなんて。


 なんて……なんて……!


 ……最高なんだ。


 最高に満たされた気分だ……!


 実は俺は、空が俺の言いつけを破り、俺達が恋人だと誰かに打ち明けることがあれば、その時、彼女に俺の本当の気持ちと、ある決意を打ち明けようと思っていた。


 今度は自分の番だ。彼女が遙か下にいる俺の為に合わせてくれた分、自分を高める人生最大の努力をすることを心に決めていた。


 やはり俺は彼女へのコンプレックスを抱えたまま交際なんてできない。自分を彼女に相応しい男にした上で、対等に付き合いたい。


「あたし……北方空は……小学生の時から……ずっとずっとずっと……!」


 必死で勉強して今度は俺が彼女の志望大学について行く。そして今度は俺の口から改めて交際を申し込む。


 コレが本当の意趣返しであり、本当の自分への罰ゲーム。そしてここで一人、空の涙に誓う約束だ。


「練鳥環くんが好きでした――っ!」


 ……願い事が増えた。またお参りに行かないと。


 ……お賽銭、千円いっとくか? いや一万円……! 


 あと、学業成就のお守りも買わないとな。恋愛成就の為に。


 いや、ソレよりもまず、何よりもまず――


 俺は歩き出す。頑なに越えないように引いていた線を、越える一歩を踏み出す。


 ――涙のいっばい貯まった目で俺を見ている彼女に歩み寄り、思い切り抱き締めるとしよう。

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